夏の旅行二日目。
少し口に入った、砂混じりの唾をぺっと吐く。
僕らは築城をしている。
大規模工事であった。
プラスチック製ではあるが大きなスコップを使い、周囲から豪快に砂を掘り集める。
すると、それを材料に高橋部長たちが城に加工してくれるというわけだ。
役割分担だ、うん。
より厳密に言えば、僕に造形センスがないことが問題なのだが。
「梶原君、そろそろ建築素材は十分に集まったから君も造形に挑戦しよう!」
瀬川さんの呼ぶ声。
気づけば、砂山が出来ていた。
仕方ない、素人の手つきで築城に参加するか。
僕はスコップを砂山に突き刺し、他の四人に近づく。
海水を汲んだバケツが横に置いてあった。
砂のお城作りに必要なもの。
それは水分である。
サラサラの砂では築城の素材にならないのだ。
砂は、ギュッとつかんで固まるぐらいがいい。
瀬川さんが事前に調べてきた情報なので、その詳細な理論を僕はよく知らないのだが。
エマさんはペンを、藤堂さんはタオルを頭に巻いて気合いを入れ、その手にヘラを持っている。
高橋部長は全体を見ながら現場監督指揮しつつ、自分でも製作を担当していた。
うん。
いや、そこまで本格的にやらんでもいいと思うのだが。
僕の砂遊びのイメージとは違う。
「その、もっと牧歌的なものになると想像してたんですが」
「あー、クリエイター気質なもんでね、ウチは」
瀬川さんはお城の土台にするつもりの、砂の入ったバケツを指さす。
僕は意を汲んで、それを強引にドンと地面にひっくり返し、バケツ型の土台が出来た。
それを幾度か繰り返し、巨大な土台を作る。
「梶原君、残念ながら和風の城を作るには参考資料が不足していた。西洋建築しかできないね」
「いや、和風洋風はどちらでもいいんですが」
そもそも僕の考えていたのは、幼稚園児が作るようなお城であったからして。
まあ曲輪も本丸も作りたいとは思っていたが、造形についてはそこまで細かくするつもりはなかった。
そんなこと今更言えないが。
だって、皆ガチなんだもの。
「ここを城までの階段にするから、初音はヘラでよろしく」
「あいよ」
藤堂さんがヘラで、階段の形を整えている。
集中力は高く、いつものヘラヘラとした様子は無く、ただひたむきに階段を作っている。
「エマ。城のデザインの全てを任せる。勝負所だよ」
「わかりました」
エマさんはペンで、土台から城へのクリエイトを開始する。
筆付きに迷いは無く、最初から全体像が見えているかのようでさえあった。
「瀬川ちゃんと梶原君は壁作ってね。同心円状に二重の城壁を築こうか」
「アイアイサー」
「承知しました」
何はともあれ、僕と瀬川さんは同心円状に城壁を。
あれだ、中世ヨーロッパ風のアニメでよく見る円状都市を造ろうと試みる。
その作業をしつつ、瀬川さんと話す。
「これひょっとして、もう砂のお城じゃなくてサンドアートに片足を突っ込んでいるのでは?」
「梶原君の本意じゃ無かった?」
「いや、どうせやるなら本気が一番ですが」
嫌ではないのだ。
本気でやるのは嫌ではないが、僕は甘く考えていたのだ。
「エンジョイ勢とガチ勢ぐらいの空気を感じています」
「梶原君、梶原君」
ぺたぺたと、砂粒のついた手で僕の肩を叩く。
そんな瀬川さんが、少し困った表情で口にした。
「梶原君も大概ガチ勢の方だからね。皆を本気にさせたの梶原君だからね?」
「僕ですか?」
何かしただろうか。
すっと僕は指を示された方を見る。
そこには僕が集めた砂山があった。
「材料を用意しすぎなんだよ。ああ、これは結果を求められてるなってなるじゃん」
「いや、そのつもりはなかったというか。何も考えずに穴掘りが楽しかっただけなんですが」
「梶原君の前世は犬だったのかな? まあ、とにかく皆は本気になった。これは止められないね」
ぺたぺたと、僕がシャベルで大雑把に壁を造る。
細かいところは瀬川さんが担当して、造作をこしらえている。
「もちろん、私はサンドアートを作ってさあ楽しかったねということで、波に消されて諸行無常にするつもりはないよ」
「というと」
「良い作品を作ってSNSで流してバズりましょうね。皆で写真も撮ろうね。そして認知度を上げて、夏の即売会での売り上げ向上を狙いましょう」
うん、そういう人だよな、瀬川さんって。
僕は彼女の俗っぽいところを好ましく思った。
いつでもどこでも、部活の広告のことを考えているのだ。
しばらく作業を続けるが、皆早い。
これは五人がかりなら、二時間も掛からずに築城が完了するのではなかろうか。
「ねえ、梶原君」
ふいに、瀬川さんから声がかかる。
「何でしょうか、瀬川さん」
「トンネルをここに造ろうか。城門だね」
ふむ、いいだろう。
僕はスコップを地面に置き、手で壁に穴を少しずつ掘る。
逆側から瀬川さんも掘って、同時に穴が開けた。
穴が無事に開いたことを喜び合い、お互いに伸ばした手をつなぐ。
「梶原君の手、やっぱりゴツゴツしてるね」
「一応男なので」
少しだけペンダコのある、それでもつるりとした瀬川さんの手を握る。
砂粒がついた指が、艶めかしく僕の手をなぞる。
砂遊びの際に生じる独特の感触が、僕の背筋をぞくりとさせた。
「うん、いいね。こういうの」
瀬川さんが、トンネルの奥で小さな笑い声を上げた。
「そうですね」
僕も同じく笑う。
母が言っていた、異性同士にて海で遊ぶと異常に楽しいという感覚は。
母の追憶は、きっとこういうものであったのだろう。
そう実感する。
「さて、真面目にやんないと藤堂がヘラを投げてくるから続けようか」
「そうですね」
僕らは真面目に城壁作りを続ける。
丹念に作業に没頭して、瀬川さんと二人での作業であり。
牧歌的とはほど遠いが、これはこれで充実した時間だ。
満面の笑みで川も造ろう、川もとはしゃぐ瀬川さんを見て。
心のどこかが、安らいでいくのを感じていた。
日差しも、彼女の笑顔もまぶしかった。