蒼穹を泳ぎ行く不揃いの翼   作:嶺月

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CAERULAの顔合わせ前、後でありすと喧嘩する原因となる小説を読みながら、奏と他のメンバーの到着を待つ文香


1話

驟雨(しゅうう)の中傘もささずに住宅街の中を夢遊病者のような足取りで目印にした、雨にけぶる視界の中でも鮮やかな緑の屋根の二階建ての建物に辿り着いた昭美は、大理石風の表札に彫り込まれた愛おしい少年の…』

「おはよう」

「お、おはようございます。

「あら?文香、貴女それ台本じゃないのね」

 手に取ったやや薄めのA4冊子の上の文字に夢中になっていた文香は、少し驚いたように声を掛けてきた奏の歳に似合わぬ艶のある美声に顔を上げた。

「あ、奏さん…すいません、もうすぐ…読み合わせだというのに…」

「別に気にすることは無いわよ、貴女が準備不足で今日に臨むなんて考えていないもの。小説にしては薄いから、最初今日の台本なのかしらと勘違いしていて、少し驚いただけ」

 言いながら奏は持っていた二人分のコーヒーの片方を文香の前へと置くと、向かいに腰掛けた。軽く会釈してアツアツのコーヒーカップを両手で包むように受け取る。別に肌寒い季節でもないがなんとなく歳下の僚友の気遣いを感じたくて無意識にそうした文香は、自分がどんどん人付き合いを喜ぶようになっていることに少し意外さを感じた。以前の自分ならコーヒーを出されたことに礼は言っても、テーブルの上に放置して書を読み進めることを優先した気がする。だが今は奏のユニットメンバーが揃う前に少し雑談をしたいという気配を察して、それに応じることができている。思えば自分がそんな風に変化するほどの時間を重ねたからこそ、期間限定ユニットだった(はず)のCAERULAを再結成して当て書きの芝居をする、という今回のオファーが来たのだろう。

「どんなお話なの?それ」

 少し冷ましてから砂糖とミルクを入れようと思っている文香に対して、奏はブラックでそのまま(すす)る。行儀悪く音を立てて、と表現するほどでもないが少し吸い込むような音はする。しかしそれは二人の間に厳格な礼儀など必要ないという何よりの証左(しょうさ)だ。奏が行儀悪く指で文香の手の中を指差すのもその文脈と言えるかもしれない。

「そうですね、ストーリー自体は単純なラブストーリーですが…作者の出身地をイメージしたと言われている街の風景を…上手く物語の中に組み込んで…二人が距離を近づけていく描写を膨らませている部分が…高く評価されています。…前から気になってはいましたが…先日書店で偶然見つけたもので…」

「そう。敢えて探さないで手に入ったというのは一つの運命かもね」

「書との出会いは…どれも運命ですから…」

「成程ね。読書の邪魔をして悪かったわ、私は皆が揃う前に少し役の解釈の為に脚本を読み返したいから…」

「はい…何か気になる所が有れば、ご遠慮なく…」

 あくまでコーヒーの(かお)りを楽しむついでの会話、という事だろう。奏は早々に切り上げて、文香には少し懐かしさを感じさせる革製の通学鞄から、奏が勘違いしたように文香が読んでいた小説と同じくらいの厚さの今回の脚本を、サインペン片手にめくっていく。その様子を視界の片隅で(とら)えつつ、文香も再び書物のクライマックス、傷ついた若い恋人たちがお互いを理解し、(たかぶ)る感情のままに情熱的な口付けを交わす場面へと没頭していく。

『…歯がぶつかってしまうほど幼い情熱のままに、幹彦は昭美に貸したシャツを微かに持ち上げるふくらみに…』

 バシン!そこまで読んだ文香は思わず小説を勢いよく閉じる。

「?文香、どうしたの?」

「い、いえ…その、あの…小説に触発されて…」

「?」

「あの…私も、台本をもう一度通して読んでみようと…」

「そう?なんだか変な感じね、文香が物語を中途半端にストップするなんて」

 奏は文香の唐突な行動を(いぶか)ったようだが、仕事に頭が向いているのだろうか、深く追及しては来ない。おかげで文香は一息付く事ができた。文学作品にはたまに愛情の行きつく先、濡れ場が描写されることが有るのだが、文香はいつもそう言った場面だけは文字をそのまま追う事が出来ずに、斜め読みで済ませていた。今回の小説は短篇というほどではないが(ぺーじ)も少なく、また主人公たちが年若いので油断していた。まさかこんな場面がある物を仕事場に持ってきてしまうとは。それも今日の仕事、CAERULAのメンバーにはまだ小学生の…

「おはようございます」

 おそらく、過激なラブシーンを読むには今日最も相応(ふさわ)しからざるメンバーが現れた。




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