旅行期間の一週間が過ぎた。
大体のことはやった。
海水浴や砂遊びといった海遊びに飽きたら、それこそ庭でのバーベキューもやったし、近くの水族館に行ってシャチやイルカのショーを観たりもした。
大体のことはやり終えたと思う。
良い一週間であった。
その締めくくりとして、やるべきことがある。
「アンタップ・アップキープ・ドロー」
呪文のように唱える。
海水浴旅行中の最終日、僕等は早々に帰り支度を済ませて。
帰りの電車までの時間をどうして潰そうかと思い、そして暇な時間があればオタクという物は何かゲームをするのだ。
僕と高橋部長にとってのゲームとは、イコールでカードゲームのことで。
旅行だというのにそれぞれデッキを持ってきていて、二人でプレイをしている。
「瀬川さんは?」
「貸別荘の鍵を管理人さんに返しに行ったよ」
思えば懐かしい。
高橋部長と出会えた切っ掛けはカードゲームであり。
このおかげで、僕たちは友人になり。
現代文化研究会という同好会に誘われて、多くの友人を得ることが出来た。
そして、今では――キスだってした。
「藤堂さんとエマさんは?」
「浜辺に、貝拾いに出かけたよ。らしくもないけれど」
おそらくは気を利かせてくれたのだろう。
僕は三人に感謝しながら、色々な事を考える。
「梶原君、それ最初に私が貸していたデッキと同じだね」
「思い入れがあるので」
あれから三ヶ月、僕は所持していなかったカードをショップで揃えて。
最初に高橋部長に貸していただいたデッキと、全く同じ物を組んだ。
デッキ構築の一枚一枚がそっくりだ。
おそらく、このデッキ構築が崩されて、他のデッキに転用されることはないだろう。
ずっとそのままだ。
カードゲームのルール上で現行環境落ちして、いつか使えなくなったとしても。
それぐらいに思い入れがある。
僕は、高橋部長と出会えたことほど。
「ねえ、梶原君」
カードゲームをやっていて良かったと思うことはないのだ。
前世であれだけ傾けたゲームへの情熱に、少しだけ不純な気もしているが。
その情熱が理由で、惚れた女性と出会えたのだ。
「まだまだあっつい日々が続くねえ、梶原君」
「そうですね、まだ夏も序盤で八月初めですから」
無難に、時候について語る。
窓から見える空は晴天だ。
ウミネコは朝も早くからニャーニャーと鳴いている。
「この海水浴旅行、楽しかったね」
「そうですね。皆と来られて本当に良かったです」
「ねえ、梶原君。キスを先にしといてなんだけど。私の事好き?」
重要なこと。
それを先に確認される。
僕等はまだ告白という物をキチンとしていない。
「好きですよ」
「うん、私も梶原君の事が好き」
認識のズレが無いことを確認する。
そして、お互いに話をする限りでズレはない。
僕は一安心して、いよいよ踏み切る。
アクセルスタートだ。
「高橋部長。言おう言おうと思っていて、いつ言い出すか迷っていたんですが」
「――は、はい」
互いに結論は出ているのだ。
それでも僕はちゃんと告白をする。
「僕は高橋部長が人として大好きですが、女性としても好きです。何回かデートをこの四ヶ月重ねて、ずっと考えていましたが。僕なんかが告白を申し出るとすれば、失礼でしょうか?」
「失礼なことなんて、ないよ」
僕は顔が火照るのを感じた。
何せ、人生初めての告白準備であったから。
緊張で背筋がピンと伸び、高橋部長が返事をすべく口を開いた。
「梶原君、あのね。ずっとこうして側にいられたらと思うんだよ。私、お母様から梶原君の事を色々と聞いたんだ。他人に心を開かないところとか、どうにも雰囲気に馴染まないところとか」
「事実ですよ。僕の悪いところです」
そうだ。
きっと、僕はオタク同士にしか心を開けないのだろう。
それは分かっている。
自分の趣味を共有できない人間とは、同じ空気を共有することすら不快だと思っている。
それこそ我慢は出来ても、息苦しいとは思っているのだ。
だから、こうも現代文化研究会の空気に馴染んだ。
「ねえ、私にも悪いところが一杯あるよ」
「そんなものあるんですかね。僕はないと思っていますが」
「あるさ。具体的には、まあ梶原君を他人に盗られたくない。独占したい。自分の卑しさと独占欲はよくよく分かっているよ。多分、現代文化研究会の皆がギリ許せる範囲で、それ以外の女に盗られたら発狂しちゃうよ」
それはまあ普通なのでは?
そもそも一夫多妻制でなかった前世を経験していれば、僕などはそう考えてしまうが、この世界では嫉妬深い方なのだろう。
「梶原君、ねえ。私と付き合ってくれるかな。私の想いはきっと重たいけれど。君が私の事を嫌いになったら、それは綺麗に諦めるから。でも、そんなことはさせないと約束するから」
卑下と約束を。
それを口にしつつも、ハッキリと言ってのける。
「きっと、死ぬまで退屈させないから。だから私の側にいてくれるかい?」
告白をしようとして、逆に告白される。
女性からの、男に送る告白だった。
「ねえ、高橋部長」
僕はそれを真っ正面から受け止める。
「僕は男として足らんところが色々とあると思うんです。例えば、貴女に告白させてしまったところとか。いえ、まあ、世間の常識では女性からになってるんですが――」
足らないところ。
僕の世間に疎いというか、変な価値観のそれ。
それ自体は付き合いの内で理解してもらっているだろうが。
「僕の中ではね、男の側からも、キチンとすべきものであるということになっているんですよ」
僕の中ではそういう価値観になっているのだ。
だから。
「だから、僕からも告白します」
僕が今からやるそれも、真っ直ぐに受け止めてもらいたい。
「僕と真剣に交際してくれませんか、高橋さん。それこそずっといられる将来を見据えて」
「喜んで!」
高橋部長はそれこそ飛び跳ねそうな勢いで、叫んだ。
あれだ。
まあ色々とあった海水浴旅行だが。
何事も上手くいった!
これ以上ないほどに上手くいったのだ!
互いに、旅行前は考えもしなかったほどに。
「それはそれとして、真剣勝負と参りましょうか」
僕は手札を確認する。
別にカードゲームにおける勝利を目的とはしていない。
ゲームに負けても死ぬわけではないのだ。
負けて悔しいと言う思い入れはない。
大会でもなんでもないし、まして恋人同士の遊戯である。
だけれど。
「わかっているよ。手加減は嫌いなんだよね?」
ゲームそのものは真剣にやるべきなのだ。
僕はカードゲームをするだけで楽しい。
それが恋人同士となれば尚更だ。
勝利を掴もうとはすれど、真の意味では勝利を目的とはしていない。
けれども。
「そうですよ。遊ぶなら真剣に遊びましょう」
むしろ、だからこそ、僕は真面目にゲームをするのだ。
ただ、楽しむために。
お互いに相手を尊重しながら。
今にも喜びで叫び出しそうな心境を必死で抑えて、手札をプレイするのだった。