俺が告った彼女は〈野郎〉かもしれない   作:磨己途

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★?月?日 アフタートーク(甘々なおかわり)

「──だから、俺のデザインの元になっている〈鷲尾覇流輝〉は、最初から〈鷹宮遥香〉に()かれる土台があったってことだよ。鷹宮が鷹宮女学院(タカジョ)を退学になったとき、俺の学校に転校してくることになったのも、きっとそういう背景の設定が影響してたんじゃないか?」

「退学じゃないし。いやぁ、そんなことはいい。その話、一体いつ、どうやって知ったんだ?」

 

「才川からだよ。最後、直接対決しに鷹宮邸に行ったときに。訊いてもないのにベラベラ喋ってくれたよ。その界隈の情報を。ネットで調べれば普通に出てくるような口振りだったぞ?」

「……マジ、か……」

 

「おい、なんで鷹宮がショック受けてんだよ。俺だろ、俺ぇ? 慰めてくれよ」

「ああ、だが俺にも関係あるだろ。俺の四分の一は〈鷹宮遥香〉なんだから」

 

 フカフカの枕に頭を(うず)める俺のすぐ隣で、鷹宮が深々と長い溜息をつく音が聞こえた。

 俺はしばらく考えてから真っ暗な天井に向かって語り掛ける。

 

「なあ、これは俺の生きてきた世界の知識だから、鷹宮の知ってる最新のデータとは違うかも知れない。けど、単なる(たと)え話だからその前提で聞き流せよ?」

「ああ」

 

「ヒトゲノムが解析されたとき、人間のタンパク質を生成する遺伝子の塩基配列の総数はたったの21,306個しかないってことが分かったんだが──」

「ああ違うな。研究が進むにつれて最初無意味とみなされてた塩基配列も読み出しに使われてることが分かったから、個体の特徴を決定付ける因子はもっと多量で、もっと複雑にできてるんだ」

 

「このっ……。聞き流せって言ったろ?」

「スマン。つい」

 

「まあいい。とにかく、(オーダー)が違ったとしても有限個の暗号の羅列であることは違いない。……だろ?」

「まあ、そうだな」

 

「けど、仮に同じ遺伝子を持つ受精卵からスタートしたとしても、オギャーと泣いた時点でそれらは完全に同一の個体とはいえない。三毛猫のまだら模様が完全なクローンでも同じにはならないって話を──」

後成的遺伝(エピジェネティクス)か」

 

「ああそれ、それだ。けど俺が話したいのはその中でも特に脳の話」

「ああ、それは俺たちの社会では意図的に研究が回避されてる分野だな」

 

「俺たちが大人に成長するまでの間に、ニューロンは樹状に枝を張り巡らせながら増殖して複雑な中枢神経を形成するわけだが、それらは果たして初めから染色体に刻まれてあった設計書の通りだといえるのか……」

「いや。ニューロンが発火する頻度や強さによって、シナプスの太さも連絡も全然変わってくる」

 

「そうだよな。それは成人した後だってそうだ。日々起きる出来事を関連付け、学習し、適応するため、俺たちの脳は絶えず新しい軸索を伸ばして、自分というものを作り変えている。それが俺たちの記憶であり、人格であり、自我や意識という不確かなものの正体。そうだろ?」

「俺たちの……、〈鷹宮遥香〉と〈鷲尾覇流輝〉の場合も、そんな理屈が当てはまると?」

 

「当然だろ。最初期に抱いた感情は、見知らぬ誰かによって仕組まれたものだったかもしれないが、決してそれだけじゃない」

 

 傍にいる誰かの存在。掛けられた言葉。それに対し自分がそのとき考え、選択してきた行動の一つ一つが、降り積もり、重なり合い、その後の自分自身を創り上げていく。

 そのことを最も身近に体験しているのは自分だという自負がある。あの繰り返す世界の中で、俺はずっと皆のそんな様子を見続けてきたのだから。

 

 あの孤独な〈グリッチ〉の中で、俺は自分の鷹宮に対する気持ちについて考え、そんな屁理屈をこねて自分を鼓舞し続けたのだ。与えられた運命(プログラム)ではなく、今いる俺は自らが選び取った自分であると……。

 

「姿形だけじゃなくて全部が好きだ。〈鷹宮遥香〉じゃなくて、俺は鷹宮のことが好きだ」

 

 隣でモゾリと動く衣擦(きぬず)れの音。

 こちらを見ているのだろうか。

 部屋の中は真っ暗で何も見えないので鷹宮がどんな表情でいるのかは分からない。

 それは相手にしても同じことだろうが、それでも互いを視ようと目を凝らしてしまう。

 

「中身がお前じゃなかったら、こんなにも好きにはならなかったと思う」

「……どうだかな。結構幸せそうだったぞ? 〈中身〉が俺じゃなくても」

 

 言いづらい話を、拗ねて甘えるような態度で擬態し、無理矢理言葉にしたような印象があった。

 そうやって誘われたからには、こちらも訊かぬわけにはいくまいよ。

 

「どういうことだ?」

あの〈最初〉のシミュレーター自体は今も動かし続けてるってことだよ。まだ才川の干渉がなかった四周前の環境まで戻して、リピートの設定を切った状態でな」

 

 これから寝て脳を休ませようとしていたところへ、この上さらに新しい情報を捻じ込んでくる容赦の無さ。

 俺は横になったまま頭をフル回転させることを強いられた。

 頭蓋の下に潜む生身のニューロンが発火を繰り返し、それが次々と連鎖して、俺自身にその意味を語り掛ける……。

 

 そういえば鷹宮は俺の記憶と人格をひとつの世界ごと吸い出すとき、〈バックアップ〉を取って、それを別のマシン環境にコピーしてシミュレーターを走らせたと言っていたな……。あ。

 

「──()()()()があるのか⁉ 鷹宮の部屋から出た後の?」

「相変わらず察しがいいな。まあ……、そういうことだ」

 

「…………」

 

 あのとき俺は疲労困憊で、〈グリッチ〉から這い出した後、扉を出てすぐに意識を失った。そして気付いたときにはここ、上位世界の住人となっていたわけだが、それはあくまでここにいる〈俺〉の体感での話だ。

 

 〈俺〉の方がバックアップだというのなら、()わば〈オリジナルの俺〉は、あの扉の前で倒れたままということになる。いや、身体の半分近くは部屋の中に残していたかもしれないが、とにかく扉を開けた時点で俺は新しい周回に踏み出していた。

 4月1日の午前0時。山の上の大豪邸。

 鷹宮の寝室の入口に、昏倒した俺が突然現れたことになる。

 第一発見者はきっと部屋の主の〈鷹宮遥香〉だ。

 俺との面識などあるはずのないNPC(プレーン)の〈鷹宮遥香〉。

 本物のお嬢様相手に俺は一体、なんと言って不法侵入を誤魔化したのだろうか……。

 

「幸せそうだったって……、お前、覗きに行ったのか?」

「覗きってぇ、まあそうだけど。様子を見に行ったんだよ。プレイヤーのアバターじゃなくてちゃんとした〈マスター権限〉でな。挨拶もなしにサヨナラって訳にもいかないし、何か都合悪いことになってたら寝覚めが悪いだろ? アフターサービスってやつだ」

 

「そうか……。それは、世話になったな……」

 

 なんという奇妙な感覚か。

 俺自身そこで世話になった実感はないが、限られた一年間を超えて、続きの世界を生きたいという俺の望みはちゃんと叶えられたというのなら、それは礼を言って(しか)るべきだろう。

 複数に分岐した自分の存在を知覚した今となってはかなり複雑な心境だが、確かに鷹宮は、あのときNPC(オレ)と交わした約束をきっちりと果たしてくれたらしい。

 

「……聞きたいか?」

「そりゃまあ、気になる……のは、そうだな」

 

「鷹宮邸で半日眠り込んだハルキは、目を覚ました後、警察に通報されないための言い訳を必死で考えた。

 何か超常的な力が働いて、知らぬ間にこの場所に飛ばされていたっていう胡散臭い説明を信じ込ませるために、自分が時間遡行者(タイムリーパー)であるという設定を(ひね)り出したんだ。

 ああその前に、レシートの話があったな。昏倒してるお前の身元を確認するために、ポケットを調べたら約三週間先の日付のレシートが見つかって──」

「あっ、あのコンビニの……⁉」

 

 俺は鷹宮邸に行く途中、時間調整のために立ち寄り缶コーヒーを買ったコンビニのことを思い出した。無意識でポケットに突っ込んだレシートが、もう一人の俺の運命を左右していたとは。

 

「ハルキの頭の中には、幸い国際社会や国内の大きなニュースが記憶されてたから、鷹宮遥香や道実を……ああ、この道実ってのはあれだぞ? ちゃんとした遥香の養父だ。中に才川が入ってない常識人な。……とにかくハルキは、彼らにそれを信じ込ませることができたらしい」

 

 鷹宮が語るもう一人の自分の動向に、俺はヘー、とか、ほー、とかいう相槌を盛んに打ちながら耳を傾ける。

 

「まあ、そんなこんなで鷹宮家との接点を持ち、未来予知のお陰で多少の恩恵も与えることができたハルキは、……そのぅ、一人娘の遥香と……、まあ、なんだ、いい感じにだなぁ──」

「マジ⁉ ……マジか。やるな俺……」

 

「本当は、もう一度最初から真っ当に、自宅で目覚めた状態から再開するかって、訊こうと思ってたんだが、なんだかそんなことを訊くのも野暮な気がして。結局、〈あのハルキ〉とはそのまま別れた」

「そう……か……。ま、まあ、分かる気もするよ。きっともう一度やり直せるって言われても、俺は断ってたと思う。俺だからな。分かるよ」

 

 俺にとって元のNPCの人格である〈鷹宮遥香〉は初対面の存在なのだ。折角知り合った無垢な他人との関係。それをまた、なかったことにされるとしたら身を切られる思いがしただろう。

 シミュレーションの中の俺にとっては、上位世界に出て、鷹宮と一緒に暮らすなんてことができるとは想像もしていないはずだから、ある意味でそれは俺にとって最高の結末だといえるだろう。

 

「それから先は知らない。未練になりそうだから、見ないことにした」

「嫉妬したってことか? 元の自分のアバターに──」

 

 不意にミゾオチに激痛が走る。

 暗闇から弧を描いて振り下ろされた鷹宮の手刀がクリーンヒットしたらしい。

 俺は、オゴォ、ウゴォと無様に(うめ)いて悶絶する。

 

「デリカシー!」

「……ぁあるほうだと、思うけどぉ……? むっ、難しい!」

 

 複雑な心情に共感して欲しいからこその打ち明けかと思って相槌を打ったのに、なんなのだこの情緒不安定。女かよ。いや、これは差別発言か。それに、どちらかといえば女だ。実際。四分の三で。

 

「ハルキにとって、どっちが幸せなのかずっと気懸かりだったんだよ。二つの可能性を知ったうえで、あっちの方が良かったなんて言われたら、ちょっと凹むだろ? だからこの話をするのが怖かったんだ」

「う、うん。大丈夫だって。こっちが良かったよ。あっちの俺には悪いけど、こっちの俺の方が断然得したと思ってるし。あ、ほら、こっちの俺はたった九画だし」

 

 あ、しまった。

 真っ暗だが、呼吸音と気配だけで分かってしまった。

 ヤバいと思った俺はとっさに両手を腹の前に伸ばしてガードする。

 その直後、案の定そこに鷹宮の腕が振り下ろされた。

 肉が肉を叩く鈍い音が暗闇に響く。

 

「ジョぉーダン! 冗談だよっ。わ、分かった分かった。こうしよう」

「えっ……⁉」

 

 俺は何度も俺に向かって振り下ろされる細い腕を掴んで止めると、寝ている鷹宮を引っ張り上げて起こす。

 手探り足探りでベッドから下りて二人は向かい合う。

 

「あのときの約束憶えてるか?」

「えっ?」

 

「うやむやになって、なかったことになってたけど。……ハグッ、しよう」

「そっ、そういうのは、ハルキ、その身体のままじゃ嫌だって言ってなかったか?」

 

「真っ暗でなんも見えねーし、お互いそのことは一旦忘れよう」

「…………」

 

「ハグならしてもいいって、鷹宮が自分で言ったんだぞ?」

「あれは俺……、完全に記憶を失くしてるときだったから……」

 

「…………」

「……っそう、だな……。全部俺だ、しぃ……、約束っ、だから、し、仕方ないか……」

 

 暗闇で視界が覆われていて助かった。先ほどから俺はニヤニヤ笑いを止められずにいた。表情筋が痙攣(けいれん)を起こしそうなほどだ。

 だが、動揺して恥ずかしそうにする鷹宮の表情は、暗闇を透き徹し、手に取るように分かる気がした。

 

「ドライに? 体だけの関係で?」

「──それは嫌だっ」

 

「……ゴメンもう無理限界っ」

「あっ……」

 

 俺は鷹宮の身体の位置を探り当て、真正面から思い切り抱き締めた。

 やや腰を屈め、小柄な身体に自分の身体を寄せる。

 小さな肩の上から覆うように腕を背中に絡み付かせて抱き締める。

 そこに遅れて、遠慮がちに俺の背中に回してくる鷹宮の腕の感触。

 

 ああ、これだ……!

 ずっとこうしたかったんだという満足感。あと、それに倍するぐらいムラムラとした熱が身体の中を満たしていく。

 鷹宮の髪から香るあの日と同じ芳香を、深呼吸するように何度も吸い込み、体内に取り込んでいった。

 

 そのまま、長い至福のときが過ぎる。

 互いの満足を感じ取り、自然と力を緩め身体の距離を離す。

 暗闇の中で俺の腕を掴みながら、鷹宮が責めるような口調で言った。

 

「そういえば男って、都合が悪いの誤魔化すとき、女を抱き締めるんだってな」

「あ、あー、その記事……。たぶん俺も読んだことあるわ」

 

 俺の頭の中では、〈奈津森≒鷹宮〉が教室で澤井たちとティーン向け雑誌をめくりながらキャッキャと騒いでいた情景が想い出されていた。

 

「ヘヘッ、ウソウソ。ホントは俺の計画どおりなんだ。〈パーフェクトダーク〉様々だな。今のこんな顔、もし見られたら恥ずかしくて死にそうだよ」

 

 次の瞬間、完全な暗闇(パーフェクトダーク)だった部屋にパッと明かりが灯り、鷹宮の泣き笑いの顔が俺の目に飛び込んでくる。

 

 ほんの僅か、1秒にも満たない間に、それは驚きと焦り、そして怒りの表情に塗り替えられていったが、俺はその奇跡のように尊い一瞬の笑顔を見逃さず、しっかりと網膜に焼き付けていた。

 

「あっ、ああ、こうやるのかー。なるほど。やっと俺にもできたわ。こりゃ案外こっちの技術に慣れるのも早いかもなー」

 

 察しの良さに定評のある俺は、自分がやらかした失敗を完全に悟っていたが、身に降りかかる危険を回避するには恋愛のノウハウという経験値(リソース)が圧倒的に不足していた。

 

 耳元をブンッと風が切る音が過ぎる。

 視界は一瞬のうちにグルリと天井を仰ぎ、俺は頭と背中を打ち付けていた。

 

「おぉっふっ!」

「デリカシイッ! ハルキは、家電の操作よりまずデリカシーを覚えろ!」

 

 鷹宮は仰向けに倒れた俺の上に馬乗りとなり、俺の胸をポカポカと叩き始める。

 

 まいったなー。全然痛くない。 

 頭の打ち所が悪かったのか。あるいは幸せな気分がそんな些細な痛みを凌駕しているのか。

 俺はフヘヘと漏れ出る笑いを噛み殺しながら鷹宮の顔を見上げる。

 鷹宮の方も俺と同じく、自然と口角がつり上がるのを懸命に堪えているようだ。

 果たして俺はこの身に(たぎ)る衝動をこのまま我慢できるだろうかと、彼女のきゅっと結ばれた桜色の唇を見つめながら考えあぐねていた。

 

(おわり)




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
フィードバックに飢えているので、感想いただけると嬉しいです。
物語に仕掛けた伏線がどこまで伝わっているのかなあとか。
ただ、贅沢を言うと問題点を指摘するネガティブ意見は他のところで散々もらっていて、お腹いっぱいなので、できれば創作活動を続けるための自信を取り戻せるようなポジティブ意見だと、よりありがたいです。
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