【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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117、海外クラッカーと生者の特権

 翌朝。

 SNSのトレンドを見ると、『火臣(ひおみ)打犬(だけん)』『個人情報』『添い寝』『漏洩』という単語が並んでいた。

 

 打犬の添い寝が漏洩した? いや、誰も困らないよな。

 本人が堂々と宣言してたし。下手したら配信してそう。確認したけど、キーワードは別々の話題だ。添い寝は打犬だったけど、他は違う。クラッカーが暴れているらしい。

 

 朝食の席に着くと、テレビでアナウンサーが事件を報じている。

 

『複数の日本企業がセキュリティ犯罪の被害に遭っており、ダークウェブに顧客や社員の情報を公開すると脅されています。犯人は海外のクラッカー集団で、首謀者はマーカス・ヴァレンタインと名乗っており、国際指名手配であることが確認できました……」

 

 普通に大事件じゃないか。そういえば、海外系のクラッカー集団によるサイバーテロは前にも話題になっていたな。

 スマホで情報を漁ってみると、マーカス・ヴァレンタインは元ホワイトハッカーで、俳優にスカウトされたものの、メソッド演技で精神を病んでしまい、入院。その後、病院を脱走し、行方不明になり、クラッカーとなってサイバー犯罪の数々に手を染めている極悪犯罪者らしい。

 あれ? 恭彦と八町が似た話をしてた気がする。

 

「王司。実はね、ママの会社もやられてしまったわ。まだ顧客情報はダークウェブに公開されてないけど、公開されたくなければ身代金を払えと言われているの」

「えっ、そうなの? それ……大変なんじゃ……?」

 

 下手したら、経営が立ち行かなくなったり?

 朝からドシリアスな状況じゃないか。

 

「ちゃんとセキュリティ対策に力を入れていたのに。クラッカーって怖いわね……でも、なんとか乗り切ってみせるわ」

「……うん。がんばってね、ママ」

 

 アッポーポイントはこういう時にこそ使うものではないかな?

 

 アプリ、ないけど。

 

「セバスチャーン。お願いってできるのかな? 我が家の命運がかかってるんだよ」

 

 学校に向かう車の中でおねだりすると、執事のセバスチャンは首をかしげた。ついでにハンドルも首を傾けたのと同じ方向に切って、事故りそうになった。安全運転して。お願い。

 

「お嬢様。それは、今朝話題になっていたマーカス・ヴァレンタインを名乗るブラックハットの件でしょうか?」

 

 ブラックハットは、クラッカーのことだ。

 呼び方がいっぱいあると混乱するけど、ちょっと格好いいなと思ってしまう中二心もある。

 

「うんうん、それそれ。ママの会社の情報が人質に取られて、身代金を要求されてるんだよ」

「大切な金庫に穴が開いていれば盗人は狙うもの。クラッカーはかなり以前から活動していたのですから、警戒を怠って奪われる側にも問題がありますよ」

「むむ。でも、マーカス・ヴァレンタインって、すごく有能なクラッカーらしいよ。天才だって。ルパン三世のクラッカー版だって。出来る限りの警戒をしてても、ルパンが相手なら仕方ないよ」

「ふーむ……?」

 

 セバスチャンは安全運転で校門の前に車を停め、ドアを開けてくれた。

 

「承知しました。なりすましで他人に罪をなすりつけるような輩は、好ましくありませんしね。ポイントでお願いを叶えましょう。それでは、本日もいってらっしゃいませ、お嬢様」 

「わーい。ありがとう、セバスチャン。じゃあ、いってくるよ」

  

 うちの執事はクラッカーより有能だ。実に頼もしい。

 

 教室までの道乗りでは、大企業の令息や令嬢がのきなみ不安そうな顔をしていた。

 自分の親や、親の会社を心配してるんだ――お家の心配があるって嫌だよね。自分にはどうにもできないことも多いし。みんなが早く「よかった。何も心配せず学生生活しよう」って安心できるといいなぁ。ふむ。

 

「王司ちゃん、おはよう」

 

 教室に行くと、アリサちゃんが手を振ってくれた。

 

「アリサちゃんおはよう。元気そうでよかった」

「1日のんびりしたから、もう大丈夫だよー。でも、心配なニュースが多いよね。あと、この子、【西】チームの子なんだね?」

「ん?」

 

 アリサちゃんはスマホで星牙の配信アーカイブを観せてきた。

 

 あー、夕食の時に「なんかやってるな」と思いつつ、観れていなかった配信だ。

 星牙は配信で「自分、役者も始めてた。舞台の予定がある。役者を本命にしたい」と宣言していた。カミングアウトしちゃったのかー。

 

 コメントは、「応援するよ!」という声もあれば、「何言ってるんだ。試合に専念しろ」という声もある。

それに、「チームメンバーが可哀想」という声もある……。

 

  ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

――【江良(えら)星牙(せいが)視点】

 

 江良星牙は、ゲームプレイにちゃんと責任を感じている。

 

 金をもらっていて、プロと呼ばれているのだから、当然だ。

 ゲームは遊びではない。仕事なのだ。

 ひとりでする仕事ならまだしも、チームに所属してチームメンバーと運命共同体のように活動するのだから、責任は重い。

 

「星牙。タノムよ。オマエ信じてるカラ」

 

 3人チーム『Team Success』のチームメンバー、ソジュンとシウは、韓国人の兄弟だった。

 3人がプレイするゲームタイトルは日本では流行しているが、韓国ではマイナーだ。

 ソジュンとシウの2人は本当は韓国でプロチーム入りを果たしたかったのだが、韓国にはチームが少なく、苦労していた。

 そこを日本人のオーナーがスカウトして「君たち、日本チームで出なよ!」とチャンスを与えたのだ。

 

 2人がチームに入った時は、もう一人韓国人のエースがいた。

 オーナーは、エースのために韓国人の仲間を探してきたのだ。

 だが、エースは唯我独尊・傲岸不遜でコミュニケーション能力に難があり、兄弟と折り合いが悪く、おおいに揉めた。そして、エースの方が「もうやんない! シーバ(くそが)シーバ(ファッキュー)」と言って辞めてしまった。

 

 そんなわけで2人になったチームであったが、兄弟は日本人のファンになんかウケていた。

 

 エースは「オレはゲームで勝つためにチームに所属したんだ。視聴者を喜ばせる気なんかねえよ。日本嫌いだ」と言ってツンケンとしていた。

 不愛想極まりなく、日本語のコメントに「日本語わかんねえ、オレは韓国語しかしゃべらないし韓国語のコメント以外はモデレーターに削除させる。韓国語でしゃべれ」と居丈高に言い放ち――それが翻訳されて、日本人のライトユーザーファン層からは嫌われていた。

 

 それに対して、兄弟は愛想がよく、日本人のファンに応援してもらうと喜んだ。

 日本語を覚えようと勉強を始めて、カタコトの日本語でしゃべったりした。そうすると、カタコトでしゃべる兄弟は日本人の視聴者には「カワイイ」と思えたようで、どんどん人気になっていったのだ。

 

「エースは辞めていったけど、2人がやる気あるならもう1人探して続けようか」

 

 オーナーは2人に日本ファン向けの配信を継続させて人気取りをさせつつ、3人目を探した。

 投げ銭もしてもらえていたし、応援グッズも売れたので、オーナーにとっても2人は金の卵だったのである。

 

「競技シーンはそこそこの成績で引退して、経歴を活かして末永く日本向け配信者として活動できるようにしたいな。キャリア設計をしよう。本人の能力が衰えても、コーチや解説者としての道もあるし、歌ってみたで歌い手として売ってみるのもいいし。人気があったらなんでもできる」

 

 ソジュンとシウは、競技への熱意があった。できれば、余計なことにリソースを割かずに、競技に集中したかった。

 けれど、将来への不安も大きかったので、オーナーの存在は頼もしかったらしい。

 その後しばらく、大会から遠ざかりつつ日本語を学び、エンターテインメントを意識した配信をするようになり、練習時間は減っていき……1年、2年と過ぎた。

 

 そして、ようやく星牙という人材と出会い、「ガチで勝ちにいこう」となったのだが、ここで2人は気づいてしまった。

 アマチュアのプレイヤーに囲まれて無双したり手加減して「みんなが楽しい配信」を心がける日々に漬かった自分たちは、競争の激しい世界の中での上位プレイヤーを目指してギラギラとストイックにプレイしていた時よりも、劣化してしまった。

 弱くなっている――その上、韓国男子に付き物の「兵役に呼ばれる」という憂き目にあってしまったのである。

 

 韓国では、兵役をこなして一人前。

 行かないと社会全体から白い目で見られ、大変居心地の悪い思いをしてしまう。

 理由をつけて延長を申し出たが、兄弟は「年齢的に考えても、自分たちのプレイ能力はピークを過ぎた」と考えた。

 

 前の方が上手かった。前みたいにプレイできない――けれど、このまま「チームに入ったが、結果を出せませんでした」で終わるのも、嫌だ。

 

「サイゴのチャンスだ……、勝ちたい。勝って、結果を出せたことを誇って、兵役に行きタイ」

 

 必死な2人が事情を打ち明け、「自分たちは人生を捧げてきた。その結果を残して兵役に行きたい」と言ってきたのは、星牙が体調不良のまま遅刻で練習に参加した日の反省会の時だった。

 

 星牙はなんとも複雑な気分になったものだ。

 

 大会は定期的にあるが、今回を逃せば次はない――3人揃って、そうなのだ。

 

「本当にごめん」

 

 星牙には追い詰められた彼らの気持ちがわかった。

 

 思えば、【西】チームの――西の柿座のさくら落者姉さんも、よく「辞め時が見えつつ、ずるずると諦めきれずに粘ってきたんだよね、私とかは」と語っていたものだ。

 そういう人間にとって、遊び半分にヘラヘラして地道な努力を怠っている(ように見える)足を引っ張る仲間は――自分よりも未来があればなおさら――腹立たしく、ストレスを感じさせる存在になるのではないだろうか。

 

 星牙はゲーミングPCのモニターの前で居住まいを正した。

 チームメンバーの2人は、近くにいない。直接会ったことがない。

 本名も知らない。リアルの姿も知らない。

 いつも遠く離れた場所にいて、ネットを通じて、アバターアイコンとプレイと声とで相手を「こいつはこんなキャラ」とイメージして付き合ってきた。

 

「ごめん。こっちも、話すことがある。嫌な思いさせるかもしれんけど、正直に話す……僕の側にも、事情があってな、ちょっと忙しくて……体調崩してもうた。でも、体調は治った……」

  

 仲間が腹を割って自分たちの事情を打ち明けたのだ。

 星牙は自分の事情も告白しようと思った。本当は、全部終わってから「ほな、引退するわ!」と言ってみんなをびっくりさせようと思っていたのだけれど、冷静になると「それはガキっぽいな」と思えてきたのもある。

 

「あのな。あのな。……何から話したらいいんかな。ええと、まずな、僕、好きな子がおってん……」

  

 自分の事情を、ありのまま飾らずに話そう。

 それができるのが、配信だ。

 

 個人配信では自分が喋り手で、みんなは自分の話を聞くと決めて接続してくれている。今日なにを食べた、とか、どんなことがあって、何を思った、とか、辛い時に泣いたりとかしても、いいのだ。

 思えば、誰かに一方的に自分の喋りたいことをひたすら聞いてもらえるって、すごく贅沢な気がする。

 

「その子とデートとかしてな。いや、僕がデートだと思ってただけで、付き合ってなかったんやけど。演劇のワークショップに何回も行って……」

 

 その子が死んでしまったのだと語るときは、声が震えた。

 事実を声にして伝えると、冷たく悲しい現実が動かぬ事実の形として凝固されてしまうみたいで、なんだか忌避感が強かった。

 言いたくない。そう思いながら、ストレートに言った方がいい、とも思った。

 

「死んだ。明日も話せると思ってたけど、いきなり。なんか、あっちのお母さんが言うには遺書があって、人の役に立ちたかったとか、そんなことを書いてたって……ほんまにわからんけど、なんか困ってるちっちゃい子助けて……」

  

 コメントは、荒れていた。

 「作り話だ」とか「同情を引こう」としている、という声もあれば、信じてくれたり、アンチコメントに怒ってくれる声もあった。

 「こんな話をする時間で練習するべき」「チームメイトが可哀想」という声もあった。

 

「あー……」

  

 優しかったり、応援してくれるコメントはいっぱいあるのに、ネガティブなコメントばかりが目に付いてしまう。

 そればかりが胸に刺さって、星牙は一度、顔を伏せた。

 けれど、目を逸らしてはいけないような気がして、顔を上げた。

 

「ひとつに絞るべきだという意見、めっちゃわかる。今回は試合に集中して、舞台は次の機会に挑戦すればええって声もわかる。けど、どうしても今回じゃないといけない気がしてならない……個人の感傷にすぎない。ほんま、それな。うん。わがままなんや。メンヘラや」

 

 星牙は、あの葉室王司が自分に「勝とう」と言った顔と声を思い出した。

 あの少女を思い出すと、胸の真ん中あたりに、ジリジリと熱い火が燃えている感覚を覚える。

 冷えて萎えてしまいそうな心を、あの一言が焚きつけてくれる――勇気をくれる。

 

 ありがたい、と思った。

 

「もともと、僕はエゴのカタマリみたいなワガママや。人格者で売るつもりない。だから強い。他人押しのけて一番なってやろうと思うから僕なんや。最低のクズや。けど、けどさあ。お前らも、僕に性格の良さを見せてほしいわけやないもんな。お前らがほしいのんは、強い僕や。勝つとこが見たいんや。自分の推しチームが勝って気分よく『自分らサイキョーウェーイ相手ザコー』ってイキりたいんやろ。お前の好きなチームが勝っても、お前自身がすごいわけやないけどな。ほな、僕は結果を出すさかい、見てろ。画面の前で見てろよ」

 

 敵を大量に作った。

 これで負けたらアンチは大喜びだ。

 もう取り返しがつかない――そう思いながら、星牙は配信を終えた。

 

 もともと、星牙は「まあまあその界隈では有名になってきたけど、一般的に認知度が高いわけではない」程度のプロプレイヤーだ。

 燃えてもたかが知れてる。

 トレンドに入るほどではない、そんなちっぽけな燃え方だ。

 もっと有名な連中がごうごうと派手に燃えているから、そっちの大きくて目立つ火事に隠れて、埋もれている雑魚(ざこ)い炎上だ。

 

 けれど、ファンもアンチもコメントに薪をくべてくれて、燃えているのを感じながらプレイすると、自分が生きている感覚が強くなった。後がない。尻に火がついていて、気を抜くと死ぬ。背後には怒り狂ったファン、あるいはアンチが群れて石を持って構えていて、振り返ってはいけない。

 ただ、前を見てゴールを目指せ、勝て、勝て、勝たないと死ぬと思え。殺されると思え――そんな必死な気分になると、韓国人の兄弟が言っていた「ギラギラしていた自分たち」に近付けた気がした。

 

 練習に集中する刹那、星牙はほんの少しだけ、「空譜(からふ)ソラは、こんな感覚を覚えることがもうないのだ」と思った。

 

 死者は、なにも感じない。思わない。

 苦しんだり、悩んだりするのは、生者の特権なのだ。

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