俺が告った彼女は〈野郎〉かもしれない   作:磨己途

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◇5月16日 校門前(1)

 話は唐突に過去へ(さかのぼ)る。

 これは僭越ながら自己紹介と、俺と鷹宮の出会いを説明するために配された回想である。

 ちなみに今後もちょくちょくこういったカットバックが挟まれる語りとなるので先に断っておく。各話サブタイトルに記号と日付を入れておくので、せっせとそこを参照されたし。

 少々煩雑で混乱させてしまうかもしれないが、その方が都合がよい故の仕儀なので勘弁して欲しい。果たしてどう都合が良いのかとか、誰に対しての申し開きなのだとかの邪推もこの際ご遠慮願いたい。

 

 さて、先んじてメタを濁したところで本題に戻る。自己紹介と断ったからには先ず名前からであろう──。

 

  *

 

 俺の名前は鷲尾(わしお)覇流輝(はるき)

 ダセェ上に画数が多くて面倒なのでテストの答案などは片仮名のハルキで済ませている。

 こんなゴテゴテキラキラした名前なのは同年代にはありがちなことだから、教師もそれは黙認している。まったく、俺たちの親世代は、自分の子供が一生のうちに何回名前を書く必要に迫れられるのか、少しでも想像したことがあるのだろうか。

 

 しかし、同じことの繰り返しが面倒だ、という意見で周囲と合意(コンセンサス)が得られているのは喜ばしいことである。なかなか理解してもらえないのだ。この代わり映えしない、繰り返される日々の退屈さについては。

 

 こんなことをいうと「あーはいはい、思春期によくいる斜に構えた俺カッケー野郎ね」と思われるかもしれないが、俺のは違う。本物だ。本当に、この日常に飽き飽きしているのだ。

 ……分かってる。皆まで言うな。

 高校二年の、十六年かそこら生きた程度の若造が達観したふうにと鼻で笑ったんだろ?

 普通はそういう反応をされることも分かっているのだ。

 実はこの日常、この世界は、至極退屈で苦痛なものだと、俺が断言する根拠、というか理由はちゃんとあるのだが……。

 

 だが、今はやめておこう。そんなことより今。まさに今。普通ではないことが俺の身の回りで起ころうとしていたのだ。

 繰り返される俺の退屈な日常に風穴を空ける、とびきりのイレギュラー。

 それが目に入った途端、俺には他のことがすべて、どうでもよくなったのだから──。

 

 

 普段どおりの通学路。

 長く地味な傾斜で生徒たち全員から恨みを買っている学校前の坂道を、うつむきながら黙々と歩いていると、俺の背中を颯爽と追い越していく一台の車があった。

 

 教員用の駐車場に続く別の道路は反対側にあるので、車道こそあれ、この道を車が通ることはほとんどない。だから一瞬「オヤ?」とは思ったが、そのときはさほど気に留めなかった。何か通ったな、くらいの認識で、顔を上げて車種などを確認する気も起きなかった。

 

 その認識が改まったのは、俺が坂道をのぼり切り、校門の前に差し掛かったときだ。

 いつもとは明らかに異なることが起きていた

 前を歩いていた他の生徒たちが皆そこで立ち止まり人垣を作っている。

 何故校舎の中に入ろうとしないのかと(いぶか)りつつも、俺自身もすぐにその人垣の一部と化していた。

 

 生徒たちの頭の上から様子を窺うと(こういうことに不自由しない程度に俺はまあまあ背が高い)、黒塗りの大きな車が校門に対し横向きに、半分ほど道を塞いで停車しているのが見えた。騒ぎの原因はあれだと一目で理解する。

 

 車の前では運転手と思われる年配の男が降りてきて、うちの教員二人と何か問答をしているようだった。多分、ここには駐車できませんとか、そういうことを注意されているのだろう。

 

「すっげ。女だ女。お嬢様」

「転校生?」

「見えた? ねぇ、めっちゃ可愛くなかった?」

 

 野次馬たちが男女を問わず口々に騒ぎ立てている。

 普段は同年代の連中のガキ臭い会話など冷めた気持ちで聞き流す俺だったが、このときばかりは俺もその興奮の渦の中に加わり心をときめかせていた。

 きっと何事かが始まるに違いないという確信とともに成り行きを見守る。

 

 運転手が外から声を掛け、恭しくドアを開けてのち、なお幾らかの間があった。

 たっぷりと気を揉ませたあと、黒いストッキングで(よろ)われた小振りな膝と細いふくらはぎが遠慮がちに顔を覗かせる。

 俺がそれに目を奪われている間に、気付くと彼女は全身を車外へと移していた。

 

 長く艶やかな黒髪が風になびく。

 桜の時季はとうに過ぎていたが、その切り取られた瞬間の衝撃は、彼女の周囲に舞う花びらの幻影を顕現させたほどだった。

 

 息を飲むような彼女の立ち姿に心を動かされたのは俺ばかりではない。校門の前にたむろしていた生徒たちの間でどよめきが起こる。彼女の美貌と周囲に漂わせる空気に触れて、幾人もの庶民(モブ)(うめ)くように声を上げていた。

 

 下がり続ける進学率に教師連中が頭を悩ませる下流のなんちゃって進学校に、ある日突然高級車で乗りつけてやってきた謎の転校生。

 そんな極まったシチュエーションのために(あつら)えたような完璧な美少女の登場に、その場にいる全員が思ったはずだ。

 彼女は特別(スペシャル)だと。

 

 生徒たちの無遠慮な視線に晒されても彼女はまったく怯むことなく、真っ直ぐに前だけを──差し当たってはこれから通うことになる校舎の方を──向いていた。

 その何者をも寄せ付けまいとする強い意志を感じさせる瞳に、俺は釘付けとなる。

 

 彼女は教員たちと運転手に先導され、来客用の玄関の方へ回り込み遠ざかっていく。

 多くの生徒が金縛りを解かれ、生徒用の玄関へと移動を始めてからも、俺はなお呆然と彼女の後ろ姿を見送っていた。

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