「さて行くか。イこうぜ、パラダイス」
私は平均より少しばかり小さい胸。
肉付きの悪い身体の痩身に、すらりとした猫のような長身と髪をなびかせて。
裸で脱衣場から出て、大股開きでバタバタと露天風呂に突撃しようとした。
梶原君の待つ理想郷(シャングリラ)へだ。
「待てや!」
当然ながら千尋からの冷静なツッコミが入った。
まあお決まりの流れなのだが。
「なんだ、千尋。日和ってるのか? 行こうぜ! 理想郷(シャングリラ)へと!!」
「水着を脱ぐな、水着を。裸で突撃するな」
当然、止められるのは分かっている。
分かっていたが。
「仮に、この藤堂初音が裸で突撃したとする。まあ仮定だが」
「いや、仮定も何もやろうとしてるじゃない」
「まずは聞け。女一匹の計画を心して聞け! 聞けい! 大事な提案があるんだ!!」
ここは大事なところなのだ!
私に良案がある!
「ここで私が裸で露天風呂に突撃したとする!」
「うん、させないけど。それで?」
「梶原君は視線を逸らすだろう。異性の見慣れぬ裸を見てはいけないと、性器を見てはいけないと視線を外すだろう。なおかつ私を咎めるだろう! だがしかし! だ」
私は演説をする。
裸のまま腕組みをし、片手でエッチなサイン。
握った拳の人差し指と中指の間から親指を出すジェスチャー、いわゆる性行為を想像させる『フィグサイン』を行い、真剣に口にする。
「そこで梶原君のオチンチンが勃ったら私の勝ちじゃないか? 梶原君さぁ、さっき私らのことチラチラ見てたでしょ。そこから展開されるごく自然でエッチな流れを作り上げるんだよ。よく考えるんだ、千尋。ここは全員揃って裸体で突撃するんだ!!」
「真剣な馬鹿なのかな?」
瀬川が思いっきり軽蔑した目で私を見つめた。
なんだと、この女郎!
「私の完璧な計画に不備があるとでもいうのかい?」
「不備しかないだろうが、この女郎」
ぐぬぬ、と歯噛みするが。
私は冷静だった。
脱衣室のすのこに座り、あぐらをかいたままで、我が幼なじみに尋ねる。
「千尋の反論を聞こう!」
「まずは梶原君にそんな性欲剥き出しで突撃して、ドン引きされた挙げ句に軽蔑されるのが一点。アンタ、そうなったら今まで築きあげてきた何もかも台無しだよ」
確かにそれはある。
うん、と素直に頷いた。
「二点目としては、その、なんだ。男の子ってそういうものなの? いや、男の子だって発情はするんだろうけどさ。それはイコール誰でもよいってわけじゃあ」
「梶原君は性欲が強い方だと思います! 信じているんだ!! 女の子四人ぐらいならヒイヒイいわせるぐらい余裕な、ハイパー兵器の持ち主で……若い女の子なら誰でもよくてだね」
「完全に初音の願望じゃないか! エロゲのヒーローかよ!!」
未成年がやれないはずのエロゲのやり過ぎなのである。
そのような冷たい目で、千尋は私を見た。
うむ、千尋と瀬川はダメだ。
こいつらは私の味方をしてくれぬ。
違う方向で攻めよう。
「エマはどう思うかね」
「その……ひいき目にいって、友人を初めて殴りたくなりました」
エマは殺意の視線で私を見た。
控えめな彼女が、明確に反発した。
「私の……私たちの信頼全てを台無しにするのは、梶原君からの信用を台無しにされたら。私は貴方と一緒に崖から飛びます」
殺意を含んだ批難であった。
いつものオドオドとした様子は全く見られない、心中予告である。
「エマ! ジョークだから! 本気じゃないから!!」
私は慌てて水着を掴んだ。
私は冗談だったが、エマは本気だった。
「そんな怒んないでよ」
「本当にやりかねないから怖いんですよ」
エマは多少体力が回復したのか、梶原君が背負っていたときよりも顔色は良い。
だが頭を抱えて、大きくため息を吐いた。
千尋が少し疲れた表情で、私を説諭する。
「あのね初音。その、梶原君に対して『私は貴方のことを性のはけ口として見ています』的な行動を取ると、一瞬で信頼度がゼロどころかマイナスになると思った方がいいよ。とりあえず正座」
「はい」
私は裸のまま、あぐらを解いて、正座の姿勢を取った。
右手には水着を掴んだままである。
こりゃあ十分ほど説教かなと思うが。
「……しかし、しかしだけれど! ただ五人でお風呂に入るというのも味気ない!!」
「高橋部長!?」
どうしたアンタまで、と瀬川が驚く。
「いえ、その。できるならそういうこともしたいですけど、信頼を損ねると反対しているわけで……その場の利益のために将来的な利益を失ってはいけないと言いますか」
エマも目を丸くして、本音を吐いた。
そりゃあ出来るならしたい。
誰だってエッチなことをしたい。
「その、梶原君をエッチな視線で見ていること。そりゃあ梶原君だって気づいているでしょう。でも、それを抑えてこそ行動をすることで、私たちの信頼というものが勝ち得るわけで……」
エマの、戸惑いとともに出された提案に。
「私だってそう考えて行動してきた。だけど、そんなものは処女の理屈だと、そう考えがよぎる」
千尋の腕組み。
無意味に胸が大きいトランジスタグラマのそれは、更に意味もなく胸を強調するポーズをとった。
「そう……処女の理屈……すなわち乙女理論」
「乙女理論!」
「男の方は別にそんなこと大して気にしていないのに、という処女だけの価値観にすぎぬ」
私は相づちを打つ。
もちろん何一つ千尋のいわんとすることは理解していない。
千尋の方だって、なんかそれっぽいことを口にしているだけだ。
彼女も梶原君とエッチなことをしたいだけである。
要するにだ。
「ここは一歩前に出る」
あれだ、私は千尋のやることならば、我が幼なじみが率先してやることならばだ。
梶原君はある程度なら許してくれると思っているのだ。
彼の許容範囲は広い。
だから、だ。
「これから梶原君と泡洗いごっこをします。そこまではします。それ以上の接触はダメ」
考えに考えすぎるあまりに、千尋はそんな結論に落ち着いた。
それを私は嘲笑えない。
むしろ我が意を得たりとばかりに、ブッダのように微笑んだ。
「えっと、ダメかな。梶原君が怒ったら即行で皆して謝ろうね」
勢いあるのか、欠片もないのか。
そんな千尋のことを責める気は誰も毛頭ないのだ。
計画は整った。
「よっしゃあ、それじゃあ行こうぜ!」
「藤堂ちゃん、まずは水着を着てからね」
意気揚々と裸のままで立ち上がる私を見て。
エマは疲れたように、私の腰を力一杯引っ張って掴まえた。
私はちぇっ、と少しいじけたような口ぶりだけをして、大人しく水着を着た。