【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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62、少年Aの主張

 

 解放区放送が始まっている。

 

 開始から少し遅れてアクセスすると、ろうそくの火で照らされた放送室が映っていた。生徒たちが集まっていて、雰囲気がいい。

 

 マイクを持って画面の中央で喋るのは、円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)だった。

 なぜか知らないが、目元を隠す仮面をしていて、胸に『少年A』という名札をつけている。

 

 彼の顔を知る人は「話しているのは円城寺(えんじょうじ)(ほまれ)だな」「名前を伏せて喋っているんだな」と察するだろう。

 

「僕の両親は、いい人たちです」

 

 放送部の子に負けず劣らず、聞き取りやすくて落ち着いたトーンの話し方だ。

 ……家庭の話をしてるじゃないか。

 思わずミーコを撫でる手を止めて音量を上げた。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

――【少年Aの主張】

 

 僕の両親は、いい人たちです。

 

 いい人というのは……世の中の6割ぐらいの人が『これはダメだ』と思うことを『そうだね、ダメだね』と言えたり、『こういうことは善行だ』と言われることを積極的にする人かな、と思います。

 

 親族は会社も経営していたり政治家がいたりして社会的イメージを大事にしないといけない立ち位置ですし、代々、道徳教育や社会的な責任についてをよくよく言い聞かせて子供を育ててきた家なのです。

 

 いい人たちな両親は、僕が生まれる前、親が事故死した身寄りのない子供を養子にして、自分たちの息子だと言いました。

 それが、僕の兄さんです。

 

 兄さんを引き取ってから、少しして、僕が生まれました。

 

 両親はいい人たちなので、実の子が産まれて兄さんが肩身の狭い思いをしないように、とても気を使うようになりました。

 

 何をしても怒らず、甘やかして、とにかく優しく、全肯定で。

 その結果、兄さんは漫画に出てくるような『悪い人』になっていきました。

 我儘放題で、いろんな事件を起こしては両親にしりぬぐいを求めるようになりました。

 

 不思議だなと思いました。

 だって、両親は『いい両親、いい家族であろう』とかなり気を使っていたんです。

 兄は、両親に助けられなければ今みたいな「お金持ちのお坊ちゃん」という身分になれなかったし、贅沢三昧の暮らしもできなかったのです。

 でも、兄は両親に感謝するどころか、彼らを馬鹿にして敵意を向け、奴隷みたいに扱うようになっていったのです。

 

 『不祥事は困るだろう』とか、『家名に泥を塗りたくないだろう』とか。揉み消しをしたら、『お前たちはあくどいことをした。真っ黒だ。お前たちは悪人だ』と、そんな風に……。

 

 大企業の偉い人や、政治家には、クリーンなイメージが必要だそうです。

 不祥事は進退に関わり、当人だけではなく関係者全員の人生が詰んでしまうような影響があるのだそうです。

 

 だから、手を汚して、汚れている事実を隠す。

 汚れてないことにして、『クリーンですよ』と言う。

 名言だって……こんな風に言ってるじゃないですか。

 「白河の清きに魚の住みかねて もとのにごりの田沼恋しき」……清らかすぎる水に魚が住めないって。

 大人の世界がきれいじゃないことを、肯定している。

 

 それは、みんなが「自分もきれいじゃないから」と思うから。

 きれいであることを求められると、自分が困るから。

 

 だから、「お互い様だ」「目を瞑ろう」「なかったことにしよう」「蓋をしよう」と言い合って、みんながどんどん泥を塗り合って守り合って、「助け合いは美しいね」って言って、偉くなっていく。

 

 僕も、そんな風に兄や両親と助け合わないといけないのだと思います。

 それが「たくさんの仲間と生きる社会や組織の一員としての、いい生き方」なんだと思います。

 家族を守り、家名の汚れを拭い隠して、次の世代にバトンリレーするのが、いい家族なのかな、と思います。

 

 でも、僕は兄が嫌いです。

 兄さんも人間なので、きっとつらかったり悲しかったり、本人にしかわからないことがあるのではないかと思います。

 でも、そういう事情を例え知ったとしても、僕は兄が嫌いだと言いたいです。

 だから、両親は助けたいと思っても、兄を助けたくないのです。

 「いい人じゃない兄」を助けたり肯定するのが「いい家族」なら、僕は「いい家族」じゃなくてもいいと思う。

 

 僕がもう少し大人になったら、こういうことを言えなかったと思います。

 自分の将来に関わるからです。周りの人に迷惑がかかるからです。

 自分のために、他人のためにと空気を読んで選択肢を選んだ結果、僕の両親みたいになるのだと思います。

 

 僕の両親は、いい人たちです。

 でも、いい人たちがいい人でいるのは、難しいのかもしれない、と思います。

 僕は、両親がいい人たちでいようとした結果、なんだかちょっとずつ悪い方に転がっていった、と思います。

 

 僕は、それが悲しいな、と思いました。

 そういう、悲しいなとか、嫌だなとか、納得できないなとか、もやもやしたものがあって、消化不良を起こして持て余しているから、僕はここにいるんだ。

 

 僕は、そう考えました。

 

 ……終わりです。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 円城寺誉がぺこりとお辞儀して、放送室を出ていく。

 

 それを見送り、二俣(にまた)夜輝(よるてみ)がカメラの前でふんぞり返った。 

 

「東北と関西の同志たち。ならびに、情報規制にめげずにハッシュタグ運動をしているネットの戦友たちに、エールを送る」

 

 放送室にいる子供たちが一斉に拍手をして、カメラに手を振った。

 マスクや仮面で顔を隠している子もいれば、さらけ出して強気な笑顔を向けている子もいる。

 

「俺たちは自分の足元を自分で照らしてこの道を行く仲間である。ところで本日、二俣グループは『鈴木家』のスポンサーに加わった。2日後にはスポンサー企業が集まるパートナーシップディナー会があるので、俺も父と一緒に出席しようと考えている」

 

 おお、二俣グループ。スポンサーになるのか。「自分の足元を自分で照らす」は禅語の自灯明(じとうみょう)かな。ブッダの教えだね、二俣?

 

「それでは本日は以上。おやすみ。サンキュー、アイラブユー」

 

 ろうそくに照らされた薄暗い放送室で、彼らが手を振っている。

 

 彼らは今夜も、子供たちだけの校舎で眠るのだ。

 

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