【完結】俳優、女子中学生になる~殺された天才役者が名家の令嬢に憑依して芸能界に返り咲く!~   作:朱音ゆうひ

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67、真っ白な嘘に、愛をこめて

『【悲報】俳優の江良九足さん、殺害されていた』

『NTR殺人? 歌姫を巡る三角関係? 事件の真相について関係者が徹底考察』 

『西園寺麗華、推しの神棚を抱きしめて号泣配信し、炎上』

 

 ネットでは毎日事件に関連した記事が増えている。

 

 トラブルと炎上満載だったドラマ『鈴木家』の撮影が終わり、出演シーンを撮り終えた俳優が順に花束を贈呈される。

 

「鈴木美咲役の葉室王司さん、クランクアップです!」

 

 加地監督とスタッフさんが拍手してくれる。もらった花束は、ピンクや白の花を中心にした可愛らしい花束だ。いい匂いがする。

 花の匂いは不思議だ。形がないのに、柔らかい感じがする。

 

「初めてのドラマでしたが、スタッフの皆さんも俳優の皆さんも優しくて、楽しい撮影でした」

 

 私の人生は、嘘まみれだ。

 しかし、ノコさんと違って「正しくない、綺麗じゃない」みたいな感情がない。

 子供に風船をあげる着ぐるみや、変身ヒーローみたいなものではないか。

 誰かを陥れる嘘もあれば、誰かに夢を与える嘘もある。葉室王司は後者の嘘つきでありたい。

 

 挨拶すると、動画チャンネル用のカメラを手にしたマネージャー佐藤さんが目を潤ませた。

 

「思い出深い処女作になったね、王司ちゃん」

「本当に……」

 

 思わず遠い目をしていると、加地監督はメッセージカードをくれた。

 カードには、病院名と住所と部屋番号が書いてある。

 

「ノコちゃんの病室だよ。お見舞い行きたいだろうと思ってさ」

「えっ、お見舞い、行けるんですか?」

「うん。なんでも、彼女、体調は健康そのものらしい。ただ、本人が自分が健康なはずないと思い込んでるみたいで、カウンセリング中だね」

 

 それは、赤リンゴアプリの願いのせいだ。あの時の願いが有効だった証拠に、私の右目も見えるようになっている。

 

「私、先にファンレターに気持ちを書いて送ってたんですけど、ノコさんの推しノート作って持っていきます」

「この前見せてくれたようなノートか。あれ可愛かったなぁ。そういえばノコちゃんと王司ちゃんはメッセージ交換とかはしてないんだ?」

「お、推しとファンの距離感を大切にしたいと言いますか……」

 

 ノコさんとメッセージ交換?

 想像してみるが、他の子としているような気軽なメッセージ交換なんて、どうもできる気がしなかった。

 

 ちなみに、他の子たちとは「映画を見に行こう」とか「アリサちゃんのお兄ちゃんの舞台を見に行こう」とか話している。映画館は、相山(あいやま)良介(りょうすけ)のデートを遠くからこっそり見守るのだ。

 

 家に帰ってから、白いレターセットに手紙を書いた。

 そして、ノコさんの推しノートを作った。

 

 アリサちゃんの推しノートを作る時は「楽しいな」「この写真も好きだな」「二人で撮った写真は永久保存だな」と思いながら作っていたのに、ネットでノコさんを検索してノートに貼る画像集めをしていると、自分の趣味が罪深く思えてきた。

 

 私ときたら、彼女が無理してはしゃいでいる笑顔や、切なそうな表情や、涙を頬に伝わせている瞬間に惹かれて、保存している。それをノートに貼って、ハートのシールやキラキラ星のシールで飾って、カラーペンで思い出を書いているんだ。

 

『この歌謡ショーは、家族の良さを感じる映画を観て寂しくなっていた時に見ていた。あなたの歌で涙が出て、自分が泣きたい気分だったのだと気付かされた。歌声はとても綺麗だった。高音が好きだ』

 

『はしゃぐあなたが無理しているのがわかって、痛々しく見えた。でも、その姿にはプロ根性も感じて、尊敬した』

 

『演技ではなく感情が溢れて流れる涙は美しいと思った。歌唱力が上がっていて、鳥肌が立った。歌手とはすごいものなんだなと感じた。歌を表現する執念みたいなものが伝わってきた。まるで1曲に人生が濃縮されているようだった。歌とはドラマや映画とそれほど変わらないものなのかもしれない』  

 

『男なんて忘れてしまえばいいのに。君は歌がある。ファンがいる。でも、君はいつまでも傷が癒えなくて、傷付いているから歌がこんなに染みるものになっている気がする』 

 

 自分の名前を書こう。

 

 男の名ではなく、女の名を。

 ――『たくさんいるあなたのファンの一人、葉室王司』

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 ノコさんの病棟は静かで、フロアはまるごと貸し切り状態だった。

 

 服選びに迷って、カナミちゃんにアドバイスしてもらった。あの子はファッションセンスがいいから。

 ノコさんに「可愛い」気分になってほしいと思って、可愛い花束を選んで買ってきた。

 カラフルなお星さまのキャンディが入っていて、蓋のところにピンクのリボンがついている瓶も持ってきた。

 

 廊下で鏡を見て、前髪をちょしちょしと直して、ノックする。

 マネージャーさんが入れてくれたから、お辞儀をして中に入る。挨拶をして、ノートを差し出す。

 

 なんだか、大事なオーディションや面接みたいだ。

 これで人生が決まるみたいな――全然、そんなことないのに、いつもその瞬間は自分自身のやらかしに怯えている。

 

「推しノートを作ってきました。ほんとは、先にファンレターを書いたんです。でも、ポストに投函しちゃって……後から届くと思います」

 

 彼女はファンから贈られた可愛らしい便箋の手紙や花束やぬいぐるみに囲まれて、お人形になったみたいにベッドにいた。上半身を起こしていて、無気力そうにテレビを見ている。

 

 テレビ画面には、どこかの水族館が映っていた。

 

 プロジェクションマッピングが床と壁を青の世界に染めていて、巨大なクジラが目の前で群れている――それを見て大興奮で走り回る子供が映っていた。少し離れた椅子に腰かけた両親らしき大人たちが、子供にスマホを向けて動画を撮っている。

 

「ありがとう」

 

 消えかけのロウソクの火みたいな声でノコさんが言ったので、私はクジラになりたくなった。

 ニセモノでも、構わない。

 

「この写真のノコさんは、チューリップのお花で飾ってみました。可愛くデコれました」

 

 そばに寄っても、女の子の自分なら許される。

 免罪符を持っているような気分で近づいた。

 

「このページは色を統一していて、ちょっと大人な雰囲気なんです」

  

 黒水晶みたいな彼女の瞳が、私が作った推しノートを眺めた。そして、少し乾燥気味の唇がひらいた。

 

「可愛い」

「私の元気の元です」

「ファンは、よくそう言う」

 

 彼女の指先が文字をなぞる。そして、気紛れに歌を口ずさんだ。

 

 何も考えず、ただ歌いたくなったから歌ってみた――そんな曲は、おもちゃのチャチャチャ。スローテンポで、ぽつり、ぽつりと、バラードみたい。

 

 ここにパペットを持ってくればよかった。

 そんなことを考えて、ふと思いついて以前ファンからもらった紫のクマのチャームを取り出した。

 

 小さなクマをパペット代わりに揺らしながら、ノコさんに合わせておもちゃのチャチャチャを歌ってみる。2人分の声が重なって響く……特別な感じがして、気持ちいい。

 

 ノコさんはクマを撫でて、体をふんわり、ゆらりと左右に揺らした。

 リズムを楽しむみたいに目を細めて、歌のテンポを少し上げた。楽しく、明るく、自然な感情をありのままに伝わせて。

 

 そうして歌い上げてから、彼女は首をかしげて怠そうな微笑を浮かべた。

 

「王司ちゃん。歌は好き?」

 

 問いかけに応える言葉は、すぐ思いついた。飾る必要もなかった。

 

「私、特別に歌がめちゃくちゃなんでも好き、フリーク、ってわけじゃないです。でも、ノコさんの歌声は、とても好き」

「ありがとう、王司ちゃん。私も、自分の歌は好き。歌うのは、好きなの」 

「知ってます。だから、あんなに上手くなったんだ」

「ふふっ……私、いっぱい歌ってきたからね。寂しい気持ちを紛らわすみたいに、打ち込んだ」

 

 彼女がテレビ画面に目を向ける。

 

 画面は、やる気のないペンギンたちのショーに変わっていた。

 

 飼育員さんがペンギンに「いけそうですか?」とご機嫌伺いをして滑り台の上から滑らせて「だめそうですね」と下まで手で押していく。

 障害物を飛ぶときには、ペンギンたちは全ての障害物をパタンパタンと倒して笑いを招いた。

 そんなペンギンたちに怒ることなく、「彼らはマイペースなんです」とほんわかと笑った飼育員さんは、最後には自分がペンギンたちに押されて水に落ちてしまう。マイクを水に濡らさずに這い上がって、拍手を貰った。

 楽しいショーだ。

 観客がショーにお金を払うから、ペンギンの飼育ができる。

 何度見ても楽しいから、観客は何度もショーを見に行く。ペンギンは生き物だから、ショーは毎回ちょっと違っていて、そこもいい。

 

 このショーは動画チャンネルにアップされていて、人気がある。

 何回再生しても同じ内容の動画でも、すごく気に入ったら、人は何回も見る。

 疲れた時や、心の慰めが欲しい時、好きなものが見れるのは幸せだね。

 動画が再生されると広告費がもらえるから、それもまたペンギンたちを養うお金になっているんだ……。

 

「ノコさん。私たち、クジラとかペンギンに似ていますね」

 

 そんなショーを見ながら、私は白い封筒をファンレターの山の中に突っ込んだ。そして、挨拶をして病室を後にした。

 心臓が落ち着かなくて、口から飛び出てしまいそうだった。

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

「……こんなファンレター、あったかな」

 

 少女が退室した後、ノコはファンレターの中から白い封筒を見つけた。まだ封がされたままということは、自分は中身を見ていない。

 

 はさみで丁寧に上の部分を切って、中身を見る。

 

 文字はボールペンで走り書きみたいに書かれていて、見たことのあるデザインのサインがある。

 殺された俳優、江良九足のサインだ。

 

「え……」

 

『ノコさんへ

 

 万が一に備えて、出かける前に知人にこの手紙を託そうと思う。

 この件は、どうか可能な限り他人に秘密にしてほしい。秘密にするのが辛かったら、暴露しても構わないけど。

 

 俺は善一がどういう奴かを知っていて、ヤバイのを承知の上で殺されに行く。

 俺、実は余命宣告されていて、自殺したいんだ。

 でも、勇気が持てないでいる。死ぬのって、いざやろうとするとキツイんだ。

 そこで、ヤバイ奴にさっくりと殺してもらおうと考えた。ちょっとラリッてるタイミングを見計らって神経を逆なでしたら暴走してくれそうだし、相手を殺人犯にもできるし、一石二鳥だろ。

 

 着ぐるみの中の人や、変身ヒーローや、サンタさんみたいに、俺は俺の真実を隠したまま亡くなりたい。

 

 ただ、君はもしかしたら俺の死にとてもショックを受けて、自分のせいだと気に病んでしまうかもしれないと思った。君はとてもいい子で、正義感の強い、純真な子だから。

 

 もし、君が「死んでしまった俺に謝りたい」とか考えていたら、「その必要はない、俺は本望だ」と伝えたい。

 死ねてよかった。

 だから、君も喜んで。善一がちゃんと逮捕されてたら、万々歳だよ。

 やったぜ。俺の死は、無駄じゃなかった。

 

 君の手元にこれが届いて役に立つといいなと思う。

 

 幸せな死者より、愛をこめて。

 

 追伸、ここだけの個人情報を教えると、俺の本名は江良進一という。

 八町大気に確認してごらん。彼は知ってるんだ。

 親友だから』 

 

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 ……俺は、私は、嘘つきだ。

 

 葉室王司はエレベーターに乗り、深呼吸をした。

 

 ――江良は健康だった。余命宣告なんて受けていない。

 でも、生きたいと思っていた人が殺されるより、死にたいと思っていた人が殺されたことにした方が、彼女の罪悪感は和らぐんじゃないかな。

 ――そう思ったのだ。

 

 

「……ふふっ」

 

 病室のノコは、笑った。

 白いレターセットが眩しくて、可愛くて、愛しくて、涙が出てしまいそうだった。

 

「やだ、王司ちゃん。筆跡が推しノートと同じなのよ。バレバレだよ……サインは頑張って真似したの? 可愛いなあっ、あはは……あははははっ!」

 

 あの少女が自分を励まそうとして、こんな子供っぽくて可愛いことをしてくれた。

 

 ノコはそれが尊くて、目の前の真っ白な嘘が世界でいちばん綺麗だと思った。

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