3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
ナマコブシ投げ大会を終えた皆のもとに舞い込んできたジェニーを連れ立っていった存在の報、その正体は国際警察のハンサムであった…。
「ぬうう、これは参った。まさか国際警察とは…。」
「ナンテさん、ハンサムさんのこと知ってるの?」
「私事ながら、今から12.3年ほど前の話になります。自分は、ジョウト地方のグリーンフィールドという場所で修行をしてまして、その時下宿させていただいていた邸宅に強盗が押し入ったところを自分が始末を付けたのですよ。で、連中を引っ張っていくジュンサーさんと一緒にあの顔がありました。あの全てを見通すような鋭い目つきは忘れようがない。」
ナンテが下宿していたのがサトシ一家とも縁のあるスノードン家だというのはこの場では関係のない話なので伏せられている。
「ちょっと待って?国際警察がジェニーさんを連れ出してるってことはつまり…!?」
セイヨの推察がチーム<マナーロ>の皆に共有されれば、一様に目を見開くよりなかった。
それは即ち、ハンサムがジェニーを捕まえに来たということ…!
「どうかな?ここまで話して何か思い出せたかね?」
「いや…。だが…。」
サトシたちが物陰から様子を窺っているのを気付けないハンサムではない。知りながら言葉を紡ぎ、ジェニーを見る。
「嘘ではないのだろう、とは思う。」
ジェニーは、ジッと夕焼けに赤く染まる水平線を眺めていた。彼女の中で、ハンサムと名乗り出た男とのこれまでのやりとりが反芻されていた。
『ポケモン歴1977年…当時の高度経済成長に乗り遅れ、貧富の差が激しかったシンオウ地方ヨスガシティの一部貧困街の片隅で、明日も知れない浮浪者と遊女の間に1人の女の子が産まれた。女の子が産まれてすぐ母親は死に、父親は女の子に名前を付けなかった。女の子が歩けるようになり、物心ついた頃に父親は娘に街中で物乞いをさせ、故があろうとなかろうと毎日のように暴行した。見かねた隣人…父親と同じ浮浪者が女の子に名前を付けた。ジェニー、と。』
時は少し遡り、港まで引き連れて開口一番にハンサムが語ること、それらは正しく真実であるとジェニーは洞察していた。
その理由はやはり、目だ。男の双眸は、たった1つの真実を見抜くことに長けていると見えた。そのジェニーの推察は、正鵠を射ている。
『闇の中で産まれ、闇の中で生きてきた女の子に、神様とやらがギフトを与えたのかどうかは分からない。ただ事実としてジェニーには生まれながらに持ち合わせた才能があった。ポケモンバトルだ。真っ当な生育環境でない中でもポケモンたちとの関わりが、彼女にある程度の安らぎを与えたのやもしれぬ。やがて彼女は自分の才能に気付き、磨き上げ、遂には父親をその手にかけた。』
ジェニーの横顔を覗き込みながらハンサムは続ける。彼が見るのは自分の中に居ると読んでいる『私』なのだろう。そう思う。
『父親という枷から解き放たれた彼女は闇の世界を自在に駆け巡り、瞬く間に1つのシンジケートを大きく押し上げた。その頃から彼女は暫定的に付けられていた名を捨て、新しい名を得た。"ポケモンハンターJ"…その名は、シンオウ中を裏表関わらず震撼させたよ。だが、その快進撃は、3年前に突如として終わりを告げた。』
ハンサムは円筒型の物体を口に含む。タバコではない。ココアシガレットだ。
『ギンガ団からの依頼を受け、シンオウ三大湖に眠るユクシー、エムリット、アグノムの3体を捕獲し引き渡した直後、彼らの攻撃を受けて彼女の乗る飛行艇は轟沈し、ポケモンハンターJは死んだ…誰しもがそう思っていた。無論、私もだ。』
ジェニーがハンサムを見る。『違うのか?』…他人事ながら言外にそう伝えながら話の続きを待つ。
『ポケモンハンターズギルドとしては、やはりJの存在は自分たちの活動に絶対に必要不可欠。即座に回収班が編成され、必死の捜索の結果、その身柄の回収には成功した。だが、やはりというか、飛行艇の墜落事故に巻き込まれた肉体のダメージは大きく、その生命維持と回復には多大なコストがかかった。それでも彼らがJの蘇生にこだわったのは、彼女の復活さえ叶えば組織はまたすぐに立て直せるという確信があったからだ。そんな彼らの執念が身を結び、蘇生からの治療に成功したJの肉体は安定した生命活動を取り戻した。そうして目を覚ました彼女は…自らをジェニーと名乗り、ギルドの者たちに素知らぬ顔をした。』
『二重人格…それも迫り来る死への恐怖からの逃避、か。』
ジェニーの言にハンサムが目を丸くする。ジェニーに特に根拠はなかった。ただ、『自分』のことを知っているらしいサトシたちがあからさまに嫌悪を見せるような奴だ。潔い類の人格はしていまいと言う推察に過ぎない。
ハンサムはすぐに平静を取り戻し、話を続けた。
『まぁ、だいたいそんなところだろうな。逃げ場のない飛行艇の中で避けようのない自らの死に直面し、Jの人格は恐怖から己が肉体に仮初の人格を作り出し、Jとしての本来の人格は深層心理の奥深くに逃げ込んで身を潜めた。いつか来る、再起の時を待ちながら…。』
ジェニーは次に生まれた問いを眼差しからぶつける。ハンサムはすぐに心得て言葉を紡ぎ出す。
『困ったのはギルドだ。当然だろう。せっかく蘇生させたJが傍目からすれば記憶を一切忘却していたんだからな。さりとて放り出すことも出来ない。Jの記憶…この場合は人格か。不意の復活に一縷の望みを託し、奴らはあえて自分たちの勢力外に彼女を連れ出し本部から隔離させた。それがここ、アローラと言うわけだ。Jの隔離とちょうど入れ替わりで我々国際警察が本部に踏み入り、ポケモンハンターズギルドは壊滅と相成った。アローラに置かれたJを匿うための非常用アジトも程なく特定から踏み入ったんだが、ギルドメンバーはJについてだけはつい最近に至るまでその存在を隠し通していた、と言うわけだな。』
そうして今に至る。沈黙の中にいる2人を物陰から見張るサトシたちは、どうしたらいいか決めかねていた。
「あの国際警察の人がジェニーさんを捕まえにきたとして、俺たちに打つ手なんてあるのか?」
カキの言がこの場の皆の総意を代弁していた。相手は地方を股にかけて動く警察権力だ。いかに有力なポケモントレーナーの寄り合いだからといってもこちらは結局民間の集まりでしかない…。
「あ、みんなー!ジェニーさん見つかったー?」
そんなところにタイミングが良いのか悪いのか、後方から合流してきたのはマオだった。
「マオッ!?わた、わたたッ!?」
「「「わ、わわわ、わぁ〜ッ!!」」」
隠し事が苦手なハウが明らかに挙動不審にマオを振り向きバタつけば、それまで絶妙なバランスでもって段々重ねで物陰から顔だけ出してジェニーとハンサムの様子を伺っていたサトシ、シゲル、カキの3人にのしかかる形でハウの巨体がドシンと覆い被さる。
「ぎゃっ!重い〜!」
「むむッ、サトシくんではないか!それにきみたちはチーム<マナーロ>の!」
「みんな…。」
事情を知らないマオとバイトのスカル団たちが首を傾げるのを見上げながらシゲルは、1回戦のジェニーの試合中と同じ観念をするよりなかった。
こうなってしまえば、マオたちにも説明は避けられない…。
「ま、マジでスカぁ…!?」
「姐さんが、元ポケモンハンターだなんて!!」
シゲルの説明に驚愕するバイトくんたちのリアクションは、カキたちに以前話した時のそれと同じようにショックを隠せないというものであった。
「ジェニーさんは、どうなの?その…ハンサムさん?の話を聞いて…。」
「正直言って実感はない。だが、この人の話に嘘はないのだろう。そういう目をしている。」
ハンサムが事実を話すならば、ジェニーに出来るのもまた偽らざることに尽きた。
「そっか…そう、なんだ。」
ジェニーがハンサムの話を事実と認めれば、マオの視線が足元を見る。それと同時にナンテが突如として土下座の構えを取るので皆驚愕。それだけに止まらない。
「捜査官の方ッ!!法にもとる話なのは重々承知の上であえてお願いします!どうかジェニーさんの連行に関しては、反社会的な過去を持つ人員と知りながらチームメンバーとして加え入れたこの自分の首で以て今少しの猶予を賜りたくッ!!」
ガツン!ガツン!ガツン!
「ナンテさんッ!?」
「このチーム<マナーロ>は、自分が率いるには勿体無いくらい素晴らしい出来となり、PNTTの大舞台においても決勝まで駒を進めることが出来ました!ひとえにそれは、選手たち皆の頑張りあってこそ!!その頑張りの締め括りとして、せめて決勝戦が終わるまでは待っていただきたいのです!!」
ガツン!ガツン!ガツン!ガツン!
「ちょっとナンテさん!あなたがいなくなったら監督の仕事はどうするんです!?」
「デントくん。あなたはS級ソムリエとして非常に素晴らしい洞察力を持っています。あなたなら…!」
「そんな…!!」
「お願いします!どうか、どうかお慈悲を〜!!」
ガツン!ガツン!ガツン!ガツン!
何度も額を地面に打ち付けるナンテをデントとタケシが慌てて羽交い締めにして止める。
コンクリートと血が混ざり合った鈍い赤を見るハンサムは、両手を差し出すジェニーを見た。言葉こそないが、それは自分を連れて行けという意思表示。
「むう…!」
そこには確かに彼女なりの周囲への気遣い、深い想いを垣間見る。次いでサトシの哀願するような目と視線が合った。
「ハンサムさん…やっぱり、ジェニーさんは連れてくしか、ないんですか…?」
その瞳には大会のことを度外視した、ジェニーという大切な仲間のことが気がかりという友愛がハッキリ見て取れた。
サトシだけではない。チームの皆一様にジェニーが遠くに行ってしまうことをどうにか避けようと思案を巡らせているのが分かった。
「私、嫌だよ…。」
「マオ?」
「やっぱり嫌!ジェニーさんと離れ離れになんかなりたくないよぉ〜!!」
「マオ…。」
それまで俯いていたマオが顔を上げ、涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながらジェニーに抱き付いた。慟哭…これもまた、偽らざる本心からの願いとハンサムは見た。
そして、ジェニーの両手が、優しくマオの背に回されていくのも…。
「私もだマオ。私も、まだまだお前たちに恩を返せていない。いや、出来ることなら、恩を返した後もアイナ食堂でずっと働いていたい。だが…私の存在が、マオたちの迷惑になるのなら…!」
「恩返しなんていらない!迷惑なんてなるわけない!だって私たち、仲間なんだもん!!」
「そうだよ!それに仲間なら、助け合ってこそじゃあないか!」
「ぴかぴか!」
「サトシの言う通りだ。この場にあなたを恐れ、煙たがるような者は1人としていない。」
勢いよくマオに同調するサトシにシゲルも続ける。気持ちは、みんな1つであった。それが、ハンサムを決断させた。
懐からトランシーバーを取り出し、声を大にする。
「こちらコードネーム"ハンサム"!本部へ捜査報告!!」
サトシたちは皆キョトンとハンサムを向く。
「アローラ地方に潜伏していると見られたポケモンハンターJだが、捜査の結果その姿は見られず!容姿が酷似した女性を発見したに留まるのみ!!」
「えっ。」
当のジェニーから声が出る。
「本官としては、やはり本部が3年前に出した通達にあったように、Jはシンオウ地方にて行方をくらまし、そのまま死亡したものと思われる!!本官は現時点を以てこの捜査を打ち切り、次の現場へ赴くこととする!以上!!報告終わりッ!!」
一方的に捲し立て、通話先の相手がヒステリックに叫んでいるようであるのを無視しハンサムはトランシーバーをしまう。
そうしてジェニーに向き直り、深々と頭を下げた。
「捜査の都合上とはいえ国際指名手配犯と混同してしまい、大変申し訳ありませんでした。」
「いや…その…いいのか?」
いきなりの翻意と見えるハンサムにジェニーは困惑を隠せない。
頭を上げ、向けられる瞳にはもう鋭さはなく、代わりに朗らかさを携えていた。
「きみは、メレメレ島のアイナ食堂で働くアルバイトのジェニーさんだ。それ以上でもそれ以下でもない…違うかね?」
朗らかながら不敵な笑みを見せるのでまたどこか胡散臭い雰囲気を醸し出すハンサムに、暫し困惑してからジェニーは小さく首肯する。
コレでハンサムは、自身が受け持つポケモンハンターJ捜索任務を終了とさせた。
「ならば本官は次の現場へと向かいます。凶悪犯と混同してしまったこと、重ねてお詫び申し上げます。では!!」
サトシたちにも向き、それぞれ敬礼を返してはハンサムは背を向け歩き出す。
「おっと、1つ言い忘れていた。」
2.3歩歩いたところでハンサムは振り向き、白い歯を見せながら
「実は私もきみたちチーム<マナーロ>の大ファンでね!頑張ってくれたまえよ、決勝戦!」
「「「は…はい!!」」」
こう言い残して立ち去っていった。
「先に行こうか、サトシ。」
「あぁ。」
「ぴかあちゅ。」
チーム<マナーロ>の皆はライドポケモンを呼び出し、マナーロ・アイランドからメレメレ島へとそれぞれの道で動き出していく。
サトシもガブリアスの背に乗り、眼下にジェニーとマオを少し置いてから、前を向き直りマッハの風を全身で受けていた。
ジェニーは抱き付いたまま安堵の嗚咽を重ねるマオの頭を、背を撫で、気持ちを落ち着かせてやる。同時に、自らの心を潮風に晒す。
「私は、ジェニーだ。」
誰ともなくそう呟く。
「アイナ食堂の、ジェニーだ。」
ポツリ、呟きながら夕焼けの空を見上げる。
「アディオス、ポケモンハンターJ…。」
思念の深層に僅か…チリチリと燃え残っていた何かが、フッと消えてゆく。
この身に宿る『心』は、もはやただ1つ。マナーロのアイランドに吹く夏風が、ジェニーの頬を絶えず撫でていた。
『ハンサム』
年齢不詳。国際警察所属。
ハンサムという名前もエージェントとして与えられたものであり本名は不明。
3年前、ギンガ団やプラズマ団を追いかける中サトシたちと出会い協力して困難に立ち向かった間柄なんだ。