3 years later〜虹の向こうに〜 作:nami73
が、それはセイヨ流の撒き餌であり、踏み込ませるためのブラフであった。
完全に攻め気一辺倒になったタイミングのハッサムをガラガラはほのおのパンチのボクシングスタイルで粉砕したのだ。
「追い込まれましたカオルコ選手はエースのマダツボミを投入!このマダツボミは遡って第1回戦、チーム<ミアレ>との試合におけるダブルバトル2でラスト1体に追い込まれながらもそこから脅威の粘りを見せ、相討ちの形でジムリーダーコルニのメガルカリオを破って2ダウン目を奪い、意地を見せ付けました!この試合でも活躍に要注目であります!!」
「さぁ、どこからでもいらっしゃいな。」
「(ベトベトン…ということは、こちらの"待ち"は使えない…!)」
ヘドロポケモン特有の体内毒素に対する心配は無用ではあった。マダツボミ自身もどくタイプだからだ。
「(ならばッ!)マダツボミ、いくのよ!」
「つぼ〜ッ!」
どこか珍妙なフォルムながらもマダツボミは走り出す。
すぐさまベトベトンの懐まで飛び込めば…
バチバチバチバチバチッ!!
「出たーッ!メガルカリオとも互角に撃ち合ったカオルコ選手のマダツボミのラッシューーーッ!!」
「だがベトベトンは液状ボディで、物理攻撃には滅法強い!事実3年前のセキエイリーグではそれが理由で彼女は敗戦している!」
ダンデが早々に仕掛けたカオルコの短慮を指摘する。
サトシのフシギダネ、そしてピカチュウを連破したマダツボミは、3体目に繰り出されたベトベトンの前に自慢の打撃や柔術が全て受け流されて敗れているからだ。
ここまでの試合運びでセイヨは流れが自分に来ていると確信していた。
マダツボミのラッシュを楽々受け続けて見せるベトベトンの様に、3年前の敗戦のあの日からずっと固めてきたリベンジのプランが身を結ぶ手応えを感じている。
「いける…いける!」
手に汗を握る…ではないが文字通り手のひらに汗の感覚をセイヨは覚える。
マダツボミがさらに1歩、より深く打撃を加えんと近付くところで詰めの一手を、打つ!
「今よベトベトン!押し潰してしまいなさい!!」
「べぇ〜とぉ〜べぇ〜ん!!」
「ッ…!!」
ベトベトンが液状ボディの両手を目一杯広げ、マダツボミに抱き付くようにのしかかってゆく。
「つ、つぼぉ〜!」
ラッシュを叩き込むのに夢中にであったマダツボミは退避が遅れ、あっという間にサイケデリックな3色に呑み込まれていった。
ドゴォ!ドゴォ!ドゴォ!
押し潰されたマダツボミが抵抗を続けての打撃を続けるもベトベトンのボディを波打たせるに留まる。
「これで…!」
審判であるかつての級友がフィールドに入り込むのでセイヨは勝ちを確信する。
だが、ジュンからの勝ち名乗りが来ないので怪訝にベトベトンを見れば、
「べ、とぅ…!」
「ベトベトン!?」
あり得ない話であった。ベトベトンの表情が苦悶に歪んでいたのだ。
「ベトベトンというポケモンはその見た目通り、流動的な液状ボディで打撃を受け流すのと重量感たっぷりな正統派ファイトのみならず、ちいさくなるといったトリッキーな技のレパートリーで味わいの深いマリアージュを出してゆくポケモンだ…その肝である液状ボディに打撃が通じるなんて…!」
「気、即ちは波導の応用…とかかな?」
デントが驚く中、シゲルは隣のサトシを見る。
サトシが少し困った顔になるのはシンプルに感覚を言語化するのが不得手だからだ。
「なんとなく近い気はするかな。俺も波動の修行はちょっとしかしてないから。でも言えることは、あのマダツボミの打撃は、もうベトベトンの身体じゃ防げないぜ。」
「まさか、発勁の類まで習得させていたとは…!」
「私に負けたことが悔しくてたくさん研究してきたようだけど、それは私自身も同じこと。」
ドゴドゴドゴドゴドゴォ…!
「敗北を糧に強くなったのはあなただけではないのよッ!!」
「つぼ〜〜〜ッ!!」
「あーッとマダツボミ!ベトベトンに押し潰されたかと思えば押し返したーッ!!そのまま空中へ投げ飛ばしたぞーッ!!」
「空中では液状ボディからダメージを地面に逃がすことも出来ない!」
上手い手だとダンデも膝を打つ。
「いいか、カオルコ。お前とマダツボミは、それぞれ片方ずつだけでは単なる"火"だが、両方揃えば"炎"となる。"炎"となったお前たちは…無敵だ!」
「コーチ…!」
応援団と共にいる最前列の帽子を被り、サングラスをかけた男とカオルコの視線が一瞬合い、互いに頷く。
「マダツボミ、"アレ"を使うわ。」
「つぼ〜つっぼ。(えぇ、よくってよ。)」
「うああああああああああ!!!」
マダツボミが跳躍とともにスタジアム中に響くカオルコの絶叫。
そしてマダツボミを追うように空中へ放り投げられたのをセイヨが視界に捉えるそれは…
「テラスタルオーブ!?」
「胸に抱き締めた光、今こそ灯す時!!マダツボミ、テラスタル!!」
空中へ投げ出されたベトベトンの上を軽々取ったマダツボミの全身をクリスタルが包み、中から出てきた時、頭に被るは『無敵の誓い』をあらわすほのおのテラスタルジュエル!
「スーーーパーーー!」
「つぼつぼ〜〜〜!(イナズマ〜〜〜!)」
「「キィィィィィィィック!!!(キィィィィィィィック!!!)」」
ドゴッ、オオオオオ!!!
赤熱のテラスタルはまさしく『炎』となり、ベトベトンを狙い寸分狂いなく蹴り抜きながら急降下。そしてそのまま…
ズッッッガァァァァァァァン!!!
勢いのままに落着し、轟音と共に大量のモヤを舞い上げた。
「カオルコ選手、テラスタル発動ッ!!マダツボミはほのおテラスとなり渾身の急降下キックをくらわせたーーーッ!!」
「つぼッ!」
身軽な宙返りを見せながらニュートラルポジションへ舞い戻るマダツボミと入れ替わりでフィールドに入った審判によるポケモンチェック。
サイケデリックな液状ボディはダラリと弛緩し、完全に目を回していた。
「ベトベトン、戦闘不能!マダツボミの勝ち!!」
「まぁ、こんなもんよ。ホーホホホ!」
「「「「「いいぞ!いいぞ!マダツボミ〜!!」」」」」
会心のKO劇に応援団のテンションも一気にぶち上がり、コーチも腕を組みながら幾度も頷いていた。
セイヨ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
カオルコ、残りポケモン4体。ダウン可能数残り1体。
「ベトベトン強烈なマダツボミの急降下キックの前に耐え切れずダウン!セイヨ選手もコレで追い込まれましたッ!!」
「どちらも過去の敗戦を教訓にしてより強さを増して今に至る…となればここから勝負を決めるのは…。」
「精神力…ガッツ!!」
断じるダンデにカルネは満足げに頷いた。
「ベトベトン、お疲れ様…。」
ベトベトンをボールへ回収するセイヨの瞳は揺れる。メタを張って置きにいった選択を綺麗に跳ね返されたショックからだ。
いかに名家の令嬢といえど、13年間の人生において打ちのめされたことなどは1度や2度ではない。
それでも思考がグシャグシャに荒れてゆく感覚は慣れろと言われても出来ることではなかった。
「セイヨ選手、次のポケモンを!」
ジュン少年としてもそんなかつての憧れのマドンナの気持ちは痛いほどよく分かる。しかし立場上責務は果たさねばならない。
それが、審判という立場から間接的に彼女と同じ世界に立つことの出来る唯一の条件であるからだ。
「んッ…。」
瞳の揺らぎが若干小さくなる、が、それでも消えた訳ではない。
「(大方はほのおテラスに抜群を取れるガラガラを再度投げてくると見たわ。)」
対峙するカオルコはすぐにまたキリリとした戦闘モードに表情が切り替わる。
マダツボミも無論続投体勢だ。
「S!」
「E!」
「I!」
「Y!」
「O!」
「「「「「セ、イ、ヨ!!!」」」」」
背後よりの声援、級友たちやチームの応援席からは依然声を張り上げ続けてくれているがそれだけでないことにセイヨは振り向く。
ベンチから飛び出したサトシが『S』、スイレンが『E』、ハウが『I』、シゲルが『Y』、カキが『O』の文字をそれぞれ全身を使って表現して見せていた。
「サトシ、手、逆!」
「え、嘘!?」
「ウソで〜す♪」
「スイレン〜!」
慌てるサトシにクスクスと笑うスイレン。他3人も慣れないことを急にしたので全身アルファベットはどこか不恰好だった。
「…ふふっ!」
それが、セイヨの中の恐慌を取り除いた。
「そうら、ゆきなさいッ!」
自信満々の笑みと共にボールを投げる。
「ぴっか〜!!」
中から飛び出した黄色いシャツにギザギザ模様の尻尾…その先端はハート型に丸みを帯びたピカチュウが、熱気を帯びたほのおテラスのマダツボミと睨み合う。
カオルコとしては意外なチョイスであったがここまでくれば関係のないことだ。
「つぅぼ〜…!」
ゆらり、自然体ながら構えを取るマダツボミ。主人同様に気合いがノッている。
「さぁお互いにあと1回のダウンをどう取りに行くのか!?」
「今のマダツボミはテラスタルによるタイプ変更でほのおタイプの相性が適用される。だがそもそもあまり元のタイプに関わる戦い方でもないんだよなカオルコ選手は。」
「対するセイヨ選手のピカチュウも投入された試合を見るに接近戦に重きを置いた育成がされてると見たわ。やはりマダツボミがテラスタルでパワーアップしてる分有利、かしら?」
カルネにダンデもううむ、と唸る。
答えが出せないところで歓声が上がったのでフィールドを見て2人は意識を観戦へと戻した。
マダツボミの足は三又のように枝分かれした形で全身を支える根っこだ。
その右足を真横に突き出せば、全体に蔓がシュルル、と折り重なって太くなってゆく。それはさながら脈動する丸太である。
「つるのムチでマダツボミの細い根を強化する、か。」
「くさタイプらしい補強だ。上手く考えたね。」
キクコにシンジは頷く。その身を叩き付ける肉弾戦がメインのマダツボミにとってシンプルながら意義の大きな強化手段と言えよう。
そしてそのアイデアは、シンプルであるが故に参考にもしやすい。
「マダツボミ、薙ぎ払って!」
「つぅ〜ぼッ!」
太く補強され、なおかつ長大に伸びた右足をマダツボミは横薙ぎに振るう。
ムチのようにしなりながら迫る蹴りをピカチュウは、
「ぴっか!」
指示されるまでもなくジャンプ1番。ニュートラルポジションから後退し、トレーナーサークルにいるセイヨの側まで飛ぶ。
「あなたが奥義を出したなら…私も奥義を出しましょう!!」
カオルコを見据えて宣言しながら懐から取り出したのは、
「「「Zリング!!」」」
セイヨが左腕に巻くのをサトシ、スイレン、カキが反応する。
「いくわよ、ピカチュウ!!」
「ぴかぴかぁ〜!!」
互いに頷き、セイヨは全身からZパワーを放出し、両手を合わせる。
そうして顔の左上から『Z』を、或いは、稲妻を描くように振り下ろし、ピカチュウもそれに倣いはじめた…!
「ぴっ、かっ、ちゅ!」
振り下ろした両手を頭の上に運び、そこから顔の横へ動かして親指と人差し指で丸を作る。
さながらピカチュウのほっぺを表すように。
「はッ!」
顔の横から改めて頭の上で両手を広げる。それはまさしく、ピカチュウの耳…!
そしてセイヨから放たれたZパワーが、ピカチュウへと注がれてゆく!
「お、おいサトシ!あのゼンリョクポーズ…間違いないピカ!」
「セイヨさん…あの技を使えたのかピカ!」
思わず過去の記憶から珍妙な語尾が蘇るサトシとカキ。
「ピカ…?」
「ぶーい?」
そんな2人をスイレンはナギサと一緒に不思議なものとして首を傾げた。
『ピカーラ』
本人曰く永遠の25歳(ピカチュウの全国図鑑ナンバーに因んで)ピカ。
アーカラ島にあるピカチュウの群生地『ピカチュウの谷』の管理人を務めるピカ。
筋金入りのピカチュウ好きが高じてオリジナルのZワザすら使いこなせるほどであり、その実力も侮れないピカ。