話をまとめるとだ。
僕等の母親が五人集まり、前のようにアフタヌーンティーを楽しんでいたのだが。
そのまま僕等の将来についての話が盛り上がって、二次会・三次会と続けて。
そうなると未成年の僕等と違い、アルコールが入ってくる。
皆がそれなりに酔い潰れてしまって、もう母さんは足下も怪しいので藤堂さんのところで泊まるから。
せっかくなので、僕等も自宅で打ち上げを続けていいとのことだった。
何がせっかくなのだろうか。
アレだ、母さんの期待しているところが僕にはわからない。
「いい家に住んでいるねえ、梶原君。千尋はさすがに来たことあるよね?」
藤堂さんがダイニングテーブルに、スーパーのビニール袋を置いた。
中にはジュースと菓子類がパンパンに詰まっている。
「えーと、ないよ。住所は知っていたけど」
あるわけない。
健全なお付き合いというか、そもそも先日まで彼氏彼女の関係でも無かった高橋部長を家に呼ぶわけなかろう。
部屋に入れるなんてもってのほかである。
年頃の男女の振るまいではあるまい。
「座ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
許可を得てからソファに座る瀬川さんに、きょろきょろと周囲を見るエマさん。
別に何を見ても参考になるものなど無いと思うのだが。
ふと、飾られている写真に視線が止まる。
我が両親が若い頃に撮影した写真であった。
「こちらが梶原君のお父さんですか? よく似てますね」
「似ていますね。あいにく僕は父の事をよく覚えていないのですが」
僕と違って線の細い父だが。
あれだ、自分をそこそこのイケメンにしてくれたことは亡き父に感謝している。
「お母様、よく独り占めにできたね?」
高橋部長が本当に不思議そうに、写真を見つめている。
まあ世間的常識で言えば、部長の仰るとおりで一夫多妻制が普通なのだが。
「父が身体が弱かったらしいんですよね」
父の早逝は事故死ではない。
病死である。
元々、先天的に身体が弱かったらしいのだ。
生まれついて寿命が短いのだから、当時の医学ではどうしようもない。
令和ならば、まだ延命のケアができたかもしれないがね。
父は十分に生きたと考えているというのが母の話だから、まあ哀れむ方が失礼だろう。
「母以外に愛する女性は必要ないというのが父の考えだったと聞いています。父方の祖父や祖母も、短い人生だからこそ自由にさせてあげたいと。何分世知辛い世の中です。限度はあったようですが」
「なるほど」
世間では珍しい僕の環境に、高橋部長は頷いた。
僕は父の純愛が嫌いではない。
「それで、梶原君はどうなの?」
「僕ですか?」
買ってきたペットボトルのサイダーを開ける。
僕はと聞かれても、見ての通りだ。
「見ての通り、筋肉ムキムキのマッチョマンですが? 身体の頑健さは母方の血が強かったんでしょうね」
虚弱さなど欠片もない。
体重の軽いエマさんや、体躯自体が小さい高橋部長どころか。
お胸の大きい瀬川さんや、長身の藤堂さんだって片手で担ぐことができる。
僕は運動音痴だが、鍛え上げた肉体には何一つ嘘がないのだ。
筋肉は僕を裏切らない。
僕も筋肉を裏切ってはならない。
そういう誓いを――
「いや、そうじゃなくて、その――恋愛的な嗜好として、どうなのかなって。お父様と似たような考えかなと」
「ああ、そちらですか」
そういう話はすでに済ませたものと、受け止めていたが。
まあ真面目に向き合って話をしたことはないな。
嗜好としてどうか?
ハーレムを現実的に喜べるかどうか?
まあ、普通に考えたら嫌だよ。
というか、単純に嫉妬心から生じる奥さん同士のいがみ合いだの誰が本妻だのの問題があるし。
聞けば実際に一夫多妻制の国家における男性の方々も、前世では苦労しておられた。
そういう意味では嫌なのだ。
僕はエロゲのハーレム系主人公的な嗜好をしていないのだが。
「難しい質問ですねえ。以前に答えたとおり、将来は皆一緒に暮らせたらいいね、という回答では駄目ですか?」
「……」
高橋部長が口ごもる。
さて、部長がどういった返答を求めているのか。
実のところ、僕は理解しかねている。
高橋部長以外は瞳に映らないという返答ではない。
貴女だけを愛するという言葉を求めているわけではないだろう。
そういう性格をしている。
皆を一緒に愛して欲しいのが本音だろうが。
「僕の本音をどこまでも知りたいと? 全て明らかにしたいと!」
「そう!」
高橋部長では無く、藤堂さんが答えた。
「梶原君にとって嫌な関係を続けても意味ないからね!!」
藤堂さんの言葉で、完全に理解した。
要するに、この人たちは前世の僕なのだ。
完全無欠にオタクの童貞野郎なのだ。
結果良ければ全て良しではなくて、何処か純情を求めている。
エッチなことに興味はあるけれど、それは異性の身体を求めてだけではなく、相手の心まるごとを得たいと思っているのだ。
そうでなければ、恋愛をする価値を感じられないのだ。
オタクはどこまでいっても人付き合いが苦手な偏屈で、自分のことを何処か嫌いな卑屈で、サブカルチャーの光に隠れた陰キャでしかないのだ。
「全て承知しました。僕の本音を話します。よく聞いてください」
僕は息を吸った。
仕方ないのだ、本心本音を口にしよう。
気づけば、他の四人皆の視線が僕に集中していた。
「僕は――なんというか、本当は普通に恋愛するのがいいんですよ。それは世間でいう一夫多妻制では無くて、なんというか、たとえば高橋部長とずっと二人きりで死ぬまでいるような」
本音はそうだ。
そうなのだが。
「ですが、皆さんは例外ですよ」
僕はここで一呼吸置いた。
「例外というと?」
「皆さんとなら、心が許せるオタク友達とのサークル活動ならば、死ぬまで続けられたらいいなと。永遠に僕等は青春が続けばいいなと。そういう想いも嘘じゃ無いんですよ。だからですね」
僕は椅子に座ったまま、眼前の藤堂さんを見て。
はっきりと言ってのけた。
「ちゃんと愛することができますよ。別にベッドで寝るだけじゃない。この夏の海水浴旅行みたいに。誰かと何処かへ出かけて、食事をして、観光をして、お互いが愛しているかをはっきりと確認して。藤堂さんであれ、瀬川さんであれ、エマさんであれ。現代文化研究会の皆なら、愛することができますよ」
そうだ。
例外なのだ、ここにいる皆は。
逆に言えば他は断じて無理だが。
『オタク仲間』以外とそういうことをするのは僕は嫌というか、普通に無理だ。
「だから、まあ変な遠慮とか、実は我慢しているんじゃ無いかとか。そういう心配は不要です」
結局、僕からの好意をまだ疑っているのだ。
オタクだからハッキリと言われなければ、異性と愛し合うことができないのだ。
その面倒くささは自分が陰キャのオタクだから誰よりも理解している。
「やったぜ!」
だからまあ、それを受け入れられた藤堂さんの喜びは理解する。
両手を上に伸ばして、猫のように背伸びをしてガッツポーズをとる彼女は理解しよう。
だけれど。
「じゃあ――その、なんだ」
眼前にいる彼女のようにだ。
相手の好意を疑う必要が如何に無くなったとはいえだ。
「お母様が帰ってこないうちに、早速だね。褥を全員で一緒にしてだね。ひとりずつ順番に処女を卒業させて欲しいと――」
前世の僕はだ。
いくらなんでも、ここまで性欲直結型のアホではなかったとは思うのだ。
うん。
バカ! という叫びと共に思い切り、高橋部長に横面をビンタされている彼女を見ながらに。
僕は大きなため息を吐いた。