【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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16、花火

 ホラー体験と謎に悩まされつつも、日常は続く。

 川の流れのように、という名曲があったが、思うに人生は「わからん」「ちょっと待て」と言ってもどんどん時間が過ぎて、明日になってしまう。止まってくれない。 

 

 ――後日。

 

 テレビのニュースでは、江良(えら)のお別れ会の映像が流れた。

 泣きながら花を捧げるファンの姿、当て書きした小説を世に出すのをやめると言って号泣する八町(やまち)大気(たいき)、涙を流す芸能人たち――西園寺麗華。

 泣き顔の王司も映った。演技ではなく泣いている姿が流れるのは、ちょっと恥ずかしい。

 

 チラッと二俣(にまた)夜輝(よるてみ)円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)も映り、自宅でテレビを一緒に見ていたママは「あの2人とは仲良いの?」と聞いてきた。

 

「仲良くないです。どちらかと言えば近寄らない方がいい2人かなと思ってます」

 

 あの2人とはLINEも交換していなかったし、王司の学校での友達は亡き田中君だけだったようだし。

 正直に答えると、ママは「そうね」と頷いた。

 

「お家に関するよくない噂もあるから、距離を取っておきなさいね」

 

 それ、多分うちも他の家庭で言われてる――とは言わない方がいいんだろうな。

 複雑な気持ちになりつつ、期末テストの日を迎えた。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

  

 期末テストは、学生にとって大事なイベントだ。

 

 成績が悪すぎると補習で夏休みが潰れたり、進級できなかったりする。

 成績しだいで進学先も変わってくるし、学校内での評判や立ち位置も変わる。幼稚な言い方をすると「あいつバカ」「すごい! 頭いい!」みたいな……いじめに発展することもあるので、案外影響力をばかにできない。

 家柄によっては家内での立ち位置にも影響があるんじゃないかな。例えば、「出来が悪い息子には後を継がせられない」みたいな。

 

 そんなわけで、学校はいつもよりピリピリした雰囲気だ。

 アリサちゃんも隣の席で真剣な顔をしている。アリサちゃんとはテストが終わった後に花火大会に行く約束もしているので、テストがうまくいくといいな。

 

「俺は全ての科目でお前の上をいく」

「はい?」

 

 さて、直前の見直しを――と思っていると、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)がやってきた。二俣は例によって傲岸不遜な口調で「俺が勝つと言っている」と謎の勝利宣言をした。いや、挑戦宣言? 対抗意識を持たれているのだろうか?

 

 試験勉強中のみんなが「見て」「うわぁ」と注目している。

 この2人、他のクラスなのに、わざわざ訪ねてきたのである。迷惑はなはだしい。

 

「えっと……がんばってくださいね。そろそろ時間ですから、ご自分の教室に戻った方がいいと思います。お引き取りください。さようなら」

 

 帰れ! と念じながら両手を合わせてお辞儀すると、2人は大人しく帰ってくれた。

 直前見直し勉強の時間が削られてしまったが、テストは無事できたので問題なし。

 

 放課後、浴衣を着てアリサちゃんと花火大会に行った。

 

 屋台が並んでいて、道の脇にところどころ設置された大きめのモニターにお祭りのスポンサー広告映像が流れていたりする。

 

 サインと握手を求めてくる人がいた。

 この体で初めてのファンかもしれない。ちょっと嬉しかった。

 

 アリサちゃんはお兄ちゃんから預かってきたという新作ポエムのメッセージカードとクッキーを渡してくれた。

 このクッキー美味しいんだ。

 

「王司ちゃん。お兄ちゃんがね、ポエムは花火を見た後で読んでねって。あ、リンゴ飴だ。買おう」

「うん。わかったよ。アリサちゃんのお兄ちゃん、まだ会ったことないけど面白い人みたいだね」

「お兄ちゃんは歌舞伎界のプリンスって言われてるよ。王司ちゃんの執事さんも面白いんだよね? うちのお兄ちゃんとどっちが面白いかな?」

「いい勝負かもしれないね……あと、前から思ってたんだけど歌舞伎界のプリンスって、なんかいろんな人が言われてるイメージある」

「プリンスは5人くらいいるよ!」

「いるよね」

 

 執事のセバスチャンはママが手配した護衛の人と一緒に距離を保って付いてきている。

 頭にはひょっとこのお面をつけているし、ちゃっかり両手いっぱいにたこ焼きやフランクフルトを持っているし、綿飴の袋をぶら下げてもいるので、仕事のついでに日本の祭りをエンジョイしているようだ。

 

「あっ。花火が上がったよ」

  

 アリサちゃんが空を指さすので、一緒になって空を見る。

 

 空はよく晴れていた。

 都会の星は控えめに小さく輝いていて、地上の明かりに負けそうになっている。

 

 ひゅーん、と打ちあがった光の筋は、高い場所でパァッと花開く。

 色鮮やかな赤い花火だ。

 華やかに咲いて、みんなの目を奪って、あっという間に形を崩して落ちていく。

 

 入れ替わるように上がってきたのは、ピンク色の花火。次いで、オレンジ。青。

 どーん、どーんと音を立てて、綺麗な光の花は夏の夜空を彩った。

 

 近くにいた人々はみんなして同じように空を見上げて、咲いては消える光を楽しんでいた。

 

 視界の端っこの設置モニターで江良(えら)が主演を務めた数年前の夏ドラマの映像が流れると、誰かが鼻水をすすって「懐かしいね」と言うのが聞こえた。

 

「王司ちゃん、花火きれいだね!」

「うん。きれいだね」

「夏休み、私、家族旅行についていくの遠慮したから暇なんだ。王司ちゃん、暇な日があったら遊んでくれる?」

「いいよ」

 

 花火が終わった頃、思い出してポエムを読むと、金魚と花火の可愛いイラストと一緒に短歌が書いてあった。

 

『葉室王司様へ

 

 今日は、花火大会を楽しむ君のために一句詠みます。

 

 「りんご飴 金魚逃げよし 音花火 鼓動はずめて ほお染めて」

 

 解説:

 りんご飴を食べながら金魚すくいをしている人を見る君。

 「金魚さん逃げなさい」と優しく心配していると、おっと花火が打ちあがったぞ。

 きれいだね、と頬を染める君を見て、僕は胸がどきどきするのである。

 ヨッ。

 

 高槻(たかつき)大吾(だいご)

 

 

 歌舞伎界のプリンスは、もしかするとセバスチャン以上の変人かもしれない……。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 

 遠くから、花火の音が聞こえる。

 

 照明を落とした夜の病室で、伊香瀬(いかせ)ノコは膝を抱えてノートパソコンの画面を見ていた。

 心はズタズタに傷ついていた。

 

 少し前に、ノコの目の前で事件が起きた。

 衝撃的すぎる、とても平静ではいられないような、恐ろしい事件だった。

 事件を起こした男は、セフレだった。彼は権力者の息子だったから、事件をもみ消してしまった。

 彼は捕まらないといけないのに、その罪を隠してしまった。

 

 この社会では、珍しくないことだ。

 きれいに見える世の中は、見えない場所では禁忌とアンモラルが蔓延っていて、胸糞悪くなる。

 

 汚らわしい、と思う。

 嫌悪感が凄かった。

 自分も綺麗ではない。自分も汚れている――それが何より嫌だった。怖かった。死んでしまいたくなる。

 

 だけど、死ぬことが許されず、入院させられている。

 仕事をするときだけ連れ出されて、終わると戻されて。

 ……この生活は、なんだろう。自分は今、どういう状態だろう。

 

 少なくとも、薬は断っている。男と関係を持つのも、やめさせられた。

 厳重に管理され、治療を受けて……自分は、健康な人間になるのだろうか? 

 このボロボロの精神がマトモになるのだろうか?

 

 何の罪もない人がひとり殺されたのに、その事実に蓋をして――何もなかったみたいに生きる……?

 

 恐ろしい。

 おぞましい。怖い。気持ち悪い。

 人間が、世の中が、自分を取り巻くすべてが、嫌だ。

 

 ――イヤホンから、小さな声が聞こえる。

 

「ノコさんの歌が好きです。頑張って歌っている姿が好きです」

 

 動画に映る女の子は、なんだかとても一生懸命に好意を伝えていた。

 

「疲れてるときは無理しないでほしいです。でも、頑張ってるのはとても偉いなと思います。上からな発言に聞こえたら、ごめんなさい」

 

 髪が短くて、おしゃれに慣れていなくて、花開く前のつぼみみたいに可愛らしい女の子だった。

 

「応援してます」 

 

 清潔感があって、まっすぐで、いやらしさがない。そんな声だ。

 

 ノコは無言で動画を少し前から再生し直した。

 

「ノコさんの歌が好きです。頑張って歌っている姿が好きです」

 

「疲れてるときは無理しないでほしいです。でも、頑張ってるのはとても偉いなと思います。上からな発言に聞こえたら、ごめんなさい」

 

「応援してます」 

 

 ノコは無言で動画を少し前から再生し直した。

 

「ノコさんの歌が好きです。頑張って歌っている姿が好きです」

 

「疲れてるときは無理しないでほしいです。でも、頑張ってるのはとても偉いなと思います。上からな発言に聞こえたら、ごめんなさい」

 

「応援してます」 

 

 再生し直す手を止めて、続きを観る。

 

 歌が流れる。下手だ。

 キーを間違えたらしい。

 低いキーで、それでも一生懸命歌っている。つらそう。

 

 でも、歌いたいという気持ちが伝わってくる。

 

 この歌が好きなのだ、と全身で訴えかけてくる。

 

「……」 

 

 気づけば、頬が濡れていた。

 涙を拭う手間を惜しみ、ノコはもう一度動画を再生し直した。

 

「ノコさんの歌が好きです。頑張って歌っている姿が好きです」

 

 画面は明るく光っていて、少女はどこまでもピュアに輝いて見えた。

  

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