3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
ムゲンダイナの近況もダンデから聞けたサトシはそのままおねむになって会場を後にしたのだった。
翌日、7月25日の猛暑日にサトシはナンテに連れられキルクスタウンに来ていた。
PNTTの試合のためにアローラからチームの仲間たちがガラルへやってくるのは27日。みんなを現地で待つ間、ナンテが各所にコンタクトを取ってサトシの練習試合の相手をセッティングしていたのだ。
「ナンテさん、スタジアムじゃあないの?」
「今日はジムチャレンジで立て込んでるみたいでして。」
ガラル地方のポケモンジムは、それぞれのスタジアムを管理するジムリーダーの裁量によりその場所ごとにトレーナーの適性を測る『ジムチャレンジ』を通過した挑戦者が、スタジアムを使ってのジムリーダーとの直接対決に挑めるシステムだ。
町ごとのスタジアムの所在は、ダイマックスに欠かせないガラル粒子の発生するパワースポットと密接に関わっており、必然的にガラル地方のジムに挑むということは、とりもなおさずダイマックスの扱いに精通したジムリーダーたちとの戦いの日々となるのだ。
「あぁ、来た来た!こっちこっち〜!」
「今日はよろしくお願いします。」
町の中心部にある名物『キルクス温泉英雄の湯』…ガラル地方に伝わる伝承において、英雄が戦いの傷を癒すために訪れたという逸話から、ポケモンの湯治施設として知られている。
ポケモンのみならず人間も足湯による利用が可能な大浴場から2人を呼ぶのは、水色のメッシュが入った大ボリュームの銀髪が眩しいふくよかな美女だ。足湯をいただく彼女の側には、2人を品定めするように見つめるラプラスが温泉に浸かっている。
「はじめまして、俺マサラタウンの…。」
「サトシくん、だろ?あたしたちの世界でアンタを知らない奴はモグリさね!」
サトシの挨拶を美女が遮りカラカラと笑う。
「あたしゃメロンだよ。ご覧の通りこおりタイプのポケモンでチームを組んでるのさ。」
メロンが待ち合わせの為に貸し切った大浴場にはラプラスをはじめ、バリコオルとペンギンポケモンコオリッポが仰向けで湯船に浮かび、こおりがポケモンモスノウは彼女の周りを飛び回る。
目配せするメロンに頷けば、2人も足湯をいただきポケモンたちを温泉に入れることとした。
「メロンさんはこのキルクスタウンのジムリーダーなんですよ。今はその…。」
「遠慮するこたぁないよナンちゃん。"入れ替わり戦"のタイミングドンピシャで、ちょうどお産が来ちゃってねぇ…マクワが独り立ちして無事子供たちも産まれて、むしろ嬉しさの方が優ってるんだけどさ。」
「マクワ?」
「現在キルクスタウンのスタジアム権利を公認されているメジャーのジムリーダーで、メロンさんの長男さんですよ。」
「そうなのよ〜!ウチの息子、あたしによく似てカッコよくってねぇ〜!ほら、見て見て!あの子のファンクラブの会員証!あたしが1番最初の会員なんだよ〜!」
ガラル地方にはポケモンのタイプに対応したジムリーダーがスタジアムの存在する街に点在しており、リーグが行われないオフシーズンにジムチャレンジ期間における公認の座を争う『入れ替わり戦』の制度によって、ジムリーダー間の交流や実力の向上を図っている。
公認となったジムは『メジャー』、それ以外のジムは『マイナー』として区分されるのだ。
3年前、押しも押されもせぬメジャーのジムリーダーとして君臨していたメロンだったが、三つ子の出産ということが影響して予定日が大幅にずれ込み、入れ替わり戦に参加できず、結果として不戦敗の形でマクワにメジャーの座を譲ってマイナー落ちとなっていた。
直接対決によるメジャー昇格を決められなかったマクワが何を思ったか…はこの場にはあまり関わりのない話なので割愛する。
「ぴかぴかぁ…。」
「らいらい。」
息子のマクワが話題となれば、元より高かったメロンのテンションがより一層高まった。子を愛する母として、一端のジムリーダーの使命を果たしているのが嬉しいのだ。
テンションのままにバシャバシャとバタ足で飛散するお湯がピカチュウやライチュウのテディに思い切りかかり、2体は憮然とする。
「ま、それはそれとして産休は明けたし、そろそろ復帰したいなー、ってところでナンちゃんからチャンピオン様のスパー相手にご指名入った、ってワケね。」
息子の話題でキャッキャとはしゃいでいたのが一転、メロンの瞳が妖しく輝いてサトシを捉える。
彼女のポケモンたちはすでに湯船より上がり、自らの冷気でもって温めていた身体を瞬く間に冷やしていた。
「す、すげぇ…!」
「メロンさんはメジャー時代、公式戦においてあのキバナさん相手に無敗を誇る強豪です。ガラルの強者たちが集まるチーム<シュート>を相手取る前の練習試合の対戦相手としては適任かと。」
湯船から足を上げ、瞬時に戦闘モードへテンションを切り替えるメロンの歴戦の佇まいにサトシは武者震いを禁じ得なかった。ポケモントレーナーたるもの、強い相手との戦いはなにより有難いのだ。
このマッチングは、それを知っており、組み合わせ抽選会の為にサトシに合宿を途中で切り上げさせてしまったナンテなりの罪滅ぼしでもあった。
大浴場を後にしては、町の中央広場にあるバトルコートへ場所を移す。
ガラル地方のバトルコートは、他の地方に比べてとても広い。マクロコスモスによる設計段階からダイマックスの使用を考慮してのことだ。
人工ガラテラ粒子の開発と、その運用に欠かせないドローンロトムの流通も一般層へのダイマックス普及を助けていた。
「これより、ワールドチャンピオンサトシとキルクスタウンジムリーダーメロンの試合を行います!試合方式はシングルバトル、3C1D!」
そのバトルコートのトレーナーサークルにサトシとメロンがそれぞれ陣取れば、ナンテは審判として専用ゾーンに入っていた。
「メロンさん!お願いします!」
「ぴかぴかぁ〜!」
「あいよ!あたしも本気でぶつかっちゃうからね!」
「それでは両者、ポケモンを!」
「よーし、クワッス!キミに決めたッ!!」
「くんわッす〜!!」
サトシがフィールドへ投げ入れたボールから飛び出したのはクワッスだ。
「チャンピオンは、パルデアを出てからずっとご熱心なクワッス、か。」
ナンテは、サトシがクワッスをゲットした経緯は知らない。
ただ、マメバッタがエクスレッグに進化したオモダカとのバトルを見ているため、次の育成枠として選んだのだろうと特に気に留めることもなかった。
「あたしはこいつだよッ!」
「ぺんぺ〜ん!」
メロンが繰り出したのは野太い声のコオリッポ。クワッスとフィールドにて睨み合う。
「バトル、始めッッッ!」
「アクアジェット!!」
「くわす!」
ナンテのコールと同時にサトシの指示が飛んだ。
クワッスが両足を踏み込み、コオリッポめがけ全身に水流を纏い一直線に突撃を開始した。
「(7月だからステージが良くないね。)」
こおりタイプの使い手にとって、夏のシーズンは鬼門である。シンプルに暑すぎるからだ。
適度に体を熱し、冷却機能を刺激するのはこおりポケモンにとって重要ではあるが、度が過ぎればよろしくはない。それは、プロフェッショナルであるメロンとて熟知していた。
夏向けのワンピースでふくよかな体からの熱を少しでも逃がしているメロンは、すぐに自分の『領域』を作ることにした。
「ゆきげしき!」
「ぺぇ〜ん…!」
コオリッポが両手を空に高々と突き上げる。すると、みるみるうちにフィールド上を雲が覆い、空からしんしんと雪が降り始めた。
「ぺんぺんぺん!」
降り始めた雪の冷気をかき集めたコオリッポの頭部を真四角の氷が包み込んでゆく。
コオリッポの特性『アイスフェイス』により自らの水色の頭をガードしたのだ。
ドボォ!
「ぺんッ!?」
そんなコオリッポの腹部へ、クワッスは全身を突き刺すように突撃を決める。ファーストアタックはクワッス…しかし、メロンからすれば必要経費に過ぎない。
アイスフェイスを纏ったコオリッポは、ここから本領発揮なのだ。
「コオリッポ、アイアンヘッド!」
「ぺぇーん!」
頭を氷で包んだコオリッポが、氷の中でこもった甲高い声を響かせながら巨大な氷を振り下ろす。
「つばさでうつでガード!」
「くぅわ!!」
ガキィン!
避けるより受け止めることを選んだサトシに応え、クワッスは両腕の翼をひこうエネルギーで発光させて十字に構え、頭をガードする。
「やるじゃあないか!坊や。」
「ヘヘッ…!」
「(クワッスがアイアンヘッドに対して距離を取るならば、コオリッポはすかさず必殺のフリーズドライを撃ち込んでいたことだろう。フリーズドライは、こおり技でありながらみずタイプに対して効果抜群となる技…直撃すればクワッスではひとたまりもあるまい。)」
「らい?」
この一連のやり取りにおける思考の応酬は、まさしく達人の域にある。雪雲を見かけて集まる野次馬たちの中にそれを解するものはない。
ナンテのモンスターボールから勝手に出てきたライチュウのテディも、『なんのこっちゃ?』とばかりにポカンとした顔で首を傾げていた。
「ほらほらほら!」
ガン!ガン!ガン!
両腕の翼で防がれたアイアンヘッドを、コオリッポは構わず何度も放っていた。幾度も打ち下ろされる頭の氷は、さながら槌のようにクワッスを打つ。
「(コオリッポのアイスフェイスは本来軽い打撃でも砕けるほどに脆弱だ…打ち下ろす瞬間、はがねエネルギーによって氷全体をコーティングしつつ、技の発動時間をギリギリまで抑えてパワーを節約している。)」
流石に『メジャー』側のジムリーダーを長らくやっていたわけではない。そう、ナンテは舌を巻く。
「下手に離れたらやられる…!タイミングだぞ、クワッス!」
「くわ…!」
ガン!
コオリッポがまた打ち下ろし、頭を振り上げる。
「今だ!アクアジェット!」
「くぉわ!!」
振り上げたタイミングを、正確に射抜いた。クワッスのアクアジェットが、下から突き上げるようにコオリッポのアイスフェイスに直撃…。
「ぺん…!」
氷が砕け、バトル開始時に見せていた素顔のナイスフェイスが再度露わになる。
「やるねぇ!でも!」
「クワッス!!」
一定のペースでの打ち下ろしの連打…それそのものがタイミングを掴ませるための撒き餌である、とサトシは気付いていた。メロンの対応も、検討はついている。
「フリーズドライ!!」
「つばさでうつを打ち下ろせーッ!!」
「わすぅ〜!!」
バシィ!!
「ぺぶぅ!?」
ナイスフェイスの口部にこおりエネルギーがチャージされている間に、クワッスは両腕の翼で思い切りコオリッポの頭を殴りつけた。
ベチ!ビュワァァァァァ!!
今度は自分が打ち下ろしをくらう形になったコオリッポがたまらず地面とキスする形になり、そこからフリーズドライが暴発。フィールド全体があっという間に凍結してしまった。
「くわわわわ…!?」
「戻れクワッス!」
アクアジェットからつばさでうつの一連の流れの後、軽やかに着地したように見えたクワッスであったが、氷でつるつる滑るフィールドでの経験がないせいでわたた、と足元が覚束ない。
サトシはたまらずクワッスをボールに戻した。
「ぺん…?」
上体を起こしたコオリッポの頭には、アイスフェイスが復活していた。
即席で作った雪雲からは、まだ雪が降り続けている。その雪の冷気から頭の氷を再度精製したのだ。
「戻っといで、コオリッポ。」
それでもメロンはコオリッポを引き下がらせた。残る1つの技は交代用のクイックターン。先にサトシの交代を許した中では引きずる理由も見当たらない。
「流石にワールドチャンピオン…伊達じゃあないね。」
「メロンさんも、すっげぇ強いや!」
ナンテも、そのとても産休明けで実戦から離れていたとは思えないメロンの手練手管に頷くよりない。
先発同士の差し合いはほとんど五分のまま、バトルは続く。
『メロン』
46歳。キルクスタウンジムリーダー。
豪快な性格ながらバトルに対しては真摯でストイック。公私共に人に頼られるタイプのいわゆる肝っ玉ママさん。
5人兄弟のうち長男のマクワは同じ町のジムリーダーなんだ。