貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第二話「夏の追憶」

「その海水浴、ちょっと待ちなさい。私が良い宿を手配してあげるから」

「はい?」

 

 高橋部長達と海に行っても良いかと。

 一応ウチは門限も厳しいわけだし、その時間を緩めてもらわねばならぬ。

 まあ部長に任せ切りもなんだし、自分から動こうと。

 そう考えて、海に遊びに行く許可を母から得ようとしているわけだが。

 

「いや、日帰りの予定なんだけど。泊まりの予定は別にないよ」

「いやいやいや、せっかくだから何泊かしてきなさいな。一週間でも良いわよ。皆のお金は私が出してあげるから」

 

 何故そうなるのだろうか。

 海水浴に行く許可を得るどころか、母さんは勝手に連泊予定を組んでいる。

 首を傾げ、その理由について考える。

 目の前の母親が、何を考えているのかが読めない。

 確かに我が家は経済的に裕福で、別に全員の旅行費を出すぐらい訳もないだろうが。

 

「あー、いや、私が全部出すと、他のご家庭がかえって気にされるかもしれないわね。その、一郎。ちょっと聞いておきたいんだけど、高橋さん達のご家庭の経済状況は大丈夫かしら? あの高校はそれなりの私立だから、まあ大丈夫だとは思うのだけど」

「多分、大丈夫だとは思うけど。そこまで突っ込んだ話をしたことはないし・・・・・・」

 

 悩む仕草を見せる母に、僕は素直に答える。

 オタ活には金がかかるのだ。

 全員が母子家庭で、人工授精の子ども達で一人親だが、特に経済的に苦労しているご家庭出身と聞いた覚えはない。

 まあ、わざわざ自分から言うことでもなかろうから、実際はどうかわからないが。

 

「まあ、最悪は私が皆の旅行費を全額出すからと。押し通してみせるわ。部員の皆さんから、お母様への電話番号を伺っておいて」

「それは構いやしないけれど。なんで母さんがそんなに乗り気なんだよ?」

 

 単純に不思議だった。

 いや、僕にとっては泊まりでも別に良いのだけれど。

 この男女比がいびつな世界では、男性とは大事にされるものではなかろうか。

 前世を例に出すならば、男子高校生の群れに女子高校生を一人だけ放り込むようなもので、生贄に捧げる行為に近い。

 まあ僕は高橋部長達の理性を信じているけれど。

 

「私の職業は知っているわね?」

「有名五大商社における第一営業部の営業。いわゆるエリートビジネスウーマンだよね」

「そうね、毎日働き尽くめで息子には申し訳ないと思っているわ」

 

 僕は別にそんなことを考えたことはないが。

 ちょっと門限が厳しいぐらいで、母には自由にさせてもらっている自覚があるのだ。

 そう口にしようと思ったが、少し状況にそぐわない。

 

「それが海に何の関係が?」

「会社の福利厚生で、社員とその家族が泊まる代表なら、海近くのリゾート地に格安で泊まれるのよ」

「はあ」

 

 それは良い福利厚生だが。

 だからといって、僕等が連泊して良いという話とイコールではないだろう。

 

「どうせ私は仕事で行けないけれど。絵に描いた餅のようなものだった。でも、代わりに一郎には優雅な旅行をしてもらおうと、ずっと考えていてね。まあ、やっぱり仕事の関係で今までは連れて行けなかったんだけど」

「それは別に気にしてないけれど」

 

 どうせオタクで陰キャのインドア派だ。

 旅行というものが別に好きなわけではない。

 今回が特別なのだ。

 

「あれよ、海よ。やっぱり海はよい。とてもよいわ」

「何が?」

「夕日が海に溶け合う前に放つ。血のように赤い光を語る。そして海によって、いかに太陽がその力を失うかを語る。残るのは心の中の炎だけ」

 

 何故か映画の名台詞を口にする母。

 話を聞いているのか?

 そう疑うが、一応聞いてはいるようだ。

 その上で、我が母は息子の疑問を無視していた。

 目をキラキラとさせ、「海は良い」としつこく口にしながらに夕食後の席を立つ。

 僕が少しだけ待っていると、何やら写真のアルバムを持ってきた。

 

「見なさい、これが私と夫が高校時代に。海に行ったときの記録よ」

 

 そこにはほぼ記憶に残っていない、父の姿が載っている。

 かなりのイケメンであった。

 自分を褒めそやす意図ではないが、僕によく似ている。

 その二人がビーチバレーに興じたり、砂のお城を作ったり、焼きそばを口にしたりしていた。

 

「楽しかったわ。私はね、この世にこんなに楽しい事があって良い物かと思ったわ。異性と海で遊ぶってのはね、そりゃあもう異常なまでに楽しいのよ。お父さんもあの時は楽しかったと、何度も口にしていたわ」

 

 はあ、と。

 僕としてはそんな経験が前世でさえないので、なんとも言えないが。

 ともあれ母が幸せならそれでよい。

 残念ながら、父は早世してしまったが――その幸せな記憶と共にあれるのなら、悪い話ではない。

 

「高校時代に、異性と海に行かないなんて嘘よ! 酷い仕打ちだわ! 哀れにすぎるわ!!」

 

 前世を三十年ほど過ごして、全く異性経験のなかった僕にグサグサ刺さるから止めて欲しいのだが。

 というか、多分そんなことをSNSでほざこうものなら炎上するぞ。

 今世はただでさえ男不足なのに。

 

「というわけで、一郎。貴方には高橋さんと一緒に海に行って貰います。ノーだなんて返事は聞きたくないわ!!」

「いや、僕は最初からお願いする立場だったから、ノーなんて言わないけどね」

 

 問題は、僕よりも母がはしゃいでいるということだけだ。

 そんなに海ってよいものなのだろうか?

 

「貴方も行けばわかるわ、一郎。天と地の間には、貴方の哲学などには思いもよらぬ出来事があるのだと、思い知らせてあげられるわ。それぐらいに異性との海って良い物なのよ。どんな映画を観るより、どんな芸術を鑑賞するよりも素晴らしいことなの」

 

 そうか、そこまで言うのか。

 ならば、楽しみにしておくとするか。

 

「じゃあ、明日皆に言っておくよ。一週間の――なんだ、合宿みたいなもの、と考えればいいのかな」

「そうね、部活動の合宿ということにしておきなさい」

 

 ビシ、と母さんが結論付けた。

 ならば行こうか、海に。

 

「ああ、でも、その前に。一つだけ言っておくことがあるの、一郎」

「なんだい、母さん」

 

 何はともあれ、まあ海に行っても良いと。

 それも日帰りでなく、一週間ほど楽しんでいらっしゃいと答えが返ってきたのは良い話だった。

 さっそく高橋部長達に相談することにして。

 

「避妊はちゃんとしなさいね」

「そもそも、そういう行為をするつもりがないからね?」

 

 急に真顔になって、無責任なエッチなことは良くないことですよと語る母に。

 別に僕は刹那的な性的経験による快楽なんて求めちゃいないのだと。

 もっと、ちゃんとした人間構築を。

 丁寧な恋愛という成熟の結果としてのそれは否定しないが、刹那的なそれは嘲笑の対象でしかない。

 僕はそこら辺を「拗らせた」オタクなのだと。

 そう言いたげに、真面目に答えた。

 ――まあ、いざとなればの自分を止める自信はあんまりないが。

 そもそも、そんな下劣な事を部活の皆は考えないだろうさ。

 僕はそう部員の皆さんを心配しながら、生姜焼きに箸を伸ばした。







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