【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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41、火臣恭彦の精神分析

 ――【火臣(ひおみ)恭彦(きょうひこ)視点】

 

 一人でのホテル暮らしは、孤独がじわじわと高まってくるものだ。

 

 火臣恭彦は、自分が凡才だと自覚している。

 

 才能がない。人間性も秀でているわけではない。

 つまらない石ころみたいな自分だ。

 比較対象として、目に見えて光を放つきらっきらの宝石たちが身近にいる。

 自惚(うぬぼ)れようがない。

 

 葉室王司は「才能がある」と言って期待にあふれた目を向けてくるが、自分の非才っぷりは自分が一番よく知っている。あの子はいったい何なんだ。

 

 プレイリストを操作して、曲を変える。

 和風の曲を聞けば和風な気分に。

 仔犬のワルツを聞けば駆け回ってはしゃぐ仔犬の気分に。

 都会をひとり彷徨う歌を聞けば、そんな気分に。

 そんな気分にさせてくれるのは音楽の持つ力であって、恭彦の力ではない……と、思う。

 

『墓参りに行こう』

 父親から誘いのメッセージが届いた時に聞いていた曲は、郷愁を誘うものだった。

 

 つい先日、母親がホテルに来て、帰って行った。

 窓から見送っていると、母が乗る車の運転席には浮気相手が見えた。

 そんな記憶が蘇って、苦い想いが滲む。

 

 配信を覗けば、イヤホンから聞こえてくる聞き慣れた声が自分の話をしている。 

 

 お祭り騒ぎの配信に浸り、他の視聴者と一緒にコメントを打っていると、寂しさが紛れる。

 「配信は拠り所になるんだ」――そう思うと同時に、子供の頃を思い出した。

 

 父は、有名人だった。

 テレビに出ていて、世の中のみんなが「格好いい」と褒めていた。

 恭彦も格好いいと思っていた。

 見た目が格好いいだけではなく演技も上手い、と言われると、誇らしかった。

 憧れた。自分の神様で、ヒーローだった。

 

 そんな父が英才教育を施してくれるのだから、自分は誰よりも上手くならないといけない。

 

 「さすがお父さんの子だね」といろんな人に認めてほしかった。

 逆に、「あのお父さんの息子なのに」と言わせては、絶対にダメだと思っていた。

 

「俺は優秀じゃないといけない」 

 強迫観念を抱いたが、不幸にも恭彦は優秀じゃなかった。

 

 それが、葉室王司が言うには、わざとだと。

 

『お兄さんは周りの人が下手な演技を期待しているのを敏感に感じ取って、おそらく無自覚に……わざと下手に演じるようになってしまっています』 

 

 そんな期待、感じ取った自覚がない。

 いつも「うまくやらなきゃ」と思っていたはずだ。必死に頑張ってきた。

 ……絶対わざとじゃない。

 

「うちの息子の演技を見れる木曜日はいい日だ。この日を待っていたぞ」

 

 ワイングラスを傾けながら、配信画面の中で父が俺を見ている。

 

「翔太の方が西園寺麗華より美人じゃないか? 見ろ、この清潔な色気を。家庭教師の先生に赤くなってて童貞くさいのが可愛いな。あいつは遊んでこいと言っても隅っこで縮こまって時間が経つのを待ってるような奴なんだ。そうそう、童貞なんだよ。そういや、西園寺麗華はサバ読みをぽろりしたんだったか……」

 

 演技の話をしろ、酔っ払い親父。また通報するぞ。

 むすりと唇を引き結んでいると、イヤホンから感想が聞こえた。

 

「この表情がいいな。役によく入っている」

 

 褒めてもらえた。

 

 本音っぽい声色に、頬が緩む。

 

 嬉しい。嬉しい。

 とても、嬉しい。地面を転げまわりたいくらい、最高の気分だ。

 

 ほら、葉室さん。

 俺は褒めてもらいたかったし、誇ってほしかったんだ。

 

 わざと下手に演じようとしていたなんて間違ってる。

 

「王司ちゃんは可愛いな。演技がうまい。とても自然だ」

 

 父は、葉室さんも褒めた。絶賛だ。

 出てくるたびに「江良を思い出す雰囲気がある。この子は天才タイプだな」と驚いている。 

 

「この子、俺の子なんだ。パパだよって言って挨拶したらどんな顔するかな。俺がパパだと知っているんだよな? 今度会いに行こうかな」

 

 デレデレの父に、コメントが「事案」「あかん」「通報」と騒いでいる。

 

 これは嫉妬ではないのだが、父が葉室王司を気にするのは良くないと思う。

 葉室さんは親父への嫌悪感丸出しだ。

 嫌がる女子にちょっかい出すのはダメだと思う。

 父気取りだけど苗字も違う。生活も別々だ。

 互いに父娘だと認め合ってない。

 越えられない線がしっかりとあるんだ。

 

 兄は妹を守るもの。

 ここはひとつ、親父の気を逸らし、妹を守ってあげればいいのでは?

 

 しかし。

 

「そうは言っても、葉室さんは誰が見ても天才だとわかる子だからな……」

 

 誰もが彼女の才能に夢中になる。

 

 ――悔しい。

 

 自己分析する限り、俺には彼女への対抗心がある。

 

 助言してくれたり一緒に練習してくれるのはありがたいし、天才ぶりは尊敬する。

 妹は可愛くて、守るべき存在だとも思う。

 

 葉室さんは俺が自分の内面を掘り下げたり自分の感情を演技に使うことを心配してくれている。

 

 葉室さんは、「精神を病むより下手な方がましだ、だから精神の安定を第一にするように」という方針だ。

 優しいのだろう、と思う。まともな考え方だ、と思う。

 

 けれど、親父の背中を小さな頃から見てきて、「火臣ジュニア」とか「俳優二世」と呼ばれてしまう俺は、「精神を病んででも上手くなるべきだ」という考えを抱いている。

 

 そもそも、そのために親父は俺にありとあらゆる感情体験をさせてきたのだ。

 

 演技に活かせる感情を山ほどくれて、怒りも悲哀も寂寥も恐怖も不安も「この気持ちだ」と探し出せるように。

 苦痛もトラウマも、俺の財産だ。

 うまく実践で活用できていないが、絶対、ないよりあった方がいい。

 

 精神なんて不安定になってもいい。

 

 天才様の妹は安全第一で行くがいい。

 凡才の俺は無理をして天才様についていく。

 天才様が休んでいる間も休むことなく努力をして、それでやっと一歩後ろをついていけるぐらいではないか。

 

 だから、俺は「これが無難ですよ」「安全なのはこっちですよ」と言われた逆を行く方がいい。

 

 ――配信のイヤホンからは、父が寂しそうに語る声が聞こえる。

 

「ドラマの家族は仲がいいよな。うちも仲良し家族で売ってたから、この時期は毎年そろって墓参りをしていてな……」

 

 「墓参りに一緒に行く」とスマホで返事を送ると、父は喜んだ。

 

 自分は父に愛されている。

 そう思うと、むずがゆいような喜びを感じる。

 

 もちろん、俺たちの間にある情は、世間で誤解されているような愛ではなく、あくまでも親子としての愛情だ。

 

 世の中の人はいつも面白おかしく、大袈裟に解釈する。

 父はあくまでもノーマルだ。

 

 ちょっと誤解されやすく、なまじ演技力があるだけに、悪ノリか炎上商法狙いか何かで誤解を助長させてしまうだけなのだ。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 家に向かう道乗りは、懐かしく思えた。

 お土産を買っていくか、と立ち並ぶ店に視線を送ると、ひとりの店員が「あーっ」と叫んで寄ってくる。

 

 顔が知られている……?

 これまでファンがいなかったが、俺にもついに?

 ――少し照れ臭い。

 

 だが、照れつつも「悪い気はしないな」と思っていた恭彦に、店員は現実を突きつけた。

 

「家出中のお兄ちゃん。火臣恭彦くんですよね! パパに溺愛されてる魔性の息子だ。私、パパさんのファンなんですよ。ファン歴20年になりまして」

 

 なんだ、この人、父のファンか。

 魔性の息子とは?

 

「父を応援してくださってありがとうございます」

「ぜひ家に帰ってあげてください。火臣さんは悪い人じゃないんです。すごく息子さんを愛していて、心配なさってます」

 

 俺も「火臣さん」なんだが――父のファンはグイグイと店の中に引っ張っていき、指輪を押し付けてきた。

 

「息子さん限定、特別セールです、これをぜひパパにプレゼントしてあげてください。1円でいいです」

「い、1円って。これ、20万って札がみえますが……ラブリング……?」

「昔ヨーロッパで使われていた貞操帯の鍵が由来となっているデザインで、『愛を封じ込める』とか『束縛』というメッセージが込められています!」

 

 ファンの人、そんな指輪を息子から父に贈らせようとしないでほしい。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

  

 結局、予定よりも大分遅れて自宅に着いた。

 

 私有地だと言うのに、庭には記者が数人潜んでいた。

 正確に言うと、記者が雇ったアルバイトか。

 闇バイト的なやつで、素人に報酬を払ってタレントを追いかけさせているんだ。

 

 記者に雇われたバイトはちゃんとした記者じゃないので、迷惑系配信者並みに「それはあかん」と言われることをやらかしてくれる。

 

 芸能人の私生活は守られないので、諦めろ。

 骨の髄まで世間のおもちゃになれーーそれが火臣家の教えである。

 

「ただい……、うっ……」

  

 玄関のドアを開けると、父が真正面に突っ立って待っていた。

 いつからそこにいたのかを考えると気持ち悪くなるので考えないことにするが、恭彦を視認すると無言で両腕を広げた。

 

「……?」

 

 まさか、俺は今「腕に飛び込んでこい」とアピールされているというのか。

 

「……」

 

 父は何も言わないが、何かすごく期待されている気配が伝わってくる。

 周囲からは、パシャパシャと写真を撮る音が聞こえた。

 記者の雇われバイトからも、父からも、何かをものすごく期待されている。

 

 お、俺に何を求めているんだ。

 

「恭彦……」

「お、親父……」 

「二人きりの時はパパと呼んでもいいと言っただろう?」

「言われた記憶……ないな……?」

「脳内妄想だったかもしれんが、現実でもそうしなさい」 

「……はい」

 

 父の目が訴えかけてくる。

 SUKIって言ってる。LOVEがわかる。

 目が雄弁だ。なんて表現力なんだ。これが俺の手本だ。目指すところだ。

 

 それにしても、この情愛は本物だろうか。

 家を出る前はこんなに熱っぽく見られたことはなかったと思う(気付いていなかっただけかもしれないが)。

 見るだけでしんどい、暑苦しい渇望みたいなのを湛えている。

 ぎらぎらしていて、なんかむさくるしい男の色気みたいなものがムンムンしている。

 

 やめてくれ。

 そんな「常識とコンプラのラインを飛び越えて来い!」みたいな目で見られても、父のたくましい腕に飛び込む勇気はない。

 

 ここに来たのは、一時の気の迷いだった――段々とそう思えてくる。

 

 お盆だったから。寂しかったから。実はちょっと妹に嫉妬して、対抗意識を燃やしてしまったから。

 変な店員に背中を押されたから――でも、後悔の念が湧いてきた。

 

 だって、親父の全身から発せられる変なフェロモンだかオーラみたいなのがすごいんだ。

 コンプラを気にすると昨今では使えない単語だが、「狂気」って言葉を使いたくなる。SAN値チェックが必要になってしまう。

 

 しかし…………後悔しても、もう遅い。

 

「これ……お、お土産……」

 

 堪忍してくれ。

 これをやるから。1円だったけど20万の価値があるから。 

 

 指輪を差し出すと、父は目をギラリとさせて懐から指輪ケースを出した。

 

「奇遇だな。運命を感じる。俺もそれを買っていた」

  

 ……なんで同じ指輪を用意してるんだ……?

 

 恐怖を感じる。逃げたい。

 

「恭彦。指に填めてやろう。手を出しなさい」 

 

 命令されると弱いんだ。

 父は、物心ついてから絶対の存在であった。

 神にも等しい発言力があった。子供にとっての親って、影響力が絶大なんだ。

 強気に圧をかけられると、俺は従順なわんわんになってしまいそうなんだ。

 

「……」

 

 父に指輪を填めてもらうと、大量の写真が撮られる音がした。サイズもぴったりだ。

 

「世間の期待を感じる。填めてくれ」

 

 父は正気ではないとしか思えない神妙な顔で言い、手を差し出してきた。

 

 お、俺に指輪を填めろと言うのか――……。

 

 慄きながら従うと、眩しいほどのフラッシュが焚かれた。

 サイズはぴったりだった。

 俺の正気はもう限界だ。たぶん、もうだめだ。

 

「恭彦。積もる話もあるし、続きは中でしよう。二人きりでな」

 

 父は幸せそうに言い、俺の背に腕をまわして顔を寄せた。

 大量のカメラが(以下略)。

 サービスしすぎだろ。撮られすぎだろ。

 どんだけ記者が潜んでるんだよ、うちの庭。金を払え。

 

「返事は? 恭彦?」

  

 父の熱い吐息が首筋にかかって、ぞくりとする。 

 

 俺はまさか、今、親父に性的に欲情されているのか。

 

 いや、これは演技に違いない。

 記者をからかって遊んでいるんだ。

 親父、おそるべし。本気で発情されている危機感を感じた。襲われそうだと思った。

 

『葉室王司:恭彦お兄さん、そっちに行ってはいけません』 

 

 脳裏に彼女のメッセージが蘇る。

 

 葉室さん、あなたは常識的に考えると絶対に正しい。

 こっちの道は、精神がおかしくなる道だ。人の道も踏み外すかもしれない。

 

 でも……この狂気体験は、演技に活かせる。

 

 葉室さんが嫌悪感を抱いて拒否するこの父の日常奇行演技に付き合うことで、俺の凡才も磨かれるのではないか。

 

 俺は、上手くなる。そのためには手段を惜しまない。

 他人が「そんなこと、頭がおかしい」と言ってやらないことをやって、才能の差を埋めるのだ。

 

「パ……パパ」

 

 くっ。羞恥心を捨てきれない。

 この凡才め。振り切って演技してみせろ。

 

「……ただいま。今まで家出していて、ごめんなさい」

 

 玄関が閉まる直前、記者を意識しながら言うと、父は満足そうに頷いた。

 

 きっと、これが答えなのだろう。

 演技なんだ。全部、嘘なんだ――そうじゃなかったら貞操が危険なので、そうであってほしい。

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