【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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155、レジェンドホラー映画祭、池袋

 

 ホラージャンルは「不景気だと流行する」と言われている。

 

 「そろそろ流行するぞ」と業界人が予想すると、ホラー作品が量産されるようになってくる。

 メディアは「ブームだ」「アツい!」と焚き付け、煽りまくり、流行を盛り上げ、長続きさせようとする。

 やがて流行は変わるのだが、しばらくすると、流行の揺り戻し現象で、再び流行する。

 本日観る映画は、過去にホラー作品で名を馳せていたものの、しばらくホラー作品から遠のいていた監督の作品だ。インタビューの記事を読むと、「今までホラーと喧嘩していたように思うが、仲直りできた。自分はホラージャンル監督だと胸を張れるのが嬉しい」などとうそぶいている。

 

 ママは、ネットの記事をいくつもピックアップしてお気に入りの部分を読んでくれた。

 

『ホラーは、恐怖を「自分のもの」ではなく「映画の中のもの」として体験させてくれる。

 例えば、現実の生活では言語化できないモヤモヤとした不安も、ゾンビや幽霊、未知の怪物といった形で具現化される。

 ゾンビ映画で描かれる「生存競争」や「信頼関係の崩壊」は、経済不安や社会の分断などといった現実の問題を連想させる。こうしたテーマに触れることで、観客は現実の問題を間接的に「処理」しようとするのかもしれない。

 現代の作品はその恐怖の「裏側」にある人間関係や心理的な葛藤をしっかり描いているものが多い。恐怖と並行して人間の温かさや絆が描かれることで、現実の厳しさと向き合いつつも希望を抱かせる効果が期待できるのだろう……』

 

「……というのが、このネット記事に書いてあったのよ。おほほ」

 

 参加するイベントに関する記事やSNSの話題って、漁るの楽しいよね。イベント気分を盛り上げてくれるんだ。わかるよ。

 私が共感を示そうとしたら、火臣(ひおみ)打犬(だけん)が先にコメントを口にした。

 

潤羽(うるは)さんはホラー界隈を予習してきたのか。社長をしているだけあって、何事も理解度を深めようと取り組む姿勢がすごく知的で素敵だね。それに、声がとても麗しい」

 

 この男は作戦の趣旨を理解して積極的にママと仲良くなろうとしているのだろうか?

 そしてママは――得意顔になった。

 

「当たり前ですわ。娘が業界でお仕事をしているのですもの。おほほほ」

「ママやめて。それ、恥ずかしいやつだよ」

  

 池袋グランドシネマサンシャインは、人で賑わっていた。

 私たちが観るのは、「人が人ではないものに変わってしまう病が流行り出した」という設定の映画だ。

 

 全員が多少なり変装しているが、周り中から視線を感じる。目立っている気がしてならない。

 マスクと帽子で隠していても、まあバレバレだよな。

 

「潤羽さん、それにしてもエレガントな装いだね。『高嶺の花』というのは君のためにある言葉なのかもしれない……。目立たないようにしても、ほら……みんなが振り返って君に夢中だよ。一緒に歩けることを自慢したくなるな」

「火臣さん、声バレしていますわ。静かにしてくださる?」

 

 ママも声が大きいよ。名前を呼んじゃってるから「ほら、やっぱり火臣さんだって」「きゃー!」って噂されてるよ。

 私と恭彦はコソコソとしているのだが、大人たちがどうもうるさい。堂々としすぎている。

 八町を見て本人確認してくる人もいるじゃないか。

 

「あの……八町大気先生ですか?」

「はーい。僕でーす」

 

 軽っ。

 八町の奴、名前を呼ばれて笑顔で手を振っちゃったよ。

 周りが察して「声かけちゃだめだよ」「気付かないふりしよう」って言ってる。映画祭だけあって芸能人へのマナーがいい人たちばかりか。民度が高くて助かる。

 

「皆さん。一般の人たちに迷惑をかけないように、もっと存在感を消した方がいいと思うんです」

 

 フードとドリンクを買い、バケツ入りのポップコーンを抱えながら言うと、八町は上から見下ろして目を細めた。

  

「江良君。君、バケツポップコーンを抱えてると子供っぽくて和むなあ。大丈夫? 転んだりしないかい? 持ってあげるよ。ドリンクは未成年だからね、ビールは飲めないよね。コーラがいいかな?」

 

 ああ、子供扱い。

 ああ、この目立つ集団。

 

 入場して座るのは、最後列のVIP席だ。

 

 

 開始前のまだ明るくてざわざわとした会場で、打犬は積極的に会話を振っていた。

 

「潤羽さん。ホラー映画は吊り橋効果が期待できるんだ。潤羽さんとの心の距離を縮めてくれるコミュニケーションツールとして、効果を期待してしまうね」 

 

 この男は作戦の趣旨を理解して積極的にママと仲良くなろうとしている……というよりは、ホストのようにひたすら女を口説く言葉が出てくるタイプなのではないか?

 どうも聞いていると普通にアプローチしているみたいに思えるのだが?

 仲良くなるのはフリだけでいいんだぞ……? わ、わかってる……?

 

「あのー、ママを口説かないでくださーい」

 

 ここはお気持ち表明しておこう。ママも「そうよそうよ」としかめっ面だ。

  

「火臣さん、離れて座ってくださる?」

「オーケー、俺は一番通路側に座っておくよ。もし上映中にお化けが湧いてもしっかりとガードするからね」

「お化けより火臣さんの方が危険ではなくて? 全力で距離を取りたくなりますわ」

 

 打犬は喋るたびに好感度を下げていく。

 恭彦、あれお前の父親だろ。なんとかしろ。

 恭彦を見ると、不思議そうな顔をされた。

 

「葉室さんならおわかりかと思っていましたが、親父は相手がカメムシでもこの調子です」

「迷惑すぎる……」

 

 座り順は通路側から打犬、恭彦、八町、私、ママの順番になった。

 ゆったりとスペースを使えて、電動リクライニング機能付きのシートは座り心地がいい。

 

 恭彦はいそいそとブランケットを八町の膝にかけている。

 

「八町先生。ブランケットをおかけします」

「ありがとう、恭彦君。でもそれお父さんが君にかけたブランケットじゃないかな? 僕、見ていたよ」

「八町先生。江良九足さんには父親がいないんです」

「ああ、うん。そうだね。いないね」

「俺、彼の気持ちがわかります。俺にも父親がいないので」

 

 矛盾してるぞ恭彦。

 今さっき自分で「親父は」って父親トークしてたじゃん。

 ほら、打犬も不満そうじゃないか。

 

「恭彦? お前にはパパがいるぞ? ここにいるよ? いやー、潤羽さん。うちの息子はどうも反抗期を拗らせているんだ。困ったな」

「……火臣さんに原因があるのではなくて?」

 

 ママの冷ややかな声を背景に、八町はおっとりと首をかしげた。

 

「恭彦君……江良君の気持ちがわかるだって? 僕の方が理解度が高いと思うけど……君に江良君の何がわかるって言うんだい」

「えっ。すみません」 

「君、そういえば江良君が憑依したなどと騒がれていたけど、故人を騙るのはいけないよ。江良君は伊香瀬ノコを助けたいとは思っていたかもしれないが、恋愛感情はなかったと思う」

「すみません……なんか、そういう気分になったので……」

「父親がいる身で軽々しく父親がいない相手に共感を示したら、相手によっては嫌がると思うよ。父親の目の前で言うのも、なんだか当てつけがましくて幼いように感じる」

「ぐっ……」

 

 あーあ、怒られちゃった。

 恭彦。八町の理解度が足りないよ。

 

「恭彦はパパが産んでからまだ1年経ってないから0歳なんだ。幼くていいのさ」と打犬が言い、ママが「火臣さんは妄言が過ぎますわね」とツッコミをいれて、八町は「うんうん」と頷いた。

 

「江良君を一番理解しているのは僕だよ……おっと、始まるみたいだね。黙ろうか」

 

 会場が暗くなってくれてよかった。

 この集団、話していればいるほど人間関係が悪化していく気がしてならない……。

 あと、私は見てしまったぞ。

 「八町に怒られてしょんぼりする恭彦を撮りたくて仕方ない」という顔でスマホを握りしめる打犬の姿を……スマホの電源は切ってくださーい。へんたーい。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 映画は面白かった。

 あと、油断していると泣けるシーンが来たりする。

 

 観客が楽しそうに怖がって悲鳴を上げている。

 小さい子が泣いてしまって、親に抱っこされて連れ出されたりしていた。

 人が集まっている映画館ならではだよね。ここは、そういう「集団の中のひとり」が感じられる空間だ。

 作品だけではなく、一期一会で見ず知らずの他人の気配も含めて体験として楽しむ場所なのだ。

 

 ママは素直なリアクションで、「きゃっ」とか「まあ」とか、たまに声を発して怖がっていた。

 出番が多かったメイン登場人物の親子の子供の方が人外に変化していくのを見て、ハンカチを目元に当てて涙をこぼしたりもする。理想的な映画視聴者って感じだ。可愛いママだよ。

 打犬が近くの席にいるとウザいムーブをしでかしそうなので、離れた席でよかった。

 あの女たらしはここぞとばかりに肩を抱き寄せたりしそうだもんな。

 

 他のメンバーを見ると、打犬は端の席でドン引きするくらい泣いていた。そして、その隣で恭彦はすやすやと寝ていた。 

 起きろ。ホラー映画で安眠するな。この映画館がホラー事件の現場だったら真っ先に死ぬぞ。

 席が近かったら起こすところだが、席が離れているので何もできない。ぐぬぬ。

 

 八町~、お前の隣の教え子が寝てるぞ、八町~。

 

 私の隣にいる八町にじーっと視線を向けると、八町は観客の反応を楽しんでいる様子だった。

 美味しそうにビールを飲んでいるのが羨ましい。

 こっちはずっと禁酒だよ。あと何年も……。

 

 目が合うと、八町は目を丸くして首をかしげ、指先でスクリーンを示した。

「ちゃんと観なさい」と言いたいらしい。

 それ、お前の隣ですやすや寝ている恭彦に言ってあげたらいいんじゃないかな……?

 

 指で恭彦を示すと、八町は驚いたようだった。

 

「ホラーに連れてきて熟睡する子は初めてだよ」

 

 小声で呟き、恭彦を起こしてくれた。

 お前もそう思うか親友。びっくりだよな。

 

 スクリーンに視線を戻すと、暗闇の中で炎が揺れている。

 ぱちぱちと燃える炎が発する音が静けさを感じさせて、炎を囲む人間たちの顔がゆらゆらと照らされているのが、なんだか「原始的」とか「野性的」という言葉を思わせた。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 映画が終わったあとは、すっかり外が暗くなっていた。

 夕食はそのまま最上階のスカイラウンジにあるカフェ、バール パノーラマでイタリアンを食べることにした。

 

 大きなカフェは、天井に巨大なLEDパネルがある。

 夜景に映えるモーショングラフィックや花火の演出がムーディで、おしゃれだ。

 

 化粧を直してきたママは、サングリアを手に映画のリーフレットを眺めている。映画が気に入ったようだった。

 

「映画館で映画を鑑賞するのは楽しいけれど、メイクが崩れてしまって困るわ」

 

 ママが何か言うと、打犬は即座にコメントする。

 

「化粧が崩れた顔は、親密な関係だからこそ見れる顔だよね。そこに優越感を感じる男は多いんだ。今日は潤羽さんの新しい顔を知れてうれしいな」

「火臣さんはそういえば泣き顔フェチでしたかしら。はあ……最悪」

    

 ママは真剣な顔で私を見た。

 

「王司。ママ、思ったのだけど、父親役っていらないんじゃないかしら。代わりにおじいさまに出ていただけばいいわ」

「それはありのような気もするね、ママ」

 

 小声で恭彦が父親に物申しているのが聞こえる。なになに?

 

「親父。女の人に甘い言葉を言い過ぎると勘違いさせるから、よくないと思う」

 

 おうブラザー、まともなこと言えるじゃないか。

 それをもっと早い段階で言い聞かせておいてよ。

 

「恭彦。パパは本当に深い愛情を持っているから勘違いにはならない」

 

 ああ、こいつはだめだな。うん、だめだ。

 兄は私を見て「これです」と肩をすくめた。そうか、うん。わかった。

 

「私の好感度がマイナス限度いっぱいまで下がりました。さようなら火臣家さん」

「お、王司ちゃん!」

 

 ふう……鮮やかなブルーが目にも涼しげなブルーレモネードを啜ると、爽やかな甘い味がした。

 耳には、近くの席にいる一般人のお客さんたちが囁く声が聞こえる。

  

「見て。変態ファミリーが揃ってる」

「ほんとだ。みんなで座って食べてる~」

  

 スマホを向けて『変態ファミリー』の写真や動画を撮っている。

 池袋の街を一望できる席で料理を囲む我々は、なかなかにファミリーチックに見えるのではないだろうか?

 『変態ファミリー』って呼び方は微妙だと思うが、「あの人たち、普段から家族してる!」って感じで、ぜひSNSで拡散してほしいものだ。

 

 ちなみに「さようなら」と言ったが、恭彦はそれが冗談だと理解している様子でのほほんとピザを切り分けてくれている。

 

「葉室さん。ピザ、切り分けましたよ」 

「おおっ。ありがとうございます、恭彦お兄さん。それではいただきます」

  

 ちょうどいいサイズにカットしてもらったピザは、薄くカリカリに焼かれた生地の上に、チーズがトロッと広がっている。

 ひとくち齧ると、さっぱりしたバジルの香りが広がった。味は濃厚。

 

「うん、美味しい!」

 

 次に、トマトパスタ。

 パスタのアルデンテな食感が心地いい。

 甘酸っぱいトマトソースが麺にしっかり絡んでいて、じっくり煮込んだ旨みがたまらない。

 そうだ。せっかく八町がいるのだし、脚本の話も聞きたいな。

 

「そうだ。八町……こほん、八町先生は先日の脚本を直されたとききました。直した脚本、いかがでしたか? 読みましたか? 私は見てないんですけど、きっといい感じになったんだろうな~?」

 

 他人がいるときは他人行儀に話しかけないとな。こっちは14歳の女子なんだ。大先生をタメ口で呼び捨てにしたら「なんて失礼な!」と思われちゃうよ。

 

「うん、直したよ。火臣さんにも、改めて謝罪しますね」

「いえ。八町先生にこちらの意を汲んでいただけてありがたいです」

「1作目は難しくても、もしよろしければぜひ2作目の出演をご検討ください。息子さんと一緒に、ぜひ」

 

 八町はチリガーリックのフレーバーポテトの皿を押し付けてきた。

 

「これは江良く……王司さん好みだろう」

「その通り。いただきます」

 

 私はポテトに手を合わせた。

 香ばしいガーリックの匂いが食欲をそそる。ひとくち食べると、ピリッとした辛みとホクホクの食感が絶妙だ。舌がピリピリする。幸せなピリピリだよ。

 

「……そういえば、江良君……王司さん、スポーツ女子部に出るんだって? 応援するけど、君、アイドルのお仕事もあるからスケジュールが心配になるな。過労にならないようにね。僕が手配したドラマの方は、無理して受けなくてもいいよ?」

 

 そうそう。演劇祭の最中から、事務所にはオファーがいっぱい届いているんだ。

 

「えへへ。八町先生が紹介してくれたお仕事は、受けるつもりです。過労とかぜんぜん大丈夫です!」

   

 SNSをチェックすると、期待通りの写真と動画が投稿されていた。

 

:変態ファミリー勢ぞろい(画像)

:火臣家と葉室家が合体してる!

:仲悪いと思ってた

:一緒に映画?

:見た見た

 

「おお……皆さん。見てください。変態ファミリーと呼ばれてます」

 

 スマホをみんなに見せると、「ほお」とか「おお」とか反応してくれる。

 

「こんな感じで広めてもらったら、家庭環境がいいってアピールになりますよ」

 

 映画も観れたし、食事も美味しかったし、SNSで印象操作もできたし、首尾は上々だ。

 あとはお仕事をこなしていくだけだね。

 

「王司。その……変態ファミリーって呼び方、なんとかならないのかしら? ママは嫌だわ」

 

 そうだね、ママ。それは私も同感だよ。

 

「はは、潤羽さん。そのうち気にならなくなるよ」

 

 打犬。お前はもっと気にするべきだと、私は思うよ。

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