【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~ 作:朱音ゆうひ
――【八町大気視点】
コツメカワウソがカップにしがみついている。
最近の
もてなす相手は【東】チームの役者、
「恭彦君。この紅茶をどう思うかね?」
「美味しいです」
「うん……ティーバッグはどう思うかね」
「いい笑顔だなと思いました」
「そう。そうなんだ。これは動物のイラストなのだが、実にスマイリーでいい表情をしている。コツメカワウソが自分に笑いかけてくれているな、と思えて、気持ちが明るくなるんだよ」
八町大気は満足しつつ、彼にスコーンを勧めた。
上品にスコーンを頬張る役者は、自作の帽子をかぶっている。
いかれ帽子屋の役作りの一環だ。
彼は熱心で、そのまま日常生活で使えそうな帽子から、コスプレやハロウィン用になりそうなデザインの帽子まで、せっせと量産しては見せに来る。
最初は「言わないけど、これは帽子と言えるモノなのかな?」という出来だったものが、作るたびに上達して「これは帽子っぽいぞ」「おお、これは帽子だ。普通にお店で売られていそうだ」「これは単なる帽子ではなく、彼の個性を感じる。帽子を通じて自己表現できている」と思える出来になってきた。
【東】チームの稽古場に『恭彦君の手作り帽子コーナー』を作って並べてみたところ、月組の子たちが「ここまでするのかよ」と触発されて稽古熱を高めている。
とてもいい。
本人も恥じらいつつ、意欲を増している。
服飾系に進路変更しないか心配になるくらいだ。若い子は本人しだいで本当になんにでもなれてしまいそうで、羨ましい。
「恭彦君の作品群は、演劇祭でも展示しよう。帽子の写真をリーフレットにまとめて配ったり、実物を販売してもいいかもしれないね」
「ありがとうございます」
この火臣恭彦は親友である江良から紹介された新人役者だ。
八町が思うに、この子は精神的自傷癖のあるメソッド演技者で、自己肯定感が低く、プラセボ効果――思い込み力が高い。
他人が励ましたり褒めたりしても、自分が自分を肯定しない限り響かないタイプだ。下手すると安易な「褒め」が逆の意味に解釈されてしまう、なんとも面倒な子である。あと、ファザコンだ。
父親は彼を溺愛しているが、その溺愛が恭彦には演技だと思われている。
そのため、穴の開いたバケツに水を注ぎ続けているように、彼はどんなに「愛している」と言われても満たされない。
外から見ていると穴を塞いであげたいような気がするのだが、穴が開いている方がいい気もする。
恭彦には、かつての江良が魅せたような「俺はここにいる、俺を見ろ、俺を愛せ」という強い感情があるのだ。たぶん、穴が開いているおかげだ。
こういった病みや歪みを土台にした才能とはデリケートなもので、本人が健全になると良さが失われてしまったりするので、本当に難しい。関わる責任が重い。
とにかく繊細で厄介な子――取り扱いの難しい子だが、面白い。
箸にも棒にも掛からぬ丸っこい子より、八町はこういう尖りまくった子を撮りたいと思う性質である。
ゆえに、彼は八町のお気に入りと言って差し支えない役者となっていた。
「さて恭彦君。君は課題をクリアしたね。素晴らしいことだ。よくやった。偉い。後日、事務所経由でオファーが届くだろう。役を楽しんでくれたまえ」
「ありがとうございます、先生。おそらく、父が炎上したのでフォロワーが増えたのでしょう。俺の能力や努力による成果ではないのです」
八町は真剣に賞賛したが、火臣恭彦は「お恥ずかしい限りです。父に助けてもらったのです」と言うではないか。ああ自己否定。ああファザコン。
「恭彦君。君は地に足をつけるどころか、穴を掘って潜っていく傾向がある。これくらい
八町は親友のアイドルステージ動画を再生した。
元アラフォー男の親友は、完全に羞恥心をどこかに追いやり、堂々と「私、可愛い女の子!」という女子アイドルダンスと歌を披露している。
もしかすると心の中に羞恥心や自分への疑問や否定があるのかもしれないが、それを他者には見せない。感じさせない。
「八町先生。俺は……すごい……です……」
「無理に言っている感がすごい」
八町は試しにカメラを向けて、江良がパフォーマンスを披露した曲を流してみた。
曲は有名なアイドルグループの曲で、歌っているのは中学生のアイドル部の女子たちだ。
「さあ、恭彦君。君の自己肯定感が高まるよ。君はみんなに愛されているアイドルだ。アイドルのパフォーマンスが今、求められているよ。ファンが観ている……曲が始まっている。君はどうするんだい?」
興味心身で注視していると、青年は狼狽え、焦り、葛藤し、……ぎこちなくアイドルダンスを始めた。
『♪LOVE LOVE きゅんきゅん♡ LOVEきゅんきゅん♡』
ほう、羞恥心が消えていく。
新鮮な驚きと同時に、性別を超過した得体の知れないキュンが来る。
魅力的だ――そう思ってしまう。
楽しい。明るい。一緒になって笑いたくなる。いいな。
人の感情を、当人の意思関係なく動かしてしまう――そんな能力があるのだ。
「♪LOVE LOVE きゅんきゅん♡ LOVEきゅんきゅん♡」
爽やかに、かつ甘く歌ってくれる。
曲の力も相まって、なかなかに中毒性がある映像が撮れてしまった。
火臣恭彦は徐々に曲に自分を合わせていき、可愛いアイドルダンスをスタイリッシュに演じてみせた。
表情もあざとい笑顔だったり困り顔だったりウインクしたり――この子は千の顔を持っている。地道な基礎レッスンに培われた下地が、豊かな表現力につながっているのだ。
「この動画を君のSNSに投稿してみてはどうかな」
出来上がった動画に軽く編集と加工を加えて渡すと、彼は言われたとおりに動画を投稿した。投稿先はTikTokで、動画はバズった。
そうなるのではないか、と思った通りの結果だった。
特に「LOVE LOVE きゅんきゅん♡ LOVEきゅんきゅん♡」という部分が人気で、後追い動画が大量に産まれるほど影響力を発揮した。
演じた本人は、曲が終わるまでは「俺は完璧なアイドル」という顔だったのに、終わった後は「恥ずかしいことをしてしまった。やらかした」と顔を覆っている。
計算し、自覚的に演じていたのではなく、感覚的に、衝動的に――もっと言うなら、スイッチがカチッと入って役が憑依したように演じていたのだ。
そして、彼は「恥ずかしい」と言いつつ、動画を削除しない。
恥ずかしいと思っているが、他者に見てほしいとも思っているからだ。見てほしい感情の方が、強いのだ。
――面白い。
八町大気は、そう思った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
【貞子カレー】葉室王司ちゃんを応援するスレ!part73
352:名無しのファン
あ~~文化祭の王司ちゃん画像がどれも可愛いんじゃ~~
353:名無しのファン
貞子も?
354:名無しのファン
>>353
貞子王司ちゃん可愛いだろ何言ってんだ
355:名無しのファン
お前ら王司ちゃんの新しいCM見ろFPSしててエグい可愛い(動画URL)
356:名無しのファン
見た見た見た見た
357:名無しのファン
>>355
ゲーム公式サイトにあるメイキング動画が最高
358:名無しのファン
ゲーム初心者っぷりがかわいすぎる、優勝
359:名無しのファン
このゲームプレイしたら王司ちゃんと遊べる?
360:名無しのファン
>>359
お前みたいなファンを釣るためのCMだよな
大成功じゃん
361:名無しのファン
大会応援するって言ってるぞ王司ちゃん
362:名無しのファン
応援配信とかあるかな?
363:名無しのファン
大会出るわ
364:名無しのファン
王司ちゃんに応援されてえ
俺もエントリーしよ
365:名無しのファン
プレイヤーネーム「王司のナイト」で応募するわ
366:名無しのファン
じゃあ俺「王司の未来の夫」
367:名無しのファン
>>366をこのスレから追放するッ!
368:西園寺麗華
ワイの新ドラマも始まってるから見てーサレ妻の復讐劇よー話題にしてー
369:名無しのファン
あ、王司ちゃんのお兄ちゃんがスポドリのCM出てる(動画URL)
370:名無しのファン
>>369
ウホッ爽やか
371:名無しのファン
スポドリ買ってくる
372:名無しのファン
爽やかニキはこの前海外ドラマに一瞬映ってたぞ
学園もので留学生の役
373:名無しのファン
兄貴いつの間に海外進出を
374:名無しのファン
※パパのコネです
375:西園寺麗華
ワイの新しいCMも見てーー
376:名無しのファン
LOVELOVEきゅんきゅんLOVEきゅんきゅん
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【葉室王司視点】
文化祭が終わった後、中学校は日常に戻った。
そして、私はLOVEジュエル7のメンバーと一緒に『最初で最後』のMV撮影をすることになった。もちろん、バラエティ番組コーナー内での撮影だ。
スタジオには、アリサちゃんのお父さんが見学に来ていた。撮影前に佐久間監督と色々話し込んでいた――そういえば、このお父さんって文化祭には来てなかったな……。
「葉室。文化祭のパフォーマンス、動画だったけど観たよ。よかったわ」
「あっ、SACHI先生。ありがとうございます」
スタジオには振付師のSACHI先生がいて、声をかけてきた。
今日はタイトなスカートのスーツ姿だ。
肌はきめやかで、高画質で近距離で映しても「きれい!」って言われるだろう。
碧眼には目力があって、眉が凛々しい。
「文化祭の日は騒がしくして悪かったね。やべー女がいるからこいつは中に入れちゃあかんやろって思っちゃってさ」
「ああ……。い、いいえ」
「見て、この傷。あいつ激昂して暴れてさ。取り押さえるの手伝った時に名誉の負傷しちゃったわ」
「ええっ?」
SACHI先生は、シャツの首元を指で広げて見せた。
左肩のあたりに、確かに刃物で傷付いたような傷がある。うっそぉ。
「た、大変じゃないですか……」
「薄くかすった程度だから。もうカサブタだし平気。名誉の勲章みたいなもんだわ。あっはっは」
SACHI先生は明るく笑い、「子供たちが怪我しなくてよかったよ」と優しい声で言った。
「あ、表とか裏とかがないタイプの人かな? いい人だなー」と感じる声色だった。
そして、撮影は始まった。
――場所は司令室。
カメラはすでに回っていて、振付師のSACHI先生が「できる女」って雰囲気のスーツ姿で佐久間監督と並んでいる。
「LOVEジュエル7……ジュエルの諸君。よく集まってくれた。ちょうど今、稽古の進捗報告を受けていたところだ」
佐久間監督は、今日も司令だかプロデューサーさんだかのキャラだった。趣味だから仕方ないね。
「上層部からの指示が下った。もともと君たちの曲は番組のエンディングで流す予定だったが、カップリング曲としてもう1曲『ほんとに最後!』をつけて発売することになった。これから君たちにはカップリング曲の収録とMV撮影をこなしてもらう。厳しいスケジュールになるが、世界平和のために戦ってくれ」
佐久間監督の演出する『ジュエルちゃん』は、どうも世界平和のために戦う魔法少女系アイドルだ。
私はセンターとしてその脳内劇に合わせよう。
「お任せください司令! 私たちジュエルは、日本の未来のために戦います!」
「よし! 宇宙の命運を諸君に託すぞ! 視聴者ジュエラーの諸君。会社員は苦難も多いが、諦めずにいればアイマスができる。業界の闇が深くてつまらんと嘆く声は多いが、君が業界を変え、面白くするのだ。来たれ人材! 私に続いてほしい。新しい時代を作るのは、この番組を見ている君なのだ!」
こっちが規模を世界から日本に縮小したのに、佐久間監督ったら宇宙にまで拡大しちゃったよ。しかも人材募集してるよ。
アイドルってなんなんだろう(哲学)。
カメラが一度止まり、ロケ移動が始まる。
本当にこのままMV撮影に行くのだ。
佐久間監督はスタジオで撮影するだけだが、SACHI先生は引率の先生みたいな顔でロケバスに一緒に乗って付いて来た。
バスの中では、
「アリサちゃん、グミ食べる?」
「ありがとう王司ちゃん。もう1曲作れるの嬉しいね」
「うんうん」
アリサちゃんはスマホで「お兄ちゃんが寝てる写真」を見せてくれた。
アリサちゃんのお兄ちゃん、
アリサちゃんは隙あればお兄ちゃんを見せてくるので、私も対抗しなければいけない気になってくる。
「これ、スポドリのCMだよ。なんか爽やかなんだ」
「ほんとだー」
しかし、誰でも見れるCMの動画と家族だけが見れる寝てる写真って、なんか違うな。
今度私ももっと身内感のある写真をゲットしよう。
年長組の
「さあや、バスの中でよく絵が描けるわね。酔わないの?」
「さあやだから、酔わない」
前から思ってたけどさあや先輩って「自分は特別」みたいな自信がすごい。
「ほい。納品っと。へっへー、お小遣いゲットぉ」
「さあや、お疲れ。ちょっと休みなよ」
一方、こよみ
「相山君? 今、バスの中よ。頑張ってくるね。終わったら家に行ってもいい? ふふっ、おーけー。ねえ、大好きって言って? うん、私も言うよ。大好き」
こういうカップルって、将来結婚するのかな? 気になる。
あっ、スマホにキスしてるよ。
わぁーわぁー。
「王司、見た? ちゅーしてた」
カナミちゃんも見ていたか。
「うん、ちゅーしてた。仲良いね」
「私も見たよーイチャイチャー」
アリサちゃんも見たらしい。
3人で興奮気味にナイショ話してるけど、これ、陰口みたいになっちゃうな。
やめといた方がいいかな。
「見なかったことにして騒がない方がいいんじゃないかな」
私がコソコソと言った時、こよみ
「わざと見せつけたの。騒いでいいよ!」
彼氏との電話を終わらせたこよみ
ヒカリ先輩がついに「うざい」と言い放ち、SACHI先生が「おっ、喧嘩かー?」と声をあげたタイミングでバスは目的地に到着してくれた。運転手さん、ありがとう。