貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第二十話「コピー本を作ろう」

 

 八月真っ只中に開催予定の大型同人即売会。

 それにあたって、皆が「現代文化研究会」の部室でコツコツと働く中で。

 エマさんに個人的な相談があると呼び出された。

 他の部員の皆は気を遣ってか、どういうわけだか全員が席を外している。

 

「コピー本を作ろうと思うんです」

 

 コピー本。

 読んで字がごとく、そのままの意味である。

 同人業界において、業者に依頼せずに自分でコピーして作る本のことを意味する。

 

「いいと思いますよ」

 

 僕は微笑んで返事をした。

 あれだ、要するにだ。

 僕はエマさんが言いたいことを先んじて口にする。

 

「いよいよオリジナルに挑戦されるんですね?」

 

 こくん、とエマさんが頷いた。

 前々からその一次創作をしたいという欲求があるとは伺っていた。

 まずは試金石として、少数配布のオリジナルを描いたコピー本を作ろうというのだろう。

 大変良い試みだと思う。

 何事もやってみるのが一番だ。

 

「大変よろしいかと。他の皆さんにはもう相談されたんですか?」

「ううん、まだ。とりあえず先に梶原君に相談したいって席を外して貰ったの」

 

 おや、とここで僕は首を傾げた。

 そういった相談をするなら、まずは高橋部長に対してであろう。

 相談相手に相応しいし、エマさんが一番信頼している人物でもある。

 次に瀬川さんであり、広報担当である彼女からは良いアドバイスをもらえるだろう。

 その次が藤堂さんで、あの人は自分の性癖に正直な感想を述べるだろう。

 僕なんかは最後の最後であるべきだ。

 

「その、梶原君にだけは先に尋ねようと思って」

「はあ、そりゃあ相談くらいならば乗りますけど」

 

 その相談の優先度は低いだろうと訝しむ。

 僕はここ四ヶ月でイラストを練習したばかりの素人である。

 素人意見しか出せないのだ。

 そして素人の意見が役に立つことはない。

 なんなら批評家といわれる存在でさえ、何かクリエイターの役に立ったことを見たことがない。

 藤堂さんに言わせれば、生産性のない無産の極地が批評家であった。

 

「相談というか、あの、というかコピー本に出す原稿は描いたんです。表紙併せて16Pのやつ」

「もうですか? 他の方の力も借りずに?」

 

 夏の海水浴旅行から一週間も経っていないぞ。

 僕は素直に感嘆した。

 

「その、モノクロだし。背景とか小物とかは殆ど描いてないから」

「ほうほう」

 

 色々疑問点はあるが、僕は素直に頷く。

 エマさんの才能は本物だ。

 絵も上手ければ速度も速い。

 現代文化研究会の皆さんが、エマだけは多分本業で漫画家になれると見込むのも不思議ではない。

 

「でね、怒らないで欲しいんだけど。とりあえずこれを読んでね」

「はい」

 

 怒らないで欲しいとはなんぞや。

 僕はエマさんが差し出してきた原稿を受け取り、それを読み進める。

 仰るとおり、背景や小物とかは殆ど描いていない、登場キャラも二人しかいない。

 ごくごく簡素なモノクロの原稿であった。

 相変わらずエロだ。

 ギリギリR18ではないが、確定でR15は食らう感じのエロだった。

 まあ同人誌に成人向けであるかないか以外の表現規制なんか殆ど無いけれど。

 それはそれとして。

 この本にはただ一つ問題がある。

 

「これは僕ですね」

「ごめんなさい」

 

 謝られても。

 別に怒りはしないけれど、その同人誌に出ているキャラは明らかに僕に似ていた。

 要するに生モノ(実在の人物・生き物を題材にしたジャンル)である。

 別に僕は有名なミュージシャンでもタレントでもないけれど。

 問題はそこではない。

 

「……」

 

 僕は腕を組んだ。

 さて、どうしようか。

 男の器量が問われるところである。

 いや、別にいいのだけれどさ。

 肖像権がどうとかこうとか言うつもりはない。

 

「これは僕が売るんですよね」

 

 売り子は僕である。

 最初の問題がそこだった。

 

「ごめんなさい。ホントごめんなさい」

 

 エマさんという一見無害に見えるが、その中にはとんでもないドロドロを込めた存在。

 それがクリエイターというものである。

 業(カルマ)が深いのだ。

 だからそれ自体は仕方ないと思うが、僕は僕の外見に最も限りなくエロに近い蛮行を働いているキャラクターの同人誌を売り捌く必要があるのだろうか。

 

「何も考えずに描いてたら、ああ、これ怒られる奴だなと最後に気づいたんです」

「うん、そこで気づいたのは良かった」

 

 多分、これは僕じゃあなくて他の皆さんが怒りそうな気がする。

 海水浴旅行で話がまとまったところに何やっているのエマと、ツッコミが入る奴だ。

 僕はぺらりとページをめくり、最初から読み直す。

 

「なんか首を絞めていませんか?」

 

 僕は女性の首を絞めていた。

 かなり乱暴な振る舞いである。

 

「されたいなって」

 

 されたいのか。

 いや、そんなこと言われても困るのだが。

 

「腹部も殴ってますが」

 

 首を絞めるのと等しく、かなり乱暴な振る舞いである。

 

「されたいなって」

 

 エマさんの被虐性癖どうにかならんのかなと思う。

 僕はたとえ彼女と恋人の仲になっても、そういうプレイをする自信がなかった。

 ハードコアに過ぎるのだ。

 

「いや、実際にされたことないのでわからないんですが。本当にされたら想像と違うなってなるかもしれません」

「そりゃそうですよ」

 

 多分痛いからヤダってなると思うのだ。

 SMによく使われているローソクだって、あれはプレイ用のローソクなのだ。

 実際にやられたら痛くて苦しいので、普通に嫌だと思う。

 多分。

 そうだといいな。

 そうだったらいいなと本当に考えている。

 

「このエマは未だ発展途上の漫画家ですが、とりあえずありったけを込めて描いた結果としてこんな感じに」

 

 性癖についてはほぼ完成されている気がするが。

 そういう余計な口は挟まないでおこう。

 とにかく、こんな感じになってしまったのは仕方ない。

 

「で、何ですか。描いたまでは良かったんでしょうが」

「はい、何もかも終わった後に。先ほども申しましたとおり、これ怒られる奴だなって気づきまして」

 

 気づくの遅いな。

 まあ仕方ない。

 要するに、これを僕が許容できるかどうかなのだが。

 

「燃やしますか?」

 

 このまま荼毘に付されるのはあまりにも惜しかった。

 この業(カルマ)を燃やしたエロに最も限りなく近い同人は、少なくともエマさんの渾身の力作であったから。

 

「売りましょう」

 

 僕はきっぱりと言ってのけた。

 

「いいんですか?」

 

 ビクビクとしながら、エマさんが僕の顔色を窺う。

 かまわないのだ。

 男の器量の見せ所という奴である。

 もっと別なところで見せたかった?

 それはそうだが。

 

「エマさんの才能を隠しておくのは勿体ないですよ。ここは推して参りましょう」

 

 僕はエマさんの背中を後押しすることにした。

 問題は、これ多分高橋部長とか藤堂さんは怒るだろうなと容易に想像できることだが。

 まあいい。

 とにかく、いくらエマさんがどうしようもない変態であったとしても。

 変態だからこそ至れる境地もあるし。

 そもそもオタクはだいたい変態である。

 どうしようもないと考えて、僕は優しい声で告げた。

 

「この作品を世に出さないのは勿体ないと思います」

 

 ただ、これは多分事前に言ったら怒られる奴なので。

 しばらくは高橋部長たちには隠していよう。

 

「おお……有り難うございます」

 

 ぎゅっと原稿を抱きしめるエマさん。

 その外見には可愛げがある。

 問題は握りしめている原稿がハード陵辱エロであるということだけだ。

 しかし、受け入れよう。

 少なくともエマさんの性癖が世に認められればいいなと。

 僕だけは、少なくとも理解を示してあげようと思う。

 

「梶原君、そろそろ入ってもいい? 何の会話してんのか知らないけれど」

 

 トントンと、部室のドアをノックする音。

 そんな藤堂さんにはまだ打ち明けられないなと思いながら。

 

「どうぞ。話は終わりました。開けて頂いて大丈夫です」

 

 とにかくも、話を終えるのだった。

 多分即売会当日は内輪もめするのだろうなと、容易に想像しながら。

 

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