死んだ方がいい。
「サマーシーズン到来! 誰もが開放的になる季節! 夏! いよいよ、この藤堂初音が処女を捨てる日がやって参りました! なんてったって夏だから!!」
素直に死んだ方がいいと思ったのだ。
藤堂初音という名の親友について、そう考える。
何を思ったのか、急に梶原君抜きでの集合を呼びかけてだ。
そのようなことをほざきだした彼女を見て、そう考えた私を誰が責められようか。
「あのね、初音。その相手は誰よ」
「もちろん梶原君さ! それ以外の男は嫌だね! エヘン!!」
親指を立て、自分の顔を指す初音。
何を偉ぶっているのか、さっぱりわからない。
いや、そもそも初音の言い分が何一つ判らないでいるのだが。
「あのね、藤堂ちゃん。別に梶原君は、貴女と彼氏と彼女の関係でも何でも無いの。少なくとも現状はただの後輩にすぎないの。そりゃあ春の頃と比べると、多少は仲良くなったけれど」
私が言いたいところを、エマが口にしてくれた。
そうだよ、その通りだよ。
何をほざいているのだコイツは。
「そこは君、精神力の優位でなんとかならんのかね」
第二次世界大戦末期の旧日本軍みたいなことほざきだしたな、コイツ。
なるわけないだろ。
この世は仮想戦記みたいに都合良く出来ていないのだ。
そんな視線で見つめてやるが、初音は全くひるまない。
「おまえら、聞け。静かにせい。静かにせい。話を聞け。女一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。いいか。それがだ、今、藤堂初音がだ、ここでもって立ち上がらねば、皆が立ち上がらなきゃ、青春(アオハル)ってものはないんだよ。諸君は永久にだね、このまま処女のまま喪女になってしまうんだぞ」
どこかから凄く怒られそうな事を言い出したな、コイツ。
仕方ない、二・三発ビンタによる精神力注入をして、正気を取り戻させるかと。
私はそのような判断を下したが、初音の女郎は語り続ける。
「そこでだ。私は三ヶ月待ったんだ。千尋が立ち上がる日を。・・・・・三ヶ月待ったんだ、そしてこの夏も・・・・・・待っているんだよ。千尋は殆ど彼女みたいなもんだろう。彼女ならば、どうしていつまでも処女を守っているんだ。どうして自分の価値もない貞操のために、おっかなびっくり、相手の反応を伺っているんだ。千尋が梶原君を口説き落としてくれない限り、私たちは永久に救われんのだぞ。千尋が駄目なら、私たちなんてもっと駄目じゃないか」
「具体的にどうしてほしいと?」
瀬川ちゃんが、要するに何を言いたいのだと疑問符を示した。
どうしたいも何も、初音の脳みそなんか性欲しか詰まっていないので。
「梶原君とエッチずくめのひと夏を過ごしたい。もうグチャグチャになりたい。五人で凄くエッチな夜を朝まで過ごしたい」
聞くだけ損だった。
所詮はエロで脳みそが詰まった処女の考えることなんて、性欲直結で計画性すらないのだ。
さて、シバくか。
私は部室に都合良く転がっていた、そこらのお土産屋さんで買ったと思われる木刀を拾って。
「あのさあ、真面目な話どうなのさ。キスぐらいはしたんだよね? デートを始めてから三ヶ月が経つよね。マジで何も無いの?」
ぴたり、と動きを止めた。
うん、そこを突かれると弱い。
「何にもしてない」
「はあ? あれから三ヶ月経ったよね? それなのに何もかい?」
「いやさ、確かに週一のおててを繋いでのデートぐらいはしてるよ。でも何も」
何もしていない。
その現実を突きつけられると、私も困ってしまう。
「あのね、ぬるま湯なんだよ。あまりにも平和ボケをしているとしかいえないね。こういうのは女の子の側が積極的にリードしてあげるべきじゃないのかい?」
初音はだらんとした高い身長を猫のようにうんと伸ばし、両手をぶら下げて、私に歩み寄る。
まるで影のように長い。
私の背後に立ち、首筋にふっと息をかけた。
「私なら、三ヶ月もあれば仲良くなってればベロチューぐらいはしてるね。根性が足りないんじゃない、千尋」
この口だけ女が。
そんなこと出来るものか!
「じゃあやってみなさいよ。別に私は初音と梶原君が仲良くなったって、あれこれ言うつもりはないよ。ほら、やりなよ。やれって。やりなさいよ」
開き直って煽ってやる。
そうすると、初音は何を言うべきだろうかと。
そんな思案するそぶりを少しだけ見せて、次にこう口にした。
「海に行こう」
「海?」
なんでそこで海なんだよ。
首をひねる。
「生命の起源は海にある。そうは思わんかね」
何故か急にご大層なことを口にした。
「要するに?」
「梶原君のトランクス型水着一枚の裸体が見たい。超見たい」
「ただの欲望じゃないの」
呆れた。
なんかバカバカしくなりながらも、海か、と考える。
「あれだ、千尋。ここは大人になろう。ひと夏を過ごそう。青春(アオハル)だよ。青春。私は高校時代に男の子と海に行ったという思い出が欲しい。是非欲しい。くれなきゃ嘘だ」
「うーん」
悪い話ではない。
話の切っ掛けがあまりにも酷いし、初音が話題を少しだけズラしたのは理解しているが。
それはともかく、海には行きたかった。
男の子との海!
なんたる甘美な言葉か!!
「海に行きたい人」
挙手を募る。
私が手を挙げると、勢いよく初音が。
その後に、瀬川ちゃんが。
そしておっかなびっくりと、エマが手を挙げてくれた。
全員賛成だ。
となると、あとは梶原君に聞くだけとなるが。
「日帰りで良いよね? それ以上に踏み込む勇気は無いよ、さすがに」
とりあえず日和る。
さすがに同じ宿を共にするのは無理だろう。
「三千世界の鴉を殺し、褥を一緒にしてみたい」
「初音はもう黙ってなさい」
初音の欲望は無視する。
さすがにそこまでするとなれば、まあ梶原君のお母様にも許可を貰わねばならないが。
私の事を認めてくれてはいても、積極的な性的交際を許して貰えるとは思えなかった。
この男が希少な世の中、彼氏の母親の心証を損ねるのは良くない。
それがわかっていないから、初音は欲望をペラペラと口にしてしまうのだ。
彼女が実際に私の立場なら、こうもあっけらかんと性欲を口にしないだろうに。
「ここから一番近い海水浴場って何処でしたっけ? 調べておいても?」
調査は瀬川ちゃんに任せるとして。
「水着なんて学校指定の物しかないです。海どころか市営プールにも行ったことが・・・・・・」
とりあえず、エマのために水着を一緒に買いに行くとするか。
梶原君と一緒に買いに行くのも良いけれど、友達同士でショッピングも良いものだ。
うん。
「それじゃあ、梶原君に聞いておくね。多分オーケーって言うと思うけれど」
それは疑っていない。
だが、その前にだ。
「皆、そんなことより原稿は終わったの? あと二週間もないけれど」
同人誌の締め切りはもうすぐだ。
現在の進捗を私は尋ねるが。
「ようし、この夏は諦めよう」
「その、あと少しなんですが」
「もっと良く出来るはずだと、その、構図が決まらなくて。性的ギリギリまで攻めて、あの、今回は性行為寸前のポーズを取りたいんですが。経験というものが存在しなくて」
よし、全員駄目だ。
特にエマ、今何描いているの?
私はすっごく気になるよ。
何はともあれだ。
「アレだ。原稿も出さない奴は海に連れて行けないからね?」
そこだけを念押しして。
私は部員の発憤を促すことにした。
足りぬばかりの創作活動を、精神的な優位で成り立たせようと私は思うのだ。
うん。
しかし、海か――。
夕日が海に溶け合う前に放つ。
血のように赤い光を語る。
そして海によって、いかに太陽がその力を失うかを語る。
残るのは心の中の炎だけ。
ふと、そのような映画の名台詞が頭に思い浮かぶ。
海で、梶原君と一緒に太陽が沈むのを見届ける。
それはとても悪くないアイデアに思えた。
「さて、夏を始めよう」
私はその言葉をとうとう口にした。
男性と生まれて初めて一緒に、ドキドキの夏が始まる。
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