貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第十九話「旅行帰りの藤堂初音」

 家に無事帰りつくまでが旅行で。

 そして、結論として私の旅行は終わってしまった。

 旅行中に梶原君と何か良いことがあったのかを聞きたがる、母と妹のおしゃべりにテキトーに返事をして。

 適当に買った旅先の菓子をテーブルに置いて、それでも食べていろと言い捨てて自室に戻る。

 

「あー、終わった」

 

 海水浴旅行は終わった。

 だが同時に、これは始まりでもあるのだからして。

 この私は、藤堂初音は時が過ぎるのが名残惜しいとは思わなかった。

 なんてったって、これからはもっと楽しくなる!

 夏はまだ終わっていないし、春夏秋冬、それぞれの良さがあるというものではないか。

 春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて。

 そう書かれたのは枕草子であったか。

 惚れた異性がどの季節でも側にいてくれるならば、これ以上の喜びはない。

 

「ふふん」

 

 鼻を満足げに鳴らす。

 あれだ、全てが理想以上に事が運んでしまったな。

 私の恋は未だ実らずではあるが。

 親友である千尋の恋が実ったならば、とりあえずオールオッケー。

 すでに未来は手中に収まりつつあると考えて良い。

 このまま千尋と一緒になるなら私もと、流れるように一夫多妻に持ち込むのだ。

 ああ、しかし駄目だ。

 ここで油断してはいけないというのが、本当のところだろう。

 スマホが振動する。

 グループチャットの着信であった。

 

「どれどれ」

 

 ベッドに横たわったまま、スマホを見る。

 最初の発言は瀬川であった。

 夏の即売会の頒布における注意を再確認?

 暑さ対策について?

 釣り銭の準備は済ませた?

 相変わらずお堅いことだ。

 まあ、瀬川が真面目にやってくれているからこそ、私たちも安心できるというものだが。

 私は返信する。

 「そんなことより家で母親に何か言われたか?」と。

 我が家でも口うるさく子細を聞きださんとした存在。

 母というものについて、各位に確認する。

 

「お母さんが私の事とは関係なく、最近他のお母様方とチャットするようになったって凄い喜んでた」

 

 エマのなんとも言えない発信。

 うん、まあ、いいのではないかな。

 エマの母親も、エマを中身そのままで歳を取らせたような感じらしいし。

 この私の母親は少し私に似てアレだが、友人とするには申し分なかろうと思うのだ。

 いや、まあそれはいいのだが。

 

「ヤったのかヤってないのか詳しく聞かれなかった?」

 

 私はとりあえず猥談に持ち込む。

 それは年頃の処女がすべき義務的なところがあるからだ。

 もちろん、残念ながら行為には至れなかったのだが。

 

「聞かれるわけないでしょ、常識的に考えて……」

 

 瀬川の真っ当な返事。

 今頃画面の向こう側ではしかめっ面をしていることだろう。

 そんな姿を想像しながら、またポチりポチりとメッセージを打つ。

 

「でも告白に成功したことぐらいは報告したんでしょう? 千尋」

 

 千尋の場合は、まあ個人的な告白に成功して、梶原君と正式にお付き合いすることになった。

 それぐらいは母親に報告しているだろう。

 

「まあ、したよ一応。別にそれぐらいなら明かしてもいいでしょう」

「それはそう」

 

 別にやましいことなど何もないのだから。

 あまり親には干渉されたくないものだが、最低限の報連相ぐらいはしても良かった。

 なにせ、今回は私たちの母親と、梶原君のお母様が接触しているわけだし。

 そういえば、その内容については聞いていないな。

 誰か知っているものだろうか。

 まあ、どうでもいいってはどうでもいいけれど。

 

「母親が今度、梶原君のお母様とまたアフタヌーンティーに呼ばれていると話していました。ちょっと嬉しそうでした」

 

 エマのそんなお話を聞く限りだと。

 まあ、茶会のネタにはされているだろうなと思う。

 生暖かく、親の立ち位置から我々の恋愛を見守るつもりでいるのだ。

 まあ別に構わない。

 からかいもなければ、口を挟むつもりもないだろう。

 なにせ、一番の要点である梶原君のお母様が、そこら辺を口だしさせないために動いているようだし。

 

「ふむ」

 

 万事順調、ヨーソロー。

 我々の船は進むべき方角に真っ直ぐ進んでいる。

 だが風は吹いているだろうか?

 たとえ船員が如何にベテラン揃いで気心がしれていて、各々の勤めを果たしていても。

 風が吹かぬ事にはどうしようもない。

 六分儀があっても望遠鏡があっても、どうにもならないのだ。

 船旅は進まない。

 

「夏の即売会が試金石かな?」

 

 今回も、今までの月一で参加してきた即売会と同様に、梶原君が売り子をやってくれる。

 その集客力はあるし、「現代文化研究会」というサークルもそれなりに認知度ができた。

 私たちの漫画だってそこそこの出来ではあるし。

 何より誰より、エマのフェティシズムには強烈なファンも多い。

 ここいらで、大きくエマの名を売っておきたいところだ。

 私はそんな考えを、グループチャットにて発信する。

 千尋からの返事がすぐにあった。

 

「そうだね、いい区切りになると思う。エマに関してはここらでオリジナルに転向してもらうべきかなって」

 

 だよなあ。

 別に二次創作での同人頒布が悪というわけではない。

 むしろ純粋なファンフィクションは尊ばれるべきだろう。

 だが、他人のアセットを借りての創作は何処まで行っても、それでしかないのだ。

 即物的欲求を満たすためのエロだって、今の時代は二次よりオリジナルが強めだ。

 エロ。

 エロねえ。

 

「エッチなことがしたい。一番手は千尋でいいから、と」

 

 私は素直にそう入力した。

 

「何で急に話が逸れたの? 今大事な話してたよね」

 

 千尋の強い反発。

 告白を成功したばかりの浮かれポンチで、彼女面をしているのだ。

 私の言いたいところは彼女への揶揄いではない。

 

「逸らしてないよ。あれだよ、エロの経験がない人間にエロが描けるのかという話をしているんだ」

 

 大事な話をしているのだ。

 あれだ、オリジナルをやるのは良い。

 だけれど、まずやるにしてもエロから始めた方が良いという考えなのだ。

 人間の本能に訴求する分野から始めた方が、描いている方の上達も早く、読んでいる方の反応もわかりやすいのだ。

 性癖は誰も誤魔化せないから。

 

「私はいたって真面目な話をしているよ」

 

 千尋が、少しばかり沈黙。

 他の二人も空気を読んで何も発信しない。

 ようやくにして、千尋が絞り出した意見は。

 

「その、一年後辺りを目処にそういう関係になれればいいかなって……」

 

 千尋にしては頑張った方だとは理解している。

 だが私から見れば我慢がならない怠惰である。

 遅すぎる、あまりにも。

 

「千尋だってこの先のエロ発展をお祈りしているわけだろ?」

「そりゃあまあそうだよ。それを否定したら人間としておかしいでしょう? それ以前にも同じ事言ったよね」

 

 以前にもやったが、この会話。

 あれだ、女の子がエロの話をして何が悪いのかと言いたい。

 

「梶原君だってエロには興味あるはず――」

 

 そう口にしようとして。

 あれだ、お風呂場で滅茶苦茶拒まれたことを思い出す。

 入力を途中で止めて、現実を見つめ直す。

 

「と思いたいけれど、そこらへん厳しそうだね」

「そりゃそうでしょ」

 

 瀬川の返信。

 諭すようにメッセージは続く。

 

「あれだよ、高校生の男女の青春的な戯れは大好きというか、むしろ憧れがあるけれど。同時になんかそういう即物的なエロに忌避感があるのが梶原君であるんだよ。多分、責任とか覚悟とか考えちゃうタイプ」

 

 うむ、瀬川は甚だ慧眼である。

 確かにそういうところがあるな、梶原君。

 ならば望み薄か。

 

「エマのエロ同人の技術を上げるためなんです、お願いしますと土下座っても駄目かしら?」

「深刻なアホなの、藤堂。それこそエロ同人の発想としか……」

 

 瀬川から哀れみの言葉が発信された。

 いや、駄目なのはわかっているけれど。

 別にこれぐらい妄想してもいいじゃん。

 私はそんなハッピーな事を考えながら。

 

「うーん」

 

 だんだん、穏やかな眠りに誘われて。

 スマホを横に、誰からともなくグループチャットを終了し。

 そっと、惚れた男に抱きしめられる妄想をしながら、眠りに落ちた。

 

 

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