貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第二十二話「夏の即売会」

 夏の即売会が始まった。

 僕がすべきことは、いつも通りにコスプレをしての売り子である。

 今回は夏の即売会ということで涼しいものを選ぼうと、着流しを着用している。

 昔の文豪にその作品に応じた特殊能力を持たせるという、風変わりな作品キャラクターのコスプレであった。

 売り上げは順調だ。

 そもそも「現代文化研究会」自体が壁サークルと呼べるほどではないけれど、そこそこの認知度を誇っている中堅サークルである。

 今回も問題なく、発行した全部数を捌けるペースであると確信できた。

 エマさんが、あいかわらずオドオドと話しかけてくる。

 

「梶原君、その、コピー本はもう全部捌けたね」

「無料頒布ですしね」

 

 壁サークルに並びたい人も多いだろうに、開始早々に来てくれた参加者の方々には渡しておくべきだろうと。

 中でもエマさんの濃い作風を好む方々が、新刊を購入すると同時に受け取ってくれた。

 五十部しかないから、もう在庫は切れている。

 

「喜んでくれるといいですね」

 

 僕は素直にそう考えた。

 まあ、登場人物が僕というのが問題であるけれど。

 それはもうあまり気にしないことにした。

 過ぎたことである。

 

「渾身の出来だったと思うんです」

「エマ、次にやったら今度こそ燃やすからね? 本じゃ無くてエマごと」

「私も!?」

 

 藤堂さんは未だに納得がいっていないようだが。

 うん、次やったら反省の色無しとみて、本人ごと燃やすけれど。

 まあ今回はいいではないか。

 

「おーい、挨拶回りが終わったよ」

 

 開催時間から一時間が過ぎて、他サークルへの挨拶回りを終えた高橋部長と瀬川さんが帰ってくる。

 それに加えてだ。

 なにやら、スーツ姿の成人女性が加わっている。

 

「お疲れ様でした。そちらの方は?」

 

 他のサークルのお偉いさんかしら。

 僕はそんなことを考えるが。

 

「あのね、大手出版社の方。エマのコピー本をお読みになったそうで、ちょっと話があるって。他のサークルから伝手をたどってこちらに来られたんだけど」

「話ですか?」

 

 その成人女性の方が、チラリと僕の方を見た。

 きょとんとした瞳で、ビックリとした顔である。

 うん、そのコピー本に載っている人物とおんなじ顔だからね。

 仕方ないね。

 

「私、こういう者です。エマさんのコピー本を読ませて頂いて、是非とも一度だけでいいから話をと」

 

 僕から視線を外し、スーツ姿の女性は懐から名刺を取り出す。

 エマさんはおっかなびっくりそれを受け取った。

 横目でチラリと名刺の内容が見えたが、確かに出版社の編集さんのようであった。

 

「さて、高倉エマさんでよろしいでしょうか? まずは今回のコピー本、非常に良い作品でした」

「あ、ありがとうございます」

「男性に苛烈な愛のある暴力を振るわれたいという、倒錯した劣情に思わず愚娘も感嘆させられました。それでですね、是非とも一度お会いしたくて、こちらに案内していただいたのですが――」

 

 また編集さんは僕の方をみて、言っていいのかしらと悩む気配を隠そうとせず。

 それでいて、ハッキリと口にした。

 

「実際のプレイ内容でしたか?」

「違います」

 

 創作と現実を一緒にされても困るのだ。

 暴力的な僕は、エマさんの妄想の中にしか存在しないのだから。

 

「失礼しました。では妄想ということですね。自分の知己を用いて勝手にそういう妄想をしてしまう高倉さん。私は貴女に才能を感じています。大変よろしいですね」

 

 それは本当に良いのだろうか。

 まあクリエイターとしては良いのかもしれない。

 人としては明確にアカンだろうけれど。

 

「それでですね。ライトノベルのコミカライズなどで親しくさせて頂いている漫画家様のサークルに、こちら高橋さんと瀬川さんが挨拶にこられまして。丁度良い、是非一度エマさんにも、ご挨拶をと」

「あ、ありがとうございます」

 

 まあ、ともあれ出版社の編集さんに認められるというのは大変良いことだ。

 エマさんの才覚がそれだけ際立っていると言うことである。

 それを証明できたことを考えれば、僕がサディストの申し子にされた甲斐もあるというものだ。

 エマさんは相変わらず姿勢が低く、ぺこぺこと頭を下げている。

 

「で、ですね。挨拶が終わったところで、今回はそれだけではなくてですね。お仕事の話をさせて頂きたくてですね」

「お仕事」

 

 まあ、何の用件も無く挨拶に来たわけでは無いだろう。

 そういう話になるのが自然だな。

 ライトノベルのコミカライズ作家としてのお話かしら?

 それとも漫画の担当編集となり、持ち込みしないかというお話かしら?

 僕は色々な事を考えるが。

 

「今回の作品をとりあえずブラッシュアップして、キャラクターの容姿はそのままに読み切りという形で雑誌に載せませんか?」

「喜んで!」

 

 今回の作品を読み切りにしたいという話だったらしい。

 どんな雑誌だろうか。

 ハードコア、女性向け、色々なフレーズを僕は頭に思い浮かべるが。

 それはともかくだ。 

 ガッチリと握手した編集さんとエマさんにだ。

 

「駄目に決まってんだろ」

 

 とりあえず藤堂さんがストップに入った。

 げし、とエマさんの足に蹴りを入れる。

 うん、まあそうなるわな。

 

「どうして!?」

 

 どうして、ではないのだよエマさん。

 雑誌連載という果実を前に、盲目になっているのかもしれないが。

 

「まあ、わかっていますよ」

 

 ほら、編集さんの方が冷静だ。

 何もかもわかっているという顔で、安心させるように口にした。

 

「読み切りが好評なら連載にして欲しい。そういうことですね」

 

 何一つ、わかっていなかった。

 そういう問題ではない。

 別に読みきりで評判が良かったら連載にするとか、そういう観測気球を上げてみたいとかの話ではない。

 

「私の権限でなんとか――」

「駄目っつってんだろ」

 

 藤堂さんが編集さんにも蹴りをいれた。

 初対面なのに容赦ないな、この人。

 

「何が駄目なの? 藤堂ちゃん」

「割と作品の全部が駄目かなって」

 

 うん、割と全部駄目だよ。

 だって登場人物が僕だもの。

 

「まあ、キャラクターのこの鬼畜梶原君を変えたらいいんじゃない?」

 

 僕、一応は前世もあるのだけれど『鬼畜』と言われたのは前世でも今世でも初めてだよ。

 軽犯罪の一つどころか、原動機付自転車のスピード違反すらやったことがないのだが。

 

「それはよくないですよ」

 

 ぶんぶんと、編集さんが首を振る。

 何故に。

 

「この一見穏やかで優しそうな男性キャラクターが、たった16ページの中で見せる草食系から肉食系への豹変。女性へと平然と暴力を振るい、女体への欲望をさらけ出して性のはけ口としてしか女性を見ていない変貌を見せるのが大変よろしくてですね」

 

 まあ、僕も読んだから大体そういう内容だった。

 えげつねえなと思ったけれど、好きな人は好きだと思う。

 それは否定しない。

 エマさんの性癖を否定することになるからだ。

 だから内容は別にかまわないのだが。

 

「どうかその貴方の欲望を隠さないで頂けますと」

「僕とこのコピー本を同一視しないで欲しいんですけど」

 

 頭を下げて、エマさんにではなく僕に頼み込む編集さんを拒否する。

 こうやって勘違いというか、期待を寄せられても困るのだ。

 あまりにも僕に登場人物が似過ぎている。

 ゆえに僕が許したのはコピー本を頒布するまでであって、商業展開を許すとは言っていない。

 

「そういうわけで、お疲れ様でした。しまっちゃおうね」

「はい、しまっちゃいましょうね」

 

 大体そういうこと言われると分かっていましたよと。

 しまってしまうお姉さんと化した高橋部長と瀬川さんが、編集さんの両脇を掴む。

 そのままどこかに引きずっていこうとする。

 駄目な大人ぽいから、そこら辺の地面に埋めておいたらいいと思うよ。

 

「あの、私の商業展開が、未来への栄光がですね」

 

 エマさんが手を伸ばすが。

 編集さんは遠く、遠くに引きずられていく。

 まあ冗談というか、コントを演じるのはここまでとして。

 

「で、どうするんです?」

 

 僕はエマさんにではなく藤堂さんに尋ねた。

 

「キャラクターの外見だけは変えて貰おう……。それが嫌なら話はなしで」

 

 まあ、それしかないよな。

 僕はため息を吐きながら、編集さんが取り落としたコピー本を拾い上げて。

 それを丸めて、ポンポンと自分の肩を叩く。

 コピー本の中から、エマさんの情念が漏れ出て自分の身体にとりつくような気がしたので。

 僕はそれを遠ざけて、サークル机の上に丁寧に置くことにした。





2巻の発売日前日となりました。
もう店舗に並んでいるところもあるかと思います。
どうかご購読をよろしくお願い致します。

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