3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
追い込まれたホップが投入したのはかつてブラックナイトを押し止めた英雄、『盾の王』ザマゼンタであった。
時は遡る。
1年前、ガラルリーグのオフシーズンである1月から3月は、スタジアムを保有するガラル地方のポケモンジムお膝元の町々にてメジャーとマイナーの立場のジムリーダー同士がぶつかり合う『昇格戦』で盛り上がる時期な反面、若きルーキーたちにとっては4月のジムチャレンジを睨んでのトレーニング期間と言えた。
「お前、怪我してるぞ!待ってろ、今治療してやるから…。」
「がるぅが!」
そんな中でホップは、ガラル地方におけるポケモン研究界の権威であるマグノリア博士の孫娘ソニアから『秘密のバイト』と称して禁足地まどろみの森の調査を依頼され、その奥まで辿り着けば、そこには傷付いた紅き狼がいた。
「うわわ!」
トレーナー的良心から治療を試み、バッグからきずぐすりを取り出そうとすれば狼は覇気を放ってホップを弾き飛ばす。
尻餅をつきながらホップは、狼の受けた傷はポケモン同士の縄張り争いでついた類ではないと見た。
そもそもとして改めて見るに、これほどの威容を誇るポケモンが縄張りを失うようなヘマを犯すとも考え辛かった。
「わ、わかった。わかったよ。今日は日を改めるから…コレ!コレだけ置いとくぞ。」
大方ポケモンハンターの類に追い立てられて気が荒くなっているのだろう。そう踏んだホップは、バッグの中のきのみ袋に詰め込んだありったけのきのみをバラバラと置いてその場を立ち去ることにした。下手に距離を詰めて完全に敵だと認識されてしまっては落ち着いて話もできやしないからだ。
それと、ソニアにも内緒にすることにした。マグノリア博士の孫娘であり、兄のダンデと幼馴染みである彼女は、ホップから見ても真っ当にチャーミングなのはいいとして、そのどこかそそっかしいところから狼の話をして余計に刺激されてはかなわないと判断したからだ。
「おいおい、薬が嫌なんだったらその分たくさん食べなきゃ駄目なんだぞ?」
翌日、森の最奥まで足を運べば、手付かずなままのきのみの山にさらに追加でドババと新しくきのみを追加した。
姿すら見えなかったが、ホップからすればここからは根比べであった。
「あんまり食べ過ぎちゃ駄目だぞ?アイツに食べさせるんだから。」
「かんび。」
ポケモンハンターの類に傷つけられたならば、人間の匂いがついていては警戒して口につけないのかもしれない…そう思い付くホップはそれ以降カビゴンに両手一杯のきのみを持たせて運ぶことにした。
力持ちだが大食いで知られるカビゴンだ。多少のつまみ食いは目を瞑ることにした。
「やった!やったぞ!」
成果は1週間ほど経った後に出た。置いて帰るきのみの山の一部が欠け、食べ後の枝がいくらか散乱していた。
他のポケモンが食べたという線は考えにくかった。まどろみの森の最深部は、近づけば近づくほどに野生ポケモンの気配が無くなるのをリサーチ済みであったからだ。
おそらくはこのアーチがある湖周辺が、彼の縄張りなのだろう。そこに何人も近付かぬ以上狼が食べた、としか結論付けようがなかったのだ。
「おっ!もう大丈夫みたいだな!安心したぞ!」
2月の半ばごろ。年明けからもはや日課となっていた『差し入れ』をしにやってくるホップの前に狼は姿を見せた。
そのマゼンタボディは艶やかさを取り戻し、出会った頃あちこちについていた傷もすっかり塞がっている。きのみの滋養で本復に至ったのだろう。
「それじゃあ俺はもうお役御免だな。元気に暮らすんだぞ。」
ニッカと笑ってから踵を返すホップは、ソニアがここの調査を依頼してきたその対象がこの狼ポケモンであることを既に聞いていた。
ガラルの伝説、その真実に関わる本当の英雄…この1ヶ月半きのみを差し入れ続けていたコイツとのやりとりを話せば、ソニアは大いに喜ぶことだろう。ただそれは、どうにもこの狼の平穏を破ることへと繋がる気がしてならなかった。
だから今日を最後に『なんの成果も得られませんでした』とキッパリ打ち切って今年のジムチャレンジへ向けて本格始動するつもりだった。
「あいてッ!?な、なんだ…?」
俯きがちだったホップの顔面に何かがぶつかり、派手にひっくり返る。
鼻を抑えながら立ち上がれば、そこには古びた盾が目の前に浮いていた。思い返せばそれは、アーチの片隅に落っこちていたボロボロの武器らしい何か、という印象でしかホップの思案にはなかった代物だが…。
「がるぅー…。」
気付けば狼がホップの右隣にまで歩み寄っていた。どうやらこの『くちたたて』は、狼とは切っても切り離せない物らしい。それを差し出してくるということはとりもなおさず、狼は自身の処遇をホップに委ねるということだ。
それは、傷を癒すのに必要なきのみを届け続けてくれた少年に心を開いたのか、それとも一宿一飯の恩義を晴らす、という程度の話なのかは、彼の穏やかながら力強い視線から窺うのは野暮に思えた。
そうして紅い狼をゲットしたホップは、その名前をマグノリア博士の蔵書から『ザマゼンタ』であることを突き止め、良き仲間として今日に至っている…。
「戻って、オンバーン!」
時を戻そう。盾の王を前に、ハウはオンバーンを引っ込める。
「いけッ!」
次いで繰り出すのは、体毛のない身体に額から角のように生えたヒレと耳と襟巻、長い尾にヒレをつけた襟巻の付け根から尾ヒレの付け根にかけて濃い青色の背びれが生えている水色ボディのあわはきポケモンシャワーズが、ボールから飛び出して早々その体を液状化させフィールドの地面に溶け込ませてゆく。
「とける、か。」
ザマゼンタはまるで動じない。どこから仕掛けてこようと関係ないとばかりの威風を放つ。殺気は…左から来た。
「ハイドロポンプッ!!」
「ぶしゃわあああああ!!」
液状化を解き、側面を突いて水流を浴びせかける。シャワーズ得意のみず技に、ザマゼンタは微動だにしていない。
「効いておらぬぞ、オイ!?」
「首周りの盾で防がれてるんだわ!」
ムゲンダイナのパワーすら受け止めてしまえる、というのも納得させられる。
ハウには申し訳ないが、彼の連れているポケモンたちとは根本的なスペックからして段違いだと唸らされるのはハプウとセイヨだ。
「デント、あのザマゼンタとかいうやつ、お前のテイスティングでなにか掴めないのか?」
「恥ずかしながら…あのポケモンは、僕のテイスティングスキルではとても量れそうにないな…。」
S級ソムリエのデントで無理ならばおおよそ人間の眼力で推し量るのは無謀な話なのだろう、とタケシも納得するよりない。
結局のところ、ハウには独力でザマゼンタを攻略してもらうより他にないのだ。
「ザマゼンタ、メタルバーストッ!!」
「ウルゥーーー…!!」
カカアアアッ!!
「しゅわわ…!?」
「うッ…!」
ハイドロポンプは、多少ザマゼンタのボディを濡らした程度に終わり、蓄積された軽微なダメージが反射のエネルギーとしてそっくりそのままシャワーズへ撃ち返される。
その一閃に捉えられたシャワーズへ、ザマゼンタは続けて迫る…!
「(あの盾で防いでる分反射ダメージも小さくなってる…けれど…!)」
空中に投げ出されたシャワーズのボディを液状化させて難を逃れるには間に合わない。さりとて迎撃のハイドロポンプでどれほどのダメージを稼げようか…そう、『思案するので期を逸する』ハウの演出に気付けたのは、
「いいぞハウ…!」
「それでいい。ベストなチョイスです。」
「本当にしたたかなやつだな。」
「あぁ。さりとてホップはもうアイツを下げられん。」
サトシとナンテ、キバナにダンデの4人だけであった。
「きょじゅうだんッッッ!!」
「ウルゥゥーーーーーード!!」
ゴオアアアアア!!
縁の一部が肩部を覆うように展開されたザマゼンタの首元の盾が稼働し、巨大な盾そのものが1つの弾丸としてシャワーズを捉える。
「しゃわうぅ〜…!」
そのシャワーズはというと巨大な盾に張り付き、エネルギー爆発に呑まれ弾き飛ばされ、受け身を取れずにフィールドへ叩きつけられてはたまらず目を回した。
「シャワーズ、戦闘不能!ざ、ザマゼンタの勝ち!!」
ハウ、残りポケモン5体。ダウン可能数残り2体。
ホップ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
ウオオオオオオオ!!
「盾の王ザマゼンタ!ハウ選手のシャワーズを一蹴ッ!!まずは1体倒し返しましたッ!!」
「ハウ選手、最後の交錯するところで"迷った"…のですかね?」
「わ、わからない、です…。」
ハウの意図を理解には至らずとも、若干の引っ掛かりを覚えたのはサイトウとオニオンが若いながらに豊かな才能を持つ証拠だ。
「いいぞシャワーズ。ナイスだった。」
シャワーズをボールに戻すハウには確信があった。今相対しているザマゼンタ…こいつが引っ込む時は、倒れる時だけ。事実上ホップはサイクル戦を封印したことを。
ポケモンバトルとはその競技上、有利な盤面を引き込むためにポケモンチェンジを繰り返し合うサイクル戦が戦術の肝である。しかし、むやみやたらなポケモンチェンジは、トレーナーの戦術眼への疑念をポケモン側に植え付けかねない。
こと強力なポケモンであるならば、それに比例して気位も高くなるもの。伝説のポケモンザマゼンタほどの存在を細々としたサイクル戦に用いるなどは、彼の自尊心を踏み躙るに等しい行為だろう。
ここまでの試合を通して、ホップがそんな愚を犯すトレーナーだとは思えない。思えるはずがない。
「(ダウンできるあと2回までに、俺のチーム一丸でザマゼンタを倒すッ!!)いけッ!!」
事態は定まった。後は死ぬ気で勝つだけだ。ハウが交代で繰り出すのは…
「らぁ〜い!」
アローラライチュウだ。
「はあああああッ!」
同時にハウは肉体をパンプアップ。膨張した筋肉がユニフォームを破り、見事なトレーナー・マッスルを披露する。
「おぉッ、腹筋6LDKかい!凄いぞ!!」
「ありがとう!」
筋肉美を腹蔵なく称賛するホップにハウは答えながら続けてゼンリョクポーズを構える。
「雷電と超能力を極めし賢者、ライチュウ!いくよ!!」
デンキZと共通した構え、しかし、アローラライチュウが放つそれはスパーキングギガボルトではない。
「らいらいらいらいらい!」
サーフライドで飛翔しZパワーをでんきエネルギーに変換したライチュウが、地上のザマゼンタめがけ急降下突撃。
「迎え撃つぞザマゼンタ!!きょじゅうだんだーッ!!」
「ウルゥゥゥーーーーーード!!」
「ライトニングサーフライドォォォォォッ!!」
首元の盾を展開し、ザマゼンタも飛び上がる。
「盾の王とZワザ、両者大激突ゥゥゥッ!!」
「早くないか?」
「あぁ。ラストに回してもいいだろうにな。」
ダンデとキバナが主語のない会話を短く交わす。
ハウは2回分ポケモンのダウン可能数が残されている。セオリーとして特殊なバトルシステムは、開幕即使用か、バトルの最終盤まで取っておくものなのだ。
ハウがZワザを切ったタイミングは、ガラルのツートップには不可解に見えていた。
ズッドオオオオオン…!!
Zワザときょじゅうだんがぶつかり合い、強烈な技エネルギーがスパークし、大爆発。
モヤからライチュウが浮遊したまま脱出し、ザマゼンタは軽やかに着地する。どちらも決め切れていなかった。
「サイコキネシス!」
「らぁい!」
ライチュウが視界に収まるザマゼンタをサイコパワーで捉える。頭上のライチュウを見上げるザマゼンタは、
「ウルゥッ!」
バチィィ!!
咆哮とともに気合いで跳ね除ける。
「うッ…!」
「今だッ!しっぺがえし!!」
「ワルォォォッ!!」
お返しの気合い砲、不可視の闘気がライチュウを捉えれば、パンケーキのようなボディはサーフテールから崩れ落ち、目を回して倒れ込んだ。
「ライチュウ、戦闘不能!ザマゼンタの勝ち!!」
ハウ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
ホップ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
「ザマゼンタ強しッッッ!!Zワザすら受け切り、その後の攻防も盤石!これで両チームともにあと1体倒れればそこで決着となります!!」
「いよいよですね。この団体戦の決着も。」
一時はガラル代表がストレート勝ちかとすら思われた中、アローラ代表の怒涛の巻き返しは見る者の心を震わせる。
チーム<マナーロ>vsチーム<シュート>の一戦は、いよいよ佳境を迎えた。
『ソニア』
29歳。ポケモン研究者。
ガラル地方におけるポケモン研究界の権威マグノリア博士の孫娘でダンデとは幼馴染。
自らも研究者の道を歩き出したが多忙な幼馴染の様子も気になるようで…?