別に嫌というわけではない。
繰り返すが、嫌というわけではないのだが。
「ダメに決まっているでしょ。藤堂さん」
「真顔で普通に断られた!」
ガビーン、とショックを受けている藤堂さんには申し訳ないのだが。
いや、僕的にはいいよ。
本当は、別にそういうことをしてもいいのだけれど。
「なんというか、誤解が無いように言っておきますが。別にそういう行為をされるのが嫌とかそんなんではないです。藤堂さん個人を拒んだわけでは無いんです」
全身を泡まみれに。
そして両手に洗体スポンジを持って、何やらショックを受けている藤堂さんを慰めるために口にする。
「いや、本心を言っていいよ。普通に嫌でしょ。ごめんなさいね。初音はシバいとくから」
高橋部長が本当は私もダメだと思っていたのだよね。
そんな口ぶりをしているが、本当は許可出したでしょ。
そうではなきゃ藤堂さんがこんな行動に出ないし、と察しつつも口には出さない。
そこら辺はどうでもよいからだ。
「んー、なんというか」
表現というか、言語化しづらい。
女の子に身体を洗って貰うなんて、僕にとってはご褒美でしかないからだ。
だから、嫌というのはまた違う。
その、なんだ。
「藤堂さん、貴女にとって僕はなんなんでしょう」
「部活動の仲間で、お友達で、これからもっと親しくなりたいな!」
びっ、と親指を立てて元気よく返事をする藤堂さん。
うん、それで文句ないのだが。
「なんか――その、だったら違うと思うんですよね。上手く言語化できないんですが」
「というと?」
「そうですね、無理矢理言葉をひねり出すとすれば、これは青春ではない」
違うのである。
異性との身体の洗いっこは青春ではないのだ。
それだけは間違いない。
「どっちかというとエロ本のシチュエーションですよね。サンオイルを塗るまでがギリギリ青春で、もう風呂場の洗体はそういうプレイですよね」
「それはそう。痛いところを突かれた」
藤堂さんはこくん、と首だけで頷いた。
こんなこと言わなくても、本当は本人も分かっていただろうに。
「だからダメです。あのね、本音を口にしますが、まあ僕は今更言わなくても高橋部長に好感を持っていますし、そりゃあ部員の皆さんも普通に好きですよ。それとこれとは話が別ですよね」
「ぐぬう」
ぐぬう、ではない。
とにかく反論できない藤堂さんを説諭するため、畳みかけに入る。
「それとも夏の想い出にそういうことがしたいと? もうそれだけしか、お猿さんのように考えられないと?」
「いや、うん。ごめんなさい。違います」
しょぼんと、藤堂さんが項垂れる。
わかってくれたならいいのだが。
「そういうわけで、まあお風呂には普通に入りましょうね」
というより。
更に隠した本音がある。
僕もそろそろ限界である。
あれだ、僕の感性自体はそれなりに普通というか、まあ僕の中にもいるのである。
藤堂さんみたいな性欲のケダモノが。
洗体プレイまでやってしまえば、そのケダモノが檻から解き放たれてしまう可能性があった。
あまりある欲望をぶつけて、未だそこまでの関係に発展していない。
四人を性欲のはけ口にしてしまう可能性があるというか。
自分に自信がないというか。
ともあれ、まあ多分限界である。
僕はそういう理性の無い行為をしたくないのだ。
「というわけで、キチンと泡を落としてから露天風呂に入りましょうね」
僕は泡だらけの藤堂さんに、洗面器に入ったお湯を浴びせた。
「ああ! 私の汚れきった性欲が、全身から落ちていく!!」
藤堂さんの性欲だったのか、その泡は。
ともあれ、性風俗のサービスのように全身を泡だらけにしていた藤堂さんは、ひとまず落ち着いたようだ。
僕は背を向けて身体を洗い、ちゃぷりと露天風呂に浸かる。
「……」
湯加減はいい塩梅だ。
僕に遅れて、藤堂さんがお湯に浸かる。
高橋部長たちはまだ身体を洗っていないので、入ることは出来ない。
要するに、藤堂さんとしばらく二人きりだ。
「私は正気に戻った!」
ぐっ、と握りこぶしを空に掲げるジェスチャーをする彼女。
おそらく特に正気には戻っておらず、頭の中はエロで詰まっている。
そういう人だとは知っている。
だが嫌いにはなれなかった。
なんだろうな、前世の自分とすら似ても似つかないのだが。
中学生の頃はこういう煩悩の塊もチラホラいたな、と少し回顧する。
「……」
あぐらをかく。
昼間に遊んだ疲労が、温泉に溶けていくのを実感する。
頭は少し茹だっている。
「梶原君や。ところで、先ほど口にしていたことなんだけどね」
「何か言いましたっけ?」
藤堂さんが、手で波を起こしている。
特に意味の無いジェスチャー。
その仕草をしながら、僕に質問する。
「今更言わなくても高橋部長に好感を持っているって言ってた。まあそれは知ってるんだけどね。それなら、もう少し進展があってもいいんじゃない? 私の先ほどのそれは性急にも程があるって話だけれど」
「……」
まあ、そうだ。
藤堂さんの言いたいことは分かる。
僕と高橋部長の仲はあまり進展しておらず、週に一度デートに行くだけで。
キスをするどころか、告白さえしていない。
だけれどだ。
「そんなに焦る必要ってあります?」
ここからだと、高橋部長に内緒話は聞こえない。
僕は心を少しだけ許して、尋ねた。
「恋愛はお互いの気持ちがあってのそれだからねえ。まあ梶原君は急いで無くても、千尋はそれなりに気にしてるさ」
まあ、仰るとおりだろう。
だがしかし、だ。
「僕には恋愛経験がなくて、よくわかりません」
それが正直なところだ。
どうして良いか、時々わからなくなる。
高橋部長からの好意は感じている。
僕だって惚れている。
だからといって、ではドンドン前に進みましょうね、といかないのだ。
この夏で、この旅行で、とは実のところ考えているが。
「どこかで、二人だけの時間を作るよ。そこでなんとかなる?」
藤堂さんが問う。
湯船の中をこちらへと、猫のように身体を伸ばしている。
僕は答えた。
「……そうですね。その時間を作って頂ければ」
「ようし、じゃあ、なんとかするね」
指で、デコピンをするように湯船の表面を弾きながら。
藤堂さんは魅惑的な表情で、僕にそう告げた。