貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第八話「エマの回想」

 

「エマ! そっちに行ったよ!」

「はい!!」

 

 ビーチボールをひたすらに投げ合いながらに、この高倉エマは回想する。

 私には友人がいなかった。

 欲しくなかったわけでは決してない。

 むしろ欲しくてたまらなかったが、その、なんだ。

 人と話せなかった。

 この私は、高倉エマという女はあまりにも口下手で奥手であった。

 人と喋ろうとすると、どうしても喉が詰まってしまうような感覚を覚えるのだ。

 コミュニケーション能力という物が皆無であった。

 自分の親からして人付き合いが苦手で、仕事すらリモートワークしかやったことがなく、私を産んだのも世間によくある人工授精で。

 人付き合いを学ぶことが一切出来なかった事も原因の一つかもしれない。

 それを理由に母を恨んだことなど、全くないが。

 母のせいにしてはいけない、このエマの性格が元々ネクラなのが悪いのだ。

 ともあれ、中学生を卒業するまで、ずっと友達なんて居なかった。

 学校の休み時間ではずっと顔を机に伏せて、寝たふりをして誤魔化していた。

 もちろん寝たふりをしていることはバレていたし、馬鹿にされてもいただろう。

 幸い、虐められるような事だけはなかったけれど。

 きっと今までのクラスメイトにとっては、虐める価値すらなかったのかもしれない。

 そんなことをふと思う。

 私の友達は小説で、ライトノベルで、アニメで、マンガだった。

 架空のキャラクターであって、実際に生きている人ではなかったのだ。

 もちろんキャラクター達は私の寂しさを埋めてくれた大事な友達だが、握る手のぬくもりはなかった。

 センチメンタルだ。

 時々、どうしても涙もろくなる。

 ただ、それはあの頃は寂しかった、当時孤独であった自分に対する感情で心を揺さぶられているのでは決してなく。

 むしろ、今が幸せで幸せでたまらなくなるから、泣きそうになってしまうのだ。

 自分はなんて幸せなのだろうかと。

 友達がいる。

 高校生になってから、生まれて初めて出来た友達だった。

 本当に心が許せる親友である。

 きっかけはチラシだった。

『現代文化研究会』なる同好会への勧誘チラシが、一年生の各教室に配られたのだ。

 A4プリント用紙に、オリジナルであろう女の子のキャラクターが描かれていた。

 キャラの台詞は「オタクの同好会員募集中!」だった。

 配っていたのは、眼鏡に低身長の女の子で。

 私はオタクなのですが、貴女はどうですか? オタクですか? とばかりに、堂々としていた。

 その、なんだ。

 光り輝いて見えたのだ。

 だから。

 だから私はなけなしの勇気をかき集めて、そのチラシを握りしめて、高橋部長に声をかけたのだ。

 オドオドとした声であったと思うのだ。

 だが、高橋部長はあのいつもの笑顔で――ああ、最初に会った時から何も変わらない。

 あの陰キャも陽キャもひとまとめに引き受けると言った感じの、あの陽気な笑顔で答えてくれたのだ。

 

「ひょっとして入部希望? いやー、歓迎するよ」

 

 と。

 私は喋ろうとして、喉がつっかえて、どうにもできずにコクコクと頭をぶんぶん縦に振って頷いたのを覚えている。

 光が差したのを感じていた。

 いや、実際に、私の人生に明確な光が差したのだ。

 それを今でも覚えている。

 思い出す度に、泣きそうになってしまう。

 どうして、私はこうも幸せなのだろうかと。

 幸せになってしまったのだろうかと、そう考えてしまうのだ。

 回想に耽る。

 そうして、放課後に集まった。

 そこにいるのは四人のオタクだった。

 最初の一人は高橋千尋。

 現代文化研究会を作ろうと言いだした張本人で、そして誰がどう見ても部長として相応しい人格者であった。

 最初から光のオタクとして光り輝いてきた。

 私のはじめての友達。

 好意もある、愛情もある、だけれどそれ以上に尊敬の念がある人。

 二人目は藤堂初音。

 高橋部長とは幼なじみではないが、中学生時代からの交流がある。

 もうそれだけで羨ましいが、個性としては。

 身長が170 cmと高く、痩身で、猫のようにだらっとした姿勢の人。

 あれだ、自分のオープンドスケベというか、エロスが好きというの隠そうともしないが。

 なんだかんだ部では一番の常識人ではないかという感想を、後で抱いている。

 三人目は瀬川良子。

 私と同じく、チラシを見て同好会に参加したいと集まった。

 一文にすると、いかにもナードでございといった容姿である。

 身長150 cmの少し垂れ目で、三つ編みで、巨乳。

 胸の大きさは少しだけ羨ましくて、同時にまあ無意味でもあった。

 別に胸が大きいからと言って、男性はそれに対して特別な興味を持ってくれることはないのだ。

 この男性が少ない世界では、男の数などしれていることだし。

 最初からいわゆる「出荷」と呼ばれる形で、婚姻する相手など決まっているのだ。

 さて。

 ここで四人集まって、何をするかというと。

 

「よーし! 知る限りでは、この高校の一年生でオタクは私たち四人だけとなりました! 一生懸命声を掛けましたが、この四人しか集まりませんでした!!」

 

 高橋部長が手を叩いている。

 拍手と言うよりも、あれだ、玩具のお猿さんがシンバルを叩いているような姿だった。

 後になって知ったが、私たちの緊張をほぐそうとワザとの行為であったらしい。

 

「少ねえなあオイ。今時はサブスクで映画を見るのに忙しい時代なのかね? オタクが馬鹿にされることが少なくなった時代と思いきや、実はオタクそのものが絶滅危惧種なのかい?」

 

 藤堂ちゃんがそんなことを言う。

 そうそう、今でこそ、ちゃん呼びをしているが、この時はどう他人を呼ぼうか迷っていた。

 本人からちゃん付けで良いよと言われたので、その言葉に甘えてそうしているが。

 

「私の分析によれば、まあ高校時代にオタクで陽の当たらない青春(アオハル)を過ごしたいと思う人物があまりに少ないだけなのではと」

 

 瀬川ちゃんも真顔であった。

 嘆かわしい。

 そう言わんばかりであったが、誠に態度は堂々としたものであった。

 自分がオタクであることに、何の恥じらいもないらしい。

 

「部活に昇格するには五名が必要だけど、定数が揃わず! 仕方ないね!! この四名で同好会といこうか!!」

 

 高橋部長は明るい。

 明るさの目安であるルーメンに例えれば、10000ルーメンを軽く上回っているだろう。

 車のヘッドライトより明るく、私のように夜行性のタヌキが如き陰キャは立ち往生するだけであった。

 そのまま轢かれて死んでしまうのだ。

 だが、高橋部長は優しいドライバーであった。

 

「さて、四人揃ったところで、やることがあるね」

 

 何の発言もロクに出来ない私の事を見逃さず、ちゃんと仲間の数に入れてくれて。

 えいえいおー、とばかりに握りこぶしを高く上げて口にするのだ。

 

「じゃあ、これから部室を奪いに行こうか。生徒会に殴り込みにいくよ」

「マジかよ」

 

 藤堂ちゃんが、正気を疑うような目で高橋部長を見た。

 私も驚いたが、やはり何も口に出来ない。

 瀬川ちゃんは、あの時確かヒューッ! と口笛を吹いたはずだった。

 まるで「コイツはやるかもしれねえ」とでも言いたげな顔つきをしていたように思う。

 

「同好会に部室がもらえるもんかね?」

「貰えるもんかと疑問に思っている内は貰えないもんなんだよ。何、調べた限りでは旧校舎が割と空いているよ。別に同好会なんだろうがなんだろうが、欲しいでしょ、部室」

 

 私はこの時点で高橋部長を本当に凄い行動力の人だと思った。

 ただひたすらに真似できないと思ったのだ。

 多分、本来ならば自分の人生で一度として交錯することのない御方なのだろう。

 だが。

 

「皆、協力してくれる!?」

 

 笑顔を向けられたのだ。

 その10000ルーメンの輝く笑顔を、彼女は私に向けてくれるのだ。

 陰キャのタヌキは立ち往生するばかりなのだけれど。

 だが、しかしだ。

 

「・・・・・・やります」

 

 私はこの時、やはりなけなしの勇気を振り絞ったのだ。

 高橋部長と藤堂ちゃん、中学生時代から交流のあった二人を除けば。

 初めて出会ったばかりの四人で。

 堂々と、生徒の選良たる陽キャの化身どもみたいな生徒会に乗り込んで。

 高橋部長が空いているならよこせと、交渉して。

 見事に部室を勝ち取ったのだ。

 私は。

 私はずっと後ろに突っ立っているだけであった。

 何の貢献もできなかったけれど。

 あの、人と一緒に、何かを為そうと試みたという経験だけはずっと覚えている。

 私は何のお役にも立てなかったけれど、あの経験を勝利体験だと感じている。

 そうして高校一年生から二年生になるまで、ずっと四人で同好会をしていた。

 旧校舎の角部屋で、絵なんて初めて書くというのに、同人誌を描こうって高橋部長が言い出して。

 月に一度、この近くにしてはかなりの規模である同人誌即売会に参加するようになった。

 最初は売れなかった。

 ちっとも売れなかった。

 五十冊刷って、売れたのはたったの四冊である。

 当たり前である、初参加のサークルの本が売れるなんて奇跡があるものか。

 むしろ初参加で四冊でも売れたのが僥倖であったと思えるほどである。

 だが、私は悲しかった。

 自分たちが心血注いで一生懸命作った本である。

 それが売れないという、明確な敗北を目にして悲しくないだなんて嘘だ!

 残った本は、それぞれが保存用に残しておく四冊と、売れた四冊以外の残りを燃やした。

 あれは誰が言い出したのだろうか。

 見たくもないから燃やせと言ったのではない。

 焚書をしたのは、昇華のための儀式であった。

 止揚(アウフヘーベン)という名のプロセスであったのかもしれない。

 次はもっと上手くやってみせる。

 それからだ、瀬川ちゃんが広告担当になると言い出したのは。

 もちろん最初から上手くいったわけではないし、最近もヘマをしたばかりだが。

 あれからずっと、ずっとだ。

 初手で蹴躓いたし、転げて立ち上がるのも高橋部長に手を引かれてで。

 自分一人ではままならないことも、四人揃えばなんとかなってきた。

 友情とはこのように素晴らしい物なのかと思うようになった。

 私は幸せだった。

 色々な想いがある。

 ああ、高橋部長に、皆に恩返しがしたいとか。

 永遠に今の環境を続けられればいいとか。

 ずっと、そんなことを考えている。

 自分がこんなにも欲張りだなんて、私は今まで知らなかったのだ。

 そして、そしてだ。

 我が儘にいえば、もっと、更に幸せになりたいだなんて、私は考えている。

 

「エマさん、どうかしましたか?」

 

 そんな回想をして、ビーチボールを両手で抱えたままの私に。

 梶原君が不思議そうに声をかけてきた。

 恋がしたいと。

 そんな心配そうな目で見つめてくる彼に対して、私はそんな欲望を抱いている。

 彼はきっと、まだ私の想いを知らない。

 目の前の素敵な男の子が恋をすればきっと、高橋部長に対してであろうし。

 お互いがほのかな好意をすでに抱いていることは知っている。

 私はお邪魔にならないようにするから。

 夜行性のタヌキのように、おっかなびっくり、それでも勇気を振り絞って。

 このカップルの近くに居られないか、上手くいけば、お二人の間に交ぜて貰えないか。

 カップリング厨に怒られそうなことばかりを考えている。

 

「なんでもないです」

 

 私は恥ずかしくなって、ただただ顔を赤らめて。

 ビーチボールを投げ合う作業を再開した。

 心から愛すべき部活の皆とともに。

 

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