貞操逆転世界のオタサーの王子様   作:道造

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第七話「エッチな行為?」

 

 同人誌を読まれている。

 初音の提案で、すでに撤去した『エグイ』同人誌ではない。

 『現代文化研究会』が発行した同人誌である。

 正直、恥ずかしいという思いはある。

 男性向けの本だとは思っておらず、完全に女性向けの冊子だからだ。

 エロではないがエロである。

 流行作品のキャラのパラレルで、いまだ16歳の未成人である我らがギリギリのエロを攻めたものなのだ。

 だが、当部活の活動内容は知ってもらわなければならないから読んでもらっている。

 一応、そこそこの腕だとは思っているのだ。

 最初に同人誌即売会に参加した時など50冊も刷ったのに、たった4冊しか売れず。

 残りの冊子は皆で泣きながら燃やしてしまったのだが。

 その時の屈辱が我らを変えたのだ。

 努力した。

 懸命に努力をした。

 思えば一年の時は誰もがずっと漫画を描いていたな。

 液晶タブレットに四人で立ち向かう、灰色――ではないが鉛色ではある青春だ。

 それはそれで悪くなかった。

 漫画を描きながら、話をすることぐらいはできる。 

 瀬川も、初音も、エマも、皆ひたすら液晶タブレットに向かって絵を描きながら、お互いに話し合うのだ。

 次は何冊売れるかな?

 目標は大きく、4冊の倍である8冊だ、なんて。

 お互いを励ましあって成長してきたのだ。

 結局、ポスターを作ったり、SNSアカウントを作って告知をしたりして。

 必死に宣伝をするようにして、毎月出している本の300冊は捌けるようになった。

 だから、恥ずかしいけれど、梶原君に見せるのだ。

 どうだい、大したものだろう、と。 

 

「……」

 

 彼は沈黙して同人誌を読んでいる。

 心配があるとすれば、私たちの描いているものはエロではないが、限りなくエロに近い本であった。

 フェチだ。

 それぞれがフェチに特化した本を出しているし、肌色も多めだ。

 それが男性である梶原君にどう受け止められるかが心配だったが。

 彼が首を傾げながらに言う。

 

「部長は男性の手が好きなんですね」

「うぐ、気づかれるか」

 

 あんなにも梶原君は真剣に読んでくれているのだから。

 気づかれても当たり前だろう。

 それが私のフェティシズムであった。

 手だ。

 男性の手が大好きであった。

 あの、女性には到達しえないグラビアアイドルが汗だくで何か物を担いで運んでいたりする写真集の。

 その際の筋トレで鍛え上げたゴツゴツとした手が好きだった。

 食い入るように見つめてしまうのである。

 だが、もはや世間のグラビアアイドルに興味はない。

 私が興味を持つのは――

 

「どうですか、僕の手など」

 

 彼の手である。

 筋トレのしすぎで、皮膚が硬質化してゴツゴツとしている梶原君の手。

 その掌が突き出される。

 一言で評してしまった。

 

「好きだね」

 

 何を言っているのか、馬鹿。

 顔を赤らめそうになるが、ポーカーフェイスで必死にこらえる。 

 

「では握りますか? 僕なんかの手で大変恐縮ですが」

「おおう? いいんですか?」

「部長の作品の参考になれればと思います」

 

 断る理由はない。

 理由はないが、躊躇いはあった。

 手を触る。

 フェチの私にとって、それは事実上エッチな事であった。

 私にとっての「ナメクジのようにお互いの粘膜を擦り合わせる行為」も同然である。

 躊躇いはあるが――ここでエッチだから止めようなんて言えない。

 そんなこと口にできるものか!

 おそるおそる梶原君の手を両手で握り、接触する。

 彼の掌は男性らしさそのものの硬さで、私の柔らかい手の平とは違うものだ。

 というか、大きいな、梶原君の手。

 

「おー、男性の手なんて初めて握ったけど、ごついね。私のおかっぱ頭を殴られたら一撃で死んじゃいそう」

 

 必死になって、恥ずかしいことを誤魔化すように喋る。

 自分など殴られて死んでしまえばいいのだ!

 

「僕が部長を殴るなんて天と地がひっくり返っても有り得ませんが、まあ死ぬでしょうね」

 

 死んでしまえばいい。

 彼は別に、エッチなことだと思って手を突き出しているわけではない。

 純粋に、私のフェチを理解し、何かの参考になればと手を突き出しているに過ぎない。

 だが、私は明確に不純であった。

 彼の厚意を性欲で以て受け止めている。

 私は自分の「おてて」としか言えない小さな掌を彼の掌と合わせて、大きさ比べをしている。

 彼は私に女性に対しての好意を抱いているわけではない。

 それぐらいはわかる。

 彼が抱いているのは、先輩に対する純粋な尊敬と敬意だろう。

 私にはそれが嬉しいと同時に、悲しかった。

 それとともに、頭が沸騰しそうなほどの羞恥を覚えている。

 ぐつぐつとマグマのように頭が茹だっている。

 股間を擦るように、彼には見えない位置で足をもじもじと擦り合わせる。

 私は好きな男性といちゃついて、手のひらを合わせて時を過ごしている。

 でも、手のひらは外せない。

 部員のうらやむ視線だけが唯一私の理性を保っていた。

 そうしていれば、やがて梶原君の方から申し出た。

 

「そろそろいいですか」

「うん、ごめんね。スケッチを取りたいぐらいだけど」

「それはそれで、やるならお応えしますよ? 僕は絵なんて描けないから」

 

 スケッチか。

 取りたいなあ。

 私は梶原君を絵の中に閉じ込めて、部屋に飾っていたかった。

 もちろん、現実の彼は普通に生きていくのだろうが。 

 その絵姿ぐらいは自分の物にしてもいいじゃないかと思えた。

 センチメンタル――それを切り捨てて、口にする。

 

「おおう、意欲的だね。でも、どうせなら梶原君も同人活動をやろうよ」

 

 誘う。

 誘うことが必要であった。

 あれだ、どうしても共通の創作がしたかった。

 皆が同人活動をしている手前、一人だけ私とカードゲームをしているというわけにもいかんだろう。

 おそらく彼は気兼ねする。

 ひょっとして自分は高橋部長にとっては邪魔な存在なのではないだろうか? と。

 そのような勘違いをすることさえ有り得た。

 楽しいよ、同人活動は。

 時に屈辱もあるが、それを乗り越えた時の喜びは格段のものである。

 それを彼にも判って欲しいのだ。

 それに。

 彼と一緒に同人活動をするということは、おそらく私にとっての強烈な青春(アオハル)になると確信できるから。

 

「というわけで、梶原君も何かしましょう。そもそもエマなんか、イラスト始めて一年でこんなに漫画を描けるようになったんですよ」

 

 他の部員に水を向けてやる。

 じろじろと、先ほどから羨ましそうにチラ見している部員たちにもだ。

 青春(アオハル)という水を分け与えてやらねばならぬ。

 ああ、部員の中で一番努力しているのはやはりエマなのだろうな。

 ブロンドで青い目の子供など今の時代では珍しくもないが、容姿が良いからこそ鬱憤が溜まると言うこともある。

 

「……中学時代はなにもしない無産型のオタクでした。本当にごめんなさい」

 

 見えない何かに謝るエマ。

 彼女が自分の事を無産のオタクだと卑下していることは、入部当時から知っていた。

 だから、じゃあ一緒にやろう、皆でやろうと私が誘ったのだ。

 結果、一年で爆発的に伸びた。

 誰よりも努力したからだ。

 

「どこで何が弾けるかはよくわからないね! だから、梶原君も何かするといいよ!! 何かしたら、同人誌に載っけるね!!」

 

 誤魔化すように、元気いっぱいに叫ぶ。

 エマが限界だからだ。

 彼女は臆病なので、多分男性である梶原君とは一言二言しか言葉を交わす事さえできない。

 自分に視線を向けさせる。

 

「ならばイラストを描きます。でも雑魚なので馬鹿にされると思いますが」

 

 おっかなびっくりとした声が聞こえる。

 エマも最初は自分が雑魚だと馬鹿にされることを恐れていた。

 雑魚?

 誰もが生まれてすぐは、始めてすぐは、ただの雑魚だよ。

 けれど小魚が立派な本マグロになることさえあるさ。

 

「同人なんてそんなもんでいいんだよ。参加することに意義があるんだよ」

 

 まずやることが大事なのだ。

 始めることが大事なのだと私は心の底から信じている。

 私は、私と出会う人間とは全て一緒に成長していければと思っている。

 

「高橋部長は人を乗せるのが上手いですね」

「それが取り柄だからね」

 

 正確にいえば、それだけが取り柄なのだが。

 そんなところに、梶原君は尊敬の念を持ってくれたのだろう。

 それが恋愛の情ではないことは悲しいけれど。

 私は手のひらに残った熱量を味わうように、それで自分の頬を撫でた。

 

 

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