横から口出しするだけの簡単なお仕事です 作:シリアルナンバー
「なんでサンダーウルフの毛皮がどれも0ゴールドなんだよ!」
ギルドの酒場に、大きな声が響き渡る。ちらりと声の方向に目を向けると、身なりの良い若い少年がいた。彼の手には幾重にも重なる毛皮が積まれており、背中には使い古したロングソードがある。
恐らく新人冒険者であろう。しかしサンダーウルフはそこそこ強力な敵のはずだ。少なくとも中堅くらいにならないとそう簡単に倒すことはできないはずなのだが。
まあこういうトラブルは良くある話だ、と俺、トールはため息をつきながら手元のソーセージを口に運ぶ。うん、美味しい。魔力があるからだろう、こういった肉や野菜の類は前の世界より遥かに優れている。代償として菓子類は遥かに劣っているのだけれど。
「ティーダさん、ギルドの規定にもある通りですが毛皮は規格外の物を有償で買い取ることはできません。商店に直接売買しに行くのであれば、可能ですが、あまりお勧めできないかと」
ティーダという名の少年の相手をしているギルド受付嬢は、淡々と渡された毛皮を検査しながらそう答えた。流石は荒くれ者への対応に馴れているだけのことはある。ティーダの剣幕に一歩も引かない。
「規約が厳しすぎるんだよ、毛皮の切り傷一つで買い取り価格が半額、ぼったくりだろ!」
「とはいいましても。規則ですので」
「規則規則、お前らの独自ルールでこんな目にあわされるのはおかしいだろう!」
ティーダが叫び続けているのを、酒場にいる酔っ払いたちはニヤニヤとした目で眺めている。介入する気はさらさらないらしい。まあこの時間帯に来る冒険者の志なんて俺含めてたかが知れているし、何より商売敵は少ない方が良い。
が、それはあくまで俺達冒険者の理屈だ。とことこ、と料理の皿を持って給仕服を着た少女が俺に近付いてくる。
「トールのおっさん、あのガキ撲殺してくれない?」
「お前いきなり物騒なこと言うな。そこは止めてくれ、だろ」
このカリンという少女、元々孤児でギルドマスターに拾われたのだが、周囲が粗暴な奴らばかりだったせいで見た目に反して言動が荒々しい。まあ言動が影響を受けているだけで、中身は普通の子供なんだけど。もう少し言葉遣いが優しくなれば同年代の友達が増えると思うんだけどな……といつも思ってしまう自分がいる。まあ余計なお世話というやつだ。
「それに俺は昼間から飲んだくれてるアラサーダメ人間だ。カリンちゃんの思っているような成果は出せないぞ」
「あらさー? は良く分からないけど、本当の駄目おっさんなら弟子に王国騎士団長や皇子様がいるはずなんてないと思うけど」
カリンは俺の目の前に皿を置きながらそう言う。そこにあったのは頼んでもいないデザートのアイスクリームだった。これ、俺が試しに作ったら大人気になったやつなんだよな。懐かしい。
まあようするにこのアイスは俺への賄賂、ということらしかった。まあそういうことなら仕方がない。
それに、と俺はちらりと『ステータス画面』を覗き見る。
「これが腐るのはもったいないな……」
「?」
首を傾げるカリンを横目に、俺はアイスをパクリと口に入れて立ち上がる。そして騒ぎを起こしているティーダの元へ近寄った。
「冒険者の努力に報いるのがギルドの価値がだろう! それすらしないとは、金勘定しかできない○○○○め!」
「……今、口にしてはならないことを言いましたね。今の暴言は資格はく奪の条件に当てはまっていますよ。それがお望みなら「まあまあ落ち着け」」
俺は二人の間に入る。ヒートアップした二人は急に割り込まれたのが不満らしかったが、受付嬢は俺の顔を見ると少しほっとしたような表情になった。
「ティーダか。お前、毛皮を売りたいんだろう?」
ティーダはいきなり割り込んできた俺に不信感を覚えていたようだったが、受付嬢と話をしていても埒が明かないことを理解したらしい。俺の方にじろりと目を向けてくる。
「……だったらなんだよ」
「何、知り合いに毛皮を取り扱う防具屋を知っていてな。良ければ紹介してやろうと思ってな」
「いきなり話に入ってきて怪しすぎるだろ。お前、何が目的なんだよ」
「まあそう突っかかるなよ。店主から毛皮の供給が少ない、と愚痴を聞いていてな。紹介してやれば店主の悩みも解決できるし、俺も謝礼として今後の値引きとかが期待できる。まあwin-winというやつさ」
まくしたてる俺に一瞬怯んだ様子になるが、また直ぐにティーダは俺を怪しむ様子に戻る。が、受付嬢や周囲の「またか」という生暖かい雰囲気に、少なくとも詐欺の類ではないと判断したらしい。ティーダは渋々頷くのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
この街は冒険者が経済の中心である。冒険者が新たな素材や資源を得て、それを売って新たな装備を整え、冒険に赴く。そのサイクルが回っているため、常に冒険者向けの店は充実していた。
「デンガンのおっちゃん、邪魔するぞー」
その中一店舗。「軽装武具専門店ローブ3号店」に俺とティーダは赴いていた。店内は明るく、壁にはこれほどかと言わんばかりの防具が並んでいる。そしてそのうちの何割かが毛皮で造られた防具だった。
「うわー……」
ティーダはやはりというか、こういう店に来た経験は少ないらしい。感嘆の目で周囲を眺める。そうしているうちに、店の奥からごそごそと一人のドワーフが出てきた。
「……来たか、トール。剣聖の師にして次なる──」
「やめろよ、面倒事からは逃げるに限る。それで今回は、サンダーウルフの毛皮不足に困っていたんだろ? 新人が持ってきていたからな、見てやってくれよ」
この男は見た目通り雑談を楽しむタイプではない。デンガンは俺の話を聞いて直ぐにカウンターに積まれた毛皮に目を通す。そして目を輝かせるティーダの前で、無慈悲に言い放った。
「……0ゴールド」
「なんでだよドワーフのおっちゃん!」
「……」
当然ティーダは抗議するが、デンガンは一顧だにしない。代わりに俺の方に視線を向けてくる。うーん、プロからの説明の方が納得しやすいかと思っていたのだが、まあ仕方がない。
「よしティーダ、まずお前、どっかの貴族の出だろ?」
「え、どうしてそれを……」
「喋り方が時たま学がある奴の言い方になるからな。報いる、なんてまともな冒険者はすらすら口からでてこないぞ」
「うっ……」
「まあそれはいい。毛皮の状態を一緒に見るぞ」
図星を突かれたティーダは少し恥ずかしそうにする。そんなティーダの目の前に、彼が狩ってきたという毛皮を広げる。
まず解体は下手だ。切り込みは汚いし、変な切れ目が入っている。そして何より、ロングソードで何回も突き刺したであろう傷があちらこちらに残っていた。
「問題は受付嬢も言っていた通り、この傷なんだ」
「毛皮の傷がどうしたっていうんだよ、縫えばいいだろ! それに傷を避けるようにして使えば見た目も問題ないだろ!」
「……」
そう。ティーダは元貴族。故に毛皮を使った完成品しか見ておらず、その経緯を全く知らない。彼はただたんに無知なのだ。であれば、今から学べばよい。
「壁にかかっている商品で、サンダーウルフの毛皮やそれに似た素材を使っているものを挙げてみろ。壁に商品名も貼ってあるだろ」
「えーっと、耐寒軽量防護服っていうのと、冒険者用防水靴に冒険者用防水ズボン……」
「さて、共通することは?」
ティーダはしばらく考え込む。そして答えが出て、はっとした表情で俺の方を振り向いた。
「継ぎ目があると効果が落ちる……!」
「概ね正解だ。もう少し補足すると、基本的に冒険者の防具は金属製のものが多い。加工もしやすいし衝撃も分散できるからな。そしてその下に着るのは植物繊維で編んだ服だ。基本的に、毛皮なんて高いくせに取れる量が少ない素材を使う意味はない。にもかかわらず使う必要があるのは、軽さと温かさ、魔物素材としての丈夫さが重要視される場合だ。細切れの素材では隙間風が入って寒さが防げないし、繋げた部分が千切れやすくなる。使い道が無い、というわけだ」
因みに靴やズボンに使われている理由は、水を防ぐためだけではなく寄生虫などを防ぐためでもある。そのため特に湿地などに行く場合は、毛皮製の防具を下半身に付けることが多い。一度濡れるとちょっと乾きにくいのが難点だが、良質な物ならそうそう浸水しないからな。
「つまり僕は、本当に価値のないものを取ってきてしまったのか……。素材を取るということだけに意識が行き過ぎていて、誰が何の為に使うのか、どうして価値があるのか分かってなかったのか。それに受付嬢の人にあまりにも酷い言葉を吐いてしまったし、これでは父にあわす顔がありません……」
ティーダとしてはかなりショックな話だったらしく、ずーんと落ち込んでしまう。でも落ち込んでしまえるだけ凄いのだけど。変にプライドが顔を出しちゃったりして、同じミスをして総スカンを食らうなんてありふれた話だ。それに、知らなければ分からないのは仕方がない。
「というわけで、今後はサンダーウルフの毛皮をここに降ろしてみるのはどうだ?」
「え?」
急に何を言い出すんだ、とティーダは俺の方に振りむく。一方でデンガンは少年のロングソードと持ってきた毛皮をちらりと見た後、静かに頷いた。
「あんな騒ぎを起こしてしまったとなると、ギルドの方に行きにくいだろう? そこで、直接サンダーウルフの毛皮をここに卸すんだ。そうすればギルドで買い取ってもらうより高値で取引できる。デンガンもギルドを経由するより安く変えるからwin-winだ」
「でも毛皮に傷が……」
「それはロングソードを使ったからだ。例えばハンマーなどの打撃武器なら、傷を多少抑えられる。他にも方法はあるが、デンガンが詳しいから聞いてみるといい。あと打撃武器を使え。傷がついても打撃武器を使え」
「は、はぁ……」
「コホン、熱くなったすまん。そんなわけでしばらく時間があるのなら、傷の少ないサンダーウルフの毛皮をここに卸して、貯金しながら冒険者としての生活に馴れていくのはどうだ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで一件落着だ」
「トールのおっさん、やけに親身じゃん。まあ上手くやってくれるとは思ってたけど、これほどとは思わなかったって」
数週間後。俺は酒場でぐいっと安酒を呷る。うーん、働かずに飲む酒は最高だ。周囲からの冷たい視線さえ除けば、の話ではあるが。
あれから時たま、毛皮を担いで街を駆けていくティーダの姿を見るようになった。意外と上手く行ったのか、デンガンの店には安定してサンダーウルフの毛皮を使った商品が並ぶようになっていった。
まあこんなに親身にしたのは勿論理由があるわけで。
「なあ、ギルドの買取価格はどうしてあんなに低いと思う?」
「中抜き?」
「それだったら誰もギルドに買取を依頼しないだろ。ようは税金の手続きとかも一緒にやってくれるんだよ。ギルド経由すれば自動的に買取価格から税金が引かれる。年末には帳簿とにらめっこして取り過ぎた分は返してくれる。だから自前の会計士的な人を雇わない小規模パーティーは必ずギルドを通すわけだ。抜かれる額より冒険に集中できるメリットの方が圧倒的に大きいからな」
「っていうことはつまり……」
「そう、多分年末に税金関係で相談が来るってわけだ。冒険者ギルドに顔を出さなくなれば自然と交友関係は狭まるし、そうなれば俺の所に金づるがやってくるというわけだ。くくく、搾り取ってやるぜ……!」
これだからこのおっさんは、とカリンちゃんの蔑んだ視線が突き刺さる。何を言う、世の中は金だ。迫る税金の納入期日、間に合わない税務処理、サンダーウルフの毛皮により金を貯めた世間知らずの金づる。これほどぼろ儲けな商売もない。
それに。俺は思い出す。表示されたステータス。使い込んだロングソード。
「俺より頑張っている奴が、俺より報われないなんてことあっていいわけがないからな」
「じゃあまずは受付のお姉さんと仲直りさせてあげなよ」
「それは無理。怖いし金にならないもん」
「ひどっ」
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