「と、いうようなことがありました」
翌朝、それぞれの家に帰り着き。
私は『現代文化研究会』のグループチャットで――もちろん梶原君には秘密のチャットにて。
ようやく少し進展があったことを報告した。
本当は二人だけの秘密にしておきたいが、あれだ。
報告しないと「あいつらセックスしたんだ! 私たちに隠れてセックスを!!」とか初音が言い出すからだ。
「お前さあ。そこで、もう一押しができねえから処女なんだよ」
なにが悲しくて、キスすらしたことない処女に、処女であることを煽られねばならんのだろうか。
初音について、ホントしょうもない人間だなと見下してやる。
「あれだよ。我々が寝こけている間に、性交に及ぶことを期待していたんだよ。それを裏切っておいて、そのような純愛の進捗状況を聞かされても困るんだよ、キミィ」
初音の愚痴。
彼女のいつもの挨拶であり、本気ではない。
「はいはい、いってなさい」
「千尋、私もキスしたい。あわよくばエッチなことをしたい。強引にされたい。そこのところを梶原君に言い聞かせてくれないかね」
「何が悲しくて私がそこら辺を誘導しなきゃいけないのさ」
私の恋愛は私の恋愛。
お前の恋愛は、お前の恋愛にすぎない。
そこのところを勘違いするつもりは無いのだ。
「自分でやりなさいな、自分で」
「それが出来ないから千尋に頼んでいるんだよ、キミィ」
知らんがな。
もう初音の言動は無視しよう。
それでだね、他に気になることがある。
私の恋愛は順調だが、他にも確認しておくべきことが。
「エマ、進捗どう?」
私は彼女の進捗状況を気にした。
「順調です。少し方向性を変えました。確かに身内じゃないと中々キャラクターを生み出すのは難しいですが、それは何も梶原君である必要は無いんですよ」
「ほう」
といっても、身近な男性など梶原君以外にはいないが。
なにせ、我々は人工授精の子供たちであるからして。
男親はいないし、惚れた男も梶原君以外にいない。
そこのところをどうするつもりなのかと考えるが。
「要するに、身内を性転換したらいいんですよ。具体的には藤堂ちゃんを男性化しました。大変ドスケベに熱心な男の子が出来ました」
「ほうほう。いい思いつきだね。それはいいことだ」
私はうんうんと頷き、同意のメッセージを送信する。
その手があったか!
身内のトランスセクシャル(性転換化)は昨今プロの間でも使われる手段である。
何も問題が無い。
「え、私の人権が迫害されてる? 肖像権は何処に?」
「ないよ、そんなの」
歴史に残る偉人でさえもトランスセクシャル(性転換化)される時代である。
藤堂初音の人権など無いに等しいのだ。
少なくとも私は許可する。
「そのような大変シツレイなことが許されていいのかね?」
「梶原君の名誉さえ守れれば別に……」
初音の発言は、瀬川ちゃんの心底どうでもよさそうなメッセージに抑えられた。
うん、割とどうでもいいかなって。
心底どうでもいいかなって思えるのだ。
「まあいいけどさ」
割と初音自体もどうでもいいと考えているだろうし。
梶原君をそのまま使うのがマズイのであって、身内を性転換してキャラクターにしても許されるのだ。
オタクとはそういうものだ。
そもそも有名TRPG(テーブル・トーク・ロールプレイングゲーム)の女性キャラクターの中の人が男性だったなんてのは、昭和の時代からやっているのだからであって、今更だ。
うん、そのように納得する。
オタクの業は深いなあとは思うけれどもさ。
「じゃあ商業での読み切り掲載はバッチリかな?」
「バッチリですよ。ちゃんと順調に進捗は進んでいます」
ならいいけれど。
あれだ、もう心配事は無い。
夏にやるべきことはやり終えただろう。
旅行に入った。
告白もした。
その、二度のキスだってした。
だから、何事も順調なのだ。
あとは一夫多妻制の世の中だし。
他の皆にも、梶原君と仲良くなって欲しいところだが。
「それはまた後でいいか」
メッセージには載せず、ぽつりと呟く。
私の心は狭くない。
そりゃあ将来は、梶原君と褥を一緒にすることだって考えよう。
皆と一緒にだ。
将来のそこいらは許せるが、ちょっとばかしの間は独占してもいいと考える。
私のワガママだ。
もう少しだけ、二人だけの恋愛を楽しませて欲しいのだ。
私にだって独占欲はあるのだから。
それくらい許されてもいいよね、と考える。
「千尋! 君の今後の方針について伺いたい。ズバリ我々がエッチなことを出来るのはいつか! 報告を願う!!」
初音の必死なメッセージ。
それに対し、私は返信をしないでおく。
「自分で頑張りなさいな、そこは」
私は冷たくスマホに呟き捨てた。
あれだ、梶原君は私を大事にしてくれている。
だから、少なくとも学生時代はそういうことはないだろうなとも考えている。
するとすれば卒業式かな。
学校も卒業すると同時に、エッチなこともスタートしちゃおうかな。
乙女を卒業しちゃおうかなと考えているのだが。
まあ、それを口にしたら最後、初音は遅すぎるんだよ、あまりにも……と激怒するに決まっている。
だから言わない。
もう、それ以上のエロ発展をお祈りしたいのなら、お前が頑張ってくれよ。
私は現状で満足しているのだから。
「初音、自分で口説きなさい」
一度、以前にも言ったことがあるようなメッセージを送る。
一夫多妻制の世の中である。
別に初音が梶原君を口説く分には良いのだ。
梶原君が私と初音の両方と付き合ってくれると言うなら、別にそれでいい。
エッチな展開になったって、梶原君が私を優先してくれることは間違いないのだから。
ちょっと進捗が早まったところで私は嫌ではない。
「そんなことが簡単に出来たら、苦労はしないよ。何さ、自分だけ良い想いをしちゃって」
初音が拗ねている。
まあ、本当にただ拗ねるだけで、別に私たちの恋愛を邪魔するつもりは無い。
だから放置だ。
だが、餌の一つぐらいはくれてやろう。
「あれだよ。今度は初音との二人きりの時間を作ってあげるから。それで我慢しなさい」
「その言葉が聞きたかった」
グループチャットに、グッとガッツポーズをしたアイコンが流れる。
「私たちは」
「その、私も」
餌を投げられたばかりの鯉のように、群がってくる皆の声。
それをあしらいながらに、私は答えた。
「はいはい、今度ね。今度。とりあえず、梶原君との夏の想い出も作ったんだから。今最優先でやるべきことは商業のお話だからね。それは未来につながるお話だからね」
そうだ、未来につながる話だ。
将来のことだ。
エマが漫画家になって、私がチーフアシスタントになって、瀬川ちゃんや初音もアシになって。
皆で食べていく。
梶原君も一緒に、五人揃って同じ道を歩いて行く。
それが出来ればどれだけいいだろうと考えている。
まあ、なんとかなろうだろうさ。
なにせ、明るい未来という特大の果実がそこにぶら下がっているのだから。
「じゃあ私は落ちるから」
そう打ち込んで、報告は終わった。
私はスマートフォンの画面をオフにして、ベッドの上に放る。
そして机に置いてある、液晶タブレットに立ち向かうのだ。
「私は私で、きっちりやるべきことはやらないとね」
画力向上のための勉強である。
自分に、漫画家になるための才能も努力も足らないことは分かっている。
それはそれとして、まだ高校生の時点で諦めるのもどうかと思っているのだ。
エマという大黒柱があるとしても、自分が、この高橋千尋の実力が高いに越したことはない。
うん、私も頑張ろう。
私はそう意気込んで、タブレットの電源を入れ、ただひたすら絵の世界に没頭することにした。
梶原君との将来の絵図を、頭の中で描きながら。
2巻発売中です。
よろしくお願いします。
紙でも電子でも良いので、お買い上げ頂けましたら嬉しいです。
【挿絵表示】
また没となった旧二章ですが、話が混乱するのでファンティアの方に移動させて頂きました。
ご了承ください