蒼穹を泳ぎ行く不揃いの翼   作:嶺月

5 / 5
ラストです


5話

 ありすの唐突な涙に文香が居心地悪さを感じることが有るとしても、それは今日では無かった。

「二人とも、お茶を()れたから少し休憩に…あらら…」

 話がうまく進んでいるかはともかく、一息入れるべきだと考えたらしいありすの母が入ってきた。彼女は娘の意外な泣き顔に呆れ顔を浮かべる。

「ありす、貴女そんなに寂しかったの?ってアイドルがそんなに顔を(こす)っちゃだめよ…もう、駄々っ子ねぇ。鷺沢さん、ごめんなさいね」

「いえ…ありすちゃんが素直に…甘えてくれるのは…とても嬉しいです」

「そうねぇ、私たち親にもそんな姿はずっと隠していたもの。ちょっと()けてしまうわ」

「あ…う、うぅ…お母さん、やめてください…」

「だったらシャンとなさい。鷺沢さんには大人っぽく見られたいんでしょう?」

「わ、私は大人っぽく見られたいんじゃなくて…ぐすっ、大人、なんです」

「くすっ」

「ふ、文香さんまでぇ…」

「ご、ごめんなさい…でも、本当に良かった…ありすちゃんと、ちゃんと…お話しできましたから…ふふっ」

「も、もう!…でも、私も仲直りできて良かったです。次に会うのは最初の読み合わせの時ですね」

 ありすはすっかり立ち直ったようだ、いつものようにスケジュールをしっかり確認してくる。思えば彼女の母親が揶揄(からか)ったのはその効果を狙っての事だろう。事務所の中でも特に親しい組み合わせの気分でいたが、家族の絆にはまだまだ(かな)わないようだ。だが文香は焦らない。きっとそれはもっと仲良くなれる証だと思ったから。

「すっかり遅くなってしまいました。今夜はこの辺りで失礼します。」

「え?もう帰っちゃうんですか?」

「そもそもアイドル同士が…自宅を訪ねるのも、本当はルール違反ですから…あまりプロデューサーを困らせてもいけません、し」

「その辺の大人の事情も理解(わか)っていかないとね、ありす」

「うぅ…頑張ります。それじゃ、文香さん、また今度」

 最後にもう一度ごしごしと目元を袖で(ぬぐ)って、ありすは文香に最高の笑顔で挨拶した。元気を取り戻した彼女に文香も微笑み返し、ありすの母に案内されて玄関を出た。塀をくぐると見慣れたプロデューサーの車が待ち構えていた。運転席側の窓をノックすると、ウトウトしていたプロデューサーが眠い目をこすりながら窓を開け、文香を確認する。

「お疲れ、文香。上手くいったかい?」

「はい…しっかりありすちゃんと、話せました…ご迷惑をおかけしました…」

「いや、結果良ければ全て良しだ。とにかく乗って」

 プロデューサーに促され、助手席に座った文香はアパートまで送られる間に、ありすと何を話したかを説明した。

「…今回の事で…(はか)らずも、自分の(うち)に有った…醜い感情に気付くことができました…今回の舞台では私の役はありすちゃん達を…一歩引いた立場から見守ります…きっと、今日の騒動は良い経験に…転じると思います」

「雨降って地固まる、禍福は糾える縄の如しか、君たちは日々成長する。今回の仕事が上手くいくように、僕も祈っているよ」

 心配事が一つ解決してプロデューサーは嬉しそうに笑う。その笑い声を(さえぎ)るようにスマホの通知音。ハンドバッグから電話を取り出すとありすからの短いメール。

「今日は本当にすみませんでした。だけど文香さんが私の為に事務所のルールを破ってまで話し合いに来てくれたこと、それから一緒に話した色んな事、とても為になったし嬉しかったです。舞台、頑張りましょうね」

 ありすにしては珍しい心情を素直に吐露(とろ)する内容に文香は微笑むと、プロデューサーの今後の期待あるいは抱負をBGMに、丁寧な運転の微かな振動に揺られながらありすへの返信メールをポチポチと書き込んでいった。




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