貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第十四話「瀬川と作画カロリー」

 

 スコップで壁を大雑把に建築していく、梶原君を見て思う。

 実のところ、彼は我々の事をどう思っているのだろうか。

 それはある程度確認した。

 藤堂が、昨晩の露天風呂での出来事でサーチしたのだ。

 あれは要するに、観測飛行であったのだろう。

 彼女は意図的に斥候役を務めたのだ。

 そうして引きずり出した。

 「今更言わなくても高橋部長に好感を持っていますし、そりゃあ部員の皆さんも普通に好きですよ」という言葉を。

 まあ、わかっていた。

 梶原君がそう考えているのは平素の態度で知っていたが、やはり実際に口にされると違うものだ。

 私はニンマリとした。

 

「ほいと」

 

 壁の造作を整えていく。

 慎重に、だが大胆に少しずつだ。

 あれだ、何かの本で読んだことがあるが、こういう壁には人が住んでいるんだよな。

 1億部以上売れている某有名漫画では、巨人が壁の中に閉じ込められていたが。

 アパートやマンションみたいに、沢山の人が壁の中を住宅として活用して住んでいたパターンもあるという知識がこの瀬川にはあった。

 そこまでこだわるかどうかであるが。

 やめておこう。

 さすがに時間が無いし、あれだ、漫画界には作画にはカロリーを要するという考えがある。

 漫画やイラストには作画カロリーという、制作において『それは必要なカロリーか否か』という境界線があり。

 いくら絵が上手いからと言って、漫画が上手いからと言って。

 正直、そこまでやっても理解できる読者の数など限られているのだ。

 分かる人にはわかる。

 そういった人に褒められはする。

 褒められはするが、そんな一部の人間にしかわからないことをやってどうするのだと。

 この瀬川は、作画カロリーがかかる絵に対して明確に否定派である。

 余人のわからぬものに情熱を注ぎ込んでどうする。

 贅をこらしても、それを理解せぬものに与えてどうする。

 猫に小判というではないか。

 趣味人に対する一品物の芸術品ではない、大衆への消耗品に情熱を注いでどうするのだ。

 この瀬川はオタクである。

 同時に、どこか冷めていた。

 百本の手裏剣があったとしよう。

 それが相手に通じなかったとしよう。

 ならば、百本の手裏剣をより研ぎ澄ますべきか。

 違うのだ。

 その時は千本の手裏剣を投げるべきなのだ。

 数打ってナンボであるという考えが私にはある。

 あれだ、最近ではメジャー誌の三流漫画よりも、マイナー誌の名作漫画が売れるケースも目立つようになったが。

 やはりプラットフォームと言われる漫画雑誌や、出版社における広告力の差というのは未だに覆せぬものがある。

 読者側だって、時には感動したり影響を受けたり、それこそ情緒をグチャグチャにされたりすることを求めてでは無く。

 単に時間さえ潰せればいいだけの、どうでもいい漫画を読みたかったりするのだから。

 結局は質より数を書いた方がよいのだと思う。

 「美しいものを描く」ことと「売れるものを描く」ことは本質的につながっていない。

 そして、この考えはよくエマに否定されている。

 よく論争をする。

 このときばかりは、エマは頑固に自分を曲げないのだ。

 異常偏執者の妄執にしか描けない境地があって、それに自分は到達したいと。

 芥川龍之介の地獄変における絵師のように。

 きっと、エマは漫画家になれるだろう。

 藤堂は彼女が特別(スペシャル)だという言い方をよくする。

 そこにはきっと、二つの意味がある。

 一つは高倉エマというのが、我々の力量を飛び越えて、それこそ他人のアセットを借りる二次創作ではなくオリジナルの舞台に躍り出て。

 いつか自分のドロドロを込めた作品を描くという意味で。

 二つ目は。

 You are my special(あなたは私の特別な人)という意味であり。

 おそらくエマにはちゃんと伝わっていない。

 何度も教えてやろうかと悩んだ。

 悩んだし、藤堂にもちゃんと言ってやれよと口にもしたが、気づくまで言ってやらないと。

 そう藤堂がイジワルするので、未だにそのままだ。

 藤堂がちゃんとエマの事が親友として好きなのだと、何度も口にしていることを。

 きっと、それを知ればエマはあのキュートな顔を真っ赤に染めてしまうことだろう。

 私は愉快げに頬を綻ばせた。

 

「楽しそうですね、瀬川さん」

 

 頭上から、梶原君の声が落ちてくる。

 吹き抜ける風のようだった。

 私がどうしようもなくニンマリと笑っているのを見つけたのだ。

 

「楽しいさ」

 

 こんなに楽しくっていいのかなと思う。

 あれだ、エマには背負って貰うことになるだろう。

 私はエマに将来を少しだけベットしている。

 賭けているのだ。

 もし、エマが高校・大学時代に漫画家になれたら付いていくのも良い。

 もちろん自分でも努力はするが、それはエマのアシスタントとしてである。

 自分に才能は無い。

 それはエマという特別を知って理解させられたのだ。

 所詮は同人止まりの女だと自分のことを受け止めている。

 だが。

 別にそれでもいいではないかと思う。

 人には得意分野があるのだ。

 チームプレイで成功するに当たって、苦手部分を克服する必要は無い。

 お互いがお互いを支え合えば良いのだ。

 エマにも欠点はある。

 この瀬川にとって特別な人にも欠点はあるのだ。

 その多くの部分を『現代文化研究会』という活動を通すことで、補ってきた。

 それでよいではないか。

 ずっとこのままで良い。

 永遠を続けよう。

 イエス・キリストが天国への鍵を与えたのは使徒ペテロに対してであったそうな。

 私は天国に行きたいとまでは願わない。

 ただ現状の永遠を続けたい。

 その永遠の鍵は目の前に存在している。

 梶原一郎という存在だった。

 彼を得ることができれば、我々はきっと無敵になれるだろう。

 それはきっと令和のオタクが知らないコナミコマンドであって、「上上下下左右左右BA」であり、こちらだけチートで無敵モードなのだ。

 もう何も怖くはない。

 

「上手ですね」

 

 梶原君が、私の壁に対する造作を褒めた。

 自分の限界は知っている。

 それでも。

 

「人間、ある程度までは上達するのさ」

 

 限界はある。

 どうしても人によって上限は存在する。

 だけれど、ある一定のところまでたどり着けるのだ。

 努力さえ欠かさなければ。

 

「梶原君。ちょっとだけ質問があるんだけどね」

「なんでしょうか」

「君、高橋部長と二人きりの時間が欲しいとは思わないかね?」

 

 尋ねる。

 人には限界がある。

 現代文化研究会は仲が良い。

 誰もがお互いを認め合っていて、私たちは親友だ。

 少しだけ不器用なところは、相互に補助することで今までやってきた。

 だからだ。

 今回も、光のオタクのくせに、恋愛だけは少し奥手な高橋部長を押してあげるのだ。

 

「旅行の途中、少しだけ時間を作ってみせるよ」

 

 そこで告白をしてしまいなよ。

 そこまでは言わない。

 蛇足であるからだ。

 

「そうしていただけると。藤堂さんにも同じ事を言われましたが、打ち合わせを?」

 

 私の目をまっすぐ見据えての要求。

 大変によろしい。

 

「打ち合わせはしてないけどね。空気で分かるさ」

 

 とどのつまり、私は高橋部長には幸せになってほしいというのが大前提としてある。

 それはそれ、これはこれ。

 私も好きになってほしい。

 ついでで良い、ついでで。

 キャラメル菓子についてくる対象年齢五歳以上のオモチャで良い。

 子供が間違って呑み込まないサイズで。

 それでいて子供の心をくすぐる造形だ。

 私はワガママを言っている自覚がある。

 梶原君に『現代文化研究会』まるごと面倒を見てくれないかと考えている。

 もちろん努力はする。

 皆が幸せになれるよう、この瀬川は努力するさ。

 代わりに、梶原君にも努力して貰いたいのだ。

 この私含めて不器用で、オタクで、ひとりぼっちだと俯いているけれど。

 高橋部長さえいれば、顔を上げて「私たちはオタクだが何か文句あるのか」と強気で言い出す連中を。

 群れれば無敵だ。

 そこに梶原君も加わってほしいのだ。

 それだけが、この瀬川の願いであり、祈りであるのだ。

 私は作画カロリーを制限しながらに、壁を造る。

 自分の最大限の必要とすべき努力が満遍なく行き渡り、最大限の成果を成すこと祈りながら。

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