さっそく部員の皆に、母の言い分を伝えた。
内容はそのままだ。
もちろん避妊などなんだの、くだらない戯言は省いてだが。
何はともあれ、皆さんに説明を済ませると。
「私の夏が始まっちゃった」
そう藤堂さんが口走る。
気温的には七月頭から夏は始まっているのだが。
まあ、学校的には明日から夏休みなので。
高校生にとっての本当の夏は明日からとも言えた。
そんな夏休み前最後の登校日にて、僕は考える。
「あー、それでですね。やっぱり皆さん、それぞれ各自に用事があったりします?」
僕はここに来て、はたと気づいた。
よく考えたら、高橋部長はそれなりに暇だからと事前に聞いていたが。
それぞれ家庭の事情があるのである。
金銭的にだけではなく、それぞれのご家庭で旅行とかそういう予定があったのかもしれない。
ならば、一週間も行けないではないか。
これは突然なことを口にしてしまったと、謝罪しようとするが。
「え、仮にあったとして、それは梶原君と海に行く計画より優先されるものなのかい? 冷静に考えて」
とりあえず藤堂さんは行く気が満々のようである。
だが、事前に聞く限りではだ。
「たしか、藤堂さんは可愛がっている妹さんと遊びに行く計画が」
「妹は浜で死にました」
妹さんは亡くなられたらしい。
冗談にしても、死んだことにするのは不味いと思うのだが。
いや、元ネタはわかるが。
「あー、なに。そういう話なら、母も妹も邪魔しないと思うんだよ。私の母親の電話番号を教えておくね。梶原君へのメッセージに書いとく。これ母親に電話が来るんだよね」
「はい、そうさせていただくつもりですが」
「・・・・・・私の母親、ちゃんと冷静に対応できるのかね」
ぐぬぬ、と藤堂さんはやや悩んだ様子を見せた。
別にいざとなれば、僕の母親が全額費用を負担するのだから。
特に問題はないと思うのだが。
藤堂さんがポチポチと、その電話番号を入力する姿を見ながらに他の方にも声を掛ける。
「瀬川さんはどうなんです」
「え、もちろん行くよ。行かない理由がないじゃないですか。母との予定は全部キャンセルで」
「いいんですか?」
事前に予定があったならば、そちらに優先権があるのが普通だと思うのだが。
ちょっと僕の母親は、その辺りが無神経だ。
何を置いても、異性との海での一週間が優先されるとは限らないはずで――
「母は浜で死にました」
よく浜で死ぬ人間が多いな。
そんなに気安く殺して良い物なのだろうか。
「しかし本望だったと思うんです。娘が異性と海に行けるから」
そんな理由で死んでも良いお母さんは、この世にいないと思うのだが。
まあ、ともあれ、瀬川さんもこちらの予定を優先してくれるということで。
ポチポチと電話番号を、僕宛のメッセージに入力してくれる。
後は最後に。
「エマさんはどうでしょうか?」
「あの、私は母親も陰キャなので。そもそも夏の予定なんてないので大丈夫です。春夏秋冬、買い物以外で外に出ることなんて滅多にないので」
うへへ、と陰キャっぽく笑うエマさん。
そうだよな、陰キャのオタクに予定なんて本来ないよな。
僕は強く共感した。
「その、ウチの母親も陰キャなので上手く応対できるかわかりませんが」
そう言って、電話番号を送信してくれる。
まあ、大丈夫だろう。
「ウチの母親はなんだかんだコミュ力強者なので、お気になさらず」
どんな偏屈な相手にも対応できるのがウチの母親だ。
伊達に営業をやっていない。
エマさんの母親が如何に奥手でも、どうとでもなるだろう。
そこは素直に母さんを信頼できた。
「じゃあ、基本的に皆さん本人としては、全員乗り気という解釈でいいんですね」
僕は念押ししておく。
あまりにも急な話だし、嫌なのに強要するような真似はしたくないからだ。
答えは。
「断る奴なんかいるのかい? 日和ってる奴はいないよなあ!」
藤堂さんは本当に大ハリキリで、全員に向かって呼びかけるが。
いや、いるかもしれないじゃないか。
だがまあ、ここまで強く言われたら大丈夫だろう。
「じゃあ、まあ後は母親同士で調整して貰うということで。僕らは肩の荷を下ろすことにしましょうか」
どうも面倒臭い話だ。
異性関係抜きなら、別に男同士で旅行に行こうが――いや、無理だな。
どうしても未成年だから、男同士でも許可はいるだろうし。
前世に置き換えるならば、女同士が、それどころか異性が混じっている。
親の許可はどうしても必要になるだろう。
「まあ、何はともあれいいか」
後は各自の親の許可が下りれば、旅行に行けるだろう。
それはともかくとしてだ。
「それで、原稿の様子はどうなんでしょうか?」
旅行に行くのは良いが、はたして高橋部長が懸念を示していた件はどうなったのか。
学生の本分である勉強は、なんとか皆が全うしているようだが。
オタクとしての本分である、我が同好会である「現代文化研究会」がすべきことは夏の大型同人即売会への参加である。
「先に言っとくけど、原稿が完成してない奴は連れてかないからね。その辺に容赦はしないよ。夏の青春が堪能したければ、義務を果たしなさい」
そこですかさず高橋部長の宣言が入った。
これについては仕方ない。
全員で行きたいところだが――
「死ぬ気で仕上げるさ! 人の性欲を舐めるなよ! エヘン!!」
何を偉ぶっているのかはよく分からないが、藤堂さんがドスケベなことだけは知っている。
普段からそれを隠そうともしていないから。
それ以外は比較的、常識人なのだけれどな、この人。
「鎖骨。デコルテ。エマ、私たちの性癖パワーをメテオに!」
「良いですとも! やる気がぐんぐん湧いてきました!!」
あと瀬川さんもエマさんも大丈夫そうだ。
何のパワーなのかはよく分からないが、やる気があるのは良いことだ。
「梶原君、それにしても、この件はお母様が押したと?」
高橋部長が尋ねてくる。
「そうですね」
否定する意味も隠す理由もないので、正直に答える。
「その、高校の夏休みに異性と海に行かないなんて嘘だからと。ちゃんと皆で青春を楽しんできなさいと。どうも自分の経験や追憶が多分に混じっているようですが」
「・・・・・・梶原君のお母さんは本当に良い人だね」
まあ我が母ながら好人物だとは思うのだけれど。
それはそれとして、ちょっと強引な点があるのはアレだ。
営業という仕事柄の性格が強く出過ぎである。
「うん、とりあえず私はもう原稿は終わっているからね。じゃあ旅行の準備を始めようか」
和やかに、笑みを浮かべる高橋部長を見る。
そうだな、僕は流れに身を任せるだけだ。
「楽しみですね、海」
僕はそう言って、液晶タブレットに向かって一心不乱に漫画を描き続ける皆さんを目にしつつ。
自分も液晶タブレットを開いて、絵の練習を始めた。
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