「あれ、梶原君ガチで寝てる?」
おしゃべり途中で、急に声が混じらなくなり。
はて、何か考え事でもしているのかと思えば、千尋の隣でグッスリしている。
「寝てるね」
寝ている彼の代わりに、千尋が答えた。
口を閉じ、完全に寝入っている。
眠りは健やかで、いびきどころか寝息の声すら聞こえない。
夏の日光は心地よく、浜辺の熱気も彼にとっては安眠の材料にしかならなかったようだ。
「・・・・・・」
完全に無防備である。
そんな男性の姿を、この藤堂初音は生まれて初めて目にした。
悪戯しよう、とは思わない。
思えば不思議な光景だった。
レジャーシートを広げて、こうして仲間内で集まって日光浴をしている。
これも不思議だった。
はて、我々はここまで活動的だっただろうか。
本来であれば、今頃はまったく進まぬ原稿を嘆いてヒーコラいいながら液タブに向けてペンを走らせているところだろう。
それはそれでよい。
はたから見れば鉛色をしていても、そんな鈍く光る青春も悪くはなかった。
それが得体の知れないパワーで早々に原稿も終わらせて、夏の青春(アオハル)をエンジョイしているのだ。
この歳まで、こんな光景は一度も妄想したことすらなかったのだ。
うん。
別に今の状況が悪いわけではない。
むしろ、良いことだと思ってはいるが。
「こんな楽しくてよいのかなあ」
ふと不安になる。
そんな心境を口にした。
「何を突然。初音らしくもない」
そんなことを幼馴染みの千尋が口にするが。
あれだ、なんだ。
「大事な事なんだけどね、漠然とした人間関係への不安ってあるじゃない? ここまでは良くて、これ以上は許されないだろうとか。いや、漠然というか、くっきりしてはいるんだけど。ちょっと表現しづらいものがーー」
完全に梶原君が寝入っているのを見て、打ち明け話をする。
先ほど皆でキャーキャーいいながら、梶原君の腹筋を愛でている時も思ったのだ。
そこまでやっても、どうしても乗り越えられない垣根が男と女の間には存在する。
天と地との狭間には、我らの哲学では思いもよらないものが存在するのだ。
「男と女での、踏み込んでも良いラインがわからないな。何せ千尋を除いた我々三人はどうしようもないほど陰キャのオタクだからね。光の戦士じゃないのさ」
「その割には、さっきのお腹を撫でる行為は攻めてたじゃない」
「やっと三ヶ月? いや、四ヶ月を経てだけどね」
エロスは感じている。
男性の体を撫ぜるという行為に、とてもエロスは感じている。
サンオイルを塗って貰う過程で一番ぐっときたのは、梶原君の手が首筋を撫ぜたときだった。
あれだ、うん。
梶原君の鍛え上げられたゴツゴツの手ならば、自分の首を片手で締めることさえできるなと思ったのだ。
あの時は、心臓を握られたような感覚がした。
ぎゅっと。
悦びと背徳感が詰まっていた。
嗚呼、無茶苦茶にされたい。
もちろん、こちらが無茶苦茶にするのもよいが。
どうせ望むなら、される方だな。
「今頃、あの母親たちは何をしているのかねえ?」
ふと疑問がわく。
そう口走ると、千尋が心配そうに梶原君を見た。
「大丈夫、寝てるさ」
「いや、でも梶原君何も聞いてないはずだからね。聞いたら驚いちゃうんじゃないかなって」
そういって、心配そうに見つめている。
バレたところで仕方ないだろうに。
「梶原君のお母様と、私たちの母親が今頃どこかで茶会を開いているだなんて」
「仕方ないじゃん。親公認で旅行に行くのはまあ、梶原君のお母様が全面的に認めてくれたわけだけど」
本当にいいお母様だ。
是非とも気に入られたい。
それはそれとしてだ。
「これ以上深い関係になるとならば、まあ親同士の話し合いにもなってきちゃうしね」
「うーん。まあ、そうなんだけどね。なんか、なんというか。将を射んとせば先ず馬を射よ、じゃないんだけど、最終的には梶原君がどう思っているかだなんてわからないじゃん」
千尋が困ったように顔をしかめる。
何を今更。
少なくとも、梶原君は高橋千尋という個人に関しては大好きなはずだ。
それはもうわかっている。
千尋の親友である私が、誰よりもわかっている。
数少ない男から見たって、千尋は誰より魅力的さ。
それだけは保証してやれた。
「結局、親がどうした、の話し合いはこの男が少ない世界じゃ常識だけれど。でも、梶原君本人とそういう深い仲になっているわけでもないのに、この展開はどうしたものやら」
千尋はいかにも難儀なことを考えている。
別に、千尋はすでに梶原君のお母様とお会いになって認められているからよいではないか。
問題は、私たちの方だ。
「私の母親が粗相していないといいんですが。なんか変に張り切ってましたから、私を強引にアピールしようとしてヘマしてないといいんですが」
千尋と私の会話に、瀬川が交じってくる。
部員で一番無駄にでかい乳をレジャーシートに押しつけ、背中を日に向けて焼いていた。
「そういえば瀬川ちゃんのお母さんと会ったことないや」
「高橋部長と藤堂のお母さんは顔見知りでしたよね?」
「幼なじみだからね。小学校は別だったけど中学は同じだし、お互いの家に泊まりに行ったことあるから、顔ぐらいは知っているよ」
まあ、瀬川の母親は知らないが、娘と似たようなものだ。
蛙の子は蛙で、親に子は似る。
有能なようでいて、どこかしらポンコツなのだろう。
勝手に、そんな印象を抱く。
「それを言い出したら、私の母親は人と喋ることができないんですが・・・・・・」
エマがオロオロと、太陽に照らした身体は動かさずに顔をしかめる。
ああ、うん。
エマとそっくりだと心配だな。
何の仕事をやっているのかは知らないが、エマとそっくりの性格の、いわゆる陰キャで。
リモートワークで、家を出るどころか人と喋ることもあまりない。
そんな人が、梶原君のお母様のような一流商社のスーパーエリートウーマンと会話をしている。
「心配だな」
私は正直に口にした。
「あうう・・・・・・お母さん。頑張って・・・・・・」
エマは祈るように両手を組んだ。
まあ、千尋の話を聞く限り、梶原君のお母様は本当によい方だと聞くし。
基本的には何もかもお任せすれば大丈夫だろうが。
別に喧嘩をしようというわけではない。
お互いの子供たちについて話すだけ。
自分の大事な息子に対して、私たちがふさわしいかどうか。
その試験が、この夏のイベントだった。
「そりゃ異性との海だ。楽しいは楽しいんだけどね。まあ、母親には頑張ってもらおう」
梶原君が起きたらどうしよう。
まずは日光浴を存分に終わらせたら、次は海に飛び込もう。
日差しは、まぶしい。
さて、ウチの母親も今頃、別な緊張感で。
それこそ入社試験の面接のようにカチコチに固まっている頃だろうが。
私はそんなの知らないね、とばかりに寝転がりながら、うーんと猫のように背伸びをした。