貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第二十一話「エマさん、普通に叱られる」

 コピー本の頒布計画はある程度順調だった。

 普段は臆病なエマさんが自ら乗り気でやる気を出したとあって、多くは咎めずに瀬川さんは了承したのだ。

 だが、当然ながら即売会の頒布物にはスタッフの見本誌チェックが入る予定である。

 

「変なの書いてないよね。いや、変ていうか直接的なエロはないよね。大事な事だから一応聞くんだけど、梶原君は内容を知っているし大丈夫だよね」

 

 瀬川さんは急に不安になったらしい。

 即売会開催の前日に、そう尋ねてきた。

 

「カイテナイヨー。ワタシヲシンジテイイヨー」

 

 エマさんは答えた。

 ブロンドヘアーの容姿と相まって、インチキ外国人ぽい喋り方であった。

 ああ、描いているな、これはという反応が部内に流れた。

 

「ちょっと出しなさい。確認するから」

 

 僕個人としては反応に困る内容なので、とりあえず『見』の姿勢に回る。

 知りながら黙っていたのは僕の責任もあるので、まあ庇うつもりではいるのだが。

 エマさんが大人しくコピー本を提出する。

 すでに印刷は済ませており、無料配布予定だから五十部ほどしか刷っていない。

 その内の三冊が皆の手に渡った。

 反応は大体予想できるとおりで。

 

「エマ、ちょっとそこに座りなさい。大切なお話があるから」

 

 とりあえず高橋部長は説教を選んだ。

 エマさんはもう座っているのだが?

 

「はい」

 

 エマさんは椅子から立ち上がり、床に正座した。

 なるほど、そういう意味で「座れ」か。

 僕は感心すると同時に、エマさんに三人が近づくのを見た。

 文字通り詰め寄っているのだ。

 

「何? この、何?」

 

 高橋部長は問うた。

 何かを口にしようとして、それでも絞り出せない何かを。

 

「私のパトス(情念)を絞り出した結果、このようなものが生産されました。どうしようもなかったんです」

 

 エマさんは珍しく、オドオドとせずに、

 高橋部長の顔を正座したままに見つめた。

 自然、下から見上げる形となり、高橋部長が見下ろす形となる。

 

「うん、そこに何一つ嘘はないんだろうけど……エマが悪い子じゃないことは知っているけれど……」

 

 そういう問題ではないよね、と言いたげに部長は薄いコピー本を丸め、ぽかりとエマさんの頭を叩いた。

 暴力ではない。

 そこにはなんでこんなことしたの、と咎めたくはあるけれど。

 

「うん、エマの性癖は知っていた。その被虐的な性癖は知っていた。だからね、こういうのを描くのが悪いって言ってるんじゃ無いんだよ。内容もギリギリ性的表現じゃないし。最も限りなくエロには近くあるけれど」

 

 諭すような声色だった。

 エマさんの性癖に関しては修正しようが無いし。

 そもそもオタクは皆変態だ。

 いや、オタクだけでは無く、そもそも人間は誰しもが変態性を心の底に飼っているのだ。

 僕はそのように考えている。

 

「でも生ものは駄目でしょう? 具体的には梶原君をモデルにしちゃあ駄目でしょう?」

 

 それはそう。

 

「梶原君も、なんで止めなかったのさ……。全部知ってたんでしょう?」

 

 瀬川さんが、矢印の方向を僕に向けた。

 まあ、僕も瀬川さんに「大丈夫ですよ!」と力強くすでに言ってしまっていたしな。

 それでなお秘密にしていたのだから。

 

「いや、僕はすでにオーケーを出してしまっているので」

「いや、駄目でしょ。甘やかしたら」

 

 瀬川さんは甘やかしの育児教育を咎める妻のような台詞を口にした。

 同時に、右足で軽く蹴る。

 エマさんの脇腹に刺さるサッカーボールキックだった。

 

「ふぐぅ!」

 

 エマさんが嬌声のようなものを口から上げた。

 対して痛くはない暴力だし、エマさんはそもそもマゾだからどうでも良い。

 

「エマ、やっていいことと悪いことがあるでしょう?」

「私が悪いことは事実です! でも、手が、この手が勝手に!」

 

 確かに悪いのはエマさんだろう。

 だが、手が勝手に動いたというのも事実なのだろう。

 僕は彼女の性癖に哀れみを抱いた。

 悲しいなあ。

 悲しすぎて、僕なんかは許してしまったのだが。

 

「焼こうか。もうそれしかないよ」

 

 とりあえず藤堂さんはコピー本の全てを焼くという結論を出してしまったらしい。

 擁護の余地はないのだろうか。

 とりあえず、横合いから口を挟む。

 

「藤堂さん。まあまあ、僕の顔に免じてですね」

「その梶原君の面目を汚す行為をしているから、私たちが叱っているんだけど」

 

 彼女は正論を口にした。

 それはそう。

 僕は一瞬にして黙り、そうかな……そうかも……という雰囲気になるが。

 さすがにエマさんが一人で一生懸命にチクチクと製本した五十部のコピー本が焼かれるのは可哀想だ。

 

「なんとかなりませんか。今更止めるなら、その前に僕が止めるべきだったのではと」

「いや、だからね。エマが梶原君の優しさに付け込んで、こういう本を作るのは良くないかなって」

 

 藤堂さんの冷静なツッコミ。

 まさに正論なのだが、エマさんが彼女の足に縋り付く。

 

「すっごくよく描けたんです! 渾身の出来だったんです!!」

「出来がいいのと、人様の肖像権を侵害するのは別でしょうが!!」

 

 藤堂さんの普段の行動も大概だが、まあそれより今回のは問題だ。

 そうとは理解しつつも、確かによく出来ているのだよなあ。

 僕は段ボール箱に入っているコピー本の一部を抜き取り、その薄い本をひらひらとさせる。

 

「まあ、僕がいいとすでに言っちゃったので。そこまで問題を深刻に受け止めずに」

「いやあ、私はアカンと思うよ。これで内容を本気にしちゃう人がいたらどうすんのさ」

「いますかね? 現実と創作は別でしょ」

 

 確かに買った人は、ああ、これ売り子の人とソックリだなぐらいは考えるだろうが。

 

「いいかい、エマは変態だ。それは知ってる。そしてエマの本を喜んで買う人たちも変態だ。エマと親友の私たちだって変態だ。人は皆が変態だ。別にそれ自体はかまわないさ。人様に迷惑を掛けなければ思想信条は自由さ。日本ではそれが保証されている」

 

 それはそうだろうが。

 

「でもこの場合、明らかに梶原君に迷惑が掛かってるよね?」

「僕がその迷惑を許容すると言っているんですが?」

「うーん、どう言えばいいのか、具体的にどういった問題が発生するのか。そこら辺が私も上手く言えないんだけどさ」

 

 と藤堂さんが悩み。

 

「マジでいいの? これは真面目にちゃんと聞くよ。本当にいいんだね?」

 

 高橋部長が、滅茶苦茶真剣な顔つきで尋ねてきた。

 描く前なら止めたけれどさ。

 もう描いてしまったし、それに出来はいいのだ、出来は。

 

「二度は許しませんが、どうせ少部数ですし。エマさんがせっかくオリジナルに挑戦した試金石を燃やすのはちょっと心が咎めます。今回は頒布しましょうよ」

「うーん、梶原君がそこまで言うなら、まあいいけどさ」

 

 悩んだ挙げ句に、高橋部長は許可を出した。

 特に問題になることはあるまいよ。

 

「SNSの公式アカウントでの宣伝はしませんよ、さすがに。無料配布だからエマの固定ファンが多分持って行くでしょうが」

 

 瀬川さんは宣伝そのものは拒んだ。

 まあ、それはな。

 

「私の中の梶原君が穢されている。褥ではもっと優しいよね?」

 

 藤堂さんは、コピー本をぱらぱらと捲りながらに口にするが。

 

「少なくとも僕が仮に将来エマさんとそういう関係になったところで、こういうプレイは拒みますからね?」

 

 僕の性癖がそんなんではないことだけは伝えておいた。

 未だに正座したままのエマさんが声を上げた。

 

「そうなの?」

 

 不思議そうな声だった。

 まるで妄想と現実の区別がつかなくなっているかのような。

 おそらく創作の世界に浸りすぎたのだろう。

 なので。

 

「ちょっと無理ですね。僕はサディストの申し子じゃないので」

 

 僕はきっちりとエマさんの中にある、妄想の僕を否定しておくのだった。

 

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