万年見習い底辺絵師の俺でしたが爆乳少女たちをモデルにしてからバズりまくってます   作:青ヤギ

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 同じ和室でも、家具や調度品で部屋の印象は大きく変わる。

 恐らく、どれも高級品と思われるカーペットやベッドにライト。

 それだけで、古いアパートの一室はお嬢様が住む華やかな部屋に一変していた。

 ……しかし、気品ある内装に一種類だけで浮いているものがある。

 それは主に本棚に集中していた。

 本来ならば、格式高い教本や洋書などを入れると部屋の雰囲気に合うであろう。

 ところが、その棚を埋め尽くしていたのは大量の官能小説だった。

 

「こ、これはいったい……」

「すべて、私の愛読書です」

 

 いまだに戸惑う俺の横で、水無瀬さんは実に淡々としていた。

 

「あ、愛読書って……み、水無瀬さんが、本当に官能小説を?」

「意外ですか? 女の子がこういうものを読まれるのは」

「そ、そりゃ……だって本来なら男性向けの書物だし……」

 

 なにより育ちの良いお嬢様が読んでいる姿を、とてもイメージできない。

 思い浮かべてみる。

 豪華な庭のテラスに座る水無瀬さん。テーブルには高級な紅茶とクッキー。

 そして手元には卑猥なタイトルと表紙が印刷された官能小説。

 うん、違和感しかないね!

 

「私も、自分がまさかこのようなジャンルに手を出すとは想像もしていませんでした。それまでは私、恋愛小説ばかりを読んでいたんです。……でもある日、急に物足りなくなってしまったんです。どの恋愛小説を読んでも、満足できないんです」

 

 水無瀬さんは悲しそうに顔を伏せる。

 読書家にはよくあることだ。貪るように本を読んだ結果、舌が肥えるのと同じように、半端な内容では心が動かされなくなってしまうことは。

 水無瀬さんも、そのパターンだったのだろう。

 

「だから私、いけないとは思いながらも、試しにロマンス小説を買ってみたんです」

 

 ロマンス小説は性描写が含まれた大人の女性向けのジャンルだ。

 俺も本屋でたまにコーナーが設けられているのを見たことがある。

 結構な品数が並べられていたので、女性の需要はそれなりに高いようだ。

 

「衝撃的でした。こんな過激な恋愛小説があるだなんて知らなかったので、実に新鮮でした。久しぶりに心躍る作品に出会えて、両親やメイドたちに内緒でロマンス小説を買い漁るようになったんです」

「そ、そうなんだ……ま、まあ、女性向けのロマンス小説なら別にそこまでおかしくは……」

 

 オマセな印象は残るが、少なくとも男性向けの官能小説を読むよりは、水無瀬さんのイメージに繋がる。

 しかし……見たところ、本棚にロマンス小説らしき背表紙は見当たらなかった。

 それは、つまり……。

 

「ところが、だんだんとロマンス小説でも刺激が足りなくなってしまったんです」

「ええ……」

 

 俺はロマンス小説を読んだことはないが、ネットでたまに目に入るあらすじやレビューを見るに、なかなかハードな内容のように思えた。

 それすら刺激不足と感じてしまったというのなら、水無瀬さんが次に手を出すのは……。

 

「まさか……水無瀬さん……」

「その、まさかです。さらなる刺激を求めた結果、私はとうとう手を出してしまったのです……官能小説に!」

 

 水無瀬さんの目がカッと見開く。

 

「そこで、私は生まれ変わったのです! そう! 官能小説こそ、私が求めていた物語だったのですよ!」

「ひえ」

 

 腕を大きく広げ、満面の笑みで大声を上げ始めた水無瀬さんを前に、俺は反射的に情けない声を上げた。

 

「ああっ! あれはまさに未知との遭遇でした! 貞操をかなぐり捨てた、肉欲にまみれた世界観! どの登場人物も性に振り回され、淫靡な色に染まっていく姿! そして本能を剥き出しにして互いの体を求め合う濃厚なラブシーン! 人間が最も人間らしく愛欲をほとばしらせる……そう! それこそ私が真に求めていた恋愛小説だったのですよ!」

「いや、官能小説は恋愛小説じゃないよ!?」

「いいえ! 恋愛小説です! 恋愛とは最終的に性行為に至るものです! そこに何の違いもありはしません!」

「生々しいこと言わないで!」

 

 水無瀬さんの目は爛々と輝いていた。

 演技でも、ドッキリでもなく、本気で官能小説を愛してやまない少女の姿がそこにはあった。

 

「……え? じゃあ、水無瀬さんが書いてる小説って、まさか……」

「は、はい。官能小説です。きゃっ、言っちゃった」

 

 水無瀬さんはポッと紅潮した頬を抑えながら、身悶えした。

 なんてことだ。俺は天を仰いだ。

 学園の聖女と謳われた水無瀬さんが、官能小説を読み、あまつさえ自らも官能小説を書いている。

 その事実を前に、俺の中にいる清楚な水無瀬さんの姿が、音を立てて崩れていった。

 

「……軽蔑されましたか? 私が官能小説に夢中になっていることに」

「え?」

 

 恍惚とした表情から一転して、不安げな顔色になる水無瀬さん。

 

「聖女なんて呼ばれてますけど、本当の私はこの通り、やらしい女なんです。皆さんが思っているような清楚な娘ではないんです」

 

 顔を俯かせて水無瀬さんは語る。

 

「理解はしています。私の趣味が一般的でないことは。だからずっと秘密にするつもりでした。女子寮での暮らしが苦手だったのは、大好きな官能小説を読むのも書くのも我慢しなければならなかったからです。特に私のルームメイトはそういうのを嫌う潔癖な子でしたから、尚更……」

 

 思わず「あ」と息を漏らして胸元に手を添えた。

 心の古傷がズキッと痛んだ。

 自分の好きなもの、感動したものが、誰からも理解されるわけではない。

 中にはそれを毛嫌いする者もいる。

 もしもバレたら侮蔑や嘲笑は避けられない。特に水無瀬さんのような学園の有名人ともなれば、瞬く間に噂は広がるだろう。

 賢い水無瀬さんは、それを想定してちゃんと線引きを弁えていたのだ。

 

「……でも、やっぱり辛抱効かなくて、こっそりネットのポルノ小説を読んだり、図書室にデジタルメモを持ち歩いて執筆してました。書けない期間が長引いて、執筆の感覚が失われるのが怖かったんです」

 

 それでも水無瀬さんは己の情熱を抑えることができなかったようだ。

 それは水無瀬さんが根っからの創作者であることの証でもあった。

 

「ところがある日、クラスメイトの女の子たちに偶然執筆しているところを見られてしまって……幸い中身の内容までは見られませんでしたが『何を書いてるの?』としつこく迫られてしまって、もうダメだと思いました。そこを璃里耶さんに助けてもらったんです」

 

 ──本人が見せたくないものを無理やり見ようとするのは覗き魔と変わらないわよ。

 

 璃里耶はそう言ってデリカシーのない女子たちを追い払ったそうだ。

 俺にはその場面が容易に想像できた。

 きっといつものように何食わぬ顔で口にしたに違いない。

 それが水無瀬さんと璃里耶の馴れ初め。

 水無瀬さんは助けてもらったお礼を告げると、璃里耶に「いつもここで書いてるの?」と尋ねられたという。

 

「恥ずかしくてこっそり図書室で執筆していることを話すと、璃里耶さんは私に言いました。『見せる相手は選ぶべきかもしれないけど……自分が作るものをそこまで恥じる必要はない』って。なんだか、その言葉に救われた気がしました」

 

 そのときのことを思い出してか、水無瀬さんの頬はほんのりと桃色に染まった。

 

「もしかしたら、この人なら私のことを理解してくれるかもしれない、ってそう思いました。だから、勇気を出すことにしました」

 

 水無瀬さんは思いきって璃里耶に執筆している官能小説を読ませた。

 読み終えた璃里耶は「あなたの素晴らしい才能をつまらない偏見で潰させはしないわ」と、水無瀬さんを蘭胤荘に誘ったという。

 事情は異なるが、蘭胤荘に誘われる流れは、俺のときとほぼ同じだった。

 

「璃里耶さんのおかげで、いまは伸び伸びと執筆ができています。未遥さんも恵流さんも、私が官能小説が好きでも変な目で見ずに、理解を示してくれています。だから、空野さんにもいつかは知ってほしいと思って、こうして打ち明けたのですが……やっぱり、軽蔑されますか? こんなはしたない女を」

「いや」

 

 俺はすぐに否定した。

 

「びっくりはしたけど……でも、水無瀬さんが本気で官能小説に向き合ってるのはわかったよ。受け入れがたい事実ではあるけど……でも、理解してあげたいとは思う」

 

 憧れの水無瀬さんが官能小説に傾倒していることは確かにショックではあったが、彼女も真剣に創作をしている。

 それはハッキリとわかった。

 ならば、同じ創作者として応援しないわけにはいかない。

 そもそも、水無瀬さんを清楚だのと聖女だのと、純朴な乙女だと勝手に思い込んでいたのはこちらだ。

 そういう男子たちの憧れの目は、水無瀬さんからすればさぞプレッシャーだったことだろう。

 

「そうだよな。水無瀬さんだって、人間だもの。他人に言えない一面とか、当たり前にあるよな」

「空野さん……」

「ごめん。俺、水無瀬さんに都合の良い女性像を押しつけてたみたいだ。人が何を好きになるかは自由なのにさ。だから水無瀬さんが官能小説が好きでも、引いたりしないよ」

「空野さん! 良かった、そう言ってくれるのですね」

 

 水無瀬さんは心底安堵した顔で胸をなで下ろした。

 世間はハレンチだというだけで闇雲に否定し、それを好む者の人格までけなそうとする。

 その辛さを知っているからこそ、俺は絶対に水無瀬さんを非難しまいと決めた。

 そして水無瀬さんがこうして秘密を打ち明けてくれたことを喜ぼうと思った。

 それはつまり、水無瀬さんが俺を蘭胤荘の仲間として認めてくれたという意味なのだから。

 ……ならば、俺だけ潔白というわけにもいかない。

 水無瀬さんがありのままの自分を曝け出したように、俺も秘密を明かすべきだろう。

 

「その……俺だってネットでこっそり官能小説は読むし、別におかしなことじゃないんだと思うよ」

「え!?」

「それに、俺の場合はときどき絵で……」

 

 エッチな絵を描いている、と告げる直前に、

 

「ネットで官能小説……もしやこのサイトですか!?」

「うえ!?」

 

 水無瀬さんが物凄い勢いでスマホの画面を突きつけてきた。

 そこには、まさに俺が毎度閲覧している小説投稿サイトが映し出されていた。

 

「実は私、このサイトに作品を投稿しているんです!」

「え!?」

「ブルーブロッサムというペンネームで活動しているのですが、ご存じありませんか?」

「嘘!? 水無瀬さん、まさかあのブルーブロッサム先生なの!?」

 

 ブルーブロッサム先生といえば俺が最も贔屓にしている作者じゃないか!

 主に短編をメインに活動しており、どの作品も男心を掴むシチュエーションで、描写も秀逸で、エロティックなものばかりだった。

 なんと世間は狭いのか。まさかあの濃厚なエロスを生み出す作者が女性で、しかも水無瀬さんだったとは!

 

「はっ!? もしや、いつも丁寧な感想をくださるスカイランナーさんって……空野さんではないですか!? 空野カケル……ほら! 名前の由来がそれっぽいです!」

「ギクッ!?」

 

 図星であった。

 イラストサイトの『そらかけ』といい、もうちょっと特定されにくいハンドルネームにすべきだった。

 

「わあ! 私、スカイランナーさんの感想をよく次作の参考にしているんです! いつも殿方が好む性癖を詳細に書いてくださりますものね!」

「やめて! 水無瀬さんにアレを読まれていたかと思うと恥ずかしさで死んでしまう!」

「恥じる必要はありません! おかげで私の官能小説はより洗練されたのですから! どこに興奮したか、もっとこうしてほしいとか、そういうのを赤裸々に語ってもらえると作者としては大変ありがたいです!」

「いやあああ! 穴があったら入りたいぃ!」

 

 同級生の女の子に性癖全開の感想を送っていた事実に耐えられず、頭を抱えて悶えた。

 

「嬉しいです! やはり空野さんとは何か相通ずるものを感じていたんです!」

「え?」

「私、官能小説を書いておりますが、実は現実の男性が苦手で……空野さんが蘭胤荘に暮らすことになったときも最初はどうしようと思いましたが……でもその心配は杞憂でした! 空野さんは私の好きなものを受け入れてくださる優しい御方だったのですから!」

「あ、あはは。水無瀬さんに、そう言ってもらえるのは光栄だな」

「私たち、きっと気が合いますよ! 私は官能小説を! そして……空野さんはエッチな絵を描いているのですから!」

「……え?」

 

 愕然とした。

 なぜ、まだ明かしていない俺の秘密を水無瀬さんは知っているのか。

 

「み、水無瀬さん、なぜそれを……」

「ごめんなさい。覗き見をするつもりはなかったのですけど……引っ越しの荷解き、さすがに私も手伝おうと思って空野さんのお部屋を尋ねたんです。そしたら……璃里耶さんと、あのようなことをされていたので、入るに入れなくて」

 

 水無瀬さんは顔を真っ赤にして言った。

 なんということだ。

 あの日、璃里耶とおこなったハレンチな絵のレッスンを、水無瀬さんは見ていたのだ!

 

「初めて見ちゃいました。半裸の男女が艶めかしく絡み合う瞬間を。頭の中の想像で思い描くのとは比べものにならない。私がいままで書いてきた官能小説は所詮、色を知らない生娘の妄想だと痛感させられました」

「そこまで言わなくても……」

「いいえ、事実です。現に、あれから私すっかりスランプなんです。何を書いてもリアリティーが感じられなくて、納得できないんです」

 

 言われてみれば、ここ最近ブルーブロッサム作品の更新はすっかり途絶えている。

 まさかあの絵のレッスンが水無瀬さんの不調の遠因となるとは思いもしなかった。

 

「……いいえ、正確にはもっと前からですね。空野さんと初めて会ったその瞬間から」

「はい?」

 

 水無瀬さんとのファーストコンタクト。

 それは確か……全裸の俺とのご対面である。

 

「……私あれ以来、頭から離れないんです。だって、お父様のだって見たことないんですもの。空野さんが、私の初めての殿方なんですよ?」

 

 誤解されそうなことを口ずさみながら、水無瀬さんは色香の混じった流し目を送る。

 その視線の先は……俺の股間の部分だった。

 

「気になって、知りたくて、確かめたくて、もうしょうがないんです。だから……責任取ってくださいますか、空野さん」

 

 冷や汗を掻く。

 本能的な悪寒が総身を支配した。

 

「前に言ってくださいましたよね? 『できることがあったら何でも協力する』と。男に二言はありませんよね?」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべる水無瀬さん。

 いつもなら見惚れていたその笑顔が、いまはどこか怖い。

 

「な、何をしろと?」

「決まっているじゃないですか。取材ですよ。ずっと思っていました。官能小説を究める以上、いずれ生身の男性の体を知らなければならないと」

「……つまり?」

「うふふ♪」

 

 水無瀬さんはなんとも爽やかな笑顔で、しかし瞳は陶然と濡れた様子で、口を開いた。

 

「見せてください。空野さんの──男性器を♪」

 

 

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