【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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47、憑いてますか

――【八町(やまち)大気(たいき)視点】

 

 病室のベッドの上で過ごす時間は、長く感じる。

 

 忙しく働いている時には、時間が経つのはあっという間なのに。

 目まぐるしく働いている時は「休みたい」と思っていたのに……こうして休んでいると、何もしないことに罪悪感や背徳感を覚える。

 

 人間は、どういう状態になったら満たされるのだろう。

 

 ほら、今もこんな風に思考した内容をメモに書き留めてしまう。

 まるで滑車をカラカラ回転させるハムスターのようだ。

 

「炎上して数字を取ったドラマなんて僕に見せて、どんなコメントを欲しがっているのだか……」

 

 見舞いに来た火臣打犬は録画ドラマを置いて帰った。

 

 彼の血の繋がらない息子が出演しているので、褒めてほしいのか。

 どうも写真や出演番組を見せてきた少女の方が本命らしい。

 

 ミーコを抱っこしていた少女には、興味はある。

 しかしあの少女、確か「クズ令息」と言われて炎上していた気がするのだが……。

 

 江良が死んでからそればかりに意識が向いていて、どうも世の中についていけていないな。

 ドラマ、観てみるか。 

 

 しかし、心身が疲弊していたり感性が衰えていると、楽しい作品も楽しさがわからなくなるものだ。

 果たして僕は今、ドラマを面白いと思えるコンディションだろうか?

 

 録画を再生すると、画面の中には日常感溢れる明るい世界が展開された。

 

 鈴木(すずき)太郎(たろう)という、自分と同じぐらいの年齢のお父さんが主役だ。家庭を築いていない八町(やまち)とは別人種と言える人間である。

 

「お父さんはウザい」

 

 年頃の娘に言われて、「それは近親交配を避ける本能のせいだ」と考える。

 画面の中の鈴木(すずき)太郎(たろう)は、しょんぼりとしていた。

 

「こんなのってないよな。一生懸命、朝から晩まで週5日で働いてさ。俺が働いてる間、妻はポテトチップス食いながらテレビにスマホだよ。電気代もスマホ代もポテトチップス代も俺が稼いでるんだ。息子は何だあの金髪にピアス。部屋にギターがあったぞ、あれいくらで買ったんだ。娘は……」

 

 父親の嘆きへの共感を後押しするように、鈴木家のお母さん、鈴木(すずき)美里(みさと)が愚痴をこぼす。

 

「物価上昇困るわぁ! 政治家が情けないのよ、ちゃんとしてよぉ」

 

 お母さんはテレビに文句を言い、ソファで昼寝を始める。

 

 あるあるな日常風景だが、SNSをチラッと見たら「#鈴木家 主婦に対する間違ったイメージです!」とお気持ち表明しているアカウントもあった。さもありなん。 

 監督は「話題になれば勝ち」という性格で有名な人物なので、喜んでいることだろう。

 

 次は、他の家族のシーンだ。

 息子は家庭教師のお姉さんにぎこちない好意を向けていた。青春か。

 娘はというと、繊細で難しい年頃なのだなと思わせる雰囲気があって、部屋で宇宙電波を送受信している。

 

 ――がんばれ、お父さん。

 

 八町は鈴木(すずき)太郎(たろう)の味方になった。年齢も近いので。

  

 シーンが進む。

 鈴木(すずき)太郎(たろう)の目に留まったのは『仮死状態になって生き返る薬』だ。

 

「みんなにパパが死んだドッキリを仕掛けてやる。悲しんでくれるかな?」

  

 ワクワクと悪戯心が伝わってくる。

 

 羽山(はねやま)修士(しゅうじ)の個性に役が合っていて、親近感が持てるし、応援したくなる主役だ。

 家族の子供たち――今作がデビュー作になる新人二人も、自然だ。演じている本人と役とが元々似ていて、違和感が少ないのだろうか。

 

 話題性先行でクオリティを気にしない作品かと思ったが、そうでもないらしい――八町は作品への評価を改めた。

 

 江良君も生き返ったらいいのにな。

 

 鈴木(すずき)太郎(たろう)が目を閉じ、呼吸を止めるのを見て、八町は妄想した。

 嘆いているファンたちの前で、江良が起き上がり、「ドッキリ大成功」とか言う妄想だ。現実ではありえない妄想だ。

 しかし、物語世界はその「ありえない」を形にしてくれて、やるせない現実のせいで傷付いた人の心を癒してくれるのだろう……。

 

「おおっ。俺、死んでる~~!」

 

 幽霊姿の鈴木(すずき)太郎(たろう)が実に楽しそうだ。

 幽霊が存在したら、死後の人が自分の死を悼む家族を見ていたら。

 そんな「もしも」が展開されるのは、楽しい。

  

「あなた! どうして……! こんなに、急に――……っ」

 

 期待通りに妻の鈴木(すずき)美里(みさと)が嘆き、子供たちもショックを受けている。

 

 兄の鈴木(すずき)翔太(しょうた)は新人らしい雰囲気で棒立ちして翔太の感情を伝えられずにいる。一方、妹は表現力が際立っていた。

 

 単純に泣くのではない、繊細な表現だ。

 わかりやすく大声で泣いていた美里が引き立て役みたいになっている……。

  

 ところで、そろそろドッキリはネタバラシタイムだ。

 ……と、思いきや。

 

「仮死薬の実験は失敗だ! 被験者が生き返らない!」

「えっ、俺、生き返らないの?」

 

 鈴木(すずき)太郎(たろう)は、本当に死んでしまった。

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 

 

 

「みんな……ごめん。ごめんよう。なんとかならないのかなぁ」

  

 鈴木(すずき)太郎(たろう)が未練たっぷりに家族の近くを浮遊している。立派な浮遊霊っぷりだ。

 

 江良君もそのへんを浮遊してたりしないかな?

 

 思わず病室の天井や壁に視線を巡らせて苦笑し、画面を見ると妻である美里(みさと)のシーンになっていた。

 

 美里は夫が死んでも、悲しみに暮れて泣いているだけというわけにいかない。

 食事は作らないといけない。家庭ゴミも捨てないといけない。家の掃除も。洗濯も。

 こんなタイミングでクーラーが壊れる。急いで修理業者に電話をかける。

 夫の死去に関しての各種手続きにも奔走しないといけない。

 

 母親として、子供たちを励まさないといけない。

 

 学校の教師やママ友たちとも話をしないと……訪問販売がやってくる。こんな忙しい時に。断って洗濯物を干していると、今度は宅配便――ここで、妻の鈴木(すずき)美里(みさと)の忙殺生活が展開され。

 美里がバイタリティあふれる声で叫ぶ。

 

「うおーん! 負けないわよ! 母はつよし、推しもつよし!」

 

 ここで、ちょっと明るいテンションで気概を見せてくる。

 逆境にてんやわんやながらも、なんとか生きてやる、という芯の強さが表現されると、美里がグッと魅力的に見えた。

 

 作品トーンが『シリアス』と『ユーモア/ギャグ』でチグハグになるのは、監督の作風だ。「シリアスだけだとエンタメとしては暗く重くなりすぎて視聴者が楽しめないので、ユーモアを入れる」という脚本術だろう。

 

 妻を見ていた鈴木(すずき)太郎(たろう)は、ぽつりとつぶやく。

 

「ああ、そうか。こんな彼女に俺は惚れたんだ。こんな彼女に美味しいものを食べさせてあげて、好きなものを買ってあげたいって思ってた。苦労をさせたくないって思ってた。君をお姫様にしてあげるよってプロポーズしたんだった。ところで、推しのつよしって誰?」

 

 鈴木(すずき)太郎(たろう)は若い頃の恋愛感情と、美里と結婚する前の一人暮らし生活を思い出した。

 

 家に帰ると真っ暗で、夏は暑く、冬は寒かった。

 風呂も食事も用意されていないので、疲れ切った体でよろよろと準備するのだ。そして、気づけば深夜を回っている。洗濯は休日にまとめてしよう、と思いながら、ゴミ屋敷で寝る。

 

 結婚してから帰宅して、家の明かりがついているのを見て微笑む瞬間があったのを、思い出す。

 玄関を開けると食事の匂いがして、過ごしやすい空調。

 風呂が沸いている……洗濯もしなくていい……。

 他愛もないことを話して、聞いてもらえる。ひとりじゃない。

 帰る場所があって、一緒に生活する人がいる――そのあたたかさ。頼もしさ。嬉しさ。

 

「お母さん、いつもありがとう。愛してる……」

 

 これは、「#鈴木家 主婦に対する間違ったイメージです!」とお気持ち表明していたアカウントもニッコリなのではないか? と思って検索し直すが、そのアカウントの主は1話切りしていて、彼女がニッコリする展開まで見ていないようだった。さもありなん。

 

「憑いてますか?」

 

 画面の中では、鈴木(すずき)太郎(たろう)が見知らぬ幽霊に声をかけられている。

 

「あ、先輩幽霊の方ですか」

「そうよ。あんたは最近幽霊になりたてみたいだから、いっちょ先輩として幽霊界隈のことを教えてあげようと思って」

 

 この監督は確か『憑いてますか』という女優が主人公の漫画を愛読していたなあ。

 八町はふと監督の顔が見えた気がして、腕をさすった。

 

 あの漫画は、死んだ大女優が素人の女性に憑依して「この子は天才では!」と周囲を唸らせる演技をするんだ。

 

 あんな風に、江良君がもし――葉室王司に憑いていたら。

 

 ……ばかげている。

 

 自分のメンタルは、相当やられている。

 ドラマはまた今度続きを観ることにして、少し眠ろう。

 睡眠は何よりの薬だ。

 

 ……僕は今、自分の心を癒そうと考えているんだな……。

 

 八町はぼんやりと思考しながらテレビ視聴を中断し、ベッドの上で目を閉じた。

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