【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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239、熟れたリンゴと完成試写会

――【加治桐生介視点】

 

 冷たい秋風が、加治(かじ)桐生介(きりゅうのすけ)の事務所の窓を叩いている。

 

 今、彼の周囲には敗北の臭いだけが漂っていた。

 

 辞職を余儀なくされた。しかも、ライバルの円城寺(えんじょうじ)壮一(そういち)が再選を果たした。

 それだけではない。

 子飼いの部下だったモモの手記を機に、これまで隠してきた汚職の証拠が次々と明るみに出て、もうどうしようもなく追い込まれている。

 

「はあ……」

  

 事務所の古びたソファに沈み込み、加治はウイスキーの入ったグラスを握りしめた。

 

 彼のスキャンダルを巧みに隠蔽し、メディアを操ってきた放送作家、モモ。

 彼女は有能で、実に都合のいい女だった。

 だが、最期で台無しだ。

 

「あの女……最期の最期でやらかしよって。迷惑な奴だ」

 

 加治はグラスをテーブルに叩きつけた。

 相手が死者なので、復讐もできない。

 呼び出して怒鳴りつけることも暴力を振るうこともできない。

 やられるだけやられて、相手に逃げられた。そう思うと、腹が立って仕方ない。

 

 円城寺の勝利、汚職の露見、マスコミの追及。

 すべてが彼を追い詰めていた。

 

「くそう……」

 

 言葉は虚空に消え、事務所に重い静寂が戻った。

 すると。

 

「…………さん……」

 

 背後から、かすかな声が聞こえた。

 

「加治……さん……」

 

 モモの声だ――加治の全身がぎくりと凍りつく。

 まるで風が隙間から漏れるような不気味な響きだった。

 

 ――そんな、ばかな。

 

 おそるおそる振り返ると、背後にモモが立っていた。

 

「なっ!?」

 

 彼女の顔は青白く、目は虚ろに落ちくぼみ、唇は血の色を失っていた。

 濡れた髪が額に張り付き、服には赤黒い染みが広がっていた。事故の痕跡か、それとも……。

 

「モ、モモ……お、お前、死んだはずじゃ……!」

 

 全身の震えが止まらない。

 

 モモの口元が、ゆっくりと歪んだ。

 笑顔とも苦悶ともつかぬ不気味な表情だ。

 

 

「あなたが……私の……悪口を…………言った……」

「‼」

「言ったわね……」

「い、い、いっ……」

「聞こえたの……」

  

 彼女の声は、まるで頭蓋の内側に直接響くようだった。

 

 心臓が激しく脈打つ。

 全身に汗をかく。幽霊だ。怨霊だ。化けて出たのだ。

 

「あ、あ、す、すまない……すまなかった。死者に、暴言を……ヒッ‼」

「恨めしい。恨めしい。恨めしい……ウフフ、幽霊らしいセリフ。ウフフ……」

 

 モモの姿が一瞬で近づいた。

 彼女の冷たい手が、加治の首に触れる。彼の目は恐怖に見開かれた。

 

「加治さん、私も、あなたが、きらぁい。私たち、同じ穴の貉ね。一緒に地獄に堕ちましょうね……ウフ、ウフフフ」

 

「――――ぎゃあああ!」

 

 翌朝、加治の事務所は静まり返っていた。

 

 訪ねて来た加治の息子は、父親の桐生介(きりゅうのすけ)が息絶えていることに気付き、ショックを受け、心を痛めた。

 

 亡骸のそばには、真っ赤に熟れたリンゴが転がっていたという。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 ――『試写会:ユニバース25のネズミは君を愛することがない』

 

 水居(みない)遠子(とおこ)と結ばれる。それがいい。

 私は人間じゃないから、彼には遠子の方がふさわしい。

 水居が幸せなのが一番だ。彼が幸せだと思うと、私も幸せな気持ちになれる。

 

「――さようなら」

 

 旅立ちは無言で。

 身を隠す場所はいくらでもある。二人は未来に行くだろう。

 私は過去で思い出を抱きしめて朽ちていく。

 

 過去世界の朝焼けに見惚れていると、水居が後ろから駆けてきた。

 

「……千歳!」

 

 人に触れることを恐れていた彼が、躊躇うことなく私の腕を掴んで抱き寄せる。

 体温はあたたかで、濡れた頬が不思議だった。

 

「俺が……」

 

 歪なビューティフル・ワンは、同胞である人間に打ち解けることがない。

 彼は種を存続させるための合理的な社会貢献よりも、自分の感情を重視する。

 

「俺が愛しているのは――」

 

 少女は抱きしめられ、目を見開く。

 その瞳には、選ばれた歓びの光がきららかに満ちていた。

 

 主題歌はここで流れ始める。

 作曲家Qによる主題歌が流れ始める。

 歌い手は複数で、最初の声は伊香瀬ノコ。

 

「♪分かれ道で右を選んだ僕は 左に行けばよかったと後悔している」

 

 映像が変わり、作中の時間が経過する。

 やがて、過去に留まる二人に別れを告げて、遠子は未来に帰っていく。

 

 残った二人は手を繋ぎ、遠い夜空に浮かぶ星を見た。

 

 その光は、宇宙の果てから届く過去の囁き。

 千歳は赤く輝く火星を指さし、水居と一緒に手を振った。

 

「♪道を戻れたらいいのに 戻れない 目の前には次の分かれ道がある」

 

 歌い手は代わる。新たな歌声は、SACHIだ。

 

 カメラは星空を見上げながら海に落ちて、海面が遠くなっていく。

 

 エンドロールが流れ始めて、三木カナミのフレッシュで透明感のある声が響く。

 

「♪僕らはどちらを選んでも後悔する 

 ♪だけど止まることを許されなくて、選択しながら生きていく

 ♪選ぶたびに道は狭くなっていって 未来の可能性が減っていく

 ♪だけど世界は考える時間をくれなくて 

 ♪何も選ばなくてもそれがひとつの選択になっている」

 

映画『ユニバース25のネズミは君を愛することがない』

エンドロール

 

監督

八町 大気

助監督

銅親絵紀

脚本

八町 大気

銅親 絵紀(脚本監修)

猫屋敷(脚本監修)

丸野カタマリ(脚本監修)

 

「♪分かれ道で右を選んだ僕は 

 ♪君の光を遠くに見ている

 ♪君は僕がいなくても強い光を放っていて

 ♪僕はそれがさみしくて

 ♪けれど嬉しくていとおしい」

 

キャスト

水居飛鳥:火臣恭彦 

千歳:葉室王司

入間遠子:高槻アリサ

多崎まりあ:西園寺 麗華

藤井原麗奈:姉ヶ崎 いずみ

佐田林 晋太郎:羽山 修士

空本 優花:蒼井 キヨミ

 

「♪君と僕が(まじ)わることがなくても

 ♪世界はなにひとつ問題なく流れていく

 ♪僕という星を君が知らなくても

 ♪君も僕もなにひとつ問題なく輝いている」

 

エキストラ

 :火臣打犬

 :緑石 芽衣

 :銅親 水貴

 :江良 星牙

 :高槻 大吾

 :柚木 はると

 :芹沢 拓真

 :藤白 レン

 :TAKU1

 :ルリ

 :しんじ

 :さくら落者

 :兵頭

 :新川友大

 

エキストラ協力

西の柿座、劇団アルチスト月組

 

「♪僕は一方的に全てを知った気になって

 ♪王様の気分で気持ちよく歌おう

 ♪君は知らないかもしれないが

 ♪僕は君を知っているのさ」

 

製作

二俣グループ

葉室グループ

日ノ源総合ホールディングス

プチッとコスメ

三日自動車

ヨイオングループ

多絆株式会社

製作総指揮

葉室鷹祀

プロデューサー

二俣栄一

ラインプロデューサー

高橋 健細

撮影監督

田中 嘉重

撮影助手

瀬川パトラッシュ

照明監督

中村雨音

録音

佐々木 翔月

美術監督

神崎 凪沙

編集

三林 彩花

 

「♪Ah 

 ♪僕は君の世界の外にいる

 ♪君が見ることのない僕の心は海に溺れて埋まろうか

 ♪君がずっと知らずにいるといい

 ♪知らないままでその人生を終えるといい」

 

音楽

主題歌

明日も君と

歌:伊香瀬ノコ、SACHI、三木カナミ

コーラス:LOVEジュエル7

作詞作曲:作曲家Q(江良春海)

編曲:山田 陽斗

 

挿入歌

デクレッシェンド

歌:三木 カナミ

作詞作曲:SACHI

 

Void Anthem

歌:AXEL7

作詞作曲:トーヤ

 

「♪君は星を見ないから

 ♪永遠に知らずに死ぬだろう

 ♪それが僕はいとしくて

 ♪得意な気持ちで君を見ている」

 

音響効果

玉川 純二郎

衣装

葵 奈蜜代

メイク・ヘア

天村 彩衣

助監督

小白林 悠

制作担当

帯田 真一

制作プロダクション

ハッピーツイスト

配給……

 

「♪LA.LA.LALALA.LALALALALA……

 ♪分かれ道

 ♪僕は君に背を向けた」 

 

 エンドロールが流れ、上映が終わって会場が明るくなると、拍手が湧いた。

 客席の最前列ではキャストやスタッフが静かに立ち上がり、まばゆい照明の下、観客の拍手に軽く頭を下げる。

 

 司会を務めるアナウンサーが舞台袖から登場し、マイクを握って観客に語りかける。

 

「本日はご来場、誠にありがとうございます。それではここから、監督・キャストによる舞台挨拶に移らせていただきます!」

 

 スポットライトが当たり、牛のような白と黒の模様のスーツを着た監督・八町大気が登壇した。

 拍手に軽く手を振って応えながら、マイクを受け取る。

 

 八町大気が挨拶するのを聞きながら、俳優の火臣恭彦は視線を妹へと移した。

 

 妹は癖のない真っすぐな黒髪をしていて、知り合ったときより身長も髪も伸びている。

 透明感のある肌に、桜色に潤う唇。目は大きくて、可愛らしい。

 今は親友の高槻アリサさんとアイコンタクトを交わしてニコニコと頷き合っているが、この妹は、たまに自分を直視してくる。

 恭彦は妹の上目遣いに弱い。

 まっすぐな瞳に見つめられると、醜い心根や嫉妬を見透かされそうで隠れたくなる。

 しかし、嫌いなわけではない。自分を見てくれる妹は、嬉しい存在だ。

 

「アリサちゃんとお兄さんと一緒に映画に参加できてよかった」

 

 撮影中に放送作家の悪意で命の危機にさらされたのに、妹は心の傷を微塵も感じさせない。健気な子だ。

 もっと弱い部分を見せてもいいのに。俺なんか人前で落ち込みまくっているのに。

 兄として自分を情けなく思う気持ちもあるが、今は背筋を正し、胸を張って妹をエスコートしよう。

 

「こほん。葉室さん、前に出ましょう。俺がエスコートしますよ」

「じゃあ、アリサちゃんは私がエスコートするよ」

「あはは、王司ちゃん。それって3人で手を繋いで歩いていくだけだよね?」

 

 俺の手と自分の左手を繋ぎ、アリサさんと右手を繋いだ妹は、はしゃぐように両手を揺らした。

 一瞬、アリサさんの視線が気になった。右側にいるので見えないが。

 右目が見えないことは、父親にも気取られていない。うまく隠せている。自分は演技が上手い――最近、そう思う。

 

「お兄さん、アリサちゃん。3人でばんざーいってして写真撮ってもらおう」

「ばんざーい」

「ばんざーい」

  

 それにしても、この妹とは、お互いに隣にいることを自然に感じるようになった、と思う。

 日常を共にする家族の距離感だ。

 人生って、不思議だな。

 ちょっと前まで、自分にこんな妹ができて、妹と一緒に映画の試写会のステージに立つなんて想像もしなかった。

 

「……王司さん。俺がここに立つことができたのは、あなたのおかげです」

 

 そっと呟きを落とす。

 小さな声は、きっと彼女にだけ届くだろう。

 

「俺の妹になってくれて、ありがとう。これからもよろしくお願いします」

 

 堅苦しかっただろうか、と思いながら首ごと右下を向くと、妹はきらきらとした眼差しを俺に向けていた。

 

「お兄さん! 今、名前で呼んでくれましたね……!」

 

 弾む声と笑顔に、こちらの頬も釣られて緩む。

 なんて嬉しそうに笑うんだ。名前を呼んだくらいで、大袈裟な……胸があたたかくなる。

 

 じいんとしている耳に、八町先生が語る声が聞こえる。

 落ち着いた声色でゆったりしていて、聞き取りやすい。

 

「賞レースは意識しています。けれど僕は、今回の作品においては競うことよりも『共に創る、共に生きる』ということを強く意識してきました。皆さんにたくさんのご迷惑をおかけし、多くのご厚意をいただいた僕は、『誰が上に立つか』という優劣競争よりも、手を取り合い、励まし合い、許し合う『人の輪の温かさ』を身を持って体感したわけで……銅親君、大丈夫?」

 

 八町先生が語る隣で銅親助監督が号泣している。

 会場に微笑ましい笑いが起きる中、高槻アリサさんが王司と腕を組み、ないしょ話をしていた。

 

「王司ちゃん、見て。お兄ちゃんがあそこにいるよ」

「ほんとだ」

「お兄ちゃん、あとでポエム送るって」

「ふふっ、楽しみだね」

 

 アリサさんは妹と本当に仲がいい。

 しかし、俺はたまにこの子とLINEしていて思うのだが――この子……。

 

高槻アリサ:血のつながりがない兄妹って、スキャンダルになりやすいと思うんです

高槻アリサ:なので、恭彦さんはあんまり王司ちゃんと親しくなり過ぎない方がいいんじゃないかなって

火臣恭彦:俺、すでにシスコンとか言われてます

火臣恭彦:変なゴシップには気を付けるつもりですけど、兄妹推しのファンもいるみたいですよね

高槻アリサ:王司ちゃんの一番の仲良しは私なんです

高槻アリサ:お兄さんは、一番にならないでください

 

 この子、妹が好きすぎると思う。

 「自分がどんなに仲良しか」を事あるごとに語り、俺を牽制してくる。女の子の友情って、こんな独占欲や保護者のような感じなのか。

 

「一緒に映画出れて、一生ものの思い出になったね、王司ちゃん」

「うん、うん」

 

 ああ――どこかで俺を見ているピカチュウの君。聞いてくれ。

 

 俺の妹は可愛いので、もてるんだ。

 アリサさんもあやしいが、アリサさんの兄貴も俺の妹をガチで狙っている節がある。

 観客席にはスポンサー令息の二俣夜輝君と円城寺誉君がいて、あの2人も妹に惚れている。

 銅親(どうおや)絵紀(えのり)助監督の息子の水貴君も妹に堂々と片思いしてるし、俳優仲間の星牙君や、海外俳優もエーリッヒ君も。

 歳の差がしゃれにならないが、八町大気先生も危険な雰囲気だ。

 

「葉室さんって罪作りですよね……」

「あれっ。なんでまた苗字呼びに戻るんですか、火臣ジュニアさん」

「火臣ジュニアさんって呼ぶのやめていただけませんか葉室さん」

「だってお兄さんが葉室さんって呼ぶから……」

 

 ああ、上目遣い。俺はこれに弱いんだ。きっとみんながそうなのだろう。

 この子は無自覚だ。

 天然なんだ。どうしようもない。

 

「葉室さん。あまり俺を見ないでください」

「えっ、視線すら拒否……?」

  

 俺はこの無防備で危なっかしい子を生涯守り、ありとあらゆる虫を払って幸せにしようと思う。

 将来は一緒の墓に入って、死んだ後も守るんだ。家族だし。

 

「お兄さん、加地監督と佐久間監督がいますよ」

「手を振ります?」

「うん、うん」

 

 ニコニコとした妹を見て、少し反省する。

 

 今までこの子をマグロだと思っていたが、女の子をマグロ呼ばわりは不適切だったかもしれない。

 訂正しよう。この子は花だ。

 俺の手が届かないところに咲いていて、俯きそうになる俺に「上を見ろ」と誘いかけてくる高嶺の花だ。

 

「あなたは本当に、可愛いですね」

「ん?」

  

 この後の予定は、『太陽と鳥』のリメイク版の撮影だ。

 今度は俺が主役を演じる。妹も出演するし、きっといい作品になるだろう。

 

 ん?

 妹が袖を引いてくる。

 なんですか。

 

「お兄さん、格好いいですね」

 

 対抗するように囁く妹の甘い声は、いたずら心にあふれていて、なんとも罪作りだった。

 

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