3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
パルデア地方の泣き所は、綺麗に取り除かれたのだった…。
カントー地方タマムシシティにあるロケット・コンツェルン本社ビルこと悪の組織ロケット団の本部、その社長室にてボスのサカキは上機嫌な顔をモニターの向こうに向けていた。
ソファーに腰掛ける膝の上には、彼のお気に入りであるペルシアンがゴロゴロとくつろぎ、その頭や顎下をサカキの手が撫で回している。
「現地のスタッフからも確認した。シマ荒らしをしてくれた連中は無事壊滅させたそうだな。よくやってくれた。」
「「「はッ!これもサカキ様のお心付けあってのことであります!」」」
モニターには、ムサシ、コジロウ、ニャースは綺麗な気を付け体勢を取っていた。
ポケモンハンターズギルドの残党撃滅、その任務報告であった。
「うむ。追加戦力も上手く機能したようでなによりだ。これよりはお前たちの本部所有の預かりボックスへのアクセスを許可しておくとしよう。」
「「「おぉ〜!」」」
ムサシ、コジロウのポケモンは、全国各地へ潜入任務を行う都合上、ロケット団本部に預けられ訓練を受けており、これまで限定的な状況でもない限りは彼らの手元にはいなかった。
それが、今回の任務達成の功績により任意のタイミングに合わせてメンバーの自由な選定が解禁されたのだ。
「ガチャットも併用して引き続き効率よく任務に励むといい。健闘を祈る。」
ピコン
通話終了。適当に見繕った洞窟アジトにて、お騒がせチームは大宴会を開いた。
「やった、やった!サカキ様に褒められちゃった〜!」
「しかもこれからはいつでもあいつらと戦えるなんて!」
ムサシとコジロウは踊りはしゃぐ。
ロケット・ガチャットから排出されるポケモンたちは、確かにサカキが厳選した強力な個体揃いだが、自分たちでゲットしたポケモンを作戦に組み込めるかどうかというのは、手の馴染み具合からまた違う話なのだ。
「ぐふふふふ…これであの忌々しいペルシアンをサカキ様から引き剥がせる日が1歩近づいたニャ〜。」
2人の足元でニャースは、サカキお気に入りの座からペルシアンを追い落とし、自分が甘えられている姿を夢想し悦に入っている。
三者三様に、完全に調子に乗っていた。
「「「なんだかとっても、イイ感じ〜!」」」
「そぉぉぉぉぉなん、ッすッ!!」
「もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ….!」
ムサシのボールから勝手に出て来たソーナンスが相槌を打つのも、宴会として用意した食料をコジロウのにめんポケモンモルペコが盛大に食い荒らし、自分たちの分も根こそぎなくなっているのも、サカキに褒められて有頂天な今の彼らには些細なことであった。
ピピピピピピ…。
お騒がせチームからの報告を受けた後、サカキはトレーニングルームにてランニングマシンで汗を流していた。
42.195キロの走行完了を告げる機械音と共に、ピッチ走法で走り続けていた走行ベルトの動作が緩やかになってゆく。トレーニング終了後のジョギングモードに移行したのだ。
突然運動を停止することによって、血液の流動が滞るのを避けるためのクーリングダウンだ。
「あまり連中を甘やかすのはいかがなものかと思います。」
マラソントレーニングが終了したサカキに声をかけたのは、側に付き従う秘書のマトリだ。
彼女が一貫してお騒がせチームのことを快く思っていないのは、サカキもよく知っている。
「私は、そんなにあいつらに甘いかな?」
サカキにマトリは明言はしない。
そこまで言い切れば秘書の立場として度が過ぎていることは承知だからだ。しかしサカキからすれば、マトリがそのラインを踏み越えての激論を交わす気もない以上、そこまで真剣に受け取る義理もなかった。
彼女の言い分とは、要は部下同士の足の引っ張り合いに過ぎないのだ。
「たかがポケモンハンターの寄り合い如きにこの3年間で拡大したマトリ・マトリックスを動かしたとあっては、この私が鼎の軽重を問われかねん。」
クーリングダウンのジョギング運動を終え、マシンから降りるサカキはリップサービスをマトリに浴びせる。
彼女が受け持つ精鋭部隊の力を、ボスとしてしっかり評価している、とハッキリ口にすることで言外につまらないいがみ合いに首を突っ込むなと釘も刺していた。
世界征服のためには自身の鍛錬と同様に、部下のコントロールも欠かせないのだ。
部下同士の競争は大いに結構、しかし、互いに足を引っ張り合うだけではよくない…。
「はッ!」
凛とした表情を作り敬礼するマトリが本当に納得しているのかどうかをこの場で判断するほどサカキという男は軽率ではない。
しかし、彼女の才覚を重宝しているのもまた事実であるので、それ以上の言葉はかけず、サカキはシャワーを浴びに向かった。
「ただいま。」
「ぶーい!」
「いーず!」
ひばりは、変わらぬ日常に戻っていた。
わざわいポケモン保護のために駆り出された翌日の授業は午前中の2時限分だけを受け、寮の自室に帰り着く。
相棒のブイとイズは、無邪気にベッドにダイブしてじゃれ合い始めていた。
「ちょっと早いけどお昼ご飯用意するね。」
ひばりの自室には、いわゆるイーブイフレンズが雄雌1体ずつそれぞれ好き放題に暮らしていた。
皆ブイとイズを両親に持つひばりの大切な仲間だ。
「ぶぅ〜!」
「どうしたの?タオ?」
その中の雌のブースターであるタオがひばりを呼ぶ。
彼女の温めていたポケモンのタマゴが、ピクピクと動き始め、ヒビが入り、そして…。
「ぶぃんぶぃ〜ん!」
キラリンチョ
中からイーブイが飛び出してきた、それだけではない。
通常ならば茶色の体毛部分が、美しい白銀をした色違いであったのだ。
「わぁー…!」
イーブイフレンズマスターを目指し、多角的な活動を将来的に意識しているひばりにとって、この新しい家族の誕生が大きな1歩になったのは言うまでもない。
小さな白銀の体を抱き上げ、温もりを感じながら、どんな名前にしようか思案するのだった。
「あれっ、どうしたんだよシゲル。」
「なんだい、きみもこの便に乗るのか。」
エーテル財団の船舶を見送った後、アカデミーに帰還したサトシはその足で校長室を訪ね、休学の申し出を受理してもらった。
そこから荷造りを済ませて立つ鳥跡を濁さず、とばかりに部屋を綺麗にしてから翌日となる今日、予約した飛行機に乗り込むため空港にいた。服装もアカデミーの制服から普段着である白のシャツに青いジャケットを重ねたスタイルに戻り、モンスターボールのロゴが入った赤い帽子を被っている。当然、相棒のピカチュウは指定席である左肩に鎮座していた。
そこで鉢合わせしたのが、黒のジャケットの同じく普段着なシゲルと、足元に控えるブラッキーであった。
「学校はいいのか?」
「ちょうど今日の日付になった時点で契約が切れてね。次の赴任先に行くのさ。」
「もしかして、メレメレ島のポケモンスクール?」
「従伯祖父様から声をかけられてね。」
オレンジアカデミー同様サトシが休学状態になっているアローラ地方のポケモンスクール、そこの校長ナリヤ・オーキドはシゲルの祖父であるオーキド博士とは従兄弟に当たる。
その縁からシゲルも度々スクールへ講師として招かれているというのだ。
「サトシさぁ〜ん!」
「ん?クラベルさんだ。」
チェックインに入る直前の所へ綺麗なフォームで走ってやってきたクラベルに、サトシとシゲルの足が止まる。
「はぁ、はぁ、よかった。間に合いました。」
「どうしたんです?そんな急いで?」
この旅立ちに見送りはいない。オモダカやリーリエ、サワロらは授業に出ておりグラジオはフィールドワークを優先して来てないのだ。
別れの挨拶はポケラインで済ませている。第一、今生の別れというほどでもない。
そんな中でやってきたクラベルの様子は、ただならぬ雰囲気と言えた。
「イヌガヤ校長より、サトシさんへ餞別として、この子たちの中から1体連れて行って欲しいと。」
息を整えながら持って来ていたアタッシュケースをクラベルが開けば、中にしまわれていた3つのボールが一斉に開き、3体のポケモンが姿を現した。
「にゃお〜。」
「ほげ!ほげ!」
「くわッすッ!」
薄緑色のふわふわした体毛に覆われた猫のようなポケモン、赤い体に上顎と下腹部が白いワニのようなポケモン、白い体に黄色い嘴と青い目をしたアヒルのようなポケモンがそれぞれサトシを見上げる。
それら3体は、サトシがアカデミーに出入りしてる時に生徒たちの側でよく見たポケモンたちであった。
「わぁ〜!」
サトシは目を輝かせながら図鑑アプリを開く。
『ニャオハ、くさねこポケモン。フワフワの体毛は植物に近い成分。こまめに顔を洗って乾燥を防ぐ。』
『ホゲータ、ほのおワニポケモン。温かい岩の上で寝転び、四角いうろこから取り込んだ熱で炎エネルギーを作る。』
『クワッス、こがもポケモン。昔、遠い土地からやって来て棲みついた。羽から分泌するジェルは水と汚れを弾く。』
「アカデミーに入学する生徒には、この子たちパルデア地方の初心者用ポケモンを支給する決まりとなっていまして。ここ最近はリーグ本部からの流通が滞りがちだったのが、今朝届いたのですよ。」
アカデミーとパルデアリーグ本部間を繋ぐ流通や情報網に確実性がなかったのも、トップチャンピオンミシェリに対して外部情報を与えないように立ち回っていたエクスプローラーズの暗躍によるものであったが、それに関してクラベルらが知ることはない。
「僅かながらの滞在で休学なされるとしても、サトシさんも立派なアカデミーの生徒の一員ですからね。」
「ありがとうございます!うーん、迷っちゃうな〜。」
正直、どの子もサトシには凄く魅力的に見えた。
しゃがみ込み、彼らと視線を合わせながら思案する。そんな中、ふと、シゲルの顔を見上げた。
「なんだい?」
「シゲルもアカデミーで勉強してたんだよな?」
「そうだけど。」
そこまでのやり取りでシゲルは、サトシの意図を解した。
ボールを取り出し、中からポケモンを見せる…。
「にゃお〜。」
「おぉ!」
薄緑色のボディに、頭には濃い緑の仮面を被った2足のポケモン。それは、どこかニャオハの意匠を感じられた。
「ニャオハの最終進化系のマジシャンポケモンマスカーニャ。ブラッキーがよくお世話してくれてさ。」
シゲルが紹介する中、マスカーニャはブラッキーの頭を優しく撫で回している。
ブラッキーは満更でもなさそうだ。
「そっかー…よーし!」
シゲルが選んだのを見て、サトシも腹を決めた。
その視線の先にいたのは…。
「くわッす?」
クワッスだった。
「俺たちと行こうぜ。一緒にたくさん冒険しよう。」
「ぴかぴか〜。」
サトシは右手を差し出し、ピカチュウもおいでよ!と誘う。
「くわッす〜!」
選ばれたクワッスは大喜びし、サトシの右掌に自身の右羽を重ねた。
「ははっ!クワッス、ゲットだぜ!!」
「ぴっぴかちゅう!!」
見様見真似で握手に応じてくれたクワッスを右肩に乗せ、サトシの宣言が高々と空港内に響く。
ピカチュウも合わせるように飛び上がり、新たな仲間の誕生を喜んだ。
「まさか席まで隣同士とはなー。」
「ホント、酷い偶然もあったものだね。」
「ぴかぴか。」
「らっきっき。」
クラベルが持って来た初心者用ポケモンの中からクワッスを選び、ゲットしたサトシは、そのままシゲルと共にチェックインを済ませ、無事搭乗まで漕ぎ着けていた。
どちらも離着陸時以外は自由にポケモンを出せる席を取ってあり、ピカチュウとブラッキーも専用の座席で離陸の時を待っていた。
『皆さま、今日もプテラ航空J199便、アローラ行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長はハマダ、私は客室を担当いたしますナツミでございます。まもなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。』
機内アナウンスから程なくして、搭乗する全員体がふわっと浮かび上がるような感覚を得た。
飛行機が無事、離陸したのだ。
「なんだあれ?」
窓際の席からパルデアの大地が遠く離れていくのを見ていたサトシは、森林地帯の片隅の一部が大きく動き、揺らめいているのが見えた。
「何か面白いものでも見えたのかい?」
「なんかさ、窓の向こうで緑色のでっかいのがボーン!バサ!ファサササ〜!ってなっててさ。」
離陸が済み、安定飛行に入ったところでシゲルが声をかけて来たので、サトシは離陸のタイミングで見たポケモンであろう影の話をする。
説明の大半が擬音であるにも関わらずやり取りにそこまで大きな齟齬が出ないのも、この幼馴染同士故であった。
「きみが見てた方角的には多分コサジタウンの近くだろう。その森林地帯に住んでる中でイメージするとしたらばオリーヴァの系列が主だけど…。」
シゲルがスマホロトムを操作し、図鑑アプリで検索をかけて引っ張り出したオリーブポケモンオリーヴァの姿をサトシに見せる。
「うん。こんな感じだった!」
オリーヴァの画像に間違いない!と断定するサトシの言は嘘ではないのだろう、とシゲルは直感する。
しかし、通常オリーヴァというポケモンの高さは1.4m。大きくてもせいぜい2mを越すくらいが妥当であろう。離陸する飛行機の窓からはっきり視認できるほどの超巨大個体など、実在しているならば何処かしらから情報の1つ2つ舞い込んで来てもいいものだが…。
「ま、少なくとも今の僕たちには縁がない相手…って訳だね。」
「会ってみたかったな〜。」
「ぴかぴか〜。」
「ぶらら。」
真偽を確かめる術のない超巨大オリーヴァの話もそこそこに、サトシもシゲルも座席のリクライニングを思いっきり倒して横になる。
そこにピカチュウとブラッキーがそれぞれ主人の腹へ乗り掛かり、手先で撫で回してる中で皆寝てしまう。
「4体のさいやくポケモン、土産話としては申し分なしかな。」
「らいてう。」
ビジネスクラスで雑に空いてる席を取っていたサトシとシゲル。
その同じ旅客機のファーストクラスではナンテがタブレットでデスクワークを片付けながら、合間にテディのふっくらした頭やお腹を撫で回していた。
飛行機は滞りなく空路を行く。目指す先は、サトシ戴冠の地…アローラ地方。
次なる出会いが、戦いが、彼らを待っているのだ。
『マトリ』
32歳。悪の組織ロケット団に所属し、サカキの秘書を務める。
サカキからの信頼は厚い反面、他スタッフとの折り合いがイマイチよろしくない。
直属の精鋭部隊『マトリ・マトリックス』を保有する。
今回でこのパートは区切り。外伝を挟み、次のパートに入ります。