貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第九話「夏の感傷」

 太陽が沈んでいく。

 夕日が海に溶け合う前に放つ。

 血のように赤い光が、海に呑み込まれながらに放たれている。

 梶原君がそれを背景にしながら、楽しそうに笑っている光景に私は「ときめき」を覚えるのだ。

 

「一日、ビーチボール遊びで終わっちゃいましたね。いやあ、楽しかったです」

 

 感慨深げに梶原君が呟く。

 時間が過ぎるのを嘆くと同時に、とても楽しい時間を過ごせたことへの感傷だった。

 私も同じ想いを抱いている。

 

「明日もあるさ。そうだね、明日は砂のお城でも作ろうか。築城をしよう」

「曲輪から作りますか? 本丸から作りますか?」

「こだわるねえ、梶原君。いや、オタクらしくて良いけれど。そうだね、まずは本丸から作ろう」

 

 私はそんな、端から見ればどうでもよい会話を続ける。

 あれだ、一週間は長い。

 六泊七日の旅行なのだから、ここで感慨深げになってはいけない。

 それにしても楽しかったが。

 

「まだ一日目とはいえ、あっという間だったね」

 

 そう、誰の返事を求めるでもなく呟く。

 なんか異常に楽しかったな。

 異性と遊ぶというのは、ここまで楽しいものだろうか。

 日曜日には梶原君とよくデートに行くが、ここまでの楽しさを覚えたのは初デート以来である。

 梶原君との心の距離が近い。

 やはり、夏は人を開放的にするのだろうか。

 

「この水着姿のまま、貸別荘の露天風呂に皆で行こうよ! 理由? 私が行きたいから! 梶原君と裸の交流がしたいから! 水着だけど!!」

 

 たしたし、と梶原君の背中を叩きながらに初音が言う。

 この幼なじみ、良からぬことをまた考えているようだが。

 ここは攻める!

 

「梶原君、どう?」

「皆さんが嫌じゃなければいいですよ」

 

 言質を取る。

 嫌なわけがないだろうが!

 一緒にお風呂とか、絶対楽しいだろうが! そんなの!!

 うん、初音は良い仕事をしている。

 私だと絶対言えないような破廉恥なことを口にするのが、我が相棒よ。

 色畜生の幼なじみである。

 基本的には死んだ方がよいのだが、たまには役に立つのだ。

 

「決まりだね。このまま貸別荘に戻って湯に浸かろう。それにしてもエマ、疲れた?」

「はい?」

 

 エマはふらふらとしている。

 瀬川ちゃんが肩を貸し、のんびりと後方を歩いていた。

 私は歩く速度を落とす。

 

「いえ、その。疲れたというか、楽しすぎて電池が切れたと申しますか……子供みたいですいません。ホントすいません」

 

 彼女のエネルギー残量はゼロのようだ。

 この日の青春に、全てを使い果たしてしまったのだ。

 まだ先は長いのだから、更にゆっくり歩こうと考えるが。

 

「背中を貸しましょうか? あまり遅れると暗くなって危ないですし」

 

 梶原君が申し出る。

 うん、それがいい。

 何がいいって、エマの想い出になる。

 エマがためらって返事をしないのをいいことに、瀬川ちゃんが身柄を彼に預けて。

 ようし、と力を込めて梶原君がエマを背負った。

 

「あう」

 

 エマから変な声が漏れる。

 梶原君の鍛え上げられた身体はその体重を苦にもしていないようで、力強く彼女を背負っていた。

 てくてくと歩く。

 

「エマさんちゃんと食べてます? 滅茶苦茶軽いですよ」

 

 不思議そうに、梶原君がそう口にする。

 いや、君が鍛え上げすぎているのだよ。

 人間一人って、そんなに軽いものではないよ。

 

「あの、ちゃんと食べているつもりなのですが」

「そうですか。僕は女の子を背負うなんて初めてなもので。感覚がよくわからなくてですね」

 

 そりゃあそうだろうな。

 私はてくてくと歩きながら、梶原君の背中という特等席を得ているエマを羨ましく思う。

 いや、頼めば部員なら誰でも乗せてくれるのだろうが、そんなこと頼みづらい。

 沿岸線。

 防波堤の消波ブロックが波を消す音。

 海に太陽が呑まれていく光景を目にしつつ、私は息を吸った。

 青い味がする。

 私たちは今最高に青春をしている!

 それだけは何よりも理解している!

 きっと、この夏は私たちにとって一生の思い出になる。

 そんな予感がしているが。

 

「梶原君」

「何でしょうか、高橋部長」

 

 今、その感覚をちゃんと共有できているのだろうか。

 背負われて、羞恥のあまりに顔を真っ赤に染めているエマ。

 それを少し羨ましそうに見ている瀬川ちゃん。

 子供のように、特に意味もなく木の枝を拾って先頭を歩いている初音。

 この三人については聞くまでもないのだが。

 

「今、楽しい?」

 

 梶原君の心だけはわからない。

 だから、惚れた男に尋ねるのだ。

 

「ええ。それは聞くまでもないのでは?」

 

 返ってきた答えは笑顔だった。

 私は柄にもなく鼻をつんとさせて、海水の匂いを体中にまとわりつかせたまま。

 少しだけ泣きそうになって、それをこらえた。

 

「梶原君のお母様に感謝しないとね」

 

 私は、私たちはかつてないほどに青春をしている。

 どこまでも、果てしなくだ。

 ああ、それにしても夏は良い。

 コンビニに寄って風呂上がりに食べるアイスを買おうと、瀬川ちゃんが提案している。

 エマが背中から降りようとしたのを、初音がひらひらと手を振って止めた。

 皆の分を買いに行ってくれるらしい。

 小走りに、コンクリートを蹴りつける音とともに。

 ウミネコが子猫のように鳴く声が、辺りを包んでいる。

 嗚呼。

 

「良い季節だ」

 

 夏は良い。

 私は暑いばかりだった季節の良いところを、生まれて初めて噛みしめた。

 

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