万年見習い底辺絵師の俺でしたが爆乳少女たちをモデルにしてからバズりまくってます   作:青ヤギ

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璃里耶の本心

 

 

 学園をやめて実家に帰る。

 電話で親にそう伝えると、ただ「そうか」と言われた。

 賛成も、否定もない。俺の意思を尊重するというよりも、どうでもいいという感じだった。

 妹の声だけ、やたらと弾んでいた。

 

『そうですか、ようやく絵師の道を諦めましたか兄さん。まあ私はもともと東京で絵師を目指すなんて無理だと思っていましたよ。兄さんは地元で堅実な進路を見つけるのが一番なんです。だからどうぞ心置きなく実家に帰ってきてください。ええ、なんでしたらいますぐに。聞いてますか兄さん? 私今年から受験なんですよ? 兄として見守るくらいはしてくれてもいいんじゃないですか? ねえ、ねえってば』

 

 電話を切る。

 先のことなんて、何も考えていない。

 転校する高校は、またおいおい考えることにした。

 できれば、地元からずっと離れていて、東京から遠い場所がいい。

 なにもかも忘れられるような、そんな場所に。

 

「そっか。まあ、坊やがそう決めたなら、止めはしないけど」

 

 俺の話を聞き終えた未遥さんは、特に何も言わなかった。

 青花のように白目を剥くこともなければ、恵流のように泣き喚いて「イヤだ!」と抱きついてくることもなかった。

 ただ、寂しそうに目を細めるだけだった。

 

「しばらく、ここも静かになるだろうね。あの子たち、坊やが来てから本当に楽しそうだったから」

 

 未遥さんはそう言いながら、グラスに日本酒を注ぐ。

 いつものようにグラスに口をつけようとしたその手を一度止めて、

 

「……後悔しない?」

 

 と聞いてきた。

 

「確かに、イラストレーターは狭き門だよ。積極的に勧められるような進路じゃない。でも……その道を選んだことで報われる人間がいるのも事実だ。描く側にとっても、見る側にとっても」

 

 酔いの回っていない、真摯な瞳が向けられる。

 

「君は、どっちなんだろうね?」

「……わかりませんよ」

 

 俺は頭を下げて、ダイニングを出た。

 

 蘭胤荘は静かだった。

 壁の薄い建物なのに、まだ昼間だというのに、眠ったように沈黙している。

 

 一〇三号室。恵流の部屋の前を通る。

 恵流の手料理、うまかったな。あの味がもう食べられなくなるかと思うと恋しい。

 だったら残ってよ、と恵流に言われてしまいそうだが。

 結局、彼女の気持ちに応えてやれなかった。

 ごめんな、恵流。こんな不義理な男のことなんて忘れて、素敵な服飾デザイナーを目指してくれ。

 お前ならきっと、なれるよ。

 

 一〇二号室。青花の部屋の前を通る。

 あんたには一番驚かされたよ。まさか学園の聖女が官能小説が大好きなんてさ。

 でもいまとなっては、そんな青花が眩しい。

 好きなものに正直で、挑戦を止めないその姿勢は、俺にはないものだった。

 青花はそのままでいてくれ。

 良い編集者に巡り会うことを祈っている。

 

 一〇一号室。璃里耶の部屋を通る……その直前に、扉が開いた。

 

「カケル」

 

 銀髪の少女が、眠りについたような沈黙を破る。

 

「私の部屋に来て」

「……どうして?」

「見せたいものがあるの」

 

 そう言って璃里耶は自室の扉を開いた。

 思えば、璃里耶の部屋を尋ねたことはあれど、中に入ったことはない。

 

「最後くらい、いいでしょ?」

「……」

 

 俺は押し黙って、璃里耶の部屋に入った。

 油絵の具の匂いが香る部屋だった。

 イーゼルに立てかけられたキャンバスには、相も変わらず高校生離れした作りかけの絵が飾ってある。

 そして……

 

「え?」

 

 目を疑った。

 壁際に、見覚えのある絵があった。

 忘れもしない。見間違えるはずがない。

 俺の人生を変えた、銀髪の少女の裸婦画が、そこにはあった。

 

「ど、どうして、この絵が……」

「──タイトルは『我が最愛』」

「え?」

「作者はサラ・エクルース──私の母の遺作よ」

「あ」

 

 璃里耶の言葉に驚くよりも先に、腑に落ちるものがあった。

 

「母さんが、私をモデルに描いてくれた、たった一枚の絵よ」

 

 ずっと面影を感じていた。

 この少女のモデルが成長したら、こんな綺麗な女性になるのではないかと思っていた。

 それは、正しかったのだ。

 

「母は『女性の肉体美』をテーマに描いていたわ。いかに女体を美しく魅せるか、それを追究していた。これはその一枚よ。でもね……この絵は、世間的には評価されなかったわ。それどころか『低俗だ』とけなされた」

 

 璃里耶は忌々しげに語る。

 

「画商の父は、母の才能を金儲けに使うことしか考えてなかった。『もっと売れる絵を描け』と。そうして母は描きたくもない絵を描かされ続けて……過労で倒れた」

 

 憎しみのこもった声だった。

 

「母さんが亡くなってからは、父に引き取られたけど、ほぼ絶縁状態よ。私は、あの男を決して許さない。そして決めたの。母のような犠牲者を、二度と出さないって」

「璃里耶……君は……」

 

 璃里耶が、創作に行き詰まる者たちに声をかけるのは、そういう理由があったのか。

 

「母さんは最後に言ったわ。『あなたは自由に描きなさい』って。私はその遺言に従う。そして証明してみせる。才能を潰してまで、世間に受けるだけの絵を描くことがどれほど愚かなことかを。世間が『低俗』だと嘲る作品でも、至高の美になり得ることを」

 

 璃里耶は強い眼差しを母の遺作に向ける。

 

「この絵は、私にとって宝物で、初心にかえるための特別なもの……そして、カケルにとってもそうでしょ?」

「なんでそれを……」

「……やっぱり、あなたがあのときの男の子だったのね?」

「え?」

「私は、ずっと覚えていたわ。母さんの絵の前で、ずっと立ち止まって、涙を流していた男の子のことを」

 

 璃里耶は、俺に語り出した。

 幼い頃、母の絵が展示されている美術館に璃里耶は連れていってもらった。

 自分のヌードを見られるのは照れくさかったが、母の素晴らしい画力を前に、きっと誰もが感動するはずだ。

 璃里耶は、母の描く絵が大好きだった。きっと多くの人に感動を与える。そう信じていた。

 椅子に座りながら、璃里耶は母の絵の前を通る人々の様子を観察していた。

 しかし誰も母の絵に目を奪われなかった。ときどき、品のない男たちがやらしい目を向けるだけだった。

 璃里耶は悔しがった。あんなにも良い絵なのに、どうして誰もその魅力がわからないのか? 絵の傍に立って、力説してやりたいくらいだった。

 そんなとき同い年くらいの男の子が、母の絵の前で立ち止まった。

 何分経っても、男の子は動かなかった。

 最初、璃里耶は恥ずかしい気持ちになった。絵とはいえ、歳の近い異性に自分の裸をいつまでも見られるのは落ち着かない。

 しかし、男の子が涙を流したところで、璃里耶は考えを改めた。

 ……ああ、あの子は、感じ取ってくれたんだ。母の絵の凄さを。

 嬉しかった。そして、お話をしてみたくなったという。

 でも、ちょうどそこでお迎えが来てしまって、結局声をかけられなかった。

 少年が涙を流す姿が、幼い璃里耶の記憶に焼き付いて離れなかった──と、そう語った。

 

「……学園であなたを見たとき、もしかしたら、って思ったわ。そして木炭画の授業で、あの男の子だと確信した。だって……絵を描くときのあなたの目は、母とそっくりだったもの」

 

 愛しいものに触れるような手つきで、璃里耶は俺の頬に手を添える。

 

「この絵に感銘を受けたあなたなら、母と同じような絵が描ける。この世に本来羽ばたくはずだった至高の美を完成させることができる。そう信じたわ。だから、あなたをここに……」

 

 熱の灯った告白をしてから、璃里耶は俯いた。

 

「でも、そんなの私のワガママだったわ。私も結局、父のようにあなたに描かせたくもないものを無理やり描かせた」

 

 璃里耶は俺から距離を取り、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい。どうしても、これだけは伝えたかったの」

 

 憑き物が取れたような気配があった。

 天才絵描きである璃里耶が、極普通の女の子に見えた。

 

「あなたが選んだ道なら、私はそれを尊重します。もうあなたに絵を描けなんて、強要しません」

 

 ポタポタと、床に滴が落ちた。

 璃里耶は顔を上げず、いつまでも頭を下げたまま、

 

「さようなら」

 

 掠れるような声で、そう言った。

 

 

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