【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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157、『生放送だから色々気を付けてよね!』

 セバスチャンは、住み込みの執事である。

 本日はお仕えするお嬢様のスポーツ女子部の生放送がテレビで流れているので、王司(おうじ)のママである葉室(はむろ)潤羽(うるは)が大はしゃぎだ。

 

「きゃあー! うちの子が走ってる。うちの子が笑ってる。うちの子がお友だちと抱き合ってる。なんて可愛いのかしら。この可愛い子を世の中のみんなが『可愛いな、王司ちゃん』って思いながら観てるんだわ!」

 

 潤羽は大喜びでペンライトを振り始め、CMになるとハァハァしながらスマホでSNSをチェックしている。

 傍らには、娘がいるときは隠している手作りの王司ちゃん人形がお座りしている。

 演劇祭で買った王司ちゃんグッズは持ち主の周りをぐるりと囲むようにして積まれていて、あやしい儀式でもしているみたいだ。

 だが、この家は娘のいない時間は、割といつもこう。

 日常風景なのである。

 

 執事のセバスチャンは、そんな葉室家の日常に慣れていた。

 

「お菓子、オモチシマシタ」

 

 お菓子は、栗きんとんと抹茶最中(もなか)だ。

 セバスチャンが和菓子を置く隣で、使用人仲間である和風メイドのミヨさんは緑茶を淹れてくれる。和の心を感じるいい香りだ。

 

「お茶とお菓子をありがとう、二人とも。ねえ、これを見てちょうだい!」

  

 潤羽が上機嫌でスマホを見せてくる。

 SNSのスポーツ女子部の番組専用ハッシュタグ検索結果だ。

 

「SNSでも王司が可愛い可愛いって言われてるの」

「まあ奥様。本当ですね!」

「スバラシイ。お嬢様のカワイイが優勝デス」

  

 賑々しく声をあげていると、飼い猫のミーコが部屋中を駆けだした。

 まるで尻尾に火がついたような激走っぷりに、潤羽が猫なで声で謝った。

 

「大興奮の人間たちにびっくりしたのかしら。ごめんなさいね、ミーコ」

 

 平和な光景だ。

 この家の人間たちは、猫好きなのだ。

 

「ショウショウ、シツレイ」

  

 執事セバスチャンは、主人に断りを入れてから部屋の隅でミーコのトイレをチェックした。

 思った通り、トイレハイだ。

 

「ネコチャンは、ウンチをスル、ハイにナルです」

「まあセバスチャン。そうだったの。排泄は気持ちいいですものね。ミーコ、本日も健やかにうんちして偉いですわ。褒めて差し上げてよ!」

 

 猫は人間の言葉を気にする様子もなく、元気いっぱいに走り回っている。

 うんちをするだけで褒めてもらえるのか、この小さく弱々しい生き物は――悪魔はしみじみとしながら猫のトイレを掃除した。

 

「アッ、王司が出るわ!」

 

 愛娘が再びテレビに映り、葉室潤羽がペンライトを両手に掲げる。葉室家はひたすら平和だった。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 ――【葉室王司視点】

 

 スポーツ女子部は、見せ場をゲットしたり勝ったりすると、だいたい自分の持ち歌が流れる。

 なので、女子たちはあの手この手で目立とうとする――宣伝努力というやつだ。

 

「さあや、私たちもアオハルを見せるわよ!」

「おーけーだよー!」

 

 テニスの種目では、五十嵐(いがらし)ヒカリ先輩と月野(つきの)さあや先輩が息の合ったプレイを見せた。

 対戦チームのゆりゆりずは、勝ち負けにはあまりこだわりがない様子でキャッキャと楽しそうにしている。

 

「負けたぁ」

「負けたね~」

 

 二人でニコニコしながら手を繋いで退場する姿は、なんだか平和だ。ゆりゆりずは仲がいいお姉さんたちだな。

 

「負けて残念だったね、のチュウしよう」

「いいよ。ちゅっ」

 

 えっ。キスした。

 すごくナチュラルにキスしたよ、あの人たち。

 これが百合営業か。すごいな……。

 

「もう一回しよ」

「いいよ。ちゅっちゅっ」

 

 小鳥が挨拶するみたいな爽やかなキスだ。

 カメラが嬉々として撮っていて、お笑い芸人さんが「もうええでしょう!」とツッコミを入れて終わらせた。慣れを感じる。

 

 次はスリーポイントチャレンジ――バスケットボールのゴールに、スリーポイントシュートをキメる種目だ。

 ジュエルちゃんたち。実は、江良お兄さんはスラムダンクやDEAR BOYSにハマっていたんだ。黒子のバスケだって知ってるよ。

 さあさあ、ここは任せてもらおうか。

 

「私が出る!」

 

 脳内に妄想が閃く――スパッスパッと決まるスリーポイント! 驚くみんな!

 スーパー中学生になっちゃうかもしれない。なるか。

 

 久しぶりに持つバスケットボールは、大きくて重かった。サイズ感がだいぶ違う。

 小脇に抱えようとすると、コロンと落ちて転がっていく。

 手が小さいんだな、この体。

 

「王司ちゃん大丈夫? ボール投げられる?」

 

 メンバーは心配そうだが、大丈夫だよ。

 スリーポイント練習したことがあるんだ。江良が。

 カメラどこ? いたいた。

 このキメ顔、撮ってくださーい。

 

「左手は添えるだけなんだよ」

 

 えいやっとボールを放ると、ボールはゴールポストの手前でぽすんと落ちた。

 力が足りなかったんだな。フォームはできてたと思う。

 

 司会のお笑い芸人さんがマイクを手にコメントしてくれる。

 

「なんと葉室王司ちゃんからスラムダンクのセリフが出ました! イマドキの中学生、スラムダンクを知ってる説、あるのかー? 投げ方がかわいーい。ボールは届かなーい!」

 

 投げ方が可愛いってなに?

 普通のフォームだよ。

 一朝一夕に身に付かない練習して身に付けた江良のシュートフォームだよ。

 女子だからってなんでも「可愛い」で済ませるな。「これは素人ではありませんね! ガチでやり込んでるプレイヤーのようです!」とか言ってほしい。

 ボールが重いんだよね。もっと力を籠めないと。見てろ。

 

「えいー」

 

 力いっぱい投げると、ボールは左側に飛んで行った。めげるな、もう一回。

 

「やーあ」

 

 ぽこっ。

 ころころ。

 ボールはリングにぶつかった。惜しい。でもさっきより進歩してる。

 

「終了~! ざんねーん」

 

 ああっ。終わっちゃった。

 スーパー中学生にはなれなかったか……。

 

 仲間のもとに戻ると、みんなは「どんまい」「可愛かったよ」と優しく声をかけてくれた。いい仲間だ。

 

「今日は楽しいパーティでした。ラストに一言いいですか?」

 

 締めくくりのリレーでは、オーロラパーティがバトンを受け取る直前の時間を使ってお気持ち表明リレーをしていた。あらかじめ誰が何を言うか決めて暗記してきたらしい。

 

「ジュエルちゃん、この前はごめんなさい!」

 

 バトンリレーを受ける1人目が大声で言って、走り出す。

 

「あたしたち、反省してます!」

 

 次のメンバーへバトンが渡る。

 

「仲良くしたいです!」

  

 お笑い芸人が「仲直りするんか! 青春か!」とびっくりしている。こっちもびっくりだよ。

 これ、バトン受け取る前に大声出してるの走るのに不利にならない? と思ったのだけど、意外とオーロラパーティは足が速いメンバーがそろっていた。

 

 オーロラパーティは殊勝なことを言いながらカメラに注目され続けた。

 やらかし炎上を逆手に取っているようにも思える……なかなかのやり手なのでは。

 

「王司ちゃん!」  

 

 次は、私の番。ラスト走者だ。

 現在の順位は、ほとんど1位と差がない2位だ。

 

「王司ちゃんがデビューして最初に届いたプレゼントはー! 実はー! 私が贈りましたー!」

 

 先にバトンを受け取ったオーロラパーティのメンバーは、嘘か本当かわからないことを言いながら駆けだしている。

 

「え、ほんとうに?」

 

 1位のお姉さんの後ろにぴったりとくっついて、思わず確認してしまう私である。

 私が初めてもらったファンからのプレゼントは、奈良公園の鹿せんべいと、紫色をした小さなクマのぬいぐるみチャームだ。

 

「どのプレゼントですか? 言えますか?」

「はぁっ、はぁっ」

 

 お姉さんは、聞こえていないのだろうか。

 返事をしないで無言で走っている。

 

「ねえねえお姉さん。どのプレゼント? ねえねえ」

 

 これ、嘘なんじゃないかな。

 本当だったら見る目が変わるんだけどなあ。

 

 ファンからのプレゼントって、嬉しいんだよね。

 そうだ。私もお世話になっている人たちにファンとしてプレゼントを贈ってみようかな。

 匿名ファンとして贈るんだ。わー、いいアイディアかも。

 

「お姉さん。おかげでいいアイディアが出ました。ありがとう……あっ」

 

 スピードを上げたお姉さんに付いて行こうとした時、足がもつれた。

 前に倒れかけた私は、咄嗟に手を前に伸ばして何かを掴んだ。分厚くてごわごわした布だ。

 掴んだそれは、私を支えてくれなかった。

 私を置いて進もうとした。しかし私は下に倒れ込んだので――それは、ぐいっと引っ張られ、ずるっと下に落ちた。

 

「ふぎゅっ」

「ぎゃあ!」

 

 私はどうやら、お姉さんを巻き添えにして前のめりに転んでしまったようだった。

 

 ドタッと地面に倒れ込んで、「きゃー!」とか「うわああ」とか悲鳴を聞きながら顔を上げると、目の前には……鹿柄のパンツがあった。お姉さんのパンティーである。

 

 あーっ、ジャージのズボンを掴んでずり下げちゃったんだーーー!

 

「ふぎゃああああ!」

 

 『生放送だから色々気を付けてよね!』

 

 五十嵐(いがらし)ヒカリ先輩の声が、脳内でリフレインする。

 やってしまった――お姉さん、ごめんなさい。

 

 司会のお笑い芸人さんは、あたふたしながらアナウンスしてくれた。

 

「なんということでしょうー! 放送事故! ただいま放送事故が起こりました! 水着じゃないからと油断していた視聴者の皆さん、これが生放送の恐ろしいところです! もう~しわけないっ!」

 

 お姉さんが真っ赤になってズボンをはき直し、キッとこっちを睨んでくる。

 

「あの……わざとじゃないんです」

「お、お、覚えておきなさい! 葉室王司……!」

 

 ああ、せっかく生放送で仲直りしかけてたのに。

 

 ちなみに、ファンとしてプレゼントを贈ったのは結局本当なんだろうか、嘘なんだろうか?

 気になるけど、この空気では確認しようがないな。諦めよう。

 

「調子に乗ってるのも今のうちよ! CDの売り上げで圧倒的な差をつけてやるからね!」

 

 お姉さん、お姉さん。まだ生放送中ですよ。

 あんまり声を荒げないで。

 

「落ち着いて、落ち着いて」

「仲良くしよう」

「今のは事故だよ。ねっ?」

 

 オーロラパーティの仲間たちが集まって宥めてくれる。頭をぺこぺこ下げておこう。

 その日、私はぺこちゃんになった。

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