3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
合宿が進む中、サトシはナンテに連れられガラル地方へ向かうこととなった。
エンジンシティ。蒸気機関による近代化が目覚ましいガラル地方中部に位置する街である。
ガラル地方のポケモンリーグは他地方とは異なる方式で運用されている。リーグ関係者から力量や人格面を評価され、推薦状をもらったトレーナーのみが8つのジムを巡る『ジムチャレンジ』へ赴く資格を得るという仕組みだ。ジムチャレンジそのものの流れは今回のお話とはあまり関係がないので割愛をする。
エンジンシティの象徴として扱われているエンジンスタジアムは、ジムチャレンジにおける開会式の舞台として使われており、今年初開催となるPNTTにおいても組み合わせ抽選会の会場として選ばれていた。
「サトシ〜!」
「カスミ!」
7月の半ばでプールシーズン真っ只中とはいえ、白の競泳水着にラッシュガードを羽織った姿で実った胸部を無警戒に揺らしながら駆け寄るカスミと、サトシはその色香にピクリとも反応することなく鷹揚に手を挙げ合って挨拶を交わす。
「ぴかちゅぴ!」
「ピカチュウ!」
サトシの肩からピカチュウがカスミの胸へ飛び込み、しっかりキャッチで抱き止められる。
「アンタはやっぱりアローラ側で出るのね。」
「チャンピオンだからな〜。」
「生意気〜。」
気心の知れた同士軽口を叩き合う。
「カスミ。」
「あっ、お師匠様に監督!」
カスミの後から付いてきたのは杖をつく老婆と、知的かつ冷徹な印象を与える眼鏡と柔和な表情、そこにショッキングピンクなロングヘアをポニーテールに結んでいるのがそれぞれ奇跡の調和を果たし、そんな首から下はスーツ姿にタイトスカート。
何より目を引くのはたわわ、と形容するには暴力的なまでの胸を惜しげなく歩く振動で揺らす美女であった。
「キクコさん、カンナさん!」
「お久しぶりねサトシくん。」
「なんだ、知り合いだったのかい。」
「えぇ、まぁ。」
老婆のキクコが美女のカンナを見上げる。
老いてなお壮健たるキクコの切れ長の視線を、カンナは涼しい顔で受け流していた。
「俺、カンナさんから色々教えてもらったおかげでここまで来れたんです!」
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。」
「師匠はあたしたちの…カントー代表チーム<セキエイ>のリーダーなのよ。」
「知ってる。」
『自然の声に耳を傾け、ポケモンたちの気持ちを大切にする。』
『ポケモンバトルは、トレーナーの1人相撲になってはいけない。手に入れたバッジや栄光はポケモンたちがトレーナーのために取ってきたものなのだから。』
『皆の冒険は、決して無駄にはならない。』
ポケモントレーナーとしてのサトシには、明確な師という存在はいない。
ただ、3年前にオレンジ諸島で出会ったカンナとのやり取りで得た知見が、今のサトシの根幹に繋がっているのは間違いないのだ。
「今回はよろしくお願いします。」
「お前さんは、オーキドのとこの子だね。」
「"オーキドチャレンジ"の87年期生です。」
「ユキナリ最後の教え子たちの1人、って訳かい。」
低姿勢で挨拶するナンテにキクコは若干憮然としながら応える。
『オーキドチャレンジ』とは、ポケモン歴1972年にポケモントレーナーとして現役引退したオーキド・ユキナリが当時のポケモンリーグ本部からの要請を受け、後進教育を旨としたトレーナーデビューを控える子供たちへの強化合宿プロジェクトである。
その実施はポケモン歴1977年から10年ほどで、ユキナリ青年が『オーキド博士』として世間に認知されるきっかけとなる『カントー圏のポケモン150種認定』が成されたポケモン歴1987年を最後にプロジェクトは終了している。
これに関しては、ポケモン研究者として大成したオーキド博士の多忙が理由だと当時本人より世間には告知された。
このプロジェクトのノウハウは全国のポケモンリーグに広められ、後の各ポケモン研究所が主催するキャンプ企画の基礎となっている。
「あぁそうだ。坊や。言伝を預かってるんだ。」
「言伝?」
キクコが思い出した、とばかりにサトシを見る。
「ウチのシンジからだよ。」
「シンジから…!」
「"いざ、勝負!"…とね。」
このPNTTはあくまでチーム対抗の団体戦。意中の相手との対戦が成立するかはその時になってみないと分からない。
それでも、サトシはその簡潔な言伝に、ライバルであるシンジが並々ならぬ闘志を燃やして臨んでいる事実が見て取れた。
「はいッ!!」
「ほっほ!いい気合いのノリっぷりだ。」
返答は、あえて返すこともない。言葉などは、実際戦う舞台にお互い立ってから交わせばよいのだから。
「やっほーサトシッ!」
「おっ、アイリス!」
精悍な顔をキクコへ見せ、感心されていたサトシの背後から肩に手を回しながら絡んできたのはアイリスだ。
3年前より見慣れている袖口が広い白とピンク色の服に白いレギンス姿である。
「今日は機嫌いいみたいじゃん。」
「誰かさんが仕事すっぽかさなきゃあたしはいつもこんな感じなのよ。」
ニヒヒ、と褐色に映える白い歯をアイリスはサトシに見せる。
旅仲間であり、同い年でチャンピオンの重責を背負う者同士のシンパシーが互いにはあった。
「おじいちゃーん!サトシいたよー!」
「アデクさん!PWTではありがとうございました。」
「はっはっは!礼を言いたいのはこちらじゃて。…シューティーは新たな道へ進み始めたよ。」
サトシと肩を組みながらアイリスが呼びつけたのは、イッシュ代表チーム<ヒガキ>の監督に就任したアデクである。
「今は、アララギ博士の下でリサーチフェローの仕事をしておる。トレーナーであった頃より、ずっといい顔をするようになった。」
「そうなんですか…会ってみたいなぁ。会って、バトルしてみたい。」
「強くなってるわよ。サトシがイメージしてるよりずーっと。」
「バトルしたのか?」
「軽く、ね。」
生まれ変わったシューティーを知る自分にサトシがいいなぁ、と羨ましがるのを見るのがアイリスのこの場の目的であった。
「アハハ!また会いに行ったげなよ。」
サトシから離れ、天真爛漫に両手を広げ、ボリューム満点な紫髪を振り回しながらクルクル回転し、アデクの側まで戻る。
「でも今はPNTTでしょ?勝つのはあたしたちチーム<ヒガキ>なんだから!」
アイリスは右の人差し指をビシ、とサトシに差し、ストレートに宣戦布告する。余程自信満々なメンバーが集まったのだろう。さりとて、それはサトシにとっても同じこと…。
「俺たち、チーム<マナーロ>だって負けないぜ!そうでしょナンテさん!」
「無論。目指すは1つ、優勝あるのみです。」
「ふふふ、相変わらず元気だねサトシくんは。」
握り拳を作りながらサトシが意気揚々と宣戦布告に答えれば、その快活な声に反応し、逆立った赤髪と鋭い目つきが特徴的な青年が、黒いマントをたなびかせながらズイと姿を見せた。
青年の側には、褐色肌に上半身は鍛え抜かれた鋼のボディを剥き出しにした黒髪の男と、青いコートにグレーの長ズボンを合わせて片手に杖をつく白髪の老人が控えている。
「ワタルさん!シバ師匠!」
サトシがマントの青年、ジョウト地方のチャンピオンワタルに、四天王シバと握手を交わす。
「3年前は終ぞ戦う機会を得られなかったが、今回は是非ともサトシくんと1戦交えたいものだ。シバもそうだろ?」
「うむ。男の顔になったな。」
ワタルとシバに認められ、たまらず赤面するサトシ。カントー出身としては、テレビの向こう側にいるスター選手であると言う印象が未だ強いからだ。
特にシバなどは、男の中の男として『師匠』と敬称をつけるほどに憧れたままなのだ。
「驚きましたよ。"氷の貴公子"は、てっきり選手として出てくるとばかり思ってました。」
ナンテは監督同士という立場からジョウト代表チーム<シロガネ>のヤナギと対面していた。
「いつまでも老いぼれが席を譲らぬでは若い芽も育つまい。私より世代が下の連中も空気を読んでる中ならばなおさら…な。」
「それは私とキクコ姉様のことかい?」
ヤナギは瞑目し、かけられた声の主に答えることはない。
ナンテは夏場でも茶色のマフラーをトレードマークとして譲らぬ老婆にも深々と頭を下げた。
「今回はよろしくお願いします、キクノ監督。」
「よろしくね。」
シンオウ代表チーム<スズラン>の監督としてやってきた四天王のキクコ。彼女に伴ってチームリーダーとして抽選会へ赴いて来たのが…
「久しぶりね、サトシくん。アイリスちゃん。」
「「シロナさん!」」
シンオウリーグチャンピオンのシロナであるのは当然と言うのがこの場の皆の帰結だ。
膝あたりまで伸びた長い金髪に左目を覆っている前髪、銀色の瞳が若きチャンピオンを映し、袖と裾にファーの付いた黒いコートは、もはやシンオウリーグチャンピオンのパブリックイメージにまで昇華されていた。
「2人ともお久しぶりね。」
「カルネさんも!」
黒一色のシロナとは対照的な出で立ちで一緒にやって来るのは、髪をアップスタイルでまとめて前髪を短く合わせ、くっきりとした眉が印象的な顔立ちを見る者の記憶に刻み込む美女であった。
白一色のコーディネートに背中に羽のような装飾が、シロナ同様カロスリーグチャンピオンのパブリックイメージとして定着しているのはカロス代表チーム<ミアレ>のリーダーとしてこちらも当然の如く君臨するカルネだ。
「あれだよ。全国の腕の立つ美人さんがたくさんで眼福だね。」
「おっ、分かっとるのウルップくん。なら一丁、やるとするか?」
「いや自分、嫁も子供もいるんでそれはちょっと。」
「それは失敬。」
白髪頭で恰幅のいい大男、チーム<ミアレ>の監督として抜擢されているウルップは、アデクと肩を並べて集まった美女たちに仲良く鼻を伸ばしていた。
直接声をかけるのを控えるのは愛妻家なのか、単にメディアの目があるからなのかは彼のみぞ知るところである。
「"美しさ"…ならば彼女たちに引けはとりませんよ?私となら…どうです?」
「あ、いやぁ、ワシ、あっちの方はノーマルなんで…!」
「俺も、相手がどうあれ嫁は裏切れないっていうか…!」
「それは残念。とうッ!」
背後からかけられた声にアデクとウルップは背筋が凍る思いをしながら丁重に返せば、声の主は身軽に宙返りを披露し、サトシたちの前に躍り出る。
「ごめんねおじさま達、ミックリンはいい男を見ると割と見境なくなるから。」
「「い、いえいえそんな。」」
黒の短髪に大きなハイビスカスのような髪飾りをした褐色の美少女が、青いチューブトップにパレオという露出度で言えば、ノースリーブであちこちに大きな切れ込みが入っている先程の青年とあまり変わらない姿で後に続いて駆け出していた。
「あらミクリくん。」
「どうも。皆様お揃いでなにより。」
華麗な宙返りと共にやって来たホウエンチャンピオンのミクリをシロナが軽い調子で出迎える。
アデクとウルップに粉をかけていたのも横目で捉えてはいたので、万が一を考えてサトシやアイリスの視界からガードしていたのはここだけの話である。
「ダイゴくんはまだ行方不明のまま?」
「えぇ。まぁ、彼のことだ。そのうちフラッと帰って来るでしょう。」
ホウエン地方のチャンピオン事情は少し特殊であった。
広く認知されているチャンピオンのダイゴは、趣味としている石集めが高じて…というよりは、ほとんど発作のようにリーグから失踪する悪癖がある。
その悪癖が発動している間は、親友であり彼と同等の実力を持つミクリが、本来受け持つルネシティのジムを師のアダンに任せ、チャンピオン業務に携わる事で運営を滞らせないように対応していたのだ。
ドンドン!パァンパァン!
スタジアム中央部の特設ステージ周りが俄かに騒がしくなるので一同はその周辺に集まってゆく。
報道陣も各地方のチーム関係者らやステージを遠巻きにカメラへ収める中、繰り返しの演出でステージがモヤに包まれてゆく。
「あれは!」
サトシが目を輝かせる。
モヤの向こうに見える影は、最早お馴染みのリザードンポーズをバッチリと決めていたからだ。
「待たせたなみんな!楽しい組み合わせ抽選会の始まりだ!!」
色とりどりのモヤをリザードンが翼をはためかせて吹き飛ばせば、そこにはガラルチャンピオンにしてPNTTの発起人であるダンデがおり、高らかにイベント開始を告げるのだった。
『ダイゴ』
28歳。ホウエンリーグチャンピオン。
ずば抜けた実力もさることながら容姿端麗、さらには大企業デボン・コーポレーションの御曹司とあらゆる方向から生まれながらに『持ってる男』。
パートナーポケモンは色違いの白いメタグロスで、メガシンカにより超絶パワーアップする。サトシとも死闘を繰り広げたぞ。