結局、あのサンドアートには一日を費やしてしまった。
砂のお城は満潮で無くなるだろう。
力強い波の力に少しずつ流されて、一夜にして儚くなってしまうのだ。
だけれど、僕たちの記憶には残っている。
もちろん、瀬川さんのスマホの中にも、SNS上に投稿する記録にもだ。
いつかきっと、僕らの中で良い想い出として共有されるものに変わっていくだろう。
それにしても、そろそろ旅行も五日が過ぎる。
もうじき終わってしまうな。
「疲れました」
エマさんが連日の疲れを吐き出したのか、ソファで寝転んでいる。
うつ伏せになって、クッションに顔を埋めていた。
サラサラのブロンドヘアーは見事に乱れている。
体力ないな、この人。
まあ前世の僕みたいなものだと以前に感じたこと、そのままを思えば当然であるが。
基本的にオタクに体力を求める意味はない。
そんなもの期待する方がおかしいのだ。
ありとあらゆるオタクイベント時に発生する謎の底力は別として。
「梶原君、梶原君」
ひらひらと。
高橋部長がチラシのようなものを手にして、じっくりと読みながらに声をかけてきた。
「なんでしょうか?」
「なんか今日は、花火大会が近くであるらしいよ!」
「ほう」
それは是非行くべきだな。
オタクらしくもなく、僕はその気になったが。
「じゃあ行ってらっしゃい」
藤堂さんがそう告げて、手をひらひらと振る。
完全に見送る側に回っている。
「あれ、藤堂さんは行かないんですか?」
「行かなーい」
疲れた様子ではない。
また、人混みに紛れることを嫌がる性格もしていないだろうにと。
僕は不思議がるが。
「ここは二人で行ってきなさい」
猫のように。
だらっと背の高い長身を傾けて、藤堂さんが高橋部長によりかかる。
背の高い藤堂さんと、背の低い高橋部長の凸凹コンビは顔を見合わせた。
「どうして? この花火大会のチラシくれたの、初音じゃん」
「どうしてもさ。ここは二人で行って貰わねば困る」
不思議がる高橋部長に、そう答えた。
鈍い僕でもさすがに察する。
あ、これか。
露天風呂の時に言っていたように、僕がお願いしたとおりに。
旅行の途中で高橋部長との、ちょっとした二人きりの時間を作ってくれるつもりなのだ。
「他の皆だって行きたいんじゃあないの?」
高橋部長は周囲を見渡すが、返事なし。
エマさんはソファに埋もれて、体力が尽き果てて死んでいる。
わざとらしい、すぴーという寝声まで聞こえていた。
体力が無いのも嘘じゃ無いが、これは寝たふりだ。
藤堂さんはニヤニヤと笑っている。
「瀬川ちゃんは?」
ここにはいない。
先ほど、貸別荘の管理人さんに用があるといって出かけていったはずだが?
しばらく辺りを見渡すと、玄関口からずさー、と滑り込むように現れる。
「高橋部長、管理人さんに浴衣を借りてきました。もちろん高橋部長と梶原君の分だけですけれど!」
「そこは皆の分も用意してこようよ! なんで二人分だけなのさ!!」
そんな気の利かないことはしないのだ。
藤堂さんも、エマさんも、瀬川さんも、これは事前によくよく打ち合わせての計画なのだろう。
「高橋部長、一緒に花火大会に行きましょうか? 二人きりで。どうやらそういう話になっちゃったみたいなので」
「いや! もちろん行くけどね、本当にいいの!? 皆はそれでいいのかね!?」
なんだか高橋部長が抵抗している。
まあ、そういう周囲のことを気にする人なのは分かっているのだが。
ここまでお膳立てされたのだ。
僕も勇気を出そう。
「僕と二人きりじゃ嫌ですかね」
「いや、嫌じゃないけどね。こういうのは皆が一緒じゃないと――」
「そこまで」
僕は手をひらひらとさせ、会話を打ち切ることにした。
「高橋部長。僕は二人で花火大会に行きたいんです。そして、皆さんがそういう気遣いをしてくれたのに、応じないほどに愚か者でもないんですよ。さあ行きましょう」
「……」
高橋部長は、周囲を見渡して。
少しだけ悩んだ後に、決断をした。
「わかった。一緒に行こうか、梶原君」
「はい」
僕等は二人きりで、花火大会に行くのだ。
この夏の海水浴旅行の締めくくりに。
*****
高橋部長の浴衣姿はよく似合っている。
胸が大きいと和服は似合わないと聞いたことがあるが、僕にはそうは思えない。
相変わらずトランジスタグラマで、背丈は小さいけれど、エネルギーに溢れた姿だった。
常に光り輝いている。
「何か食べますか?」
僕は出店を歩きながら、何か食べようかと誘うが。
「いや、いいよ。お腹空いてないから。帰ってから皆で食べよう」
高橋部長はまだ皆を気遣ってるのか、どうにも楽しみきれないでいるようだ。
そういう優しいところが好きだった。
彼女と手をつなぐ。
柔らかい手だった。
「どこからが一番よく花火が見えますかね?」
僕は悩む。
さて、僕はそれなりに覚悟をしている。
こうして時間を作って貰った以上は、成すべきことを遂げるつもりだった。
そうでなければ、藤堂さんたちにも申し訳がない。
「うーん、ちょっと神社の境内外れまで歩く? 出店が無いところ。そこだと人も少ないし」
人気が少ないのは好都合だった。
いいだろう。
二人して、のんびりと歩く。
神社にぶら下げられた提灯の光を浴びて、僕たち二人の影が伸びている。
「お、花火始まったよ、梶原君」
「そうですね」
どーん、と景気よく花火が打ち上がり始めた。
真っ暗闇に美しく咲き、確かに素晴らしい光景だったが。
僕にとっては、そんなことどうでもいいのだ。
心臓はバクバクとなっている。
恥ずかしながら、前世でもやったことのないことを僕はするのだ。
覚悟は決めていた。
この海水浴旅行の締めくくりに、楽しい共有時間を過ごした後に告白するのだ。
大変良いタイミングに思えた。
この春からの四ヶ月の間に、僕たちの関係もある程度進展を見せた。
だから、いいだろう。
臆していないで、今こそ彼氏彼女の関係への発展を望むべきだ。
そう考えている。
「ねえ、梶原君。今頃、皆も貸別荘の庭で花火を見ているのかな?」
「そうでしょうね」
「全く、不器用なやり方にも程があるね。ウチの連中は」
成功率は高い。
限りなく高いだろう。
そんなことはわかっている。
だから、今だ。
「ねえ、高橋部長」
僕はささやく。
ただ彼女の名前を呼ぶ。
そうして、ぎゅっと握っている手の圧力を強めた。
「なんだい、梶原君」
少しだけ照れた声で、返事をしてくれる彼女に。
僕は宣言する。
「キスをしてもいいですか?」
告白も同然の台詞を。
「おおう? いきなりだね」
きっと、もっと遠回りな告白を想像していたのだろう。
高橋部長は戸惑い、少しだけ周囲を見て。
誰もいないのを確認した後。
「ねえ、梶原君。私でいいの?」
人間違いでは無いのかと。
その真偽を尋ねるかのように、言葉を絞り出す。
「貴女がいいんです。他の誰でもなく」
僕は正直な心だけを口にする。
むしろ、駄目なのだ。
高橋部長以外は嫌なのだ。
少なくとも、この世界がどれだけ滅茶苦茶な価値観であっても。
僕の価値観の方がこの世では間違っていたとしても。
僕が抱いた初恋は、貴女だけなのだから。
「なら、喜んで。梶原君」
やはり、ささやくような言葉で返事をした。
僕は背を縮め、逆に高橋部長は少しだけ背伸びをして。
海水浴旅行の締めくくりとして、僕等は同時に目をつむり、小さなキスをした。