3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
クラベル決死の奮闘により、サワロとリーリエはアカデミー内部へ逃げ込むのだった。
「M様!助かりました。」
「ターゲットは?」
「校内へ、逃げられました…。」
「そうか。」
Mと呼ばれたスキンヘッドで褐色の大男は、筋骨隆々なボディを割れた窓から見えるオレンジアカデミーへ向けた。
そのゴーグルの中に隠す双眸は、獲物を求める獰猛な光を放つ。
「お前たちは出入り口を固めろ。ターゲットを校外に出すな。」
「はッ!!」
クラベルの大立ち回りを逃れた残りのしたっぱたちに大男は指示を出せば、口角を吊り上げながら走り出す。
それはさながら、小型ポケモンを狙う大型ポケモンの、捕食のための追跡行動であった。
「な…なにがどうなって…。」
校内に避難したリーリエとサワロは、一路職員室へ向かった。
クラベルの言伝通りに宿直の先生に辿り着くならば、教師が集まる職員室が最も可能性の高い場所だと判断したからだ。しかし…。
「先生方!1年のサワロです!応答してください!!」
職員室にいた教師たちは皆、鬱金色のオブジェに変えられていたのだ。
出入り口の手近にいた数学の担任の体をサワロが揺らすも反応はない…。
「校長先生、教頭先生まで…。」
職員室に繋がる形で隣り合っている校長室も、状況は同じであった。
校長のイヌガヤは椅子に座ったまま、教頭は姿勢良く背筋を伸ばした状態で手首が直角のまま片手を上に伸ばし、もう片手を胸元に寄せており、片足の膝は鋭角な状態で靴下はビヨンと出したポーズでオブジェ化されている。
おそらく踏み入られてすぐに襲われたのだろう…。
「いったい、誰がこんなことを…!」
「むッ!?リーリエさん危ないッ!!」
呆然としているリーリエにサワロが飛び掛かり、押し倒す。
その直後、彼女が立っていた場所をレーザー光線が通り抜け、イヌガヤ校長のテーブルを鬱金色に染め上げた。
「あ、ありがとうございますサワロさん…!」
レーザー光線からリーリエを救ったサワロは返答をしない。
片膝を突き、苦虫を噛み潰した表情を校長室と職員室を繋ぐ出入り口に向けていた。
そこには出入り口を塞ぐように立つ、左腕のデバイスを構えた黒尽くめの大男…。
「ターゲット発見だァ。」
口角を吊り上げた大男、その視線が突き刺すようにリーリエに向けられるのを見ては、サワロは太い腕で視線を遮った。
「あなた方がポケモンハンターズギルドですか!?」
「ほう…そこまで知ってたのか。」
サワロに庇われている背後のリーリエに大男は意外だ、と反応を示した。自分たちのことが把握されているとは思ってなかったようだ。
「いかにも。我々はポケモンハンターズギルド!3年前に止まった時計の針を再び動かし、夢よもう一度、ってなァ!!」
「その第一歩が、わざわいポケモンたちのハント、と言うわけですな。」
サワロに大男は上下の歯を見せ笑みを浮かべる。その仕草が肯定の意を雄弁に語っていた。
「そういうことだ。」
ジャキリ、と左腕のデバイスにあるレーザー光線の発射口を向けてくる大男に対し、サワロは片膝立ちのまま両手を広げ、リーリエに対する射線をガードしている。
「(このままでは2人とも撃たれてしまう。どうすれば…。)」
真正面から飛びかかっても即座にレーザー光線を撃たれておしまいになるだけなのだ。
それでは焼け石に水である。リーリエさんを守れない…。
「ぱちぃ〜っ!」
「なにッ!?」
その時だった。
職員室側から大男に小さな体でとっしんするのは、サワロのパチリス…。
「パチリスさん!」
校内に入った時に、サワロは事前にパチリスをボールから出し、2人とは別行動で宿直当番を探しに行かせていたのだ。
特性『ものひろい』を活かした探索だ。それがひと段落して、ちょうど主人であるサワロの元へ戻ってきたところだったのだろう。グッドタイミングだ。
「ぬぅ!おおおおおおおッ!!」
パチリスのとっしん攻撃に大男が吹っ飛ぶことはなく、その場に踏みとどまっている。
パチリスに意識の向いたその一瞬こそ、サワロにとって僥倖であった。
ガツゥン!!
パチリスに続いて重心低く、強烈なタックルをサワロは大男に見舞い、壁に押さえ込む。
10歳ながら身長は180cm台で、むせかえるほどに筋肉質な肉体は、決して大男のそれにも引けを取らない分拘束としては大きな価値を持つ。
「こ、このクソガキ!離せ!離しやがれ!!」
自分とさほど変わらない体格のサワロに組み付かれ、振り払おうと身体を動かすもそう簡単にはいかない。
友を守るべく盾となる覚悟を決めた少年の体は、その信念も併せて頑強な抑えになっていた。
「リーリエさん!今のうちに逃げてくだされ!!」
「サワロさんッ!でも…!」
「リーリエさんの使命はッ!!チオンジェンを守り抜くことッ!!」
大男に殴られ、肘をぶつけられてもサワロは組み付いて離さない。壁に押さえつけたまま、魂から叫ぶ。
「我らの勝利とはッ!目覚めたさいやくポケモンたちに安らぎを与えることッ!!違いますかぁーッ!?」
「ッ…!!」
サワロの叫びがリーリエの胸を打つ。
そうなのだ。サトシたちが他のさいやくポケモンたちを連れ帰って来れても、自分がチオンジェンを守りきれなかったらなんにもならない…。
「ぱっち!ぱちぱち!」
大男の意識を逸らせるとっしんをかましたパチリスがこっちだ、と言うように手招きし、校長室の出口から四つ足で走り出ていく。
リーリエは断腸の思いでそれについて走ってこの場から逃げ出した。
「この、いい加減にしやがれ!」
バババババ!
「ぐわあああああッ!!」
大男がレーザー光線をサワロに放てば、その屈強な肉体を鬱金色のオブジェに変えてゆく。
「お父様…お母様…サワロは、家族の誓いを守りましたぞ…!」
『大きなものは、小さいものを守り、助けるためにその身体を使うのだ。』
身動きが、視界が塞がれゆく中でサワロは、アカデミーに送り出してくれた両親に、この体で産んでくれたことを感謝した。
「ぱちぱち、ぱちぃ!」
「生徒寮の方…!」
先導するパチリスとともに走るリーリエは、職員室から廊下に出てそのままグラウンドに出ていた。
外は夜で、すっかり暗くなっている。
バチバチバチバチバチィ!!
「なッ!?」
その空から一直線に降り注ぐ雷撃が、リーリエの足を止める。
「ぱぁぁぁちぃぃぃ!!」
彼女の前にいたパチリスは大きくジャンプ。そして手の指を天高く翳せば、リーリエ目掛け放たれていた雷撃を自らのもとに吸い寄せたのだ。
「これは、このゆびとまれ!凄いですパチリスさん!!」
「ぱちぃ。」
リーリエにニコリ、得意げな笑みを向けるパチリス。
バババババ!
「あぁっ…!!」
しかし、すかさずそこにレーザー光線が背後より放たれ、パチリスはオブジェ状態となり、グラウンドへ落下してしまった。
リーリエが振り向けば、案の定先程の大男が追いついて来ていた。つまり、サワロももう…。
「これでもう何も守るものはねェなぁ?」
左腕のデバイスを改めてリーリエへ向けてくる。
先程放った一発も、パチリスのこのゆびとまれによって吸い寄せられたのだろう。
「くッ…。」
後ろ歩きしながら、大男の一挙手一挙動に注力し、距離を何度か保ち、できることならば離れたいリーリエ。
あのレーザー光線を当てられたらおしまいなのだ。
「チオンジェンさえ大人しく渡すのなら、これ以上の手は出さないぜ?」
「それで従うくらいなら、ここまで逃げたりしません…。」
「それはそうだな。」
は大男が顎をしゃくる仕草をするのを見れば、リーリエは上空からの殺気を感じ取る。
「シロン、れいとうビーム!ガーデン、マジカルリーフ!」
「こぉーん!」
「わわぁ〜!」
ボールからポケモンを繰り出し同時にシロンは口から凍結光線を、ガーデンはツルに巻きつけた花々から葉っぱの形をしたエネルギー弾を展開して上空に放つ。
が、撃ち下ろされた雷撃を前にあえなく突き破られてしまう。
「そんなッ…!!」
ドゴオオオオオン!!
「きゃあああッ!!」
「こぉーん…!」
「わぉあッ!?」
れいとうビームとマジカルリーフで相殺されることのなかった雷撃が足元近くに着弾し、爆発。
リーリエと手持ちのポケモンたちは爆風により吹き飛ばされてしまう。
「ガキごと回収だな。」
そこを見逃すことなく大男はデバイスを構える。
爆発によるモヤも、ゴーグルによる機能から視界の障害にはならないのだ。
バババババ!
「こ、こぉーん!」
「わぁお〜う!」
「うぅ…シロン!ガーデン!」
雷撃によるダメージを受けるシロンとガーデンが、主人の危機に我が身を呈して飛び出す。
レーザー光線は、無慈悲に2体をオブジェに変えてしまった。
「チッ。しぶとい野郎だ。」
大男は一瞬デバイスをチラッと見る。
爆発に巻き込まれ、吹っ飛んで体のあちこちが土に汚れたリーリエは、それでも逃走を諦めない。諦められるはずがない。
「皆さんが…必死にチオンジェンさんの為に、体を張っていたのに…わたくしだけ、逃げ出すなんて、で…出来ません…!」
傷ついた身体を気力だけで起き上がらせ、力の入らない足で歩を進める。
雷撃を受け、全身に痺れを感じながらも懸命に、リーリエは歩く。
シロンとガーデンも、同じ痛みの中で自分を、チオンジェンを庇ってくれたのだ。
「あうッ…!!」
痺れが体に走り、リーリエは顔から思い切り転ぶ。
背後より聞こえる足音に、咄嗟にチオンジェンのボールを手に取り、決して奪われまいとお腹で押さえ込むようにしながら身体を精一杯丸める。
もはやそれしか、この子を守る術が思い付かなかった。
「手こずらせやがって。」
大男はデバイスを転んで丸くなったリーリエに向ける。
発射口が光り、レーザー光線が放たれるまさにその瞬間だった。
「カメックス、ハイドロポーンプ!!」
ドドオオオオオ!!
「なにッ!?ぐおおおッ!!」
リーリエが向かおうとしていた生徒寮の方角から放たれた1条の水流が、大男を飲み込み吹っ飛ばす。
リーリエは、土に汚れた顔だけで見た。こちらに歩いてくる影を。
こうらポケモンカメックスを引き連れた、サトシ曰く、嫌味なほどに端正な顔立ちを。
「やれやれ…イヌガヤ校長からオファーを受けて、テラスタル授業の講師として一時的にこのアカデミーに来たはいいけど、まさか…"こういう台詞"を言うようなシチュエーションに本当に出くわすことになるとはね。」
夜の暗闇から姿を見せる色男は、倒れて丸くなっているリーリエから視線をずぶ濡れで起き上がる大男へ移す。
「貴様…何者!?」
「ただの雇われ講師だよ。彼女は僕の授業を何回か受けに来てくれた…つまりは、僕の教え子になる。」
色男の瞳は、激しく大男を睨め付けた。
「僕の生徒を傷つける奴は、誰だろうと許さない!!」
オファーを受けた際、頭に過ぎった台詞とシチュエーションをなぞるハメになった災難に頭を抱えながらも色男…シゲルは、ビシ!と大男を指差し、大見得を切った。
『イヌガヤ』
49歳。オレンジアカデミー校長。
生徒たちのことを慮る良き教育者ではあったのだが…。