万年見習い底辺絵師の俺でしたが爆乳少女たちをモデルにしてからバズりまくってます   作:青ヤギ

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俺、蘭胤荘を出るよ

 

 新しい商業施設は一日時間が潰せそうなほどに豊富な店構えをしていた。

 

「良かった、ちょうど切らしていた油絵の具があったわ」

「はう! 隠れた名作がこんなところに! ここの書店員さんはわかっていますね!」

「わあ、この生地いいな~。値段もお買い得だしありがたい!」

 

 画材屋、書店、布地専門店。ほぼ璃里耶たちの買い物に付き合わされる形だったが……部屋で籠もりきりいるよりは気分転換になった。

 

「カケル、このスケッチブックは描きやすいからオススメよ」

「カケルさん! この小説は是非読んでみてください! きっと新鮮な気持ちになりますよ!」

「カケルン♪ この生地でハンカチ作ってあげるから、楽しみにしててね?」

 

 最初は乗り気ではなかった俺も、彼女たちのオススメやプレゼントを貰って、気持ちが弾んできた。

 未遥さんの言うように、一度絵から離れるのも大事なのかもしれない。

 

「はいカケルさん♪ あ~ん、してください♪」

「あっ、せっちんずるい! えっと……カケルン、あ、あーしのケーキもあげるね? はい、あ~ん」

「口を開けなさいカケル。私がパフェを食べさせてあげるわ」

「お前ら競い合うように食べ物を寄越すな!」

 

 とはいえ、男一人に少女三人の組み合わせはやはり目立つ。

 三人ともアイドルも顔負けの美少女で、やたらと俺にちょっかいを出すため、尚更注目を集めた。

 いい思いしやがって……と言いたげな周囲の男性からの嫉妬の眼差しをひしひしと感じた。

 そんな視線があるのも知らず、彼女たちはますます積極的に絡んでくる。

 

「えへへ~。カケルさんと腕組んじゃいます」

「お、おい青花! 歩きにくいだろうが!」

「パートナーなのですから遠慮なさらないでください! そして是非堪能してください、私の胸の感触を!」

「確信犯か貴様!」

 

 俺の右腕に青花が特大の乳房を「むにゅむにゅ」と押し当ててくる。

 嫉妬の眼差しがさらに強まった。

 

「あっ! せっちんってば、またそうやって抜け駆けを! じゃ、じゃあ、あーしは左腕にくっついちゃうもん!」

「ちょっ! 恵流まで!」

 

 恵流も負けじとばかりに俺の腕にくっついてくる。

 左腕に恵流の柔らかい膨らみが「ぽよん」と弾む。

 怨嗟の声が起こった。

 

「私がくっつける腕がなくなってしまったじゃないの。仕方ないわね。カケル、背中を貸しなさい。私をおぶるのよ」

「何でだよ!?」

 

 背中からは璃里耶の暴力的に発育した爆乳が「どたぷん」と押しつけられた。

 もはや啜り泣きが聞こえてきた。

 

 三人がかりで俺に迫ることに味を占めてしまったのか、彼女たちは事あるごとに勝負じみたやり取りを繰り広げている。

 誰が俺の一番か。そう決めないと納得できないようだった。

 

「ねえ、カケル。どっちの水着がいいかしら? 私は赤が好きだけど、こっちの白のほうがあなた好みかしら?」

「私、今年の夏は勇気を出してビキニにしようと思います! いかがですかカケルさん? このピンクのビキニ、興奮されますか?」

「えっと、この黒ビキニとか、どうかなカケルン? さ、さすがに大胆すぎるかな?」

 

 水着売り場で際どい水着を手に、少女たちが感想を求めてくる。

 ただでさえティーンズとは思えない発育した体に、扇情的な水着が組み合わさったら、とんでもない破壊力だ。

 想像しただけで鼻血が出そうになった。

 

「ねえ、どうなのカケル?」

「カケルさん、どの水着が一番好きですか?」

「お、教えてカケルン」

 

 ゆっさゆっさと大きな胸を揺らしながら、少女たちは水着を突きつけてくる。

 ただでさえ男は居づらい店。そんな場所で悩殺染みたアピールをされ、俺は我慢の限界を超えた。

 

「お、俺、あっちのベンチで休んでるから! 終わったら声かけてくれ!」

 

 これ以上は顔から火が噴き出そうだったので、俺は逃亡した。

 自販機で冷たい飲み物を買い、ひと息吐く。

 

「まったく、なんなんだ最近のアイツらは……」

 

 揃いも揃って俺を誘惑してくるような真似を……。

 告白をしてきた恵流はともかく、璃里耶と青花まで対抗心を燃やすように気を引こうとしてくるものだから、休まる暇がない。

 痴女とはいえ、全員が類い希な美貌と抜群のスタイルの持ち主だ。

 このままだと、本当にふとした拍子で一線を越えかねない。

 彼女たちはそれを承知で、あんな真似を繰り返しているのだろうか?

 はぁ~、こんな調子で、蘭胤荘で暮らしていけるのかな俺。

 

「あれ? もしかして空野じゃねえの?」

「ん?」

 

 とつぜん声をかけられ、顔を上げる。

 ……会いたくない男がそこにいた。

 かつてのルームメイトであった。

 取り巻きの男子に囲まれながら、何やら意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「元気そうじゃん。男子寮抜け出してからどこで生活してんのか心配したぜ~?」

 

 ちっとも心のこもってない軽薄な声で元ルームメイトはベンチに座る俺を見下ろした。

 

「あれからどうしてんの? もしかしてホームレス生活してるわけ?」

「……お前には関係ないだろ」

「関係ないね~。人のこと殴っておいて、それ言うワケ~?」

「……」

 

 俺が男子寮を退寮することになったきっかけ。

 ポルノ絵を描けと要求してきたこのルームメイトを殴ったのが、そもそもの発端だった。

 どうやら、この男、いまだにそのときのことを根に持っているようだ。

 度量の小さい男だ。

 面倒なヤツに絡まれたな。

 こういうときには、コツがある。

 相手を果物だと思え込めばいいのだ。

 頭部をリンゴやらミカンやらに置き換えれば、鼻であしらえるようなくだらない連中として向き合えるようになる。

 ……奇しくも、いじめの経験から身についた特技だった。

 

「ていうかさ~、最近お前やたらとかわいい女子に人気みたいじゃ~ん? いいご身分だよな~。男子寮で問題起こしたくせによぉ~」

 

 リンゴ頭になったルームメイトが、切れ目から文句を垂れ流してくれる。耳障りな声も、加工した声に置き換えれば、実に滑稽だ。

 

「なんつぅかさ~、調子乗ってね? 絵しか取り柄のない陰キャのくせによぉ」

「調子乗るのにお前の許可がいるのか? 何様だお前」

 

 そう言い返すと、リンゴはチッと舌打ちをした。どこに舌があるのかは知らないが。

 

「お前と話すことなんてないよ。じゃあな」

「おい、待てよ。逃げんな」

 

 席を立って去ろうとすると、リンゴが肩を掴んできた。

 まだ文句が言い足りないらしい。

 

「つれねえ態度取んなよ~。元ルームメイト同士じゃねえか?」

 

 馴れ馴れしく肩に腕を回してくるリンゴに吐き気がした。

 どうやら本気で怒らないとわからないらしい。

 撃退するのに適した言葉を探していると……

 

「仲直りの印にエロい絵描いてくれてもいいんじゃない? だってお前……ガキの頃から女の裸描いてたんだろ?」

 

 世界が灰色に染まった。

 横でリンゴがニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。

 

「俺のダチがさぁ、地方の高校に通ってんだけどよぉ。そいつにチャットでお前のこと愚痴ったわけね~。そしたらおもしろい話してきたわけよ~。『小学生の頃から女のヌード描いてるエロガキがいたらしい』って、地元の同級生から聞いたって……」

 

 冷たい汗が滲む。

 その様子をリンゴは楽しそうに見ている。

 

「でさ、お前の実家もダチが通っている同じ地方だって思いだしたんだよ。試しにお前の実名出して、ダチに聞いてみたらさぁ……ビンゴ! いまでも話のネタになってるらしいぜ! 空野カケルは『ヌードばっかり描いてる変態野郎』ってさ!」

 

 取り巻きのミカンたちが「え~まじ~?」「やるじゃ~ん」「オマセすぎんだろ~」と同調するように嘲笑う。

 ……誰かは知らないが、高校生になってまで、いまだに俺を笑いのネタにしている輩がいたのだ。

 娯楽なんてほとんどない田舎だ。他に盛り上げられる話題がなかったのかもしれない。

 いずれにせよ……誰にも知られたくない過去を、一番知られてはいけない人間に知られてしまった。

 

「こんなこと、学園にバラされたくないよな~? だったらわかるよな~? 殴ったことちゃんと謝って、お詫びにエロい絵描かせていただきますって言うべきだよな~。なあ、お前らも見てよぉなぁ! コイツが描くエロい絵!」

 

 ミカンたちが下品に笑い出す。「見たい見たい!」「クッソ抜けるやつ描いてくれよ~!」「俺、女教師もの希望~」と公衆の面前にもかかわらず、卑猥なことを言い出す。

 

「ほら『描く』って言えよ~。エロガキの頃から鍛えてきた渾身のヌード描かせていただきますってよぉ! ああ、そうだな~俺は……火村と水無瀬と風見のヌードが見てえわ」

「っ!?」

 

 灰色の光景が、真っ赤に染まる。

 

「いっつも学園でつるんでるもんなぁ。しょっちゅうあのエロい体見てんだから想像でいくらでも描けるだろ~? ……あっ、それとも、もしかしてもう誰かとヤッた感じか!? アイツらの裸見まくったのか? だったらお裾分けしてくれよぉ!」

「──っ!!」

 

 気づけば、声にならない雄叫びを上げた。

 

「おわっ! 何しやがんだ!?」

 

 リンゴを突き飛ばし、床に叩き伏せる。

 周囲から上がる悲鳴。

 構わずリンゴにのしかかる。

 

「ひっ!?」

 

 リンゴが情けなく怯える。

 いまさら遅い。

 そのリンゴの頭部が砕けるまで殴ってやる。

 振り下ろされる手を、誰かが掴んだ。

 

「ダメよ、カケル」

 

 璃里耶だった。

 

「あなたの手は、そんなことをするためにあるんじゃない」

 

 彼女の声で、茹で上がった熱が引いていく。

 

「大丈夫よ、カケル。代わりに私がやってあげる」

 

 パァンっと破裂音が響く。

 璃里耶がリンゴにビンタをしたのだ。

 

「失せなさいクズ共。カケルの絵は、お前たちのような下賤な輩が見ていいものじゃないわ」

 

 氷のように冷たい声だった。

 リンゴとミカンたちから色が失われていく。

 

「はい、はい、ご協力ありがとうございます」

 

 どこかに電話をかけて話している青花が、俺を守るように立ち塞がる。

 

「先ほど、あなたがたの身元を洗い出しました。あなたがたの親が勤めている企業は、すべて水無瀬家グループの膝元のようですね。この意味がわかりますね? ヘタな真似はされないほうが身のためですよ?」

 

 普段の穏やかな青花からは想像もできない冷酷な態度に、リンゴとミカンは震え上がる。

 

「もしもカケルさんの悪評を広めてごらんなさい? そのときはあなたがたの社会的立場も失われるものと思ってください。家族諸共、路頭に迷うことになりますよ?」

「まあ、そんなことしなくても、もうソイツらに居場所なんてないけどね」

 

 怒気を孕んだ顔で、恵流はスマートフォンを素早く操作する。

 

「女子のネットワーク舐めんなよ? アンタらがさっき口にしたこと、全部グループチャットに流したから。脅迫してウチらのヌード描かせようとか、マジないわ。明日から学園中の女子たちに冷たい目で見られるから、覚悟しろよ?」

 

 リンゴとミカンが果汁を噴き上げて奇声を上げた。

 自分たちの学園での立場が終わったことへの絶望と、敵に回してはいけない相手を敵にしてしまった恐怖から、情けなく尻尾を巻いて逃げていった。

 

「……ま、嘘だけどね。そんなイジメみたいなことしたら、アイツらと同レベルになっちゃうし」

 

 恵流は「ベッ」と舌を出した。

 

「ドラマの見過ぎですね。いまどき個人情報をそんな簡単に入手できるわけないですし、ましてや私の一存で社員を解雇できるわけないじゃないですか」

 

 青花は呆れたように溜め息を吐いた。

 

「でも、これであの連中も懲りたでしょ。いかにも頭悪そうだったし、きっと信じ込んでるわね」

 

 ……そうか。全部俺を助けるためのハッタリだったのか。

 でも、効果は覿面だ。

 あれだけ脅かせば、彼らも妙な真似を起こすことはないだろう。

 

「はぁ~、でもマジ許せん! あーしの好きピを脅すなんて! アイツらマジ最低!」

「まったくです! 絵とはいえ、カケルさん以外にヌードを見られるなんて……考えただけで怖気がします!」

「芸術の価値もわからない愚人は、本当に見るに堪えないわね。まあ、あんな低俗な連中のことなんて、さっさと忘れましょ。カケルも、あんまり気にしないで……カケル?」

 

 璃里耶は俺のほう振り向き、目を丸くする。

 どうしたんだよ、璃里耶。

 そんならしくない顔をして……って、あれ? おかしいな?

 璃里耶の顔が、どんどん歪んで……。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 胸元を抑え、息を荒げる。

 うまく、呼吸ができなかった。

 苦しい。

 目に見えない塊が肺に詰まったように息苦しい。

 

「カケル!? どうしたの!?」

 

 璃里耶が慌てて俺に寄り添う。

 しかし、震えは治まらない。

 

 危機は去った。

 頂点に達した怒りも収まった。

 代わりに浮き出てきたのは……過去に追った傷だった。

 一気によみがえる、悪夢の光景。

 数々の罵倒。

 心ない嫌がらせ。

 

「あ、あぁ……」

 

 嫌だったのに。

 あんな思いは二度としたくなかったから、俺はこんなにも遠い土地に来たのに。

 ああいう下卑た目で見られたくなかったから、健全な絵を描こうと思っていたのに。

 ……まただ。

 また、俺は、同じ過ちを。

 

『おい、見ろよ! こいつ、こんなエッチな絵描いてるぜ~!』

 

 なだれ込んでくる負の圧力に耐えきれず、その場で倒れ込んだ。

 

「カケル!?」

「カケルさん!?」

「カケルン!?」

 

 少女たちの悲鳴もどこか遠い。

 俺の意識は、そのまま闇に落ちた。

 

    * * *

 

 どうやって部屋に戻ってきたのか、覚えていない。

 病院に運ばれたような気がするし、そこからタクシーに乗って帰ってきて、璃里耶たちに何か言われたような覚えがあるが、俺はただこう答えた。

 

「一人にしてくれ」

 

 薄暗い一室で、俺は液晶タブレットとPCを起動して、黙々と絵に向き合う。

 いまは描こう。何でもいいから、とにかく描くんだ。

 辛いときはいつだって、絵を描くことで救われてきた。

 絵を描いている間だけは悲しいことを忘れられる。

 しかし、筆は動かなかった。

 一本の線すらも、引くことができなかった。

 どうした? 動けよ。いつもみたいに描けばいいだけじゃないか。

 自分は、描かなくてはいけないんだ。

 描いて、描いて、プロの道へ……何の絵を描こうとしていたっけ?

 

 指先からペンが落ちた。

 なかった。

 描きたいものが、なかった。

 だって、何を描いても、言われてしまうだろうから。

 淫らな絵を描け、と。

 イラストサイトのマイページを開き、コメントを確認する。

 ほら、見たことか。

 もっとやらしく描け。物足りない。過激なものを寄越せ。

 どいつもこいつも好き勝手に、欲望にまみれた声を上げている。

 この先、どんなに頑張っても、真剣に取り組んでも、あのリンゴやミカンどもが下品な笑い声を上げて喜ぶような、低俗な絵を描けと要求されるのだ。

 そんな未来が待っているのなら、もういっそのこと……。

 

「カケル! 開けなさい! カケル!」

 

 しばらくすると璃里耶がやってきて、激しくドアをノックする。

 虚ろな気持ちで、俺はドアを開ける。

 すぐさま璃里耶に胸ぐらを掴まれ、

 

「いったい、どういうつもりなの!? 自分が何をしたかわかっているの!?」

 

 物凄い剣幕で怒鳴られた。

 

「どうして、どうして……どうして絵を消したの!?」

 

 璃里耶の目には涙が滲んでいた。

 璃里耶の言うとおり、いまさっきこれまで描いてきた絵をすべて消した。

 アカウントごと、消去した。

 もう何も残っていない。

 作品だけでなく、これまで集まったフォロワーも、コメントも、なにもかもすべてなくなった。

 

「あと少しで、企業案件が来たかもしれなかったのよ!? せっかくのチャンスをドブに捨てたのよ!? プロのイラストレーターになるんじゃなかったの!?」

 

 そうだ。なりたかった。大好きな絵を仕事にしたかった。

 だが、そのためには……足りないものがあった。

 それは技術でもセンスでもない。

 創作者として、もっと大事なものだ。

 

「……ダメなんだ」

「カケル?」

「描けないんだ。もう、何も。ペンを握るだけで、聞こえてくるんだ。俺の絵を、笑う声が……」

 

 璃里耶の白い顔が、さらに青白くなった。

 

「カケル……ダメよ。そんな声に振り回されてはダメ! 美術の価値もわからない連中なんてどうでもいいじゃない! そんなの無視して描くのよ! あなたの作品の素晴らしさを理解する人たちのためだけに……」

「……できないんだ」

「カケル?」

「ごめん。俺、それができるほど、強くなかったみたいだ……」

 

 美しいと感じるものがあった。

 でも、そう感じていたのは俺だけで、周囲の薄情な意思はそれを否定した。

 低俗で、卑猥で、穢らわしいものだとけなした。

 俺にとっての至高の美は、いつだってそうして、おとしめられてきた。

 それが、どうした。と自分の主義を押し貫くほどの気性を俺は持っていなかった。

 だが創作者にとって、本当に必要な素質はそういう強さだった。

 

「俺には、耐えられない。信じて生み出した作品が、昔みたいに、『やらしいだけ』って切り捨てられるのは。男に下卑た目で見られるのも、女に冷ややかに見られるのも……俺は、自分の絵がさらしものにされることに耐えられない」

「……そんなものなの? あなたの絵に対する情熱はそんなものだったの!?」

 

 璃里耶はますます食ってかかった。

 

「さらしものですって!? そうよ! 作品は万人に見られるためにあるのよ! それを恐れる創作者がどこにいるのよ!?」

「ここにいるさ。だから俺は……創作者じゃなかったんだろう」

「カケル!」

「俺には、お前たちが眩しすぎるよ……」

 

 青花は理想の官能小説を書くためなら、どんなことにも躊躇しない。

 あれほどの情熱を持つ彼女なら、いずれデビューできるだろう。

 恵流はどうやって服を作ればいいのか、その指針を見つけた。

 もともとセンスのあった彼女なら、きっと立派な服飾デザイナーになれるだろう。

 そして目の前にいる璃里耶も、世界に羽ばたく画家となるだろう。

 

 ……遠すぎる。

 いまの俺にとって、蘭胤荘の少女たちは、あまりにも遠い存在だった。

 

「ごめん、璃里耶。あんなに俺のためにいろいろしてくれたのに……でも俺は、ここまでだ」

「カケル、あなた、まさか……ダメよ、あなたは描かなきゃダメ! その才能を潰すなんて、あっちゃいけないことだわ!」

 

 璃里耶は縋るように俺の胸元に顔を埋めた。

 

「お願い! 考え直して! 私、あなたのためならなんだってしてあげるから!」

「ごめん。もう、決めたんだ」

「カケル……」

「世話になった」

 

 この蘭胤荘は、輝かしい才能を持つ者たちが集う場所。

 ……ならば、自分がここにいるのは、間違っている。

 

 絵を描くことを諦めた人間が、いるべき場所ではない。

 

「俺、蘭胤荘を出るよ」

 

 

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