俺が告った彼女は〈野郎〉かもしれない   作:磨己途

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◆7月1日 ランチタイムの衝撃

 俺が鷹宮から大外刈りだか釣込み足だかでブッ倒された翌日。

 俺は昼休みの時間まで待ったのち、前もって買っておいた昼食用のパンを持って鷹宮の席へと近付いた。

 

 鷹宮は弁当箱を取り出し、いつものように一人で昼食を摂ろうとしているところだった。

 俺は一緒に昼飯を食おうという意図が伝わるように、パンの入った袋を鷹宮に向かって突き出して言う。

 

「付き合えよ」

「分かった」

 

 先ほどまで普通に賑やかだった教室が、鷹宮の発した一言によって一瞬で静まり返る。

 その喧噪と静寂の落差はホラー映画のワンシーンを彷彿とさせた。当たり前の日常が突然、それが偽りであったことを明かし、本性を剥き出しにしたかのような不気味さ。

 

 緊張感を(はら)んだその空気を、矢部の物怖じしない能天気な声が打ち消した。

 

「なぁんだよハルキ、上手くいってたのかよ⁉」

 

 それで教室の空気はまた一変し、今度は蜂の巣を突いたような騒ぎが巻き起こる。

 

「マージィッ⁉ 駄目だったって言ってたじゃん、昨日ぉ~」

「お前ぇ⁉ 俺らに協力させといて(だま)すなよなー?」

 

「騙してはない。ブッ倒されたって言ったのは本当だ」

 

 実際、鷹宮が昼飯の誘いに乗るかどうかも、こうして誘ってみるまでは分からなかったのだ。昨日の時点で、俺の鷹宮へのアプローチが上手くいったのかどうかという問いに対しては、俺としては答えようがなかった。

 いや、愛の告白という意味でいえば、初手の初手でこれ以上ない程はっきりと断られたのだったか……。

 

 俺は図々しく付いて来ようとする矢部たちを追い払い、鷹宮と二人で昨日の放課後と同じ読書部の部室へと向かった。

 多少遠回りになるが、一応昭島由里亜のいる二年五組の前は避けて通る経路を選ぶ。まあ、この学校における鷹宮の注目度を考えると、どうやっても早晩学校中に知れ渡ることは避けられないだろうが。

 

 先客がいるかもと思ったが、朝から締め切られている南側の空き教室はどこも使われている様子がなかった。考えてみれば、わざわざこんな暑い場所で昼飯を食う物好きもいないか。

 そのまま昨日話していたのと同じ窓際の席に行こうとする俺を鷹宮が呼び止める。

 

「待て。一応隣の教室にしよう」

「隣? まあ、いいけど……」

 

 机の並びから何から、ほとんど同じ隣の教室に入り直し、一人ツカツカと窓際に歩いていく鷹宮。

 その後ろ姿に向かって今度は俺が声を掛ける。

 

「どっちの教室でも変わんなくないか?」

「用心のためだ」

 

「……なんの?」

「盗聴器」

 

 盗聴だって? 誰が? なんの目的で?

 反射的にそう口に出掛かったが、なんとかそれを飲み込む。俺もこいつの突拍子もない発言にだいぶ耐性が付いてきたようだぞ。

 

 鷹宮が警戒する相手といえば鷹宮家のことに決まっている。

 一夜明けてもまだ彼女は、自分と、自分の養父に関する強迫観念に()りつかれたままのようだ。脳ミソをいじられ、その男の理想の娘となるように、使用人もグルになって調教されているという、なんとも猟奇的で時代がかった妄執に。

 

 以前ネカフェで読んだ古いマンガの中にそれに近い設定のものがあった気がするが、その話を聞かせたら鷹宮はどんな顔をするだろうか。

 取り留めもなく広がる思考を無理矢理折りたたんで、俺は昨日と同じように鷹宮の前に向かい合うようにして座る。

 

「まあ、良かったと思うことにしとくよ。昨日のアレ、全部お嬢様のお戯れでしたってオチなのかもって考えてたから」

「アレは、すまん」

 

 素っ気なく、ぶっきら棒に返される。

 鷹宮は机の上にさっさと弁当箱を広げ始めていた。

 殊勝に謝られるとも思っていなかったが、あまりに片手間な謝罪に少しムッとする俺。

 

「そんだけかよ? 滅茶苦茶痛かったぞ?」

「悪かったって。だが、さすがに抱き合ってる現場をあの女に見られるわけにはいかんだろ?」

 

 打ちどころが悪ければ死ぬ可能性だってあったことを思えばもっと抗議する権利はあっただろうが今はやめておいた。

 鷹宮が豆粒くらいの小さな飯粒の塊を箸でヒョイと口へ運んだのを見てその気をなくした。そうしながらキョトンとした瞳でこちらを見つめ返す姿が反則的に可愛かったからだ。

 

 こいつ……、狙ってやってるんだとしたら、あざといなんてレベルじゃねー!

 

「……分かった。弁当の中の、なんか一個くれ。それで許す」

「何かって……、どれだ?」

 

 乗ってきた!

 

「どれでもいいよ」

 

 俺はできるだけ素っ気ない口調を装い、目をつぶり、鷹宮に向かって顔を近づけた。それがさも自然な、なんでもない、当たり前の行動であるかのような振りをして。

 

 間が……、間が怖い。

 

 とじた(まぶた)の向こうで鷹宮が溜め息をつく。

 

「お前なぁ。男にアーンなんてされて嬉しいか?」

「はあっ⁉ 何もぉ? 弁当分けてもらうだけだしぃ?」

 

 駄目だ。ばっちりバレてる。

 

「男同士でやってる絵面考えてみろ。相当引くぞ。事実、俺はいま相当引いている」

「俺にとっては美少女相手のことなんだから全然いいんだよ」

 

 開き直ってそう言ってから、それなら目をつぶっていては台無しだなと思い直す。

 目を開けた先では、今まさに鷹宮が卵焼きを一切れ取り、その箸をこちらに向かって持ち上げているところだった。

 俺の瞠目(どうもく)に気付き、今度は鷹宮が怯んで動きを止める。

 

 なんだ。なんだかんだ言って、やってくれる気になってたんじゃないか。

 そう思った途端、俺の頬がだらしなく緩んだ。目尻もきっと垂れ下がりまくっているに違いない。早く早くと、両手をヒラヒラさせて(あお)る。

 

「それやめろ。馬鹿みたいだぞ? くれてやるから目はつぶってろ」

「はい。アーン」

 

「……くっそ。何やってんだ俺は。はあ、引くわー、引くっ」 

 

 舌先に質量を感じると、すぐに唾液がしみ出してきた。

 急いで口を閉じ目を開ける。

 すでに鷹宮は何事もなかったかのように体勢を戻していたが、俺は目を閉じる直前に見た映像と、いま目にしている映像を繋ぎ合わせ、彼女が俺の口に卵焼きを差し入れている姿をしっかりとイメージできていた。

 

 よしっ、やった!

 これでなんと言われても──仮に「昨日の話は全部嘘でーす。騙されてやんのー」などと言われたとしても──、俺が鷹宮から〈ラブラブ餌付け〉をしてもらった事実は揺るがない。

 何者をも拒絶すると思われた切り立った岩肌に、心強いアンカーを深々と打ち込んだような達成感があった。

 俺は満面の笑みで口の中の卵焼きをゆっくりと咀嚼する。

 うぅ、美味い。超美味い!

 

「そんなに嬉しいもんかねえ……」

「嬉しい」

 

「お前は……。もっと硬派な奴かと思ってたのに、台無しだよ」

「え、俺硬派だった?」

 

「あ? あぁ、まあ、他の男連中よりはな。俺の話を真面目に聞いてる間は、結構話せる奴だと思ったのは……、そうだ」

 

 おお、結構評価高いじゃないか俺。だとしたら今のはしくじったかもしれないな。

 俺は幻滅されそうな失点行動を取り返そうと、さっそく鷹宮を昼飯に誘った本題を切り出すことにした。昨日みたいにいつ昭島が現れて邪魔をされないとも限らない。

 

「これ、持ってろよ」

 

 それだけ言って俺は、鷹宮が弁当を広げている机の脇にプリペイド式の携帯電話を置く。

 

「なんだ? これ」

「携帯だよ。携帯電話。知らないか?」

 

「いや、それは分かる。……たぶん。だが……」

「緊急連絡用。まあ緊急じゃなくても全然掛けてきていいけど。俺の番号はもう登録してある」

 

 鷹宮は一旦弁当と箸を置き、俺の渡した携帯を手に取った。両手で大事そうに持ち上げ、いかにも覚束ない手つきでポチポチとボタンを操作し始める。

 

 やっぱり反則だな。まるで機械音痴のお婆ちゃんみたいな仕草なのに、そんな姿も超絶カワイイ。もう何やってもカワイイ。大好きだ。

 人を好きになるってこんなだったんだという無邪気な感慨に浸りつつ、外見の俺は懸命に硬派を気取って話を続ける。

 

「昨日の鷹宮の話を全部信じたわけじゃないけど、もし本当だったときのため……というか本当じゃなくても、現に鷹宮が怖がってるのは事実だろ? もしも父親から何かヤバイことされそうになったら、それで連絡しろよ。俺じゃなくても警察とかでもいいから」

「…………」

 

「……まあ、使わなくてもさ。持ってるだけで安心だろ?」

「ああ、助かる……。これ、もらっていいのか? お金とかは?」

 

「いいよいいよ。てか、鷹宮家のお嬢様は小遣いとかもらってんの?」

「いや……」

 

「だよなー。話聞いてるとそんな気がしたわ」

「うん。すまんな。世話になる」

 

「あと、これな」

 

 次に俺は胸ポケットから四つ折りにした部活の入部届を出して渡す。

 鷹宮が開いて中身を確認する。

 

「学校に出す前に、親か、その代わりになりそうな人に見せろよ。厳しい親ならそういうの見せた方が説得し易いかと思って」

「……うん。これ、保護者の記名欄もあるな」

 

「サインもらうのが無理ならそこは空欄でもいいぞ。読書部なら別に必須じゃないらしいし。運動部とかの、休みの日も活動ある部だと親の同意もいるらしいけど」

「そうか。色々と助かる」

 

 その二つが、俺がその日用意していた鷹宮へ渡す物のすべてだった。

 それから軽く昨日の話の続きをしてその場を後にする。今日は昭島が乱入してくることもなく、(つつが)なく二人きりで昼食を終えることができた。

 

 手洗いに寄るという鷹宮と別れて一人教室に戻ると、俺はニヤニヤ笑いを顔に貼り付けた級友たちの群れに迎えられた。

 まず教室のドアを開けるのと同時にブヒャヒャヒャと顔を指差しながらの大笑いをされる。

 

「やったなーハルキィ」

「いやー、お前はヤる奴だと思ってたよー」

「カッケェっすハルキ兄さん。マジ尊敬っす」

 

「は⁉ うっざい。なんもねーよ。二人で飯食って話してただけだ」

 

「またまたー。んなわけないってえ」

「黙秘したって無駄だぞぉ? ネタは上がってんだー」

 

 すっかり俺たちが付き合うことになった(恋人同士としてという意味だ)と思い込んでいるこいつらは、俺のことを取り囲み揉みくちゃにした。痛い痛い。腕を引っ張るわ、横腹を突くわ、加減を考えずやりたい放題だ。

 

 ガッシと肩を組んできた矢部がスマホを差し出すので、俺は他の奴らと一緒にその画面を覗き込む。

 

 そこに再生された動画は、ここの教室の窓から90度向きを変えた別棟にある空き教室の窓際を捉えたものだった。

 カメラがフォーカスされ、映像が激しくぶれる。

 次にピタリと定まった画面に映し出されたのは、こちらに後頭部を見せて座る男。と、その男に向かって卵焼きを差し出す鷹宮の姿だった。

 

 鷹宮が何度か口を動かした後、恥ずかしそうに、ためらいがちに、箸を前に出しサッと引っ込める。

 動画の中で女子たちのキャーッという絶叫のような歓声が上がる。

 画面の外でも同じタイミングで野郎どもが大いに盛り上がっていた。

 

 鷹宮よ。警戒すべきは盗聴ではなく、盗撮の方だったらしいぞ。

 

「おめでとー! おめでとーハルキ!(拍手)」

「これでシラは切らせねーよ?」

「いや、羨ましいを通り越して尊敬しかねーわ」

「表情よなぁー。あの表情っ」

「ああ、萌え死ぬわ。あんなん見せられたら」

「オチてからデレんのが早ぇーのよ。あのお嬢──あっ!」

 

 輪の中の一人が突然何かに気がつき動きを止める。

 他の皆も俺も釣られて同じ方向を見る……と、教室の入口で立ち止まる鷹宮と目が合った。

 

 鷹宮は一瞬表情を硬くしたが、教室中の注目が自分に注がれていることを察すると、俺に向かって諦めたように頷いてみせた。

 

「いいぞ。そういうことにしておこう」

 

 なんとも形容し難い、ふわふわした空気。

 周囲の男どもが「えっ? えっ?」と俺の顔を覗いて反応を待つ。

 今のはどういうことなのかと目で俺に問い掛ける。

 正確にいえば、そうやって俺のことを煽っているのだった。

 

「えー。……俺たち、お付き合い……することになりましたっ!」

 

 俺がそう宣言した瞬間、今日一の大音量でクラス中が沸いた。

 

「ウォーッ!」

「デレ来たーっ!」

「胴上げいくか? 胴上げ?」

「拡散拡散!」

 

 硬派で理知的な男が好みらしい鷹宮から、今の自分がどんなふうに見られているのか気になりつつも、俺もその場のノリで羽目を外して盛り上がる。

 

「おう拡散しとけぇ。学校中にぃ。もう俺の女にちょっかい出すんじゃねぇってなあ!」

 

 ……みたいな痛い発言を繰り返す。

 そんな狂騒の中、一方で俺が抜け目なく行っていたこともあった。何あろう、あのベストアングルの動画を俺のスマホに転送してもらうことである。

 これは間違いなく、来世にも持ち越したい家宝の筆頭になったぜ。

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