【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~ 作:朱音ゆうひ
火臣恭彦様
拝啓 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
このたびはキャストオーディションにご参加いただき、心より感謝申し上げます。
審査を重ねた結果、今回は他の候補者の起用が決定いたしましたことをご報告申し上げます。
火臣様が見せてくださった力強い表現力と役へのアプローチには、審査員一同、深く感銘を受けました。また次回以降、他の役柄でご一緒できる機会があることを楽しみにしております。
火臣様の未来がますます輝かしいものでありますよう、お祈りいたしております。
敬具
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【
休日の夜。
火臣恭彦の自宅のリビングは人で賑わっていた。
「もうすぐ始まりますねー! いやー、楽しみだなあ!」
「一昔前は水泳大会で水着ポロリなんてあったものですけどね」
「ありましたねえ」
火臣は普段から記者を好き勝手出入りさせているが、今日は父親が「娘の活躍をみんなで観よう」と声をかけ、ちょっとした宴会状態になっている。
父は手作りペットボトルマラカスと発売直後のLOVEジュエル7のシングルCDを配っていた。
「初回限定盤ですね火臣さん。特典はくれないんですか!」
「はは、特典は全部、俺のものです」
「ですよね~」
初回限定盤特典は、メンバーのソロ写真のランダムフォトカードとチェキ会参加券だ。
――親父。チェキ会、行くのか。行くんだろうな。
出前寿司を皮切りに、誰かが頼んだウーバーイーツがどんどん届く。
焼肉、ハンバーガー、ラーメン、ピザ……頼みすぎだろ!
ウーバーイーツのお兄さんまで「このあと予定がないなら一緒にどうだ!」と誘われて「じゃあ、お邪魔します」と仲間になってしまった。
ソファは満員。
床のカーペットも
「おっ、始まりますよ」
「かんぱーい」
恭彦は飲酒できないので、ウーロン茶だ。
味がよくわからないが、たぶん美味しい。
「恭彦。お前は今日もツンか。パパが悪かったよ。ほら、いくらをやろう」
父が出前寿司の中から自分の好物を渡してきた。
原始的な好意の表明だ、と思った。機嫌取りだ。
オデ、コレガスキ。オマエニ、ヤル――脳内で父を原始人化させつつ、恭彦はいくらを見つめた。
自分は、特にいくらが好きではない。そんな自分が食べるより、いくらを愛する父が食べた方がいい。その方が、いくらも幸せだろう。
なあ、いくら。
いくら「うん、パパがいい(幻聴)」。
「親父、いくらは親父がいいって」
「いくらがそんなことを言ったのか。可愛いな。俺はいくらにも愛される男なんだ。ふっ……」
父はいくらを愛しそうに見つめて、皿を受け取って持ち上げ、愛を囁いた。
「嬉しいことを言ってくれてありがとう。俺も君が好きだよ。一粒一粒、堪能したい。こんな俺だから君に愛されるのだという自覚があるよ。これからも俺を愛してくれ。ちゅっ」
パシャッと誰かが写真を撮る音がした。
いくらと愛を語り合う火臣打犬の写真が記事に載るのかもしれない。誰が喜ぶんだ、その記事。
いつも思うが、記者たちは父が好きだと思う。
あと、父の自己肯定感が高すぎる。
恭彦は妹を思い出した。
思えば、妹も自己肯定感が高い。血のつながりを感じる。
俺だって、自己肯定感は上がるときはあるんだ。
ただ、すぐ下がるだけで。
スマホを見ると、自分の評判が嫌でも目に飛び込んでくる。
『あの鈴木家がサプライズで特別賞を受賞! お兄ちゃんの首にペンダントをかける妹ちゃんに、みんなニッコリ』
『憑依型役者? 火臣恭彦君には江良九足が憑いている?』
『天才兄妹、海外フォーラムで「家庭環境が複雑すぎてヤバイ」と話題に』
『ノーモアマーカス? ――ハリウッド俳優の精神崩壊。メソッド演技の危険性とは。GAS内でも意見対立』
この「天才兄妹」という呼称は、「兄も天才だよ」という意味だ。
妹も「マグロですよ」と言ってくれた。賞だってもらえた。自分は評価されている。
なのにオーディションは落ちるし、GASは「メンバーから外そう」と揉めてるらしいし、八町大気先生は「ごめんね。1作目の映画は安定した役者だけでスピーディに作るよ」とか言ったのだ。
妹は「天才」と誉められるだけで、どんどんオファーが来てテレビに出ている。俺は「天才、でも危険」と言われてオーディションを落とされる。
この違いは一体……。ちょっと自宅を燃やしかけただけなのに。バイクも盗まなかったし煙草もふかさなかったのに。
昨日読んだ本にだって「表現者は健全なリストカッター」と書いてあった。
俺だけでなく、みんな傷や痛みを進んで受けにいって演技に活かそうとしてるじゃないか。マグロの何が悪いんや。美味いのに。
スマホをチェックすると、画面に葉室王司が映った。父が「おお!」と喜んでいる。
父にとって、妹は特別だ。正真正銘、血を分けた自分の子だから。
しかし、もう気にしないようにしよう。八町先生に「幼い」と言われてしまったではないか。
恥ずかしい。俺はファザコンでも赤ちゃんでもない――もっと大人になるのだ。
恭彦はマグロを皿に取り、わさびを盛った。
パトラッシュ
「恭彦君はわさびが好きっすねー。でもそれじゃ、マグロ寿司というよりわさび寿司っす」
「わさびは味が強いのがいいと思います」
「恭彦君は食レポが下手そうっすね」
「頑張ればイケると思います」
「本当っすか? じゃあ、こっちのポケモンドーナツ食レポしてみてほしいっす。あ、わさび盛るのなし!」
ポケモンドーナツは、ミスドのコラボドーナスだ。
笑顔のピカチュウドーナツがつぶらな瞳をしていて、「ピカー?」という可愛い声が聞こえてくるようだった。
こいつは、可愛い奴なんだ。
今から自分が食べられるなんて、これっぽっちも思っていないんだ。
目をこんなにキラキラさせて、信頼してるんだ。懐いてるんだ。
このピカチュウを食べるだって? そ、そんな。
「……こいつを食べるなんて、俺にはできない……っ」
食レポって、なんて難しいんだ。
まず食べるのが困難だ――恭彦は鬱になった。
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――【
よく晴れた青空の下で、スポーツ女子部の生放送の撮影がされた。
私はLOVEジュエル7のメンバーと一緒で、本日の衣装は赤ジャージだ。
横にラインが入っていて、芋ジャージとも呼ばれるやつ。でも、ジュエルちゃんたちが着るとなんか可愛いのが不思議だな。
「みんなっ! 生放送だから色々気を付けてよね!」
水泳大会なら水着ポロリに気を付けたりするんだろうけど、この赤ジャージで何に気を付けるんだろうか。
「綱引きだけど、勝利チームの曲が次の借り物競争で流れるんだって。勝ちたいね。あとね、お互い優勢な間、自分たちの曲が流れるルールなの。あっさり勝敗が決まったらどっちも損するわ。それでね、向こうのリーダーさんが提案してきたんだけど、『合図をするから、5秒ずつを2回。お互いの曲を流し合ってからガチ勝負しましょう』って。これは勝負するようでいて、共闘だって。あちらが先輩だし、悪い話でもないんじゃないかしら」
何と共闘するんだ?
私が首をかしげていると、
「演出だよ演出。あたしもどっかで炎上するかな?」
「カナミちゃんは炎上しないで。芽衣ちゃん、SNSで暴露しちゃだめだよ?」
このメンバーは、油断するとすぐ燃える。怖ろしいガールズだ。
ああ、これが「気を付けてよね」なのかな。失言気を付けて、みたいな?
私たちが談合の手順を打ち合わせしていると、順番が回ってきた。相手、しかもオーロラパーティなんだなあ。
うんうん、私もそう思ったよ。
最初は、こっちが優勢になる番。ただし、勝利が確定するラインまでは引かない。
ぐいぐいと引くと、オーロラパーティは下手な芝居をし始めた。
「あーん。やぁん。中学生が怪力ー!」
「はぁっ、はぁっ、負けちゃうぅ~!」
わざとらしいし、ぶりっこだなあ。
カメラマンさんが「いいね、可愛いねー」って顔で寄って行ってるよ。
なるほどなぁ。こういうのが撮りたいのかぁ。
「優勢のチームの曲が流れますー!」
司会のお笑い芸人さんが明るく言って、曲が流れ出す。
私たちの曲『最初で最後!』は、CDシングルが発売直後だ。初回限定盤はメンバーのソロ写真のランダムフォトカードとチェキ会参加券入り。マネージャーさんが教えてくれた情報によると売れ行きは好調らしい。
1、2、3、4、5。
合図があったので力を緩めると、ずるずると綱が持っていかれる。
そして、曲は同時期に発売するオーロラパーティの新曲に変わった。
「みんなぁー! いくよー!」
「おーー!」
オーロラパーティのリーダーが叫び、向こうのメンバーは「さっきのぶりっこ、どうした?」と聞きたくなるようなイケイケムードに変わった。
「あたしたち!」
「サイキョー!」
変な掛け声かけてるよ。青春か。
こっちもカメラマンさんに媚びて撮ってもらわねば。出番は勝ち取るものなのだ。
「はぁっ、はぁっ。くぅ……っ、ま、……まけちゃう、よぉ。おねえちゃんたち、……強いよぅ……っ」
見ろ、これが恭彦を見習って鏡の前で練習した「雨に打たれて震えるチワワ・王司版」だ!
「ふえ、ふえ」
演じていて「なんか自分、あざとい」感があるが、まあいい。
カメラマンさんが「お、王司ちゃんが可愛い!」とこっちを撮ってくれている。
「あーん。王司ぃー、負けるなー! がんばえぇー! あたしが勝たせてやるぞー!」
カナミちゃんが声をあげて、オーロラパーティの真似をするみたいに腰を振ってる。
や、やめて。その動き、セクシーといよりコミカルで笑っちゃいそう。吹き出しちゃう。
オーロラパーティは騙し討ちはしなかったので、両チームはきっちり5秒X2回ずつ曲を流し合い、最後にガチ対決をした。
お姉さんたちは強かったのでジュエルは負けてしまったけど、目立つことはできたのでよしとしよう。
そのまま、次は借り物競争だよ。
オーロラパーティの曲が流れる中、次々と走者がスタートして中間地点の札を取っていく。
札には「これを借りてね」とオーダーが書いてある。
なので、それを会場の誰かに「貸してくださーい!」と言って借りて、ゴールを目指すんだ。
綱引きは全員で参加したけど、借り物競争はアリサちゃんが代表して出ている。
メンバーたちはアリサちゃんを応援しつつ、カメラの前でモグモグタイムだ。
こよみ聖先輩は、生放送でも惚気ることを忘れない。
可愛いポケモンドーナツの箱を持ってきて、皆に見せた。
「これね、彼氏が差し入れしてくれたの」
「わー! かわいーい!」
キャアキャアとはしゃいでいると、カメラマンさんが「おっ。可愛いのが撮れるな」とニコニコ笑顔だ。可愛いのが撮りたいんだよね。もうバッチリ把握してるよ。
私はピカチュウドーナツに手を伸ばした。
「ぴかぴー♪ ぴっかー♪ えへへっ、ピカチュウつるんとしてて可愛い! えへへ、いい笑顔。見てると元気が出るよー! 食べていいの? いただきまーす」
どうだ、ピカチュウの鳴き真似付きだぞ。
いただきます――ぱくっ。
あまーい。ピカチュウあまーい。
「わぁっ。生地がふんわりしてる。クリームが優しい味ー! 外側のチョコも美味しいの。これね、アリサちゃんの分も取っておくー!」
こういうのは大げさすぎるくらいでいいんだ。絶賛、絶賛、絶賛だ。
私が「スイーツ大好き王司ちゃん」を演じていると、アリサちゃん本人が走ってきた。
「王司ちゃーん」
おやっ。
「王司ちゃーん。一緒に走ってー」
「んっ。うん! いいよ」
借り物、私?
アリサちゃんと手をつないでコースを走り、ゴールすると、アリサちゃんは借り物オーダーが書かれた札をお笑い芸人さんに渡した。
「『いちばん仲良しのお友だち』です!」
お笑い芸人さんが大きな声で読み上げたオーダーは、『いちばん仲良しのお友だち』。
胸がキュンッとなるような嬉しいオーダーだった。
「そっか。私、アリサちゃんのいちばん仲良しなんだ」
「えへへ。そうだよー!」
青空を背負って笑うアリサちゃんはピュアな感じがして、私は嬉しさでいっぱいになってアリサちゃんを抱きしめた。
「ありがとうアリサちゃん! 私も、アリサちゃんがいちばん仲良しー!」
「きゃー! あはは! 相思相愛だねー!」
ありがとうアリサちゃん。
お仕事とか見せ場とか関係なしに……ただただ、嬉しい!
私はハッピーな気分になって、演技でもなんでもない笑顔になった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――【火臣恭彦視点】
「恭彦君! 妹ちゃん可愛いっすねえ。感動の友情っすね。いいっすねー!」
パトラッシュ瀬川が絶賛する中、恭彦はイヤホンを耳に装着した。
流すのは、『めざせポケモンマスター』だ。
やる気でいっぱいの歌を聞いていると、胸に勇気と希望が湧いて来る。
「食ってやる……」
パトラッシュ瀬川の肩をつかんでカメラを向けさせると、恭彦はポケモンドーナツを手でつかんだ。
「俺はこいつと、旅に出る!」
むしゃりとかぶりつくと、ピカチュウが付いてきてくれる気がした。
そうか、俺はひとりじゃない。
こうして食べることで、こいつは俺の血となり肉となり、一緒に生きてくれるんだ……。
「恭彦君。味についてコメントしないと食レポじゃないっす」
食べ終わった後で、パトラッシュ瀬川は申し訳なさそうに指摘した。顔を見ると、困り眉になっている。気弱そうな顔だが、中身は結構図々しい。他人の家の庭に住んで私生活撮って金にするくらいの極太神経だ。
指摘されたことは……言われてみれば、もっともだった。
「味は……甘かった気がする」
そっと控えめにコメントしてイヤホンを外すと、アイドルソングがテレビから流れていて、おじさんたちはシャカシャカとペットボトルマラカスを振っている。楽しそうだ。
みんな女子に夢中か。
でも、パトラッシュ瀬川は俺を撮ってくれるんだな。
「パトラッシュ。いつもありがとう」
妹の真似をするように(あるいは、対抗するように)感謝を告げると、パトラッシュ瀬川はわかってくれたようだった。
「ハグするっすか?」
「してもいい」
友人とハグしていると、父親が「おお!」と奇声をあげた。
「うちの子が友情してる……だと……。パパもハグするよ。恭彦! この胸に飛び込んで来い! パトラッシュはステイ!」
父のハグは丁重に断っておこう。
スルーでいいんだ、こういう時は。学んだ。
親父――俺はファザコンでも赤ちゃんでもない。お断りでちゅ。
「パトラッシュ。俺は大人になろうと思う」
「え、脱童貞っすか。いいっすね」
パトラッシュ瀬川はいつも完璧にわかってくれるわけではなかった。
ああ、所詮は他人だ。
自分の心が完全に理解されることなんて、ないんだ。
また思い上がっていた。
俺はいつもこうだ。
すぐに調子に乗る――恭彦は気分を下降させた。
画面の中の妹は気分を浮き沈みさせることなく、輝いたままだ。
きっと、こういうところがオファーが来る理由なのだろう。
妹には、謎の安定感があるのだ。