貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第十八話「帰りの電車にて」

 帰りの電車内。

 無事に六泊七日の海水浴旅行を終えて、健康的に肌を焼いた五人組で。

 それぞれが色々な想いを抱きつつ、電車に揺られている。

 都市圏と違って旧式の電車はガタンゴトンと静かな物音を立て、小気味よく旅行がついに終わるという感傷を覚えさせた。

 四人席は座れないから、誰かがひとりぼっちにならないようにと。

 横並びの席に五人で肩を合わせて、大人しく電車に揺られている。

 それにしてもだ。

 

「梶原君、何か食べる? 適当につまめるスナック菓子は買っておいたんだけど。指が汚れない奴だよ」

「頂きます」

 

 高橋部長が甲斐甲斐しい。

 いや、それ自体はいつもと変わらないのだけれど、声色で分かる。

 あれは自分の中に存在する「女』を完全に自覚した人間の声だ。

 貸別荘を出て、電車に乗る前に説明を受けた。

 さきほど高橋部長がしっかりと告白をしたこと。

 そして、梶原君がそれを真正面から受け入れたこと。

 それだけではない。

 梶原君の側からも、愛していると告白をしたのだ。

 これは特別である。

 この男性が貴重で優遇された世界で、能動的に男性が行動に出ることは少ない。

 男性の側から君を愛していると告白するだなんて光景は、まるで少女漫画のワンシーンのようでさえあった。

 二人がキチンとした恋仲になったことを報告されて、私たちはそれを受け入れたが。

 どうにも、甘ったるい味が口内に満たされていた。

 コーヒーが欲しいな。

 無糖の奴だ。

 はて、とはいえ私も、この瀬川も無関係ではない。

 藤堂が口にしていたとおり、結論としては良い流れであるのだ。

 上手いことやれば、私も梶原君との同棲生活が約束されるだろう。

 もちろん実現したわけではないし、梶原君からそういう約束を得たわけではないが。

 将来は皆して目標に向かって頑張ろうね、という話に持ち込めないこともない。

 

「……」

 

 藤堂はなんか梶原君と接触したいなあ。

 別に性的なことではなく、なんか話したいなあ。

 しかし、告白が成功したばかりの高橋部長との間に挟まるのもなんだしなあ。

 親友の邪魔はしたくない。

 おそらくはそんなことを考えながら、ぐにゃぐにゃと身体をよじらせている。

 欲望と理性がせめぎ合っているのだ。

 不定形な粘体のスライムのように、行動を躊躇っている。

 

「すぴー」

 

 エマは私に頭を預けて寝ていた。

 体力ないからね、仕方ないね。

 それにしても「すぴー」だなんて寝息を立てるお人形さんみたいなエマを見ていると、変な庇護欲が沸く。

 私はそんなことを考えながらに、今後について思う。

 さて、どうしようかなと。

 まあやることは決まっているのだ。

 将来は「現代文化研究会」の、このヘンテコな五人組で暮らしていければいいな。

 その夢が出来た。

 繰り返すが、やることは決まっている。

 

「エマさんは、そろそろ本格的に漫画家を目指すんですよね。なんかこの海水浴旅行中に、さらっとそんな話を聞きましたけど」

 

 梶原君が、いつの間にか知ってるエマの夢。

 五人の席の並びは藤堂、梶原君、高橋部長、エマ、私の順で。

 この瀬川は全員が確認できる位置を、あえて選んだ。

 

「うん、そろそろ二次創作という他人のアセットを使わずに。オリジナルを書いてみるって言ってたねえ。まあ初めてやるから難儀するだろうけど」

 

 高橋部長が、エマを優しく見つめる。

 エマはそれにも気づかずに寝ていた。

 

「まあ、エマならやるよ」

 

 その言葉には信頼と慈愛が含まれている。

 そうだろう、エマならやるだろう。

 それこそ皆ずうっといっしょにいられる将来への道が開くためなら、なおさらだ。

 この私の肩に寄りかかっている彼女には、無限の可能性があった。

 

「私たちも頑張らないといけませんね」

 

 私はそう返事をする。

 エマが漫画家になる道を応援する。

 それは大前提として、私たちも協力しなければならない。

 話は以前からしている。

 こうなったらいいな、できたらいいな。

 未来からやってきた猫型ロボットには頼れない夢について。

 この高校時代の青春というものを通す過程で、欠けたピースはもう埋まった。

 梶原君だった。

 彼をニカワにして、全員で将来を全うする夢を持っているのだ。

 もちろん、彼を抜きにしても将来は四人一緒にいられればいいねと。

 我々の友情が永遠であれればいいねと、ずっと思っていたけれど。

 夢はしょせん夢だった。

 高橋部長は、もっと高みを目指せたかもしれない。

 性格も頭もよろしくて、成績は学校でもトップクラスなのだから、将来は有名大学を目指すと口にしていたし。

 今のところ、その予定についての変更はないだろう。

 

「……高橋部長、失礼ですが将来の予定は?」

「念のため大学は出るけれど。そうだね、就職だってするつもりではいたけど。これからのエマが叩き出した結果次第では、就職をせずにエマと一緒に漫画を描くことになるかな……。何、チーフアシという言葉には憧れもあるものだよ」

 

 高橋部長がエマというバケモノエンジンを搭載したマシンを目の前にして、どうするかといえば。

 キーを回し、アクセルを踏み、ハンドルを操ることを選択する。

 光の戦士である高橋部長の人生にとってエマは絶対に必要ではないが、根暗なエマにとっては彼女というドライバーが絶対に必要なのだ。

 どうしても高橋部長が全体の指揮を執る必要がある。

 

「……」

 

 相変わらず、話題の最中にいるエマは寝たままである。

 きっと安心したのだろう。

 保護猫が、ようやく懐ける飼い主と生涯添い遂げる覚悟をしたような。

 そんなリラックスした表情を見せている。

 

「エマには後で相談しましょうか」

 

 私から話をしても良いが。

 

「そうしようか」

 

 きっとエマは高橋部長から直接言われた方が喜ぶであろう。

 そんな理解を示して、私は口の端を綻ばせる。

 

「まあ、高橋部長とエマはそれでいいですよ。でも、その、将来は」

 

 将来、私たち五人はどうなっているのだろうか。

 それを話題にしようとして。 

 

「僕たちもずっと一緒にいられればいいですね」

 

 梶原君に先手を取られた。

 仲間はずれにしないで欲しいな、とばかりに彼が口を開く。

 うん、そうだけれど。

 まさか、そちらから言い出してくれるとは思わなかった。

 

「一応聞いときますけど、まさか僕だけは手伝わずにいろとかそういう意識あります?」

「いや、それはない」

 

 ちゃんと梶原君だって働けるだろうし、社会で働いている男性だって珍しくはない。

 どうしても数が少ないから、田舎のタヌキ程度にチラホラいる程度になる上に。

 それに富裕層に囲われるパターンが多いため、経営会社に役員として籍を置いているだけというパターンが多いと言うだけでだ。

 確かにしっかりと働いている人はいる。

 いるけれど。

 

「ただ、まあ養われてくれたらいいよ、と考えてもいるだけでね」

 

 高橋部長の言葉には少し嘘がある。

 要するに、外で女を作られたくないのだ。

 その想いがある。

 

「いやいや。こういうのは全員が努力して初めて実を結ぶものでしょう。家で大人しく家事をやってろというのは仲間はずれにされてるみたいで嫌ですし。僕も外で働いて家計を入れるなり、漫画のアシスタントをやるなりですね」

 

 その想いは今のところ、梶原君には通じていない。

 心配だなあ、という想いと同時に。

 今からそんなこと心配してどうするのだ、とも思う。

 あれだ、ひとまずは何事も上手くいっているのだ。

 この五人で生きていきたい。

 その目標は出来たのだから。

 

「……とりあえず、帰ったら夏の即売会ですねえ」

 

 自分で、直近の予定を確認するように口走る。

 まずは力試しだ。

 これが上手くいかなければ、二次創作でさえ頒布数がこなせないのなら。

 オリジナルもまた上手くいかないだろう。

 

「もう準備は終わったんですよね?」

 

 梶原君の言葉。

 うん、もう終わってはいる。

 だから、後は計画通りに事が運ぶかどうかだ。

 広告・宣伝の状態は大変よろしい。

 SNSは先日のサンドアートがそれなりにバズって、サークルの認知度も上がっている。

 

「そりゃあもう完璧さ」

 

 不安はありつつも、見栄を張る。

 ここで転げていては話にならないからだ。

 私たちの夢を成就させるためにも、ひたすらに成功を積み上げる必要があった。

 将来をずっと皆と共にあらんことを祈りながら、私は夏の同人誌即売会に対して思考を飛ばす。

 何もかも上手くいきますように!

 ただそれだけを考えた。

 

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