【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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176、兄は、恋愛しませーん

 グレイ・ジャーマン監督は、手にホイッスルを持ち、カンペを見ながら日本語で指示出しをした。

 

「二週間見て、ボクが気に入った子には、オファーします」

 

 おっと、美味しい餌が目の前に垂らされたぞ。

 海外映画だ、海外映画。

 みんなの目の色がサッと変わった。私も狙いたい。

 

「アクターはカラダがシホンです。ウデタテフセ、100回!」

 

 監督は配信コメントを音声読み上げで再生し始めた。

 『ずんだもん』という音声読み上げサービスの声には、ゆるキャラな雰囲気がある。

 

:突然体育会系になるやん 

:100回!?

:なんか始まった

 

「リスナー、応援シテマス。エールにこたえて、みんなさん。ファイト!」

 

:「みんなさん」→「みなさん」です監督

:監督の日本語なごむ

:日本語で話そうとしてるのが好感

:みんな応援してあげて

:誰も応援しないのである

 

 コメント読み上げのおかげで配信の雰囲気がつかめた。

 

「腕立て伏せか〜」

 

 私は普段から『頑張る王司ちゃんシリーズ』というショート動画でトレーニング風景を投稿している。

 今日だって朝いちばんで腕立て伏せをしてきたよ。

 動画をバッチリ撮ってきたのに、もう一回しろって?

 

「ハイ、スタンバイ。いーち、にーい、さーん!」

 

 グレイ・ジャーマン監督のテンポよいカウントに合わせ、若手俳優たちは一斉に腕立て伏せを始めた。私もしよう。

 

「にじゅう、にじゅういち、にじゅうさん」

 

 スタジオには静かな呼吸音と腕立て伏せのリズムが響く。

 集まってるのは「売れてるぞ、もっと売れるぞ」という若手ばかり。

 しかも配信中なので、みんな良いところを見せようと頑張っている。

 

「やるぞ!」

「おお!」

「声出していけ!」

 

 おっと、声を出し合うようになってきた。熱血・役者塾が始まってる! 

 全員、意識が高いんだ。熱意がある。

 いい環境、いい仲間じゃないか~! 

 みんなー! がんばろうなー! 

 

「はぁ、はぁっ……」

姉ヶ崎(あねがさき)さん。大丈夫ですか?」

「はい!」

 

 姉ヶ崎(あねがさき)いずみが辛そうだ。

 でも、江良のときに共演経験があるから、気づく――演技っぽい。他の人は気づかないだろうけど。

 

:いずみちゃん頑張ってる

:無理しないで

:ギブアップしてもいいよ

:いずみちゃーん

:頑張ってる姿にグッときました

 

 読み上げずんだもんボイスがコメントをどんどん流している。

 視聴者が姉ヶ崎いずみを応援するのを聞いて、他の女子も次々とヒロインめいた声をあげる。

 

「はぁっ、きつい。無理かも」

「あたしも」

「みんな! がんばろう!」

 

:がんばれー

:みんな頑張ってる 

 

 しかし、35回で姉ヶ崎いずみはリタイヤした。

 

「……もう、だめ……っ」

 

 言い方が可愛い。

 みんながキュンッとなって「いいよ、無理しなくていいよ」と言ってしまうようなヒロインオーラが出ている。

 

「わ……わたしも無理」

「あたしも限界」

  

 他の女子も免罪符を得たように次々と「わたしも」とギブアップし始めた。

 みんなきつかったんだね。

 わかる。私もきついもん。アリサちゃんは大丈夫かな?

 

「王司ちゃん、平気~?」

 

 アリサちゃんも汗だくになって頑張ってる。えらーい!

 アリサちゃんが頑張ってるんだもん、私だって頑張るよ。

 

「はぁっ、だいじょうぶ……はぁ、はぁ」

 

 ぜえぜえしながら言うと、監督が中断の声をあげた。

 

「ストップ!」

 

 やった。休めるぞ。

 

「限界を感じた子は、ギブアップしても構いません」

 

 逃げ道が用意されて、次々とギブアップする子が出てくる。女子ばかりだ。

 男子は筋力的に余裕があったり、配信でいい格好見せようという意地があるのかもしれない。私はギブアップしないぞ。アリサちゃんは?

 

「うーん。私もここまでにします」

 

 アリサちゃんがギブアップ宣言をしたタイミングで、監督は腕を組み、いたずらっ子のような視線を男子に向けた。

 ここは通訳に言わせるらしい。通訳さんもなんだかニヤニヤしてる。

 

「ギブアップした女子の残り回数を引き受けてくれる男子、いますか?」

 

:なんか始まったwww

:恋リアやん!

:やばい

:これは引き受ける一択

:65回分?

:自分の残り65回に相手の65回を足すんだぞ

:きつくね?

:130回?

:合計165回かw

:いけるいける

 

「引き受けます!」

「俺も……!」

 

 おお。男子たちがどんどん手を挙げて引き受けて、リタイヤした女子たちが拍手してお礼を言っている。

 いいなコレ。私も手をあげよう。

 

「はいっ。私も引き受けます!」

 

:ん?

:王司ちゃんがなんか言い出したw

:どうした? 話聞いてたか?

:王司ちゃんはそういうところがある

:王司ちゃん? 

 

「オーケー、男女平等。女子も引き受けてヨシ!」

 

 監督はリタイヤした女子の残り回数の合計を、引き受けると言ったメンバーに均等に分けた。

 

「デハ、スタート!」

 

 引き受けたのはいいけど、元々の回数でも苦しいのにゴールが遠ざかってしまったな。

 

:がんばれーー!

:王司ちゃん大丈夫か? 

:女子中学生が頑張っててすごい

:王司ちゃんは『頑張る王司ちゃんシリーズ』で今日すでに腕立て伏せした後なんやが

:がんばれー

 

 淡々と時間が過ぎていく。

 ずんだもんの声が途切れなく流れ続けている。

 

:番組名「筋肉で愛を語れ」に変えよう

:腕立て伏せでヒーローになるやつ~

:やっぱ筋力だよな

:王司ちゃん汗がすごいんだが無理してない?

 

 ――無理、してる!

 

「はぁ、はぁ……」

 

 汗が滴り落ちる。

 腕がガクガク震えて、限界を訴えている。

 この体になってから体力や筋力を作る努力はしてきたけど、そういう努力って実を結ぶまでに時間がかかるんだ。

 ――江良の体だったら、他の男子に後れを取ったりしなかったのに。悔しい。

 

 でも、やめたくない。

 この雰囲気、みんなが応援してくれる感じ。

 ここで頑張らないでどうする。

 

「……はぁっ……」

 

 気合を入れて腕をもう一度押し上げようとした、そのとき。

 

「葉室さん。無理はよくないです」

「――ふあっ?」

 

 突然、視界がクルッと回った。

 兄が私の腰をがっしりつかんで、あっという間に体ごとくるりとひっくり返し、あおむけに寝かされたのだ――と気づいたのは、3秒くらい経ってからだった。

 

「監督。妹の分は俺がします」

 

 あ、兄~~!?

 

 身を起こして座り込む頃には、兄、恭彦はさっさと腕立て伏せを再開していた。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

「163、164、165!」

 

 リタイヤした女子の分を引き受けた男子たちが予定回数をクリアした後も、カウントは続く。

 

「166、167、168……」

 

 恭彦の腕立て伏せはまだ終わっていない。

 一人、黙々と残りの回数をこなす姿は、悔しいが格好いい。

 

:恭彦君かっこいいぞ!

:パパが江良組配信で泣いてるw

:パパが乙女みたいになってんぞ

:全然余裕そう

:ちょっと辛そうにしてもいいのよ

:芸能人詳しくないんだけどこの子「リスキー」って評価されてた子だっけ?

:江良九足を憑依させたお兄さんです

:ホラー番組か何かで?

:霊媒体質?

:この配信って業界に詳しくない人も観てるんだなあ

:結構バズってて有名だと思ってたけど知らない人もいるんだね

:そりゃそうよ

:このお兄さんはシスコン力が高い人です

:ダンスも上手いんだ

:父親が変態で有名

:父親は有名だね

  

「が、がんばれー!」

「あと少し!」

 

 トレーニングルームに声援が湧いている。いい雰囲気だ。目立ってる。

 

「……よしっ」

 

 声援に後押しされるように、恭彦は最後のひと押しをした。

 

 達成した喜びを溢れさせる笑顔がキラキラしている。見栄えが抜群だ。

 シャツの裾を手でまくって汗を拭く仕草はAXEL(アクセル)7(セブン)のトーヤみたいだ。腹筋も見えた。トーヤに負けてないな。

 計算なのか天然なのか知らないが、みんなが見惚れてる――あの姉ヶ崎(あねがさき)いずみが顔を赤らめてポーっとなってる。

 

「――終了! おつかれさま!」

 

 グレイ・ジャーマン監督が白い歯を見せて終了宣言をすると、拍手が湧いた。

 座り込んでひと息つく恭彦が照れたように「ありがとうございます」と言うと、ずんだもんがコメントをダーッと流した。

 

:おつ

:たかが腕立て伏せじゃん

:おつかれ

:ようやった!

:格好つけるなよ

:イケメン

:かっけー

:お前がヒーローだ

:おつかれさま! 

:いずみちゃんを誘惑するな

:お似合いでいいと思う

:いずみ惚れたのか?  

 

 人気女優の姉ヶ崎(あねがさき)いずみが見惚れている顔がアップで映されたことで、アンチが生まれている……。

 ここは私がフォローしておこう。火消しだ、火消し。

 

「恭彦お兄さん、『私のために』ありがとうございました! 妹の私のために! 妹の分まで腕立て伏せしてくれて、いいお兄ちゃんだなあ!」

 

 みなさーん、兄は無害です。

 絡んだ相手は妹です。姉ヶ崎(あねがさき)いずみへの下心はありません。

 

 わざとらしいくらいアピールして抱き着くと、汗が頬を伝うのが見えた。

 ハンカチで拭いてあげよう。

 

「お兄さん、頑張ってえらかったですね! 格好よかったですよ!」 

「葉室さん……葉室さんは体が弱いので、他の人に釣られて無理をしてはいけませんよ」

「わあ、保護者みたいなことを言う……」

 

 こっちは精神年齢38だぞ。お兄さんぶって、可愛いな。

 

「心配してくれたんですね、お兄さん。ありがとうございます。気を付けますね」

「葉室さん。睡眠グッズを買ってきたから、あとで渡します」

「へえ。どんなの?」

「アイマスクとか、アロマとか、抱き枕とか……」

 

 ああ、なるほど。

 芸能界ファミリー大集合でお薬を見せたから気にしてくれてるのか。

 

「私、意外と寝付きがいいんですよ。大丈夫です。……みなさーん。うちの兄は、優しいんです。『妹の』ヒーローです。えへへ。仲良しでーす! 兄は、恋愛しませーん」

「えっ?」

「絶対しませーん」

「待っ……? は、葉室さ……っ」

「絶対絶対しませーん」

 

 これくらいアピールしておけば、アンチの火も消えるんじゃないかな?

 

:ブラコンだコレ 

:この兄妹はいつもこんな感じだよ  

:普段通りです 

:王司ちゃん可愛い 

:これは良い変態兄妹番組ですね

:こいつら恋愛リアリティショーする気ないな

:恋愛リア?これ熱血スポ根番組だけど?

:兄妹リアリティショー面白いな!

:筋肉リアリティショーです

:恭彦君ちょっと困ってね?

:恭彦は彼女が欲しかったんだ

:「うちの子は童貞」ってパパが言ってる 

:江良組の配信も観るか

:親は引っ込んでろ 

 

「ハイ、初回配信は、ココマデー! マタネー!」

 

 監督が締めくくり、配信が終了した。

  

 よーし、初回配信は成功だな!

 

 私たちのシェアハウスは、こうして順調なスタートを切ったのだった。

 

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