3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
ピカチュウを巡るこの対決は、コノヨザルの溢れるガッツが制する。
サカキは、サトシもまた世界征服における強大な障壁であると理解した…。
ピカチュウゲットを狙うロケット団の乱入というハプニングこそあれど、コノヨザルの活躍により無事撃退し、楽しく打ち上げを終え、それぞれ別れた。
その後サトシは、キルクスタウンのポケモンセンターのロビーのソファで雑魚寝して一晩を過ごし、翌日港町であるバウタウンへ向かい、海路にてガラル地方を後にした。
「チャンピオン、サインお願いしまーす!」
朝方のポケモンセンターやバウタウンの港、果ては船上にてたくさんのファンに呼び止められて危うく船に乗り損ねそうになった以外、特に問題はなかった。
「もう指先の感覚がないぜピカチュウ。」
「ぴぃかぁ〜。」
問題はないのだが、それはそれとして、猛烈なサイン攻めの前に、サトシとピカチュウは流石にぐったりさせられていた。
元来サトシは、あまり字が上手くない。そのあまり上手くない字で、ただ縦書きに自分の名前を色紙に書き込むだけで自分の大ファンだと言い、サインをねだる人たちが飛び上がり喜び、感激してる様は、気恥ずかしさと不可思議さがないまぜになった感情をサトシにもたらした。
ともあれ、チャンピオンという立場になった以上は、こういったファンサービスにもゼンリョクで当たれ、というもはや第二の父親であるククイ博士の教えを、サトシは律儀に守るのみであった。
サインの練習も、アローラ地方にいた頃に仕込まれたものである。
「い゛ッ…。」
ぐったり大の字でデッキに寝転がっているサトシとピカチュウを遠目で認めては、変な声とともにその場を離れる影があったのを両者とも気付いてはいない。
ポロン…ポロン…
ピロロロロ…
「ぴぃか?」
「ピカチュウ?」
船上のデッキにて響く音色に、ピカチュウの耳がピクリと動いては、起き上がり一目散に駆け出してゆく。
慌ててサトシも起き上がってから後を追った。
たどり着いた先では、外套を纏う青年が竪琴を弾き、船内に洒落たBGMを提供していた。
聞き入る人混みの隙間から、サトシが人混みに踏まれぬようピカチュウを頭の上に乗せてからどんなものかと演奏主を覗き込む。
「ぴぴかかぴ!」
頭の上から眺めるピカチュウは、どうやら相手の特定ができたらしい。
サトシも凝視してみては、大きな帽子に長髪で顔の左半分を隠す青年の、ミュウを模った竪琴の腕前と、彼の傍らで竪琴に合わせ伴奏しているコロトックが、少し遅れてその正体を記憶の引き出しから引っ張り出すことに成功させた。
「ナオシさん!」
「おや、サトシくん。いいえ、今はチャンピオンサトシとお呼びするべきですね。」
「サトシでいいですよ!お久しぶりです!」
再会の喜びを分かち合いがっちりと握手をする。
吟遊詩人のナオシ。サトシは3年前、シンオウリーグスズラン大会にて1回戦を彼と戦っている。
結果はサトシの勝利に終わったが、好試合として公式動画サイトでも評価が高かったりする。
「開幕戦、拝見させていただきました。見事な勝利でしたね。」
「ありがとうございます!ナオシさんは修行の旅の途中で?」
「はい。自分なりにあちこちを回って見聞を深めています。」
「くぉろろろ。」
「ぴぃか。」
ポケモンはトレーナーに似る。コロトックが恭しく一礼すれば、ピカチュウもそれを見様見真似で返した。
かつてリーグで争った旧知の中との思いがけぬ再会、サトシの中でふつふつと湧き上がる闘志が、先程までの疲れを忘れさせる。
それは、抑えたくても抑えられないポケモントレーナーの本能であった。
「ナオシさん!スズラン大会で試合が終わったあと別れる時、またバトルしてくれるって言ってくれましたよね?」
「えぇ、確かに言いました。ならばここはワールドチャンピオンの胸を存分にお借りするとしましょうか。」
サトシの口ぶりにナオシは即座に察して頷く。
昔話もそこそこにお互いトレーナー同士、目と目が合ったならそこには勝負の二文字が転がるものなのだ。
つい先ほどまで気さくに言葉を交わしていたピカチュウとコロトックも、互いの主人の足元にて臨戦態勢に既に入っている。
「割り込みすまない!」
船上が開戦間近の物々しい雰囲気になる中、そこに割って入るのはこれまたサトシにとっては因縁深きナイスガイ…。
「だが、サトシくんからしたら僕の方が先に戦いたい相手なんじゃあないかな?」
「しゃぁも!」
バシャーモを引き連れたベッカムヘアーの青年が、人混みの中から出てきて右手を挙げている。
「ハヅキさん!!」
「やぁ!」
3年前のジョウトリーグシロガネ大会にてサトシが敗れた相手だ。これはサトシからすれば当然忘れるはずもない。
「僕はナックルスタジアムの方で観戦していてね。ホウエンに帰る予定の便でこの船に乗ったはいいがなにやら盛り上がってたから覗き込んでみたらきみたちがいた、ってわけさ。」
「なるほど、サトシくんからすれば確かに彼との方が因縁深い相手、私はいつでも構いませんよ。」
サトシの心情を慮り、ナオシはあっさりとハヅキに順番を譲ってみせる。
ナオシに、ハヅキ。正直どちらと先にバトルするかサトシには甲乙つけ難かった。
「ぴかぴ?」
どうすんだよ?とばかりにピカチュウはサトシを見上げる。
なんとか良案はないものかと腕を組み唸っている中、ふと人混みの中のとある視線と目が合った。
見知った気配とともに。
「い゛ッ…!?」
目を丸くしたサトシが人混みの中に歩み寄る。
不味い、というような気配の主は逃げようとするも人混みに揉まれて動くに動けなかった。
そんな相手の腕を人混みの中に迷いなくサトシは自身の腕で掴み、引っ張り出してはその姿を見て、サトシは今日、3度目の再会を喜んだ。
「コハル!コハルもガラルに来てたんだ!」
「え、えぇ。まぁ…リサーチフェローだし?」
3年前、サトシが一時期身を寄せ、PWCS挑戦と同時進行でリサーチフェローとして従事していたカントー地方クチバシティに居を構えるサクラギ研究所の箱入り娘、それがこのサクラギ・コハルである。
サトシがマスターズトーナメントを戦い抜き、研究所を離れる際にリサーチフェローを引き継ぐことにしたコハルは学業の傍ら、彼女なりに熱心に全国を飛び回り父親から頼まれる調査に励んでいた。
今回もガラル地方のワイルドエリアを調査しつつ、PWCS開幕戦のサトシの試合を観戦して帰る算段であったが、当のサトシが相変わらず血の気を出してバトルモード全開なのを見て嘆息ながらも元気そうなので安心し、この場を離れようとしたところで運悪く見つかってしまった、という運びである。
「サトシくん、その娘は?」
「あぁ、この娘はコハル。俺の友達です!」
「お友達でしたか。それはまた素敵な再会ですね。」
「はい!あ、そうだ。へへ…いいこと思いついちゃった。」
ハヅキとナオシにコハルを紹介してから何かを思いつき、笑みを浮かべるサトシ。
この笑いは大抵"いいこと"ではない…。
サトシとバディを組んでいた幼馴染も同じ笑い方をしてから、しでかすことは、いつもろくでもないことであると、コハルは13年分の人生録から身に染みて理解させられていた。
「ハヅキさん!ナオシさん!せっかくだしダブルバトルしませんか?俺はこのコハルと組みますから!」
「え…?」
コハルは、ギョッとした顔でサトシを見る。
「私はどのような形でも大歓迎です。」
「僕もさ。腕がなるね。」
「え、え、えええええ!?」
サトシの提案を持ちかけられた両者は快諾する。
コハルからしたら、無茶苦茶な話であった。
聞けばこの2人、ポケモンリーグの地方予選にに顔を出すほどの実力者であるのだ。しかも片方はサトシにすら勝った相手だと言う。いくらなんでも冗談ではない。
トレーナーとして、リサーチフェローとして活動してきたといってもコハルにはとてもついていける気がしなかった。
「サ、サトシ…私、いいよ。足引っ張っちゃうだろうし…。」
「大丈夫だって!俺に任せとけ!一緒にやろうぜ、ダブルバトル!」
「えー…。」
どん、とサトシは胸を叩く。
その自信はどこから湧いて出るのだろう、疑問と同時にその自信があるからこそワールドチャンピオンにまでなれたのだろう。
そう思わされ、ここまで自信満々に言い切られてしまっては絶対に嫌だと逃げの一手に走る術をコハルは持っていなかった。
「ぶぃ〜。」
コハルの腕に抱かれるイーブイは事態を把握してるのかしていないのか、気楽にコハルに笑いかける。
そしてやる気満々に足元に降り立ち、尻尾を振って早くやろうぜ、とでも言うような仕草だ。
尻尾の模様から雌のイーブイなのだが、ポケモンであるなら大なり小なり持ち合わせる闘争本能に性別の違いなど関係はないのだろう。
サトシに加え、パートナーまでやる気満々になられてはますますコハルに逃げ場はなくなったのであった。
バトルのエキスパート3人に混じった自分の場違いさに、コハルは縮こまるより他になかった。
『コハル』
13歳。フルネームは『サクラギ・コハル』。
サクラギ研究所所長サクラギ博士の娘であり、同研究所所属のリサーチフェローを務める。
相棒は可愛くて元気いっぱいなイーブイだ。