【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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139、八町、指揮杖を振る

――『最終日 シャッフル公演』

 

 八町大気は、「世間に評価される」人間である。

 それは、「すごいぞと言われる」という意味ではない。

 「良いか、悪いか」をチェックされるという意味である。

 

 評価項目は、「作品が良かったか、悪かったか」、「その作品の興行収入はどれぐらいだったか。赤字だったか、黒字だったか」、「スタッフや役者への接し方や制作の進行は適切であったか」「普段の素行は」などなど。

 

(江良君。僕が落第しそうになると、君はいつもヒーローみたいに助けてくれて、合格ラインに引き上げてくれたね)

 

 今、江良(えら)君――葉室(はむろ)王司(おうじ)は、遊んでいる。

 八町(やまち)大気(たいき)は、舞台の上の親友を見守りながら観客席の間の通路にその姿を晒した。ステージは北側にあり、一番低い場所に設置されている。観客席は段差があり、後ろに行くほど高くなるため、ステージから遠い席ほど高い位置に配置されている。

 

 観客はほとんどが舞台に釘付けだ。

 だが、近くを通ると、さすがに八町に気付いて喜んでくれる観客もいる。

 

(僕のファンは、江良君がぴかぴか輝きを放っていても、僕を見てくれるんだ)

 

 第三会場のゲリライベントでも感じたが、八町大気というコンテンツは人々に「好ましいもの」として受け入れられている。八町はそれに背中を押されるような心地で、会場の最奥の壁際まで移動した。

 ステージと会場を見下ろす高み――壁際で佇む八町は、演劇祭の全体構図に思いをはせた。

 

 ――最初、【西】チームは、ジョバンニが2人いるという斬新さで話題になったが、肝心のジョバンニがどうも2人とも不調だったね。

 他のメンバーも、主役に引きずられていたのか、あまり華がなかった。予定をがんばって消化した、という印象だったが、初心者が可愛いと応援するファンの声が大きかったように思われる。

 

 ――【東】チームは、恭彦君が生き生きとした(生き生きとしすぎていた)いかれ帽子屋をして、観客を魅了していた。しかし、他の役者は稽古と違う展開に困惑して、強烈なキャラに食われてしまっていたように思われる。ベテランの羽山(はねやま)修士(しゅうじ)は安定していたが、西園寺麗華は精彩を欠いていた。

 

 二日目も初日とそう変わらず――海外クラッカーを捕まえたことで話題性が爆発し、チケットは一気に売れた。

 グッズも現地、通販ともによく売れて、動画のPVも跳ね上がった。

 

 このタイミングでチームとして演劇を評価されているのは、【東】チーム。

 個人として演技が評価されていたのは、火臣恭彦と高槻アリサだった。

 

 三日目と四日目は、動画を視聴したネットユーザーによるチームや役者個人への応援投票の伸びが大きかった。

 この三日目と四日目で印象に残る演劇を披露した結果、演技が評価されたのは葉室(はむろ)王司(おうじ)江良(えら)星牙(せいが)ペアだ。

 eスポーツ大会での勝利も追い風となり、【西】の役者個人が人気を高めていた。

 

 けれど、その裏で初心者の緑石芽衣が舞台を降りてしまったというマイナス要因も影を落としていた。2人だったジョバンニが1人になったことで演劇自体は完成度を上げ、1人の強いジョバンニが光り輝いた結果は、単に「よかった」と讃えにくいものだ。

 どうしても「芽衣ちゃんが可哀想で、よくなったと言いにくい」と言う人は出てくるし、「最初からジョバンニは1人でよかったのでは」という声だって見受けられた。

 

(江良君は、ちょっと失敗した方がいいんだ。何事も余裕で評価され続けるより、上手くいかなくて「のほほんとしていちゃダメだ」と必死になった方がいい。ライバルに負けて涙目になるといいんだ。危機感を持たせなきゃ。そうさせるのが、僕の仕事なんだ)

 

 八町の脳裏に、いつかの江良が思い出された。

 自分が持たないものを持つ八町に嫉妬して世の不公平に怒る彼は――「()かった」。

 

 八町は、自分が江良よりも格上で、恵まれていて、彼に施す側だった。

 優しいお兄さん、保護者みたいな立ち位置だった。

 才能ある少年である江良を導き、上へ上へと引っ張っていく存在である自分が、誇らしかった。

 江良が頼れて、尊敬できる、誰より特別な天才としての自分であろうと思って、努力した。

 

(遊んでいる【西】の子たちは、普段からエンジョイ寄りなんだ。僕は、もちろん、そういうのも大切だと思っている。……でも、そういう子たちに【東】の必死な子たちが負ける結果は、よろしくない)

 

 大規模な古参劇団アルチストの月組の子たちは、人生を賭けて職業役者になろうと励んできて、現実の過酷さを思い知らされながら挫折し続けて、それでも諦めきれずにしがみついてきてしまった子たちでもある。

 

(この演劇祭で、自分と本物との差を思い知らされてしまった子も多い。けれど、誰も辞めるとは言わなかった。闘志があるんだ)

 

 八町は指揮杖を取り出し、大きく振った。

 

 合図を見て、裏方スタッフがBGMとライティングを切り替える。

 BGMはそれだけで観客の心を掴む力を持つピアノ演奏曲。一流ピアニストの化賀美(かがみ)速人(はやと)が演奏したものだ。

 

 指揮杖を振るのは、格好いいから。

 気分がよくなるからだ。八町が気分よく指揮をすると、自信みたいなものが彼に従う役者たちに伝播する。

 

(さあ、僕の可愛い宝石たち。一緒に江良君をやっつけようではないか) 

 

 「江良君は、今回、アリとキリギリスで言うキリギリスだったね」――終わってから、そう言ってやるのだ。

 ではアリさんは誰か? それは、彼が最近「兄」として認識しているらしき火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)だ。

 

(江良君の親友兼お兄さんポジションは、僕だったんだよ。それなのにさ……)

 

 兄の側がライバル視しているように、江良君も「生意気な」と認識を改めるといいんじゃないか。

 仲良くするんじゃなくて、「こいつに負けられない」と敵対意識とか危機感を抱くといいんだ。

 不仲なくらいがちょうどいい。

 僕は2人から慕われて、「2人とも、八町組の仲間として仲良くしなさい」と注意したりするんだ。そんな関係が、望ましい。

 

(お互い競い合うといいよ。2人とも僕が磨いて、育ててあげる。そして、僕の映画に出演させるんだ……) 

 

 ――ほうら。

 煌めくカリスマオーラみたいなのを発揮して、火臣恭彦が舞台の主役の座をジョバンニから奪っているよ。

 よくやったね、偉いぞ恭彦君……ん? BGMが変わったじゃないか。

 

 気持ちよく陶酔していたのに――違和感に指揮杖を止めると、声がかけられた。

 

「八町大気、……先生……!」

 

 小声に抑えながらも、抑えきれない怒りをふつふつと溢れさせているのは、火臣(ひおみ)打犬(だけん)だった。

 怒っているが、一応「先生」と付け足してくれた。微妙な礼儀正しさがあるのが、ちょっとおかしい。彼にはそういうところがある。

 

 後ろに丸野カタマリがいて、口パクでなんとなく意思伝達してくれた――『火臣(ひおみ)打犬(だけん)が不満を抱き、邪魔をしたんだ。それでBGMも変更された』……。

 

 八町大気は、この俳優も「面白い」と思い始めた最近だ。

 親友が男性俳優として活躍していた頃は、実力はあるものの非凡さには欠けると思っていた。

 だが、親友が亡くなってからの彼は、八町好みの貪欲さや必死さを見せている。

 どこまでが演技と本気の境目か八町には判断しきれない部分もあるが(息子に対する愛情と執着は本物だろうとは思うが)プライドを拘りなく放り投げ、オープン変態クズなイロモノ炎上芸人みたいに自分を売り始めたのだ。

 向かい風を追い風に変えて生き残ってやる、という覚悟が見えて、八町は彼に好感を抱いていた。

 

 親友の信奉者でもある――高得点だ。

 いい趣味をしている。

 彼の熱烈な江良ファンぶりは、八町の好感度を爆上げした。

 

(……火臣打犬君。君も、僕の映画に出てもらおう。こういうのを親子丼と言うんだ)

 

「火臣さん。本番中ですが、僕の楽しい指揮を邪魔する理由はなんです?」

 

 ――息子を弄りすぎて、怒ったのだろう。

 思い当たる節はたくさんあった。ありすぎるくらいだった。

 

 怒るのは、いいことだ。

 八町はいつもそう思っている。誰に対してもだ。

 

 感情を動かすのは、意味のあることだ。

 男性なら、特に。

 少年漫画のように僕とあなたと、殴り合って友情を深めるも一興。

 

 江良君のように「親友」と呼べる関係になれれば、頼もしい。

 

 誰が相手であっても、ビジネスだけの関係よりも、仲が良い方がいい。

 印象が薄くて無難な知人でいるよりも、正でも負でも強い思い入れを抱かれた特別な存在になりたい。心に居座りたい。

 それは、世渡りを意識する大人の計算であり、寂しい独り身中年の関係欲でもある。

 

 海外映画にも出演する積極性、家族と江良君思いな情の篤さ、批判を恐れず羽目を外せる我の強さと、覚悟。

 地味だが熟成された確かな実力、と言われていた下地に、私生活も性癖もやらかしも何もかもを切り売りして獲得した社会的認知度。

 ……魅力的だ。

 

(火臣父子を、江良君の脇を固める助演枠で確保する……!) 

 

「さては、息子さんのことでお怒りなのでしょう。そうではないかと思っていたのですよ。まあ、お見通しかもしれませんが、僕は、恭彦君の特質が面白いと思っています。彼を育ててみたい! それは、飾らぬ本音なのです。それに、なによりも……実はあなたに関心を持ってもらうために、わざと……ぐあッ……!?」

 

 言葉は最後まで言わせてもらえなかった。  

 チラホラと2人に注目する観客がいるのに、なんと火臣打犬は八町を殴ったのだ。そして、殴られた勢いで八町は床に倒れ込んでいる。

 

(いきなり殴るとは。しかもここで?)

 殴り合いはいいが、場所と時は選ぼう?

  

「俺の息子に、よくも……! 托卵男のピアノで演技操作など……不快にもほどがある……!」

 

 火臣打犬の押し殺した声は、抜き身の刃のようだった。

 なるほど、怒りはごもっとも。

 剣呑極まりない射殺すような目で睨まれた八町は、目撃した観客が悲鳴をあげて、注目する視線が増えていることを意識した。

  

「え、なに?」

「喧嘩?」

  

 まずい。

 

(彼には、僕の映画に出てもらうつもりなのに――集団監視の暴力事件はいけない)

 

「火臣さん! い、いけませんって」

 

 丸野カタマリが肩を押さえ、止めに入ってくれている。殴ってから止めても遅いのだが。

 八町は殴られた頬を押さえつつ、立ち上がった。

 浮かべるのは、笑顔だ。困ったような、照れたような顔になるといい。

 意識して表情筋を動かし、八町は周囲の人たちに言い訳をした。

 

「皆さん、驚きましたか? 実はこれ、僕が頼んだのです。と、言うのも、僕は最近、新作のためにマゾヒズムや羞恥プレイを研究しておりまして。自分の舞台が盛り上がっているときに、お気に入りの俳優に殴られるとどれほど興奮するのか、悦ぶ姿を他人に見られるとどんな感情が湧くか、その際の恥ずかしさがですね、どれほどつらいのか、気持ちよいのかを身を持って味わいたいと思いましてね」

 

 僕の口のよく回ることだ――八町は心の中で苦笑しつつ、火臣打犬の肩に腕を回して囁いた。

 

「後日、ゆっくりボコボコに殴ってください、火臣さん。あなたとは二人きりで殴り合いたい。しっぽりと」

「なにを……」

「それに、今はほら、息子さんの大切な演技が……」

 

 視線を舞台に向けて、八町は言葉を止めた。

 

 火臣恭彦は、舞台からひらりと降りて、観客のひとりを抱き上げていた。

 

(恭彦君。ちょっと目を離した隙に、何をやってるんだ? 観客を巻き込んで……それは何の演技だい?)

 

 暴走役者とその犠牲者らしき観客を注視して、八町は息を呑んだ。

 すぐ隣で、火臣打犬も驚いた様子でいる。

 

 火臣恭彦に抱き上げられ、舞台に上げられた観客は、テレビの世界から姿を消した歌姫・伊香瀬(いかせ)ノコだったのだ。

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